EP166 疑惑の獅子と猫
~二階層~
「いやー。助かったッス」
「ホントに申し訳ないッス」
そんな調子でクウの後に追随するのは獅子獣人のエブリムと猫獣人のヘリオンだ。一階層でクウに襲いかかってきたところを撃退されたのだが、今はこうして誤解も解けた。強者には従う文化の獣人は、怪しい格好であるクウにも疑うことなく付き従っていた。
初めこそ顔を見せてくれと頼まれたクウだが、さすがにそれは拙いと考えて断った。幻術で誤魔化すのもアリだが、それは最終手段だろう。エブリムとヘリオンもクウが嫌がっているのを見て素直に引いたため、問題にはならなかった。
「それでいつまで付いてくるつもりだ? 怪我をしているなら脱出した方がいいだろうに。二階層の転移クリスタルはもう過ぎてるぞ」
ここは二階層を降りてすぐの場所だ。一階層と繋がる階段はまだ背後にある。腕や背中などに傷を負っているらしいエブリムとヘリオンは脱出するのだろうと思ったクウだが、意外にも彼らはクウに付いて降りてきたのだ。
これはさすがに怪しいと考えてクウは問いただす。
すると二人はへコヘコとした様子から一変して慌てながら答える。
「いや、ほら……あんたに付いて行った方が安全そうだし?」
「それにあんたに攻撃しちまったからお詫びがしたい……みたいな? まぁ、俺たちもそれなりの戦力になるから……な?」
「何が『……な?』だよ。普通に邪魔だ。さっさと地上に戻れ」
『…………』
何やら様子のおかしい二人を見てクウはバッサリ断る。初めの戦闘は誤解から始まったことだが、和解してからも何故か付いて来ようとする二人。クウでなくとも怪しいと考えるだろう。
(まさか俺のことを分かっているのか? もしや襲ってきたのも俺を始末するため? それで始末できなかったからせめて情報でも集めようとしているとか……ないな)
口調もどこか焦っているようであり、これがスパイだとするなら粗末なものだ。それに怪我をしていることから待ち伏せしていたという線も怪しい。そんな雑魚でクウの相手が務まるとレイヒムも考えるはずがないからだ。
そう結論付けてクウは実際に確かめてみることにした。
「お前たちは本当に何がしたいんだ? なぜ地上に出たがらない? まるで誰かから逃げているみたいだ。そんな怪しい奴を連れて歩くのは嫌だぞ」
自分のことを棚に上げてそう質問するクウ。白いマントで全身を覆い、フードで顔を隠しているクウも一般的に考えれば十分に怪しい格好をしている。だが迷宮で修行する者の中にはそういった格好をする者も少なくないというのがシュラムからの情報だった。
逆に迷宮から脱出することを躊躇ってクウに付いて行こうとする二人は非常に怪しい。フードに隠れているその目から放たれる視線はこれ以上に無く鋭くなっていた。
それを感じ取ったのかエブリムとヘリオンも少し後ずさって答える。
「い、いや……その……」
「そんなことは……ない……と思う」
口籠るエブリムに対してヘリオンはハッキリと否定を口にする。もちろん誰かから逃げているのかという質問に対する否定だ。だがクウの前でハッキリとイエス、ノーを言うのは悪手だった。
「はい嘘。誰かに追われているんだな」
「なっ!?」
そう言い切るクウに驚くヘリオン。エブリムも驚き、目が大きく見開いていた。元々クウは《森羅万象》の効果によって嘘を見破ることが出来る。だがこの二人に関しては能力を使うまでもなく、クウの素の観察能力でも……いや、誰にでも十分に嘘は看破出来るだろう。
二人の様子を見たクウは、さらに嘘であると確信する。
「追われているのは……もしかして兵士か?」
『……』
「沈黙は肯定と受け取るぞ」
やはり嘘を吐けない性格なのだろう。二人は黙ってクウの言葉を受け入れるかのように俯いている。
二人が兵士に追われていると察した理由は簡単だ。クウとシュラムが迷宮へと足を踏み入れる際、何人かの兵士が入り口を見張っていたのだ。多くの獣人が修行場所として使う迷宮を兵士が見張る理由などほとんどないだろう。となれば何者かを追っていると予想できる。
それに追われているとすれば二人が地上に出られない理由とも一致するのだ。
追い詰められたエブリムとヘリオンは口を閉ざし続ける。
「まぁ、兵士に追われるような奴なら犯罪者ということになる。ここでお前たちと会ってしまった俺はどうすればいいんだろうな……?」
そういって一歩踏み出すクウ。
だが二人はこれ以上後ろに下がることはなかった。
「やるぞヘリオン」
「……ここでやられるわけにはいかない」
そう言っていきなり獣化を使用した。
獅子獣人のエブリムは髪が逆立ち、本当にたてがみのように変化する。全身の筋肉が膨れ上がり、首筋から頬にかけて毛が伸びた。瞳も鋭く光り、口元で光を反射する牙は本物の肉食獣を彷彿させる。
