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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
168/566

EP167 反レイヒム派①

 三階層転移クリスタルの小部屋。

 一般的にはそう呼ばれる空間で一人の男が佇んでいた。破壊迷宮の二階層と三階層を繋ぐ階段の間にある部屋であり、エントランスにある巨大クリスタルとの間で好きに移動することが出来る。

 とはいっても、この破壊迷宮の難易度はかなり高い。自走する壁型ゴーレムによって無限に地図マップが変化し続けるため、迷った末に飢え死にするということが頻発するのだ。確実に攻略するためには壁型ゴーレムを破壊しながら次の階層を目指すほかない。しかしながら、このゴーレムが異常に堅いという嫌がらせのような仕様の迷宮ダンジョンなのである。

 そんな迷宮であるために三階層の転移クリスタル部屋にすら辿り着けない者が多い。つまりこの部屋にいる時点で相当な実力者であると理解できるのだ。



「来たか……」



 男はそう呟いて振り向く。砂塵と日光対策でよく用いられる白いマントを羽織り、さらにフードも被って顔を隠していることからかなり怪しく見える。もちろん、この男シュラムは【帝都】に侵入している身であるため怪しい人物であることには変わりないのだが……

 そしてシュラムが振り向いたと同時に小部屋へと入ってきたのは同じ格好をした人物。こちらは明らかに背が低く、体格も女性か子供と言ったところだ。だがその内に秘めている力は見た目からは予測できない程であると分かる。何故なら両手の脇に自分よりも遥かに体格の良い男を一人ずつ抱えていたからだ。

 そして入って来るなり口を開く。



「待たせたか?」


「少し待ったな。思ったより遅かったのは両脇に抱えた二人のせいか?」


「ちょっと絡まれてな。思うところがあったから気絶させて持ってきた」



 シュラムは目の前の小さな人物が予想外なほど力持ちであることに驚いてはいない。何故ならこの男クウは間違いなく自分よりも強いと理解しているからだ。神獣と崇める天竜ファルバッサの知り合いであり、レイヒムの呪いの元すらも破壊してみせたクウの実力はシュラムでは測れないだろう。

 クウも特に疲れた様子すら見せずにロープでグルグル巻きにした二人の獣人を無造作にシュラムの前へと投げ置く。二階層を進んでいる間は引きずっていたのだが、さすがに階段でその仕打ちは拙いと考えて両脇に抱えてきたのである。どちらにせよ硬い地面に投げ出されたこの二人には可哀想という言葉をかけるのが妥当だろう。



「一階層で出会ってな。なんかと勘違いしたのかいきなり襲って来たんだ。それで撃退して誤解も解け、そしたら急に俺に付いてくるとか言い出してな。怪しかったから問いただすとまた襲ってきた。それで今度は気絶させてここに持ってきた。こいつらから情報を聞き出すぞ」


「クウ殿に攻撃を仕掛けるとは愚かなことだ。どうせ見た目で判断して襲いかかってきた馬鹿な破落戸ゴロツキか何か―――ん?」


「どうした?」



 クウが気絶させた二人の獣人の顔を見て言葉を止めるシュラム。クウからは見えなかったが、眉を顰めながら怪訝な顔をしていた。そして一瞬言葉を止めてから呟く。



「エブリムとヘリオンか? いやまさか……」



 シュラムとしては本当に独り言のつもりで呟いたのだが、クウにはその声が聞こえていた。それは確かにクウが聞いた二人の獣人の名前であり、そのことにクウも驚いて聞き返す。



「知り合いなのか?」


「え? ああ、一瞬そうかと思ったのだが人違いかもしれん。何せ長く会っていないからな」


「いや、確かにこいつらはエブリムとヘリオンだと名乗ってたぞ?」


「……何?」



 シュラムは少し遅れて返答する。確かに知り合いに似ていると思ったが、何十年も前のことであるし似た人物と見間違えたのかと考えた。しかし名前が一致しているとなれば間違いないだろう。

 獅子獣人のエブリム、猫獣人のヘリオンという名はシュラムの中では一人しかない。



「獅子獣人と猫獣人の首長の子だ。私とは歳が近く、昔は共にこの迷宮で修行したこともある。それにエブリムに関しては戦争の初期には味方として共に北帝軍と戦ったこともある」


