EP168 反レイヒム派②
「まさかお前が【帝都】に来ていたとはな……」
目を見開いて声を漏らすエブリム。シュラムがエブリムを幼馴染として見知っているのと同様に、エブリムもシュラムをよく知っている。長らく会っていなかったが、姿を見ればすぐに分かった。
シュラムも少し緊張した面持ちでマントを脱いだのだが、こうしてすぐにお互いを確認することが出来たためか表情を緩めて口を開く。
「エブリム。一体何が起こっているのか教えて欲しい。お前は今レイヒムと対立しているのか?」
シュラムも先程のエブリムとクウとのやりとりからある程度は状況を予測している。彼の言動を考えればレイヒムに対して敵意を持っているのは間違いない。しかし念のためということを含めて改めてエブリムに訪ねたのだ。
するとやはりレイヒムと敵対している竜人であり、さらに昔馴染みであるシュラムには心を許したのか素直に答えた。
「そうだ。奴は竜人だけじゃない。俺たち獣人すべての敵だ」
「敵……?」
エブリムの言葉にシュラムは首を傾げる。クウの予想が正しければ、シュラムは最強でないにも拘らず皇帝の座に就いている可能性があるということだ。となれば、そのことを疎んでいることはあっても明確に敵と断定することはないハズである。しかしエブリムはその鋭い眼光を滾らせ、明らかな敵意を持ってそう告げているのだと分かる。
これにはクウも首を傾げて尋ねた。
「おいエブリムとやら。レイヒムと他の獣人は明確に敵対しているのか?」
「ああ? てかお前は何だよ。俺たちを簡単に気絶させやがるし、竜人の匂いじゃねぇ。竜人ならば特有の匂いがあるはずだ。かと言って獣人の匂いでもねぇな。シュラムに協力しているみたいだが何者だ?」
「俺か? 俺はまぁ……どうでもいいだろ。それより早く質問に答えろ。重要なことだ」
質問をはぐらかすクウに眉を顰めるエブリムだが、こうしてシュラムに味方をしているようであり、さらにクウには敗北している。獣人の考え方からすれば、エブリムに反論する権利はないのだ。
それゆえ仕方なくクウの質問に答えることにする。
「……獣人全てがレイヒムに敵対しているわけじゃない。俺たちを含めたレイヒムの本性を知っている仲間だけだ。ほとんどの奴らがレイヒムの野郎を英雄帝だと勘違いしてやがる」
渋々といった様子で口を開くエブリムだが、その口調と表情には怒りが見えた。クウの《森羅万象》で確かめてもエブリムが嘘を言っているということはない。つまり一部の獣人がレイヒムと対立していることは本当なのだろう。クウの予想通りだったということである。
だが続けて言葉を吐いたエブリムにクウだけでなくシュラムも思考を止めた。
「奴は呪いの力で俺たちを支配している外道だ。獣人の殆どは奴によって首輪を掛けられている」
「何?」
「なっ!」
獣人の殆どがレイヒムの呪いの首輪を掛けられているということもそうだが、エブリムがそのことを認識していることも驚きだった。確かに呪いのことを知っているとなれば現在竜人の里が陥っている状況と同様のことが起こっていることになり、エブリムがレイヒムと明確に敵対していることも理解できる。
「レイヒムは何かしらの能力で俺たちに呪いを掛けることが出来るようだ。その力で民を人質に俺の親父を含めた各首長を抑え込んで皇帝の地位に付いているんだよ!」
徐々に声を荒げてそう語るエブリム。その声を聞いたからなのか、気絶したままだった猫獣人のヘリオンも目を覚ました。
「ん……ん? エブリム?」
「っ! ヘリオン! 目を覚ましたか!?」
「お、おう?」
興奮したままだったエブリムと違いヘリオンは寝起きだ。そのテンションの差から微妙な空気になったが、ヘリオンも周囲の状況を確認して慌て、空気を鋭くし、目を見開く。
「ど、どうしたんだエブリム? ってかお前はさっきの奴! って反対にはシュラム!? ちょっと待て。どういう状況だ……ってウゴォォォォッ!?」
エブリム同様に混乱するヘリオン。だがその慌て具合はエブリムの比ではない。恐らく彼自身の性格によるものだろう。縛られたまま立ち上がろうとし、失敗して顔面を地面に打ち付けていた。痛みに悶えるヘリオンを見て逆に冷静に戻ったエブリムは自分も縛られたままであることを思い出す。
