EP164 ウォールゴーレム
破壊迷宮の内部は虚空迷宮と異なり薄暗い。真っ白な謎の材質だった虚空迷宮はどこか神秘めいたものを感じさせる雰囲気だったとクウは記憶している。しかしこの破壊迷宮は神秘というよりも怪しさが前面に出ているため、遺跡というイメージが近いだろう。
材質が謎なのは《森羅万象》で調べても変わらないようだが……
(エントランスの中央に転移クリスタルが一つ。それに奥には地下一階層へと降る階段か。外観を除けば虚空迷宮と差はないな)
迷宮は百階層で神が待ち受けているという神秘の建造物であり、各階層が次元断層として働くことで最下層にいる神の影響を抑えている。地上に顕現するだけで天変地異を引き起こすようなエネルギーを内包している神が簡単に人の前に出ることは出来ないのだ。
神の役目は世界の創世に始まり、巨大な世界の意思の管理が主となる。直接的に地上へと影響を与えるのは拙いのだ。
(ま、そのために天使がいるわけだから俺も頑張らないとな!)
クウは異世界二つ目の迷宮に心を躍らせつつも冷静を装う。既に虚空神ゼノネイアに認められたクウが迷宮を攻略する意味はないのだが、やはりこういうものには興味があるのだ。
今回に限っては拠点として利用するだけだが、超越者になるためにも修行と称して攻略しようかとも考えている。低階層では話にならないが、八十階層クラスになれば十分修行として使えるだろう。
それはともかくとして、先ずは拠点として使う十階層への転移クリスタルの小部屋を目指さなければならない。なぜ十階層なのかといえば、初めての迷宮ボスの階層の一歩手前だからだ。九階層と十階層の間にあるこの部屋まで来ることの出来る者はおらず、安心して利用できるのである。また十一階層より下がるとトラップが出始めるのでクウとしてもシュラムを連れて攻略するのが面倒なのだ。
そう考えたクウはここでふとシュラムに尋ねる。
「そういえばシュラムはどこまで攻略できてる? 確か修行で篭ってたことがあるんだよな?」
クウは初めてだが、シュラムは以前に入ったことのある迷宮なのだ。当然ながらいくらか転移クリスタルの登録を完了させている可能性はある。
懐かしさに昔を思い出していたシュラムも、すぐに我に返ってその質問に答えた。
「二階層までは攻略済みだ。三階層の転移クリスタルまで移動できる」
「それはよかった。なら俺は一階層からそっちに行くから、シュラムは先に転移しておいてくれ」
「良いのか? 正直言うと一人では難しいと思うのだが……」
「大丈夫だ。三十分で追いつく」
自信たっぷりなクウに怪訝そうな目を向けるシュラムだが、クウが自分よりも遥かに強いことは既に理解できている。どれほどの差があるのかは分かっていないものの、何かしらの方法があるのだろうと諦めることにした。
シュラムもクウの思考能力は十分にわきまえているつもりだ。レイヒム側の動きの予測や効率の良い作戦立案を初めとして、その知恵の一端を見てきたばかりだからだ。それゆえクウが無謀なことをしているとは思えなかったのである。
三十分で追いつけるのかどうかは謎だったが、少なくとも一人で踏破は可能なのだろうとシュラムは結論付けたのだ。
「では先に行こう」
「ああ。途中で誰かに遭遇したら可能な限り情報収集してみる」
「頼んだ」
シュラムは一言告げてエントランスの巨大クリスタルに触れる。そしてクウにも聞こえないほどの音量で何かを呟いたかと思うと、青白い粒子が散ってシュラムの姿は消失したのだった。三階層の小部屋へと転移したのだろう。
クウもそれを見て歩みを進め、クリスタルを通り過ぎて奥の迷宮入り口を目指す。相変わらずポッカリと暗い口を開けているが、クウに恐ろしさはない。迷宮の特性も理解しているため、戸惑うということもないだろう。クウは自信たっぷりな足取りで一歩目の階段を降りたのだった。
~一階層~