「何でそんな大物が追われているんだ?」


「追われている? どういうことだ?」


「ああ、説明してなかったな。俺がこいつらを問い詰めた時、誰かに追われているようだったんだ。それで迷宮の外で兵士が見張ってたのを思いだしてカマを掛けたら当たりだった。まぁ、それで俺の口封じにって襲い掛かられたんだけどな」



 クウとしても二人がまさか首長の息子だったとは驚きだ。確かにそれなりの強さを持っていたし、迷宮の二階層程度なら十分に通用しそうなパワーもあった。獣化を使えば三階層か四階層も余裕だろうと思われる。

 しかしそんな人物が帝国の兵士に追われているというのは不思議な話だ。現在はレイヒムの元に全ての獣人が従っているということであり、竜人と違って普通は追われるはずがない。

 となれば追われている理由は自ずと見えてくる。



「やはりこいつらが反レイヒムの連中みたいだな。まさか首長の息子が関わっているとは思わなかったが、これはこれで使える」


「例のレイヒムが皇帝の座に就いていることを不満に思っている奴らか?」


「多分そうだろ。まだ予想の段階だし、そもそもそんな連中がいるかも知らないけど、上手くいけばこいつらは味方に引き込めそうだ。それにシュラムの知り合いなら都合がいい」



 現皇帝のレイヒムは近接戦闘を苦手としているようだ……とクウは考えている。《森羅万象》でレイヒムのステータスを覗き見た時に感じた感想だ。しかし【砂漠の帝国】では近接肉弾戦で最強の者が皇帝い就くべきだという伝統があった。そのため最強とは言えないレイヒムが皇帝であることに不満を持つ者たちがいるだろうと考えたのだ。

 そういった者たちなら今回の強襲作戦でも協力を得られる可能性があると思ったため、情報収集の一環で接触を試みようとしていた。



「クウ殿、やはりここは私が話そうか?」


「いや、まだこちら側に付いてくれるとは限らない。可能な限り俺たちの顔は見せないことにしよう。十分に情報を聞き出して大丈夫だと判断してから協力を要請しよう」


「確かにそうだ。まだ予想でしかないのだからな。私も知り合いに会ったことで焦っていたらしい」


「気にするな。数十年ぶり何だろう?」


「ああ」



 シュラムも元は首長の息子という立場だった。先代皇帝はシュラムの父であり、各種族の首長との関係からその子供とも会う機会は多かったのだ。そのためこのエブリムとヘリオンに関しても幼馴染といったような関係となる。急いてしまうのは当然だった。

 クウも幼馴染であり、この旅の目標でもある朱月 優奈ゆなのこととなると周りが見えなくなると自覚はしている。そのためシュラムの気持ちが分からないわけではなかったのだ。



「とにかく傷を治して起こすか。『《自己再生リジェネーション》』」



 自己再生能力を喚起してDNA情報から傷を癒していくクウのオリジナル魔法。普通の回復系魔法より効果が高いが、概念を理解しなければ使うことは出来ない。シュラムも回復系魔法は見たことがあるが、クウのように劇的な変化をもたらす魔法は初めてだった。

 顔や服の端から見えていた傷があっという間に治っていくのを見て驚く。



「これほどとは……」


「回復に関してはリアの方が上だけどな」


「これ以上なのか?」



 リアはクウの魔法講義を受けて効率の良い魔法を習得している。特に回復系に関しては《治癒の光》があるため無条件で一段階上の効果を得られるのだ。

 魔法制御や魔力の扱いはクウの方が上だが、やはり【固有能力】の効果は大きい。《月魔法》も回復向きな訳ではないので、やはりリアの《回復魔法》の方が上なのだ。



「うぅ……」



 ほとんど傷を回復し終えた段階で呻き声が聞こえた。どちらから聞こえたのかは分からなかったが、これで大丈夫だと考えてクウは魔法を停止する。

 するとすぐにエブリムの方が目を覚ました。



「……ここは?」



 やはり獅子獣人の方がタフなのだろう。クウの《魔弾》で気絶していたにもかかわらず、すぐに目を覚ましたようだった。エブリムはぼんやりとしたまま天井を見つめ続け、そして突然何かを思い出したかのように飛び起きる。