「なぁシュラム。スマンが縄を解いてくれるか?」
「あ、ああ。クウ殿も良いか?」
「まぁいいだろ」
「うおおお……痛ぇ……」
未だに悶えているヘリオンを横目にクウは縄でグルグル巻きにしたエブリムに近づく。面倒なので腰に付けた鋼の長剣で縄を切り裂こうとも考えたが……やはり勿体ないので結び目を解くことにした。まだ虚空リングにロープは残っているのだが、ここで無駄に消費する必要はないと考えたのだろう。こういったところは勿体ない精神の日本人の心が残っているのだ。
戦いを始め、命を奪い合う世界に転移しても変わらない心はあるのだ。
(ミスったな。堅く結びすぎた)
用心のために堅く結んだことを少し後悔するクウ。だが獣化を使う者ならば簡単に縄を引きちぎってしまう可能性も高いため、油断して縛り方を甘くすることは出来ないだろう。
やはり切り裂いてしまおうかとも考えつつ縄を解いていく。
「……こうか? よし!」
どうにかして縄を解くことに成功したクウ。ようやく解放されたエブリムとしても、体を伸ばすことが出来て晴れ晴れとした表情をしている。やはり縛られたままでは体が痛かったのだろう。
そしてエブリムの縄を解いている間に強打した顔面の痛みから解放されたヘリオンも、クウに縄を解いてもらうために待機していた。
「はやく俺のも解いてくれ」
「はぁ……もう一個あるのか……」
「いや、縛ったのアンタだろ!」
「襲ってきたのはお前だろ?」
「そ、そうだけど……」
やはり先に手を出したのはエブリムとヘリオンということもあり、クウに対して強くは出れない。二度も先に攻撃した上に簡単に気絶させられ、さらに生かしたまま連れて来られたのだ。獣人としてのプライドも含めて『早く縄を解け』とは言えないのだ。
だがクウとしてもこのまま放置しておくほど意地が悪い訳ではない。もちろん必要があれば容赦なく虐めるのだが、ヘリオンには特に恨みを懐いているわけではないので縄を解いてやることにする。
その間にシュラムとエブリムは話を続けていた。
「はぁ~。ようやく解放されたぜ~」
「すまぬな。私もまさかお前と出会うとは思わなかった」
「いいさいいさ。先に襲ったのは俺たちだ。生きてるだけでも儲けだよ。俺も結構強いつもりだったが、あれほど圧倒的に負けたのは久しぶりだな」
エブリムは改めてクウの強さを思い出し獰猛な雰囲気を醸し出す。確かに負けはしたが残ったのは悔しさだけではない。新たなる目標点となり得る存在に熱く心を滾らせていたのだ。やはり強さを求める獣人としての本能があるのだろう。
力任せではない、戦いの流れを支配するような体の運び方にはエブリムも目から鱗が落ちる思いだった。もちろんクウの使った投げ技や回避は素人から毛が生えた程度でしかなく、現に《体術》のスキルは習得していない。朱月流抜刀術で培った技能と破格のステータスに任せた一種の力技のようなものだ。
しかしエブリムはこの戦い方に新たな可能性を見出していたのだった。
(まるで狐獣人みたいな戦い方だったな。いつもは気にしてなかったが……もしかすると学ぶことがあるのかもしれん)
ブツブツと何かを呟きながらヘリオンの縄を解くのに四苦八苦しているクウを見てそう考える。そんなエブリムの様子を見てシュラムは何かを理解したように話しかけた。
「彼が気になるのか?」
「ん? ああ、気になるな。匂いから竜人でも獣人でもないことは分かってるが何者だ? 流れの魔人の傭兵でもあの強さは無いだろうに」
シュラムの様子や、先程からの会話から恐らく味方なのだろうと既に受け入れている。だが未だにフードに隠された素顔は見ておらず、分かっているのは竜人でも獣人でもないことと、先程シュラムが呟いた『クウ』という名前のみ。
【砂漠の帝国】よりも北部に位置する魔人の国から流れてきた傭兵か何かとも考えたが、それにしても強すぎるのだ。獣人竜人に限らず魔族では強者が上に立つ傾向にあるため、本当に強い者は国の幹部クラスの座に就いていることが多い。そのためクウ程の実力でこの国に流れてくるということは有り得ないとまでは言わずとも、まず無いと考えてよい可能性だ。
だからこそエブリムは不思議に思って聞いたのだが、シュラムは首を振りながら苦笑して返す。
