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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
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EP173 混乱する帝都

 クウが自らの【魂源能力】を発動させた瞬間、少し離れた場所で大きな音と共に土煙が立ち上った。凡そ街の中心部に近い場所でのことであり、多くの獣人たちがその音に驚いて一斉に振り向く。

 見れば【帝都】の象徴の一つでもある破壊迷宮の辺りが土煙に包まれており、その中には巨大な影のようなものが見えた。その影はウネウネと蠢いており、空中に漂いながら姿を現す。



「なんだよアレ!」

「化け物だ! 迷宮から化け物が出てきた!」

「城に報告しろ。幾つかの小隊を引っ張って来い。さっき報告を受けた化け物だ」

「逃げろ逃げろー!」

「馬鹿言うな。俺は戦うぞ」

「私も行くわ。とても面白そうだもの」



 空中に現れたのは八本の触手を持った赤黒い軟体生物が複数体。見たこともない不気味な巨大生物に対して見せる反応は二種類であり、逃げようとする者と戦いを挑もうとする者に分かれていた。

 兵士たちは迷宮に現れた巨大蛸の報告を受けており、既に一度は援軍要請をしていた。しかし新たに出現した複数の巨大蛸に対しても新たな援軍の必要があると判断したのだ。

 この場はすぐに混乱状態になり、スタンピードが起こったときのような様相を見せていた。だが今回に限っては街中にいきなり怪物が姿を見せたのだ。その混乱ぶりは普段の数倍もあった。

 しかしその一方でクウだけは冷静なまま少し高い場所から観察をしていた。



「思ったよりまともに連携できているようだな。まぁ、戦うしか能がない馬鹿なはずがないか。仮にも国を形成しているわけだしな。一部は勝手に戦いを挑んでいるみたいだけど」



 《幻夜眼ニュクス・マティ》の幻術効果でクウに対する意識を逸らし、周囲からは目に留まらないように細工しているため誰もクウに気付くことはない。そのまま誰からも咎められることなく近くの家の屋根に上ったのだった。

 この巨大蛸は当然の如くクウの幻術によって生み出された存在であり、攻撃が通じないのも巨大蛸が幻術でしかないからだ。そしてこの巨大蛸が与えるダメージは精神に対するものであり、痛みや怪我も幻術によるものである。

 この蛸の幻術の最たる特徴は感染。この巨大蛸自体に幻術を感染させる意思が込められており、攻撃を受けることで痛覚などを感じることになるのだ。



「レイヒムの呪いを参考にしてみたけど……かなり使えるな。単純に幻術の範囲を広げるよりも消費が少なくて経済的だし」



 クウはそう呟いて満足そうに頷く。

 痛みも怪我も幻術であるということから無関係の獣人も巻き込んだのだが、こうしてわざわざ街ごと巻き込んでまで幻術の巨大蛸を出現させたのには幾つか理由があった。

 まず一つは兵士を出動させてレイヒムの城の警備を薄くすることだ。これから潜入をする予定であるため、障害となる兵士は排除する必要がある。もちろん幻術を使って意識を逸らせば問題ないのだが、《気配察知》を高レベルで習得している場合は気付かれる可能性もある。その場合は普通の幻術から意思干渉に切り替える必要があるだろう。魔力消費が大きい意思干渉は無駄に連発することが出来ないので、先に手を打っておいたのだ。

 そして二つ目は戦力を探るためである。レイヒムを強襲するにしても、周囲の戦力を無視するわけにはいかないだろう。本当のことを知らない者はレイヒムを英雄だと思っているため、クウたちがレイヒムを強襲すれば間違いなく邪魔が入る。そのため戦力の把握は今回の情報収集の一環でもあるのだ。

 最後に三つめは相手の出方を探るためでもある。クウが蛸という獣人にとって未知と思われる対象を使って化け物の出現を演じたのは、レイヒムに適度な刺激を与えるためである。レイヒムは少し前に竜人の里に攻め入り、オロチまで召喚したのだが、これはクウとファルバッサによって邪魔をされてしまった。これはレイヒムにとってイレギュラーな事であり、再び【帝都】で予想外なことが起こることで色々と尻尾を出すのではないかと考えたのだ。



