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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
172/566

EP171 反レイヒム派⑤

~二十階層~



「ふっ!」



 特に気負った様子もない軽い掛け声と共に飛び散る鮮血。そこではトロールと呼ばれる魔物が上下に真っ二つとなって切り裂かれていた。

 ブクブクと太った体は実に不健康そうであり、緑の体表が生理的な嫌悪を粟立たせる。ゴブリンのような醜悪な見た目ではあるがオーガに並ぶほどの体格を有するパワー自慢の魔物だ。しかしその太った見た目からは想像もできないようなスピードも兼ねており、それに騙されて不用意に近寄った者が簡単に殺されてしまうことも少なくない。

 しかしそれは一般的な話。

 天使としての人を越えた能力を持つクウにとっては雑魚と大差なかった。



「ま、二十階層程度ならこんなもんか?」



 相変わらず白マントで姿も顔も隠したクウは呟く。トロールを真っ二つに切り裂いた鋼の長剣には僅かな血すらも付着しておらず、相当な速度で剣が降られたのだと理解できる。後方から一瞬で二十階層のボスを撃破したクウを見ていたシュラム、エブリム、ヘリオンの三人は口元をピクピクと震わせながらその様子に茫然としていた。



「あのような普通の剣であそこまで……」


「というかやっぱ体術使いじゃなかったんだな」


「……俺でも動きが見えない」



 三階層の転移クリスタルの小部屋から移動を開始してから数時間。立ちふさがるウォールゴーレムはクウが『浸透魔力撃』を使うことで手を触れた瞬間に破壊され、十階層のボスであるオーガもトロール同様に瞬殺された。トラップは《森羅万象》で見抜いて回避し、避けきれない場合は回り込むようにウォールゴーレムを破壊して強行突破をしたのだ。

 それをひたすら背後から追いかけるようにしてシュラムたち三人も迷宮を降りてきたという訳である。それを目の当たりにして、クウの実力は自分たちを越えているのだと三人も理解せざるを得なかった。尤もシュラムは理解していたつもりだったが、改めてその規格外さを見せつけられたのである。



「よし。とにかく目標地点まで到達だぞ」



 一方でクウは何事もなかったかのように振り返ってそう告げる。これだけのことをしていながら、クウとしては殆ど実力を出していないことにシュラムたちは再び溜息を吐くが、いつまでも現実逃避をしている場合ではない。三人は顔を見合わせて頷き、フロアの中央で血溜まりに倒れるトロールを避けながら下へと降りる階段に歩みを進めたのだった。

 三階層の小部屋で情報交換を行った結果、反レイヒム派を襲撃した人物の中にシュラムの娘であり、レイヒムに人質として捕まっているハズのミレイナがいる可能性が浮上した。シュラムはエブリムとヘリオンの話からそう判断したのである。

 もちろん確定ではないく、結局は予想でしかない。これ以上話だけしても意味はないだろうと判断して二十階層まで戻ってきたのだ。



「皆は……逃げ切れたのか?」


「……どうだろう」



 エブリムとヘリオンは小声でそう話し合う。二人も襲撃を受けてどうにか逃げただけであり、他の反レイヒム派メンバーがどうなったかまでは分からない。必死に逃げてどうにか転移クリスタルの小部屋からエントランスまで転移し、そこで鉢合わせた兵士から逃げるようにして一階層へと踏み込んだ。何とか撒くことは出来たが、もはや仲間を気遣う余裕などない。自分たちでさえギリギリだったのだから。

 二十一階層から薄明かりが差し込んでくる下への階段を降りながら二人は緊張を高めるのだった。










~二十一階層~



「これは綺麗だな」


「特に襲撃された跡もない。残されていた品も既に迷宮へと吸収されたようだな」



 洞窟のような暗くジメジメとした空間が広がるこの階層はフィールドフロアだ。虚空迷宮や武装迷宮では五十階層を越えてから見られた通路の無いフロアであり、それぞれ固有の自然を形成している。時には森林であったり、時には砂漠であったり、時には火山地帯であったりするこのフィールドフロアは資源が豊富であり、人族の間で迷宮が重宝される理由の一つでもある。

 この破壊迷宮では二十一階層から急にフィールドフロアが現れるという異色さはあるものの、そもそもフィールドフロアが五十階層を越えてからなどと誰かが決めたわけではないのだ。偶然この迷宮はそうだったのだろうとクウは納得する。



「やはり誰もいないのか。ヘリオン、グランスライムには注意しろ」


「分かっている。そういうお前もな」



 一方でエブリムとヘリオンの二人は仲間の姿を……そうでなくとも痕跡が残っていないかを必死になって探そうとしていた。この洞窟風のフロアには幾つも湖が点在しており、その中には擬態したグランスライムもいる。間違って捕食されないように注意を払いながらも奥へ奥へと進んでいた。

 既に襲撃から時間が経っているため、シュラムの言った通り痕跡も迷宮に吸収されているだろう。迷宮は武具や防具、その他の物を吸収して魔法道具マジックアイテムとして生み出す機構が付いている。そのため反レイヒム派の仲間の武器や防具が落ちていたとしても迷宮に吸い取られている可能性が高いのだ。そのためエブリムとヘリオンの捜索は恐らく無駄なのだろうが、クウもシュラムもそれを止めようとはしない。

