EP165 二人の獣人
~一階層~
防御能力に優れているウォールゴーレムもクウからしてみれば大した強さではない。かなりの上位スキルである《自己再生》すらも発動させることなく一撃で葬り去っていく。クウも初心に返ったつもりで自らの原点とも言える朱月流抜刀術の鍛錬代わりにゴーレムを惨殺していた。
「かなり勘を取り戻してきたな。ここで人型魔物が出て来てくれるとありがたいけど……」
そんな呟きと共に目の前に立ちふさがるウォールゴーレムを切り倒す。このウォールゴーレムは個体によって魔石の位置が異なるため、普通は倒すために結構苦労する。基本的にゴーレム系の魔物は無機物が肉体を構成しているため、体の一部を潰した程度では死なない。アンデッド系と同じく、魔石が本体なのだ。
ただしゴーレムの体は魔力を含んだ材料として魔道具作成などにも使われることがあるため、アンデッドと違いお金になる相手ではある。例えばアイアンゴーレムという鉄鉱石を含んだゴーレムから造られた武器は強力な付与が与えられるため、魔法武器として喜ばれるのだ。
「よしよし、魔石回収っと」
クウはゴーレムを切り刻んでは魔石を回収し、前へ前へと歩みを進める。未だ一階層に侵入してから十分程度しか経っていないにも拘らず、既に次の階層の階段までもう少しとなっていた。クウが歩く後からは、その切り開かれた道を埋めるかのようにウォールゴーレムが移動しており、あっと言う間に元通りの壁が出来上がっている。まるで寄生攻略は許さないとでも言っているような光景だった。
そんな背後の状態をチラリと眺めつつ、クウは次のウォールゴーレムを切り裂こうとして……その右手に込めた力をフッと抜いた。そして居合の構えを解除しつつ、目の前のウォールゴーレムの向こう側へと意識を集中させる。
「……い、しっか……ろ」
「無……。もう動……ねぇ」
「馬鹿野郎! ……ろっ!」
壁で音が遮断されているためか、詳しい内容を聞き取るのは難しい。だが声の様子や途切れ途切れで聞こえてくる内容から鑑みれば、迷宮内で迷った者たちのようだった。
クウは彼らの気配と魔力を感じ取って動きを止めたのである。
「二人か……気配も弱っているから長い間この迷宮に閉じ込められているみたいだな。少し助けて情報を聞き出してみるか」
クウはそう呟いて左手に持った神刀をそのまま虚空リングへとしまう。代わりに手加減用で所持している鋼の長剣を手に取り腰につけた。マントの前開きとなっている部分から柄が見えるように調整し、フードも深く被り直して顔が見えないようにする。こうして接触する以上、クウの特徴を相手に悟らせないためだ。
準備が完了したクウは右手を目の前のウォールゴーレムへと当て、魔力を練り上げて集中させる。そして一気にそれをウォールゴーレムへと叩き込んで内部から破砕した。魔力抵抗の低いウォールゴーレムに有効な『浸透魔力撃』である。
「何っ?」
「ごはっ!?」
だがウォールゴーレムの向こう側で座り込んでいた二人の人物からすれば堪ったものではなかった。いきなり壁の一部が吹き飛んできたのである。その破片が当たって地味なダメージを受けていた。
不意の出来事ということもあって反応できなかったのか、そのうちの一人は鳩尾へと綺麗な直撃を受けたようである。ピクピクと震えながら地面に蹲っていた。
「な、何者だ! まさか俺たちを……」
そこでようやくもう一人がクウの存在に気付いて声を荒げる。耳を見れば獅子獣人と分かる彼は、すぐに戦闘態勢へと移って神経をとがらせ始めた。
クウの背は低いが、座った状態で見上げればそれも気にならない。つまり白いマントを被った怪しい人物が二人を見下ろしているような構図となる訳である。