「私も彼のことはほとんど知らない。出会ったのは数日前だ」
「おいおい……それは大丈夫なのかよ? レイヒムのスパイか何かじゃないだろうな?」
呆れたような目でシュラムとクウを交互に見るエブリムの意見は当然だ。普通ならば出会って数日の人物にこのような協力を取り付けるなど愚かな行為である。
だがシュラムにはそれをするだけの正当な理由があった。
「問題ない。彼は私たちの神獣様と共に参られ、【ドレッヒェ】を攻めていたレイヒムを退けた。そればかりかレイヒムの呪いについても解き明かし、さらに【ドレッヒェ】で蔓延しかけていたレイヒムの呪いの被害を最小限に抑えてくれたのだ。敵ではないよ。
そう言えば先ほどはレイヒムの呪いの話で止まっていたのだったな。お前たちはどれぐらい奴の呪いに付いて知っている?」
神獣と共に来た人物という部分に目を見開いたエブリムだが、その驚きもすぐに抑えてシュラムの質問に答える。
「知っているのは奴が強力な呪いを扱えることだけだ。発動条件も解除方法も知らん」
「ならば教えておく。奴は自らの血を媒体にして呪いを発動しているらしい。その血はたった一滴でも効果を及ぼすそうだ。つまり水や食料に奴の血を一滴でも混ぜておけばいくらでも呪いをばら撒くことが出来る。現に【ドレッヒェ】でも隙を突かれて泉に血を混ぜられた」
「何だと!? それでは……」
「間違いなくこの国の民は奴の掌の上にある。上手く血の混じった食料や水を回避できれば問題ないのだろうが、それが出来ているのは一部の者だけだろう。お前のようにな」
「クッ! 卑怯な」
ギリリと歯を噛みしめるエブリムにシュラムも同意して頷く。【ドレッヒェ】の場合はクウが呪いの核となるレイヒムの呪血入りの水や食料に意思干渉を行って呪いを破壊した。だがそれは【ドレッヒェ】のみならず全ての里で広がっているのだろう。レイヒムは血を取り込んだ人物に自在に呪いを掛けることが出来るため、核さえばら撒けばいつでも発動できるということだ。
ただし、汚染体となる呪いに侵された肉体が無ければ呪いの核は自然排出されるため、定期的にレイヒムの血を取り込ませる必要がある。尤も、クウはこの話をシュラムに説明していないので二人はこの事実を知らないのだが……
「これからは食料調達にも気を付けねばならんな」
「ああ、クウ殿は呪いが感染する前なら除去できるらしいからな。レイヒムの血が混ざっている食料や水もクウ殿に見せて確認を取れば安全だ」
「そんな能力が?」
「ああ、だからこそ私たちの里は被害が少なく済んだ」
レイヒムの呪いは血である核と、呪いに侵された汚染体によって形成されている。この核と汚染体を同時に浄化しなければレイヒムの呪いを解くことは出来ないのだが、逆に言えば呪いが発動する前ならば汚染体が無い状態であるためクウでも除去できる。
呪いの核を生産する汚染体さえなければ《幻夜眼》による意思干渉で呪いの意思を破壊できるのだ。
シュラムもその仕組みは理解していなかったが、クウならばある程度対処できるということを説明してエブリムを安心させようとした。そのため音もなく近寄ってきたクウに気づくことが出来なかったのだ。
「おい」
クウはシュラムの右肩をポンと叩いて声を掛ける。その声は普通に聞こえたが、どこか心を震わせるような暗い色を含んでいるように感じられた。ギギギ……と壊れたブリキ人形のような様子で右下へと顔を向けるシュラム。
そこにはニヤリと口元を歪めたクウが立っていた。フードで顔全体は見えないが、その目は嗤っていないのだろうと予想できる。
「あんまり人の能力をペラペラとしゃべるなよ?」
「あ、ああ。悪いクウ殿」
「分かればいいよ。まぁ、これぐらいなら喋っても問題ないけど次はないからな。俺は協力者であって、お前たちの仲間ではないことを覚えておけ」
壊れたクルミ割り人形のように激しく頷くシュラム……そしてエブリム。クウは特に魔圧をしているわけではなかったが、どうやら何かしらの悪寒を感じたらしい。
少し顔を青ざめさせているシュラムとエブリムから少し離れたところで、やっと縄から解放されたヘリオンだけは呑気に体を伸ばしているのだった。
 