階段を降り切ったクウの視界には一面に壁が並んでおり、真っ直ぐ進むだけで次の階層へと辿り着いた虚空迷宮とは違った様子を見せている。天上や床が適度な明かりを放っているのは同じだったが、こうして侵入を阻むように壁が連なっているのは不思議な光景だった。
壁型ゴーレムの繋ぎ目が気になるところであるが、こうして見る限りでは一枚の壁のように感じられる。しかし《森羅万象》で情報開示すれば、壁型ゴーレムは幅二メートルほどであることがすぐに分かった。さすがは最上位情報系スキルである。
クウは早速とばかりに迷宮内の観察を始めていた。
「ふーん。目の前はいきなり壁、左右に通路が伸びていると。しかも左右も先で複雑に分岐しているみたいだな。普通に攻略するのは大変そうだ」
迷路のように入り組んでいる構造を造っているのは壁型ゴーレムであり、それさえなければ広い正方形の空間でしかないという異色の特性。ゴーレムは自ら移動するため、例えマッピングしたとしてもすぐに構造変遷がなされることだろう。壁を破壊することが前提のような仕組みである。
まさに破壊迷宮という名に相応しい特殊効果だろう。
現に、クウの目にも破壊迷宮の壁は次のように映し出されていた。
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――― 0歳
種族 ウォールゴーレム
Lv100
HP:10,000/10,000
MP:10/10
力 :10
体力 :5,000
魔力 :1,000
精神 :1,000
俊敏 :1,000
器用 :10
運 :10
【通常能力】
《硬化 Lv6》
《自己再生 Lv8》
【称号】
《神に創られた者》《迷宮の壁》
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「うわー。極端なステータスだな」
考えるまでもなく完全に防御寄りな能力値だ。恐らくこのウォールゴーレム自体は攻撃を仕掛けてこないのだろう。【称号】からも壁としてのみ機能していると理解できる。
HPと体力の値だけ多く、スキルも《硬化》と《自己再生》が揃っているため耐久が高い。恐らくこれによって破壊されることを防いでいるのだろう。クウからすれば大した防御力ではないが、一般的に見ればかなり耐久が高いステータスである。
「次の階層は……真っすぐ進んだ先か。虚空迷宮と同じで基本的には入り口から真っすぐ進めば階段が見えるらしいな」
《森羅万象》で情報を開示させ、クウは目の前に立ちふさがるウォールゴーレムに右手を当てる。そして魔力を練り上げ圧縮し、それを右手の先へと集めた。《魔力操作》《魔装甲》《魔呼吸》を組み合わせて実行するのは『浸透魔力撃』。魔力を流し込むことで相手の体を内側から攻撃する《魔力支配》の応用技だ。
「はっ!」
ボガッ!
気合の掛け声と共に破裂するウォールゴーレム。ステータス値から魔力抵抗がそれほど高くないことを知っているため、思った通りだとクウは口角を上げる。
ステータスの魔力値とは、霊力を魔力に練り上げた時の効率や魔力強度だけでなく、魔力自体に対する耐性も兼ねている。このウォールゴーレムは魔力1,000であり、クウのステータスからすれば大した耐性を持っていないということになるのだ。
抵抗も再生も許されずにHPを吹き飛ばされたウォールゴーレムは岩の体を崩壊させて迷宮の地面にバラバラと転がる。一応は魔物であるために魔石も紛れて転がり、クウはそれだけ回収して先へと進んで行くのだった。
「これならもっと早く行けそうだな」
クウはそう呟いて虚空リングから神刀・虚月を取り出し、右手を柄に変えて抜刀の構えをとる。だがその歩みは止まることなく、次のウォールゴーレムへと近づいて口を開く。
「……『閃』」