疲労で思考力が低下していた獅子獣人の男は異常とも言えるほど目を滾らせてクウに殴りかかった。
「おらぁっ!」
「おっと……返事ぐらい聞けよ」
返答しようとしたクウにお構いなく迫る拳。
だがクウは体を斜めにして冷静にそれを回避する。そしてパンチを繰り出したその手を掴み、もう片方の手で襟を捕らえてそのまま足を引っ掛けた。飛びかかるようにしてクウに攻撃をしかけた獅子獣人の男は、その力の流れを利用されて一回転したのちに地面に叩き付けられる。
「がはっ!」
いきなり攻撃を仕掛けられたクウからしてみれば正当防衛のつもりだったが、相手にはそうは見えなかったらしい。鳩尾にゴーレムの破片が当たって悶絶していたもう一人の男……猫獣人の男も背後からクウに襲い掛かってきた。
「殺った……」
そう呟いてナイフを振り下ろすが、当然ながらクウは気付いている。《隠密》というスキルを使った不意打ちの一撃も《気配察知》を所持しているクウには意味がないのだ。
《隠密》は《気配遮断》と異なり、気配を薄める効果しかない。普通の人は騙せても、《気配察知》を持っている人物なら簡単に気づくことが出来るのだ。
クウは背後から迫るナイフを躱しつつも後ろ回し蹴りを放ってカウンターを取る。完全に不意を突いたと思っていた猫獣人の男はクウの攻撃を避けきれず、吹き飛ばされてウォールゴーレムに激突した。
ピクリとも動かないことから気絶したのだろう。
「貴様! よくもヘリオンを!」
だが、そう叫んで地面に叩き付けられたはずの獅子獣人の男がもう一度クウに掴みかかる。いっそ幻術で眠らせようかとも考えたクウだが、その一瞬の思考の隙にクウは襟元を掴まれてしまった。もう一方の手でさらに左手も抑えられ、完全に組み合った状態が出来上がる。
(ちっ、思ったよりやるな)
クウが本気でやればこれぐらいはわけなく倒せるが、下手すれば殴り殺すという事態に陥ってしまう。どう見ても誤解から始まった戦いであるため、ある程度の怪我までで済ませる必要があるだろう。そうでなければ情報を引き出すことが出来ないのだ。
もちろん《幻夜眼》による催眠で吐かせるという手段もあるが、【帝都】に潜入して初日から切り札を使うつもりはない。それに彼らはあくまで一般人なのだ。余計な被害を与えるべきではないだろう。
「確か……こうだったかな」
クウは掴み合っている状態から一瞬だけ力を抜き、相手がバランスを崩したところで一気に押しこむ。さらに右足で軽く足払いをしながら体重を掛けて押し倒した。クウと獅子獣人の男と身長差から非常に歪な形となったが、これは大外刈りとも呼ばれる柔道の技だ。再び地面に叩き付けられた獅子獣人の男は受け身も取れずに頭を打ち付け気絶する。
この大外刈りは高校の体育の授業で少しだけ習った程度だが、こうして異世界に来て役に立つとは不思議なものである。そんな風に感慨に耽るクウだった。
『ホントにすみませんっしたーっ!』
そう叫びながら土下座をする二人の獣人。同じネコ科の獣人が並んで土下座をしているというのは何ともシュールな光景である。クウよりも遥かに体格の良い二人が何故か小さく見えたのは不思議な話だ。
「いいよ別に。俺は怪我しなかったしな」
クウとしても全く問題はなかったので気にしていない。今回に限っても運が悪かったと考えて地平の彼方に忘れることにしたからだ。
だがこれでも義理は重んじるのが獣人だ。クウが許したとしても自分が許せない二人の獣人は頭を下げながら言葉を続ける。
「いやいや。下手したら取り返しのつかないことになっていたんだ。謝るだけでは赦されるはずがねぇ。どうか一発殴ってくれ!」
