EP170 反レイヒム派④
「それは本当か?」
破壊迷宮で最も厄介なウォールゴーレムを破壊するためには相当な攻撃力が必要となる。それこそ竜人最強のシュラムでも素のままなら、どうにか十階層まで辿り着けるかどうかだ。ウォールゴーレムの《硬化》を打ち破るだけの威力と、《自己再生》を機能させないだけの素早い撃破が求められるからだ。
破壊迷宮の難易度をイマイチ理解していないクウはともかく、シュラムは驚いたような口調でエブリムに尋ね返した。だがエブリムだけでなくヘリオンも少し得意げに頷き返すだけであり、冗談を言っているわけではないと分かる。
「錬金術が進んでいる魔人の国で魔道具を手に入れてな。そのお陰で一気に下まで行けた」
「……俺が手配した」
「なるほど。そんな魔道具があるのか」
砂漠という食料生産が難しい土地柄であるため、【砂漠の帝国】が魔人たちと取引しているのはよく知っていることだ。それは国単位から個人単位まで様々だが、砂漠でのみ採取できる貴重な植物や鉱石を対価にして食料を手に入れることが出来るため、非常に重要な関係である。
だが一方でクウは別の点に注目していた。
「魔人の国は錬金術が盛んなのか?」
「え? ああ。知らないのか? まぁ、魔人の国って言っても二つあるからな。錬金術が盛んなのは東の国【レム・クリフィト】だ」
「なん……だと?」
顔も姿も隠したままのクウを魔人ではないかと考えていたエブリムは少し意外そうな顔をしながらクウの質問に答える。しかしクウはそれどころではないことを聞いて驚いていた。
(魔人の国が二つ? 聞いてないぞゼノネイア……)
口には出していなかったが、何やら戸惑っているクウの様子を感じ取ったのだろう。エブリムはクウに説明を始める。
「魔人の国は数百年前から分裂して西の国【アドラー】と東の国【レム・クリフィト】になっている。元は【アドラー】一つだけだったんだが、この国のやり方に反対する人物が反旗を翻して【レム・クリフィト】を建国したらしい。そしてその際にヴァンパイアの錬金術師を迎え入れたらしく、それ以来はずっと錬金術が盛んなんだ。常識だと思ってたんだが本当に知らないのか?」
「ああ。初耳だ」
「……【アドラー】の魔王は人族撲滅派で【レム・クリフィト】の魔王は人族融和派らしい。【レム・クリフィト】には人族が住んでいるみたいだ」
この新たな情報に困惑するクウ。だがヘリオンが言った人族融和派の【レム・クリフィト】の魔王の話を聞いてあることを思い出していた。それは数か月前に虚空迷宮でゼノネイアから聞いた話である。
(たしか優奈は魔王の側近をしているんだったよな。ということは融和派の魔王がいる【レム・クリフィト】が俺の目標ということか?)
人族に対して撲滅と融和という対極する二つの考えを持った魔王がいることには驚きだった。だがクウが会う予定の魔王は魔法神アルファウの天使であるハズなので、人族撲滅という目標を掲げているのは不自然である。ということは間違いなく【レム・クリフィト】こそ目的の魔王がいる国なのだろう。
少し考え事に没頭していたクウに気にすることなくヘリオンは話を続ける。
「【アドラー】は陸路でこの国と繋がっている。貿易拠点としては蛇獣人の里【シュラング】が盛んになっているみたいだ。一方で【レム・クリフィト】は海路で繋がっている。俺たち猫獣人の里【カーツェ】は港町だから【レム・クリフィト】から船がよく来ていた」
「なるほどな……」
シュラムはある程度知っていたらしく、首を縦に振って頷いているだけだ。やはりクウだけが知らないということに三方から疑惑の目を向けられるが、クウは気にした様子もなく質問を続ける。
「【レム・クリフィト】は海路で繋がっているって言ってたけど、もしかして島国なのか?」
「……それも知らないのか? 【レム・クリフィト】は【アドラー】とは陸続きだが、【砂漠の帝国】とは海でしか繋がっていない。地中海になっていて、国境の関係から直接陸路で【レム・クリフィト】に行くことは出来ない」
「ああ、そういうことか」
地中海と言えばヨーロッパとアフリカの間にある海というイメージだが、本来は地形の名前だ。その名の通り、陸に囲まれた海を指す言葉なのである。例えば中部アメリカ、西インド諸島、南アメリカで囲まれたメキシコ湾やカリブ海と呼ばれる場所も地中海だ。ヨーロッパ地中海が有名過ぎるために、一般に地中海と言えばそこを指しているにすぎないのである。
そしてヨーロッパはアフリカと海路で繋がっているが、東回りで中東を経由すれば陸路でアフリカに行くことも出来る。それと同様に、地中海を通じて【砂漠の帝国】と【レム・クリフィト】は直接つながっているが、陸路で行くには西から回り込んで【アドラー】を経由する必要があるのだ。対立している二つの魔人の国を自由に行き来できるとは思えないので、やはり【レム・クリフィト】と交易するためには海路しかないというわけである。
クウもそれを理解したところで一旦話を切った。
「この辺りの情勢は何となく理解した。それで話を戻すけど、錬金術が盛んな【レム・クリフィト】と猫獣人の里【カーツェ】が海路で繋がっているからヘリオンが例の魔道具を手配したってことだよな?」
「……そうだ」
いきなり知らない話が出てきたことで少し脱線していたが、今は反レイヒム派との情報交換が最優先事項なのだ。シュラムもエブリムも気を取り直してヘリオンに続く。
「それでエブリム、手に入れた魔道具というはどういうものだったのだ?」