 が、ロープで縛られていたため上半身を起こすだけに留まった。



「そうだ! 俺たちは捕まって……ここはどこだ? ヘリオンは? ってお前は!」


「いきなり騒がしい奴だな。ちなみにここは三階層の転移クリスタルの小部屋だ。ヘリオンならお前の隣に転がっているだろう?」



 クウに気付いたエブリムは慌てるが、それを諭すようにしてクウは答える。冷静なクウの声を聞いて現状に気付いたエブリムはキョロキョロと周囲を見渡し、少し落ち着いて隣のヘリオンへと目を向けた。

 胸が上下していることから生きていることは分かるが油断は出来ない。何故ならクウと共にシュラムが二人を挟み込むようにして立っているのだ。クウの後ろには小部屋の出口、シュラムの後ろには転移クリスタルという風に道を塞がれている。それに自分たちの体はロープで頑丈に縛られており、抜け出すのは難しい。疲労しておらず、ヘリオンの意識があったならば方法はあったかもしれないが、今の段階では大人しくして隙を待つべきだと判断したのだ。

 数秒の思考の後にそう答えを出し、エブリムは口を開く。



「……何故俺たちを生かしている? 拷問でもするつもりか?」


「望むなら拷問してもいいけど……普通に答えてくれると嬉しいな」


「はっ! お前らレイヒムの犬に吐くような情報はねぇよ!」



 クウから言い知れぬ威圧を感じ取ったエブリムは虚勢を張って答えることを拒む。見た目では判断できないクウの強さを実感したところであり、さらに自らの本能が危険だと判断したのだろう。

 隙を待つつもりが、いきなり咬みつく勢いで言い返してしまったことに一瞬身を固くするエブリムだが、すぐに覚悟を決めてクウの答えを待つ。

 だがクウの答えはエブリムの予想の反対をいくものだった。



「やっぱりレイヒムに反対している連中か。殺さず生かしておいて正解だったな。レイヒムを倒す計画に協力してくれるか?」


「……は?」


「いや、だから一緒にレイヒムを倒して欲しいんだけど」



 首を傾げつつ言い直すクウに言葉を失うエブリム。

 確かにエブリムはレイヒムが皇帝の座に就いていることに反対してる立場であり、クウの予想は正しかったということになる。だがエブリムからすれば目の前の顔も見えない人物がレイヒムを倒すと言うなど完全に予想外である。とても信じられなかった。



「嘘を言うな。どうせ俺に仲間の元まで案内させるつもりなんだろう? もう騙されねぇ。あの野郎の汚さと卑劣さは身に染みて理解しているつもりだ!」


「何があったんだよ……そうだな。どうすれば信じて貰えるか……」



 クウはエブリムを味方に引き込める確信していたが、エブリムはクウを信用することが出来ない。《森羅万象》で嘘かどうかを感知できるクウと異なり、エブリムにはクウが嘘をついているかどうかを知る術が無かったからだ。十分に話を聞かずともエブリムがレイヒムと敵対している確信を得られたことに関しては運が良かったが、逆に相手の信頼を得るのは難しいということだ。

 ならばとクウはシュラムにアイコンタクトを送る。

 フードで隠れて見えなかったが、《気配察知》スキルのあるシュラムはクウの視線に気づき、その意図を理解して白いマントに手を掛けた。



「エブリム、私だ」



 そう言って一気にフードごとマントを外して姿を現す。外されたマントはシュラムの手を滑り落ちるようにして離れて行き地面でバサリと音を立てた。

 そしてシュラムの声とその音で振り向いたエブリムは目を見開いて驚き、かすれたような声を出す。



「おま……え……シュラムか?」


「そうだ。私に協力して欲しい」



 真剣な表情で見つめるシュラムに対し、理解が追い付かないエブリムはしばらく茫然としてシュラムを見つめていたのだった。






最近は内容よりもサブタイトルが思い浮かばない……話数が増えると管理が大変です。



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