一方のヘリオンは猫獣人だ。こちらは筋肉がより引き締まり、伸縮性に優れた柔軟なものへと変化する。首元から頬にかけて毛が伸びるのは同じだが、こちらは猫の髭のようなものが生えているのが見える。
全身を隠すような衣服であるために分からないが、身体のあちこちで体毛が増え、獣に近い姿へと変化しているのだろう。雰囲気も獰猛に急変し、一気に空気が鋭くなった。
「悪いが俺たちはここで捕まる訳にはいかない」
素の状態でもクウより大きかったエブリムも、獣化状態になるとさらに大きくなる。獅子獣人としての恵まれた体格と身体能力をフルに活用してクウの正面から掴みかかる。普通ならばこれだけで仕留められるのだろうが、先程クウと戦って惨敗した二人に油断はない。ヘリオンが横から回り込んで死角からの攻撃を仕掛けようとする。
「そう来るのか」
クウは誰にも聞こえないほどの声でそう呟いて体を少し捻った。すると掴みかかっていたエブリムの手をすり抜けるようにしてクウの体が動き、まるで初めから決まっていた組手のように内側へと入り込まれる。筋肉が膨張したことで腕の可動域が狭くなったエブリムにクウを捉えることは出来ず、逆に襟元を掴まれて軽々と投げられてしまった。
「が!?」
「なっ!?」
投げられた先にはナイフを構えたヘリオン。まさか体格で遥かに劣るクウが軽々とエブリムを投げ飛ばしたことは衝撃だ。それに獣化をしたエブリムは速度もパワーも桁違いだ。それを自然にすり抜けて内側に入り込むなど達人級の使い手でなければ無理だろう。
もちろんクウは体術に関してはそれほど技術がある訳ではない。だが朱月流抜刀術を会得したことで相手の動きを観察し、的確な流れを作って戦いを有利に運ぶ能力は身に付けている。その染みついた能力を天使スペックのステータスで実行すれば達人級の動きも可能という訳である。
いくらステータスが制限でしかないとっても、クウの能力は間違いなく最強クラスなのだ。
「お前らはいきなり襲ってくるのが趣味なのか?」
そう呆れたような言葉を掛けるクウだが、やられた二人は必死である。そんなもの聞こえないとばかりに再び攻撃を始めた。
二人の周囲を特徴的なオーラが包んでいき、身体能力が明らかに上昇したと理解できる。その様子から引くつもりはないのだと無言で語っているように見えた。
「《気纏》か……」
そう言えばまだ練習していなかったと考えながら再び迫ってくる二人を見つめるクウ。身体能力を引き出し、さらに自らの耐性も高める非常に強力なスキルだ。人族の領域では《身体強化》が一般的だったが、どうやらこの国では《気纏》の方が浸透しているらしい。
「仕方ないな。眠って貰うか」
両脇から囲むようにして攻撃を仕掛けるエブリムとヘリオンの連携は中々なものだ。怪我をしているとは思えない程の動きを見せているのは称賛するべきことだが、やはりクウには及ばない。
クウも情報を引き出すために無傷で捉えるべきと考え、手札を切ることにした。
「なっ!」
「ごはっ……」
クウが無造作に右手を振り払うと同時に吹き飛ぶ二人。そして吹き飛んだ先でウォールゴーレムへと激突し、蜘蛛の巣状にヒビが広がる。防御に優れたウォールゴーレムにヒビが入る威力となればその威力は想像を絶するものとなる。
元からすでに負傷していた二人の内、獣化しても防御力が上昇しにくい猫獣人のヘリオンはこの一撃で気絶してしまった。エブリムの方も腹部を抑えながら横たわってクウを睨みつける。
《気纏》の防御力すらも貫通してダメージを与えたのはクウの《魔弾》だ。魔力を圧縮し、物質として放つ魔力系スキルである。本来はそれほど威力のあるスキルではないのだが、《魔力操作》で圧縮率を高め、射出速度や回転をさらに加えて威力を増したものだ。キングダム・スケルトン・ロードには通用しなかったが、クウの魔力値で放たれた《魔弾》は相当な威力になる。こうなるのも当然だった。
「気絶しなかったか」
「クッ……俺がやられても―――」
「はいはいその話は後でな」
「―――グフッ」
クウはエブリムに容赦なく《魔弾》を撃ち込む。すでに《気纏》すら切れていたエブリムは抵抗する余地もなくそのまま意識を失ったのだった。
倒れた二人を眺めつつクウは呟く。
「やっぱりこいつら当たりかもな。それにしても最初のへコヘコした態度は何だったんだよ……」
そう言ってから頷き、虚空リングから丈夫な縄を取り出して二人を縛る。しっかりと手足を固定し、動けないようにしてから二人を担ぎ上げる。だがこのままでは壁も壊せず、魔物との戦いでも面倒だと気付いて結局地面に引きずっていくことにした。
迷宮内にはウォールゴーレムの破壊音と何かを引きずる音だけが響き渡るのだった。
引きずられて体中に傷を増やされた獣人二人は堪ったものではないだろうが、これはこれでクウからのささやかな復讐だったのである。フードの端から漏れる嗤いに気付いたものは誰もいない……
うーん。
この二人に何故か二話分も使ってしまった。これは予想外。





