EP169 反レイヒム派③
「ともかく情報交換といこうか」
クウの軽い脅しで緊張を高めていたシュラムとエブリムは安堵の息を吐く。少し凄みを見せたがクウとしても何かをするつもりはない。
虚空神ゼノネイアがクウに求めたのは世界の調整者としての仕事だ。クウもそのことは理解しているし、自身の力が世界を揺るがすレベルだと自覚している。それゆえクウは外部からの協力者という立場を保ち続けなければならないのだ。特定の誰かの仲間として戦う気はない。それだけのことなのである。
「それでレイヒムに反抗している奴らはどれぐらいだ?」
獅子獣人のエブリムはクウの前ではもはや猫と同じである。クウは普通に質問したつもりだったがエブリムには冷たい命令の言葉と感じたらしい。猫獣人のヘリオンと並んでも違和感がないぐらい萎縮していた。
代わりにという訳ではないが、ヘリオンがクウの質問に答える。
「この国に千人近くはいたハズ……でもここ十年で多くが捕まえられた」
「捕まった奴らは?」
「最近までは既に処刑されていると考えていた。捕まれば【帝都】の城に連行されて二度と出てくることがなかったからな……」
「考えていたということは違ったんだよな?」
「……そうだ」
少し悔しそうに頷いて肯定するヘリオン。長らく気づけなかったことを悔いているのかとクウは思ったが、それは違うと知らされることになる。引き継ぐようにして答えたのはエブリムだった。
「捕まっていた反レイヒム派の仲間たちが強制されるようにして南部へと連れていかれたのを見たんだ。帰って来た者は殆どいない。そして極僅かに帰還した仲間から聞いた連行の理由が―――」
「―――私たちの里の襲撃だな」
「……ああ」
苦々しい表情でエブリムは頷く。シュラムも同様に何とも言えない顔つきになっていた。
エブリムとしては友人であるシュラムの里を仲間が襲ってしまったことを気まずく思っていたし、シュラムとしても知らなかったこととはいえエブリムやヘリオンの仲間を多く殺している。先日の防衛戦の途中で戦いの素人が混じっている事にも気づいていたが、やはりレイヒムに捕まってしまうような非戦闘民も混じっていたのだろう。
(予想はしていたが、やはりレイヒムは捨て駒として……そしてその実はレイヒムに反抗する者たちを始末するために戦いとは無縁に近い者たちを前線に送ったのか)
先日の攻めはいつもに比べればかなり甘かった。敵の練度も低く、腰も引けた剣を振るう者もいた。だからこそ圧倒的な差で蹂躙できたのだが、それを時間稼ぎとしてレイヒムはオロチを召喚したのだ。
反レイヒム派の仲間たちは捨て駒として利用され、さらにシュラムたち竜人の強さを利用して始末も同時にこなしたということである。
「なるほど。効率的なやり方だな」
悔しさと怒りで震えるエブリムとヘリオンに対してクウは客観的な考察を述べる。バッと首を振り向かせて睨みつけるような視線を投げかけるシュラム、エブリム、ヘリオンだが、クウは気にした様子もなく言葉を続けた。
「レイヒムは十年という時間をかけて自分に反抗的な奴らを集め続けた。その理由は竜人とぶつけて自分の戦力を使わずに最高の一手を打つため。その一手とはオロチか……」
クウもシュラムからある程度の情報は得ている。数日前の会談で情報交換をしたからだ。そのためシュラムと同様の答えに容易に辿り着くことが出来た。
だがここまではシュラムでも辿り着けたことだ。クウの考察はまだ終わらない。
「しかしいつでもオロチを使えるなら反抗的な獣人と竜人をぶつける必要はない。ひとまとめにしてオロチの力で潰してしまえばいいはずだ。つまりオロチの召喚にはかなりのリスクか制限が存在する。
それも六十年前に召喚して以来、一度も召喚できないほどの制限がな。一番考えやすい制限はやはり時間だろうな。召喚可能時間と次に召喚可能になるまでの待機時間がかなり厳しい条件になっているハズだ。この二つは連動していると考えると、六十年待機して召喚時間は三十分程になる」
ファルバッサの《幻想世界》に囚われていた時間を含めてオロチは三十分程召喚されていたとクウは記憶している。そこから導き出されたクウの予測はおおよそ合っていた。
レイヒムがオロチを自在に扱えるならこれほど面倒なことを考えるまでもなく力で叩きつぶせば良い。だがオロチはレイヒムよりも圧倒的に格上の存在であり、召喚契約をしたところで自在に操れるわけではないのだ。効果的にオロチという切り札を切るためには入念な準備が必要になるのである。
「ということはオロチの心配をする必要はほぼ無くなったな。言い切ることは出来ないが……強襲の成功率は結構上がったと思っていい」
クウのあまりにも冷静すぎる分析に苛立ちを見せるシュラムたちだが、あくまでもクウは協力者であることを思い出して踏みとどまる。シュラムたちはレイヒムの卑劣な行為に怒りを覚えるのみだったが、クウの一歩進んだ考察を聞いて同じく考察を始める。
「そう言えばレイヒムは私たちを殺すつもりのないような発言をしていた。あのヒュドラを召喚する前にも奴隷になるように言っていたし、私が断っても奴隷以下の扱いをするとしか言わなかった。単純に私たち竜人を滅ぼすということではないのか?」
「おい初耳だぞシュラム……まぁいいや。ともかくそれは使える情報だな。となるとオロチの召喚も降伏を促すために使った手札なのかもしれないな。だが三十分の召喚時間というのは結構ギリギリか。いや、強者に従う文化なら十分強さを示せる時間だし問題ないか。