クウの右手がぶれて神速とも言うべき一撃が繰り出される。《抜刀術》はレベルに依存して攻撃速度と攻撃力が飛躍的に上昇するという壊れ性能な上位スキルだ。現在スキルレベルがLv8であるため、その上昇率は実に十二倍。クウの身体能力も相まって不可視不可防の一撃と化していた。
しかしクウの攻撃はそれで終わらない。
「『断』」
その言葉と共に繰り出された幾つもの斬撃が軌跡となって煌めき、僅か一秒にも満たないうちに神刀の鞘へと収められる。余韻を残すかのようにゆっくりと刀身が鞘へ吸い込まれていき、カチリと音がした瞬間にウォールゴーレムはバラバラとなって崩れ落ちた。
これは別段、神刀・虚月の能力を使った訳ではない。魔力を通すことで斬撃を透過させ、納刀時に絶対切断の斬撃が奔るというのが神刀の能力だが、今回に限っては完全にクウの実力だった。
切られたことすら気付かないレベルの美しい斬撃は見事にウォールゴーレムを切り刻み、切られてから数秒立ってようやく死んだことに気付いただけなのだ。
元から名刀とも言うべき鋭さの神刀だからこそ出来たことではあるが、やはりクウの朱月流抜刀術の熟練度は凄まじいものがあるのだろう。
「またつまらぬものを切ってしまった……一度言ってみたかったんだよな。斬鉄とか裂岩は地球じゃ滅多に出来ない離れ業だし」
一応、朱月流の究極目的として『斬鉄裂岩』は存在する。精神を統一し、極限の集中状態から繰り出される一撃は鉄も岩をも斬り裂くということらしいが、クウには一度も出来なかった。どうしても自分の刀が一緒に折れてしまうのである。
理由として、昔のような折れぬ曲がらぬの名刀を造り上げる技術は失われているため、本人が頑張っても刀が耐え切れないという部分はある。だが結局は自分が未熟だということが大きいのだ。それゆえクウにとってもこの一種の到達点には嬉しいものがあった。
「まぁ、でも逆に武器が強すぎるってのもあるしな。《抜刀術 Lv10》に達したら普通の刀でも出来るようになるのかな? そう言えば宮廷鍛冶師のドランさんも刀を研究するって言ってたっけ? 結局どうなったのか気になるな」
ドランは召喚当初に王宮で出会った宮廷鍛冶師だ。人族では最高の鍛冶職人であり、クウから聞いた刀の構想に興味を示していた。ちなみに神刀の鞘は元々このドランがアダマンタイトを使ってクウ専用に作成したものである。今ではゼノネイアによって神刀の鞘と化しているが、元は木刀ムラサメの専用鞘だった。
「気になるけどもう無理かな……ドワーフなら刀を作れる技術が少しはあるって聞いたし、いつかドワーフに会いに行くにはありかもな。人里離れて暮らしてるらしいから指名手配されてても大丈夫だろ。
っと余計なことだったな。とにかくシュラムを追いかけるか」
最近は魔法や魔眼ばかり使っていたために少し感慨に耽っていたクウ。キングダム・スケルトン・ロード以来の刀の感触を噛みしめながら少しずつ勘を取り戻そうとしていた。
如何にスキルがアシストしてくれると言っても、朱月流の戦い方はクウ自身で制御している。抜刀時や刀を振ったときの鋭さ、身体の動き方はスキルアシストでどうにかなっても、具体的な朱月流抜刀術としての流れるような動作はクウにかかっているのだ。
これは武器を扱うスキル全般に言えることであり、各流派としての動きはスキル保有者が意識しなければ勘が鈍ってしまう。リアが《棒術 Lv5》を保有しているにも拘らず、あまり得意としていないのはここに原因があるのだ。
高レベルスキルを所持しているからといって怠けていると、低レベルの努力家なスキル所持者に負けることも十分に有り得る。
「さて、とにかく巻き藁を斬るつもりで練習しながら進もう」
そう言って進む先に立ちふさがっているウォールゴーレムを居合の『閃』、斬撃の『断』、鞘打の『撃』で仕留めていく。もはやウォールゴーレム専門の切り裂きジャックと化したクウは、迷宮内にロンドンさながらの恐怖を撒き散らしながら下層を目指すのだった。