「なら俺は二発殴ってくれ。俺は卑怯にも背後からアンタを殺そうとしたんだ。そうじゃなかったら俺の気が済まない!」
「いや、ホントそういうのいいから」
この二人の獣人……獅子獣人の方がエブリムで猫獣人の方がヘリオンというらしいが、誤解が解けた瞬間に態度を一変させたのだ。それに獣人は自分よりも強い者には従う傾向にある。クウに負けたことで何かが変わったのか、逆にウザくなっているようにすら感じていた。
クウとしても適当に情報を貰いたいだけなので、穏便に済ませたい。だがエブリムとヘリオンは殴れと言って聞かない。
「さぁ俺を殴れ。力いっぱい頬を殴れ。俺は問答無用であんたに攻撃してしまった。あんたがもし俺を殴ってくれなかったら、俺は生きてこの迷宮を出る資格さえないのだ。殴れ」
「いや、俺を殴れ。同じくらい音高く俺の頬を殴ってくれ。俺は一度とはいえあんたを殺そうとしてしまったんだ。生まれて初めて勘違いで殺そうとしてしまった。あんたが俺を二度殴ってくれなければ、俺は生きてこの迷宮を出る資格などない」
「いや、何だその無駄に壮大なセリフは!?」
どこかで聞いたようなセリフにクウはドキリとする。
だがこのままでは埒が明かないとも同時に感じていた。この二人は殴られるまで迷宮から出なさそうであるし、殴るまで話も出来そうにない。しかしここで殴ってしまえば何か負けたような気がする。
クウも二人の空気にあてられたのか、謎の葛藤に陥っていた。
(そうだな……面白そうだしちょっと脅かしてみるか?)
左手でフードを深く被り直し、土下座して殴れと懇願する二人を無視して通路を塞ぐウォールゴーレムの前に立つ。位置としてはその先に二階層への階段があるはずであり、クウの感知ではあと五枚ほど壁を粉砕すれば辿り着くと分かっていた。
エブリムとヘリオンは何をするつもりなのかとクウを凝視する。もしやこのまま無視されるのではないかと思って引き留めようとしたが、クウが構えて壁に向かってパンチを繰り出そうとしているのを見て一瞬動きを止めた。
(ちょっと本気のパンチを試してみるか)
クウは《魔力支配》をフル活用して自らの最大の威力を発揮させる。
まず《身体強化》で肉体性能を上げ、さらに《魔装甲》で右腕を保護。さらに『浸透魔力撃』も用意して威力の底上げを図っていた。
元から呆れるほどのステータス値を持つ天使が持ちうる手段をフル活用して強化した一撃を放つとどうなるだろうか? その答えがこれである。
「はっ!」
軽い気合の掛け声と共に全身を使ってウォールゴーレムへと右手を叩き込む。最も効率の良いフォームを取って放たれた全力の一撃は音速すらも突破して凄まじい衝撃を生んだ。
ドガアァァァァァァァァァァァァァアン!
迷宮全体を揺るがすような威力の一撃は壁一枚を突破するだけでは終わらず、その衝撃波と共に破壊の暴威を撒き散らしていく。物理防御特化であったはずのウォールゴーレムは文字通り粉々となって吹き飛ばされ、扇状に被害を拡大させられていた。
一番奥にあるはずの二階層への階段まで見事に粉砕されたウォールゴーレムの数は軽く二十を超えるだろうと思われる。
さすがにこれを見たエブリムとヘリオンはポカンと口を開いて唖然としていた。クウは悠然とした様子で二人へと向き直り、再びフードを深く被り直して口を開く。
「この威力だけど……殴っていいのか?」
『ホントにすみませんっしたーっ!』
二度目の謝罪は一度目よりも大きく、よりぴったりと重なっているように思えた。
エブリムとヘリオンのセリフは太宰治の「走れメロス」からです。国語の教科書でも出てくるから知っている人が多いのではないでしょうか?