 何故なら無駄だと理解していたとしても探してしまう彼らの気持ちも理解できるからだ。

 それゆえ二人は別のことに気を配っていた。



「気配を感じるかシュラム?」


「いや、ダメだ。グランスライムとやらの気配は若干感じるが、それ以外は何も」


「俺の能力で調べてもダメだな。気配も魔力も感じない。残党狩りをせずに撤退しているのか、それとも時間を置いて再びやってくるのか……」


「どちらにせよ迷宮を拠点にするのは考え直す必要があるかもしれないな。となればクウ殿はどうするつもりなのだ?」


「そうだよなー。もっと深い階層まで行ってもいいけど時間の無駄だし」



 念のため待ち伏せがないかを調べつつも拠点の件をどうするか話し合う二人。そもそもクウとシュラムが迷宮に来たのはレイヒムを強襲するにあたっての隠れた拠点とするためだ。そして既に迷宮は反レイヒム派がアジトとして使用しており、さらにレイヒムによって逆に襲われたとなれば新しい拠点の候補を模索しなければならない。

 あくまでも本来の目的は短期決戦のレイヒム襲撃であり、拠点探しに時間を掛けると元も子もないのだが、それでも情報収集をするまでの簡易的な拠点は必要だ。クウはともかく、シュラムですらも今の【帝都】の詳しい地理を知っているわけではないため、非常に難しい問題なのだ。



「まぁ、長期間に渡って滞在する訳じゃないし、十から二十階層の間にある転移クリスタルの小部屋を適当に使えば見つからないことも有り得る。あまり気にしなくてもいいだろ」


「ミレイナの件もある。寧ろ待ち伏せて確かめるのはどうだ?」


「どこに出てくるかも、そもそもまたやってくるのかも不明だから却下だな。それにもしミレイナとやらが反レイヒム派を襲撃した一人なら、レイヒムに無理矢理やらされている可能性もある。例えば呪いを使って脅すとかだな。そうなれば娘と殺し合いになるかもしれないぞ?」


「む、そうか……」



 元からミレイナを上手く引き込んで強襲作戦の戦力にする話はあったが、ただ人質として囚われているのではなく戦力として利用されているのならば話は変わってくる。やはり情報収集を優先して行う必要があるのだろう。そうしなければ延々と後手に回り続けることになるからだ。

 クウはこれからの行動を改めて計画していく。



「やはり面の割れているシュラム、エブリム、ヘリオンは表立って行動するのは避けた方がいいだろうな。となれば具体的に動くのは俺一人になる」


「いや、しかしそれは……」


「まぁ言いたいことは分かるが俺に任せろ。潜入は俺が最も適しているからな」



 クウだけで情報収集をするという意見に反対しかけたシュラムだが、クウはそれを軽く一蹴する。恐らくオロチは出てこれないと分かった以上、クウだけでもレイヒムを追い詰めることは出来るだろう。しかしこの国とは関係の無いクウがレイヒムを倒したところで意味はない。シュラムや反レイヒム派がことを成し遂げることで革命という名の意味を為すのだ。

 ならば決戦となる日までシュラムたちには万全の状態でいて貰わなくてはならない。だからこそクウが情報収集をして戦力を温存しておくのだ。それに潜入が見つかったところでクウだけならば幻術で誤魔化すことも容易い。

 シュラムとしても隠密行動を得意としているわけではないため、渋々ではあるがクウの意見を採用せざるを得ないという状態だった。



「く……もう少し早く【帝都】に来ていれば情報が手に入ったかもしれぬのに……」



 シュラムは少し歯がゆそうにして口を開く。

 彼の言う通り、レイヒムによって反レイヒム派が襲撃される前ならば情報を簡単に手に入れることが出来たかもしれない。反レイヒム派を名乗っている以上はレイヒムに対する情報収集もしているハズであり、ある程度の纏まった情報を提供して貰えた可能性があったのだ。

 仕方のないこととは言え、今まで竜人の里に引きこもり、獣人の中にもレイヒムに反抗している者たちがいる可能性を考えなかったことが悔やまれた。

 今更どうにもならないことを思案するシュラムの元へ、残った仲間がいないのか探していたエブリムとヘリオンが戻ってきた。



「ダメだ。誰もいない。全員捕まったのか……それとも俺たちみたいに別の階層に逃げたまま戻ってきていないだけなのか」


「……もしくは全員この場で殺されたのかもしれない」


「それは残念だ。結局戦力となるのはお前たち三人だけか」



 クウも予想はしていたのか、それほどは落胆しなかった。本当に最悪の場合はシュラムと二人だけで強襲を実行するつもりだったし、寧ろエブリムとヘリオンが居ただけでも儲けだと考えていたのだ。

 二人が戻ってきたところでクウは先ほどシュラムにした説明と同じことを話し出す。



「二人とも。シュラムには話したが、俺はレイヒムの城に潜入するつもりだ。シュラムを含めたお前たち三人はここで待機して戦いに備えて欲しい」


「いや、潜入なら俺も手伝う。猫獣人だしそう言うのは得意」


「俺一人で十分だ。ヘリオンもしばらくは休め。傷は魔法で直したが体力は戻ってないだろう?」



 隠密行動がそれなりにできるヘリオンはクウと共に潜入を手伝うと言ったがクウは即座に断る。クウの言った通りヘリオンの体力は消耗したままだし、だからといって体力が回復するまで待っているつもりもない。スピードが勝負である今回の作戦に無駄な時間を浪費する余地などないのだ。



「そういうわけだ。俺が戻るまで大人しく休んでいることだな!」



 クウはそれだけ言ってマントを翻し、二十階層へと昇る階段を上がっていく。転移クリスタルの小部屋からエントランスへと跳んで外に出るつもりだからだ。

 反論する隙も与えられずに丸め込まれた三人の竜人獣人は颯爽と上に消えていくクウの背中を見ながら溜息を吐くのだった。






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