まぁ、俺たちがその邪魔をしたから二つ目の手段として泉に呪いを撒いたってとこかな」
呪いの能力で強制的に従わせるのは他の獣人種に対して実行しているというのがエブリムとヘリオンからの情報だ。ならば初めから竜人もその方法で従わせれば良いハズなのだが、レイヒムはその手段を取らなかった。そこにも理由があるはずだと考えてクウはさらに考察を深めていく。
「レイヒムは奴隷として竜人を欲していた? 従わせるなら呪いで脅して強制させればいい訳だが……そうか、竜人全体を奴隷として納得させるには呪いという枷を知らせる必要がある。そうするとレイヒムの呪いが獣人にもバレる可能性があるわけか。だから竜人全体に敗北感を自覚させるためにオロチの召喚を実行したということだな」
「ならば【ドレッヒェ】の呪いはレイヒムとしても不本意だったと?」
「ああ、竜人を奴隷にするとして何をさせると思う?」
クウの質問に目を閉じて少し考えるシュラム。竜人の特徴や得意とすることを考えれば、その答えも自ずと出てくる。エブリムやヘリオンも同じく答えに辿り着いたらしく、ほぼ同時に答えた。
『戦闘か!』
「そうだろうな」
クウも頷き返しつつ答える。
獅子獣人も超える身体能力と耐久力の高さが目立つ竜人は完全に戦い向きの種族だ。竜化という切り札を使えばその戦闘力はさらに増加するのは間違いない。現に歴代の皇帝がレイヒムを除けば竜人ばかりだったということを考えれば当然辿り着く答えだった。
「レイヒムが戦闘奴隷として竜人を欲しているとなると、呪いで戦力低下させることは避けたいはずだ。つまり呪いだけで抑えておくのは無理ということになる。だからこそオロチで心を折って逆らう意思を砕きたかったんだろうな」
まだ予想でしかないが、かなり理に適った考察だ。
少なくともレイヒムの思い通りにはなっていない状況にシュラムも思わず笑みを浮かべる。オロチも恐らく使えないと分かり、心の底から安堵していた。油断することは出来ないだろうが、こうして強襲という手段を取ったことは間違いなかったのだ。
クウもそんな様子のシュラムに頷きつつ、エブリムとヘリオンの方を見て言葉を続ける。
「あとは俺たちに協力してくれる奴がどれだけいるかだ。多くがレイヒムに捕まってこのまえの戦いで処分されたって話だったが……戦力はどれだけ残っている? これまで捕まっていないってことは結構な強さの奴らばかりだろうしな」
クウとシュラムの目的の一つである、現地のレイヒムに反抗する人物との接触は完了した。次の目的となるその戦力の把握と協力を取り付けることのために、クウは改めて二人に質問した。
しかしエブリムとヘリオンは表情を歪ませて首を振る。
「今はほとんどいない」
「……昨日の昼頃に襲撃された。俺たちは何とか逃げ切れたが多くが捕まった……と思う」
ここまで来た良い流れを裏切るかのように悪い知らせを告げる二人。その表情は本当に無念そうであり、きつく口元を結んでいるのが分かる。
クウの言う通り、これまでレイヒムに捕まらなかったのはそれなりの強さを持つ者ばかりだった。それこそエブリムやヘリオンのように元首長の子供もいる。自信もあっただけに、その悔しさは並みならないものだった。
そんな様子の二人を見てシュラムは心配そうな口調で訪ねる。
「どういうことだ? 何があったんだ?」
「襲撃された理由を話すためには少し話を戻す必要がある」
「……レイヒムに捕まっていた仲間が竜人の里を襲撃するために利用された話だ」
十年ほどかけて捕まえられた反レイヒム派の仲間たちがオロチを召喚するための囮のために利用され、それと同時に竜人の戦力を利用して処理をさせたという話だった。ファルバッサが《幻想世界》で抑えている間に獣人たちは逃亡していたのだが、彼らは戦い慣れしていないものが殆どである。強力な砂漠の魔物に襲われて多くが死ぬこととなった。
そしてようやく【帝都】まで辿り着いた僅かな実力者を残っている反レイヒム派が保護したことで情報を得たという話だった。
クウとシュラムがその話を思い出して目配せしたことでエブリムが話を続ける。
「俺たちが保護した奴らを反レイヒム派のアジトに連れて行ったんだ。だが保護した仲間はレイヒムに泳がされていただけだったらしい。俺たちのアジトが完全にバレた」
「……それでアジトを急襲されたってわけだ」
「まさかアジトがバレるとは思ってなかったからな。油断していたこともあって逃げるだけで精一杯になった。傷も負いつつ何とか逃げ切ったところでそっちのアンタに見つかったってわけだ」
そう言ってエブリムが視線を向けるのは白いマントを羽織って顔も隠したクウの姿。そこまで聞いてクウもエブリムやヘリオンが襲って来た理由を理解した。どうにか逃げ切り、ピリピリしていたところで現れたクウを見て思わずやってしまったのだろう。
そしてクウは同時にもう一つの答えにも辿り着いた。
エブリムやヘリオンが破壊迷宮に居た理由。そして迷宮の入り口に兵士が立っていたことから自然と予測できることがもう一つある。
「反レイヒム派のアジトってのはこの破壊迷宮だな?」
「まぁ、そういうことだ。破壊迷宮二十一階層の転移クリスタルの小部屋。そしてそのさらにその下に続くフィールド階層が俺たちのアジトだ」