「さてと……獣人たちの戦いぶりを見せて貰うぞ」



 クウはそう言って空中で蠢く巨大蛸に指令を出す。

 今、破壊迷宮の上空に浮かんでいる巨大蛸は全部で六体。これは迷宮のエントランスでクウが兵士に引き留められた際に出現した巨大蛸から分裂した幻術生物であり、その全てが全く同じ姿をしている。

 そして六体の巨大蛸はそれぞれ別の方向へと散って街中に広がっていった。空中を飛ぶため、障害などを気にすることなく一瞬にして【帝都】を恐怖に陥れる。対処に動いていた兵士たちや他の獣人たちも必至に追いかけて行こうとするが、建物に邪魔をされて思うように追いかけることが出来ない。それでも巨大蛸の飛翔速度が非常に遅いことが幸いし、ギリギリ追いかけることは出来ていた。



「いい具合に散ったな。地上に降りて戦闘開始だ」



 分裂した六体が街全体に散った頃を見計らって巨大蛸を地上に降ろす。この六体の分裂元となったオリジナルは今も迷宮の辺りの地上に待機しており、これで【帝都】全体に七体の巨大蛸型モンスターが出現したことになる。

 攻撃が全く通じないこの幻影の化け物はクウが城に潜入するにあたっての時間稼ぎとして、そして戦力把握のためにも十分に働くことだろう。



「こいつ、攻撃が通用しない!」

「魔法はどうだ?」

「馬鹿な! すり抜けるだと!?」

「《鑑定》が使える奴を連れてこい。解析系の魔道具もあるだけ持ってくるんだ!」

「子供たちを優先して逃がせ」

「負傷者はこっちだ。早く来てくれ」

「迷宮にもまだ一体残っている。誰か来てくれ!」



 やはり獣人の中には戦いを好む者が多いのだろう。兵士以外の一般人と思われる獣人も数多く戦闘に参加していた。寧ろ兵士たちは避難誘導に専念しており、戦闘に参加しない者の守護を担当していた。

 兵士の練度を見ることが出来ないのは少し残念だったが、クウとしてはこうして全体の戦力を見ることが出来たので目的はある程度達成したと言えるだろう。



「やはり物理攻撃が中心か。魔法を使う奴は少ないな」



 シュラムから聞いていた通り、獣人竜人は近接戦闘がメインとなっているようだ。魔法を使う者もいるようではあるが、それも一部の魔物対策のためのものであり、強力な魔法とは言えない。クウからしてみれば気にするような威力ではなかった。

 もちろん例外として強力な魔法を使う蛇獣人もいるのだが……



「Lv80が大体の平均だな。まぁ戦わない奴はもっと低いけど人族に比べれば高いな。頻繁に魔物暴走が起こっているだけはある」



 基本的に魔族は人族に比べると強い。それは魔物が頻繁に攻めてくる上、魔物自体も人族領より強力であることが多いため、自然と一人一人が強くなるからだ。そして獣人には切り札ともなる手段がまだ残っている。



「お、獣化し始めたな」



 クウの見ている先には獣としての力を最大限に引き出す獣化を実行している者たちの姿。体全体が毛深くなり、さらに首元から頬にかけても獣毛が生えている。そして筋肉も膨張してパワーとスピードが数倍にもなっていた。

 ブニョブニョとして物理攻撃が吸収されていることに気付いた獣人たちは、巨大蛸の物理吸収能力を超えるような威力で攻撃を仕掛けようとしたのだ。

 獣としての本能と能力を引き出すため、生半可な肉体と精神では耐え切れない強化。しかし巨大蛸と相対しているのは破壊迷宮で鍛えた猛者たちばかりであり、諸刃の剣ともいえる獣化にも十分に適応して使いこなしていると言えた。

 普通の状態ならば脅威でなくとも獣化を使った状態ではかなり強い。もちろんクウならば問題ない程度ではあるのだが、シュラムや反レイヒム派の者たちだけでは対処が難しいかもしれなかった。