「ああ、魔力を浸透させて相手の体内から攻撃するって効果の手甲だ。三セットほど手に入ったからそれを使ってウォールゴーレムを破壊したんだ。ウォールゴーレムは物理攻撃には強いが、魔力に対する抵抗力が低いみたいでな。結構簡単に倒せるんだ」
「そんな魔道具があるのかよ」
反レイヒム派が手に入れた魔道具は奇しくもクウが使っていた『浸透魔力撃』と同じ効果のようだ。だがこれはクウが《魔力支配》という最上位魔力系スキルを手に入れたことで実行できた方法であり、それを魔道具で簡単に再現できるというは驚きである。
(【レム・クリフィト】の錬金術は思った以上に進んでいるらしいな。少なくとも人族領ではそんな高性能な魔道具が作れるなんて聞いたことがない)
迷宮産の魔道具は常軌を逸した性能を持っていることがあるため、『浸透魔力撃』が使える魔道具が存在していること自体は不思議ではない。だがエブリムが三セット手に入れたと言っていたため、この魔道具は人工的に造りだされたということになる。
クウは増々【レム・クリフィト】が気になるところだったが、このままでは再び話が脱線することになりそうだったのでグッと堪えて話を戻す。
「まぁ、それはいいとして、反レイヒム派はその魔道具を手に入れたことで迷宮の二十階層までをクリアしたってことだな?」
「そうだ。十階層を越えて出現した罠には苦戦したが、どうにか二十階層のボスを倒して二十一階層へといくことが出来た」
「……お陰で罠を感知するスキルを覚えた」
少しゲンナリした様子で遠い目をするヘリオン。おっとりした喋り方の割にせっかちな部分が多いため、やはり罠に引っかかりまくったのだろう。十階層と二十階層の間にある罠程度なら殺傷力も低いため、何度引っかかっても多少痛い程度で済む。
だが二十階層を越えれば転移罠や毒罠、また深い落とし穴が出現し始めるため本当に注意が必要になってくるのだ。尤も、クウは虚空迷宮を攻略していた時も《看破》で罠を見抜くことが出来たので楽をしていたのだが……
「しかし二十一階層から急にフィールド階層になっているのか」
「ああ、ひたすら広い洞窟風の薄暗い階層だ。所々に湖があって青白く光っているのが唯一の光源だ。ただし湖に擬態しているグランスライムには注意が必要だがな。似たような色だから不用意に近寄るとあっと言う間に捕食される」
「スライムさえいなければ幻想的だな」
「そうだな。それにこのスライムは近づかなくても定期的に邪魔をしに来る。ウォールゴーレム以上に耐久力が高いせいで今も例の魔道具が大活躍だ」
やはりフィールドフロアでもウォールゴーレムに並ぶ厄介な存在がいるらしく、迷宮の意地の悪さにクウは溜息を吐く。確かに虚空迷宮でも全てのフロアに幻術効果が及んでいたため、ほとんどの冒険者が四十階層にすら辿り着くことが出来ない。
もちろん簡単にクリアできるようでは神の試練としてどうかという部分もあるため、本当のことを知っているクウとしてはある程度の難易度があって当然だと思っているが、知らない者からすれば堪ったものではないだろう。
尤も、九十階層ではファルバッサに並ぶ神の使いが最後の試練を与えるために待っているため、迷宮をクリアするのは非常に難しいのだが……
「しかしよくそんな場所をアジトにしようと思ったものだな」
迷宮を修行場所としか思っていないシュラムは少し呆れたような表情で口を開く。だがエブリムとヘリオンは不敵な笑みを浮かべながらそれに答えた。
「予想外だろ? それに二十階層より下なんて普通は来れない場所だからな」
「水も食べられる草もある。それに肉はボアを狩ればいい。自給自足も可能だ」
それを聞いてクウもなるほどと頷く。迷宮内で食料を調達していたお陰でレイヒムの呪いの被害を受けることがなかったのだろうと理解したのだ。現にクウが《森羅万象》で確認してもエブリムとヘリオンが呪いの血を取り込んでいる様子はない。
偶然ではあったが、迷宮をアジトとして利用したことは正解だったのだろう。
だがここで同時に疑問も出てくる。
「そんな場所にアジトがあったなら何故レイヒムに襲撃されたんだ? これなら見つかったところで問題ないような気がするんだが」
「確かにそうだ。いくらレイヒムが兵を動員したとしても私たちクラスの実力者がいてギリギリだろう」
クウだけでなくシュラムも同様の質問をぶつける。【ドレッヒェ】襲撃に利用された反レイヒム派の仲間を保護したことでアジトがバレたと言っていたが、迷宮内がアジトだとバレたところで簡単に襲撃できるわけではない。
しかし現にレイヒム派襲撃されたという。
これにはエブリムもヘリオンも首を振りながら答えた。
「よく分からない。一人だけ異様な能力を使う者がいたんだが、そいつもマントで顔と体を隠していたから誰だか分からなかったんだ。だがそいつが殆ど一人で俺たちの住処を蹂躙していた」
「何か腕を振った瞬間に仲間が吹き飛ばされた。直接攻撃を食らった奴は血を吐いて地面に倒れていた。途中で襲って来たグランスライムもパンチ一発で崩壊させていた」
「何だそれは? 普通にレイヒムより強いんじゃないか?」
何とも信じがたいと言った口調で聞き返すクウ。不意打ちによる襲撃を受けたことで実際よりも強かったと錯覚しているだけではないか、また時間が経過したことで主観による補正が入っているだけではないかと疑ったのだ。
しかし一方でシュラムは目を閉じて静かに口を開く。
「その能力……恐らくミレイナの《竜撃の衝破》だ」
ヘリオンが語ったその特徴から浮かべたのは娘の【固有能力】だった。
 