「まぁ、戦力調査はこの程度で十分だろ。今の内に潜入するか……」



 大体の戦力を把握したクウは誰にも気づかれることなく姿を消し、城の方へと向かったのだった。








 ◆ ◆ ◆








「何ですかアレはっ!」



 バンッと机を叩いて声を荒げるのはレイヒム。現在【砂漠の帝国】における皇帝の座に就いており、その城の窓からは巨大蛸に襲われている街の様子がハッキリと見えていた。

 オロチを使って竜人の心を折り、そのまま手駒とする予定だったのだが、予定外の介入に会って第二のプランを取らざるを得なくなった。今は呪いで枷を掛けているが、捕らえて利用するためには呪い以外の枷を用意する必要があるため、そちらの対応に追われていたのである。しかしそんな時に出来てきたのが巨大蛸の化け物だった。

 レイヒムからすれば勘弁してほしいといったところである。



「先日捕まえた反乱分子共をぶつけますか……いえ、まだ奴隷用の首輪が足りません。それにこちらは竜人に使う予定ですし今は温存しておきたいですね。彼女・・を使うことにしましょう」



 そう言ってレイヒムは顔を上げ、ツカツカと足音を鳴らして部屋を出る。皇帝と言っても人族の城のような煌びやかな場所に住んでいるわけではなく、城全体もそれほど広いわけでもない。もちろん一般的には広いと言われるぐらいには大きいのだが、レイヒム一人でも城全体の構造を把握できる程度だった。

 レイヒムは誰かに案内されることもなく一人で歩き、目的の場所を目指していく。外の騒ぎに対応するためか、普段城に待機している兵士も多くが消えていた。



(最低限の警備を除いて全員出払っているようですね。私のところまで状況報告が上がってこないのは混乱が激しいからでしょうか?)



 破壊迷宮のエントランスに出現した初めの巨大蛸の件はレイヒムの所まで報告が上がらなかった。これぐらいのことはいちいち皇帝まで報告するようなことではなく、報告を受けた数段下の者が判断を降すからだ。

 だが事態は急速に動き、巨大蛸は一気に増殖して【帝都】の全体にまで広がった。この混乱に対応するために殆どの人物が奔走していたため、レイヒムの所まで報告に行く者がいなかったのだった。



(まぁいいでしょう。街中にいきなり出現するなど予想できるものではないですしね)



 レイヒムは溜息を吐きつつも足を止めることなく目的地を目指す。一度城の外に出て少し回り込み、離れとして建っている平たい建物に近づいていく。その入り口となる場所には見張の兵士が四人ほど立っており、レイヒムが近づいていることに気付いて緊張していた。

 そしてその内の一人が口を開く。



「レイヒム様、いかがなさいましたか?」


「何、この中にいる人物に用があるのですよ。通してくれますか?」


「ここの囚人に? はぁ、構いませんが……」


「ええどうも」



 レイヒムは微笑みながら会釈して通り抜ける。

 そうして入ってきたこの建物は【帝都】で囚人を捕まえておく牢だ。大犯罪者からコソ泥まで多くの囚人が捕まえられており、レイヒムの目的とする人物もここにいる。

 レイヒムは迷うことなく歩いて慣れた様子で地下へと降りる。この施設は地下三階まであり、地下に行くほど重犯罪者や危険人物が捕らえられている。そして最下層には何かしらの事情があって死刑にならずに捕らえられている者や死刑を待つ身の者もいるのだ。

 その最下層まで降りたレイヒムは足音の響く地下の通路を歩いていく。目指す人物がいる牢はまだ先であり、囚人たちはこんな場所に現れたレイヒムを不審そうに眺めている。だがその囚人の中に唯一レイヒムに呼び掛ける者がいた。



「レイ……ヒム。待て!」



 そう言われた所でレイヒムが待つ理由などない。だがどういうわけか、レイヒムは立ち止まって声の聞こえた方向へと顔を向けた。そこは分厚い鉄の扉によって蓋をされた牢があり、僅かに空いている小さな窓から鋭い眼光がレイヒムを射抜いていた。



「あなたですか……まぁ、今まで生かしていましたが利用価値が無くなったので処刑してしまっても問題ないですね」


「利用……だと?」


「ええ。六十年間も牢屋の中でお疲れ様でした」


「どういうことだ!」


「知らない方が幸せというものです。私は別の用事があるので」


「待て!」



 今度はその言葉を無視して去って行くレイヒム。

 その後、しばらく彼の牢からは激しい打撃音が響いていたのだった。





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