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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
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EP163 帝都潜入

「しかし【帝都】はザルだな」


「私たちとしては助かったがな」



 砂漠の中央付近に位置する【帝都】の大通りを歩く二人の男。白いマントで顔ごと姿を隠したクウとシュラムは難なく敵地へと侵入を成功させていた。

 クウはザルと表現したが、それもそのはずで【帝都】には検問の類が全くないのだ。いや、【帝都】に限らずこの国の街は検問をすることがない。街も壁一つない丸出しの状態であり、侵入する者としてはこれほどザル警備な場所はないだろう。

 シュラムからすれば当たり前のことであり別段驚くことでもなかったのだが、これを見たクウは呆れたような声を挙げたのだった。



「でも確かに周囲には砂しかないんだ。石の城壁なんか作れるわけないよなー」


「噂では魔王の国はそのような壁で守られているらしいな。見たことはないが旅をしていた友人に聞いた覚えがある。まぁ何十年も前の話だ」


「ふーん」



 クウはシュラムの話を聞き流しながら周囲を観察する。もちろん怪しまれないように目だけを動かしているのだが、こうして敵だらけの地に侵入するというのは緊張するものだ。もしも風でフードが取れてしまえばかなり危ない。

 シュラムは頭に巻いた布で角を誤魔化しているため、頑張れば蛇獣人だと言い張ることが出来る。本人のプライドが許さないかもしれないが、最悪は誤魔化せるのだ。

 しかしクウは難しい。尻尾も耳もなく、瞳も普通なのだ。明らかに部外者であり、怪しまれることは間違いないだろうと思われる。



(いざとなったら幻術で化けるか……)



 見渡す限りの獣人を観察しながら幻術用にとビジュアルを参考にしていく。先日の防衛戦を除けば初めて見る獣人はクウからすればファンタジーの一言であり、表面は冷静を装いつつも内心は興奮していた。

 獣人の特徴とも言える尻尾がフヨフヨと動いているのを見えると、ついつい触りたくなってしまうのはお約束である。尤も、クウにはそれを自制するだけの精神があるので問題は無い。

 またそんな気分を紛らわすようにしてシュラムに話かける。



「【帝都】はかなり活気があるみたいだな。見たことない料理も売ってるし、珍しい服もある。これが旅行なら楽しめるだろうな」


「私からすれば珍しくもないのだが……やはり他国とは違っているのか?」


「ああ。結構違うな」



 やはり砂漠の街だからか、服は薄手の物が多い。だが日光を防ぐために長袖となっていたり、全身を覆うようなタイプの服だったりしている。地球の中東地域の服装とよく似ているとクウは思った。

 だからこそマントで全身を覆っているクウとシュラムも怪しまれることなく街に馴染んでいる。まさか住民も竜人の長が紛れ込んでいるとは思いもしないだろう。『木を隠すなら森』とよく言うが、やはり人が多いと紛れてしまうらしい。誰もクウとシュラムを気にすることなく笑いながら擦れ違っていく。



「そう言えば私たちを監視している奴はいるか?」



 そんな中でシュラムはクウに小声で話しかけた。

 クウはそうでもなかったが、シュラムは気にしていたらしい。あからさまに挙動不審な行動をすることはなかったが、見る人が見れば怪しい状態になっていた。クウはその注意を含めてシュラムに小声で返事をする。



「おい……《気配遮断》を使うな。この人数の中で使うと浮いて見えるぞ。明らかに怪しいから普通に振る舞っていろ。監視している奴なんていないから心配するな」


「す、すまない」



 どうにも落ち着かなかったのか、シュラムは気配を消して行動していた。この街中でそのようなスキルを使えば怪しさを振りまいていることに等しい。むしろ堂々としなければ拙いのだ。

 それに城壁もない【帝都】は好きなように外と内を出入りすることが出来る。二人ほど顔を隠して街に入ったところで気にする者などいないのだ。そもそも【砂漠の帝国】全般として、自分の身は自分で守ることが基本になっている。街中で何かがあったとしても、自己責任で何とかしなければならない。魔物が頻繁に襲撃してくる魔族領ならではの暗黙ルールだった。



「はぁ……ともかく俺たちの目的は情報収集だ。何をするべきか見本を見せてやる」



 やはりどこかオドオドとしているシュラムに、クウは溜息を吐きながらそう告げる。そしてシュラムの返事を聞くこともなくフラリと近くの屋台に近づいた。何やら串焼きのような物を売っている屋台のようであり、狼獣人の男が忙しそうに串をひっくり返している。

 それを見たシュラムは驚いてクウを制止させようとするが、クウが自然な様子であるのを見てグッと堪えた。見本を見せると言ったクウの言葉を思い出したからだ。

 クウは特に緊張した様子もなく屋台の男に話かける。



「おいしそうだな。いくらだ?」


「お、その声からすると男の子かな? こいつはウチ自慢の焼きサソリさ。おっと、もちろん毒は抜いていあるから安全だぜ。一本で銅片二枚だ」


「じゃあ。二本……と言いたいところだけど、ここでお金を使うと今日の宿が迷宮ダンジョンになりそうだ。悪いけどお金が出来るまで遠慮しておくよ」


「おや? あんた迷宮ダンジョンで修行するのかい? 小さいのに偉いなぁ。俺は狼獣人だが戦いは得意じゃなくて入ったことないんだよ。それに竜人がいなくなってから迷宮攻略も思うように進まないらしいからな……おっとこれは聞かなかったことにしてくれよ? まぁ、今じゃ反逆者だけど俺も竜人の強さは尊敬してる。残念なことだよ……

 まぁ、頑張んな。それにお金が出来たら是非とも寄ってくれよ?」


「ああ。そうするよ」



 クウは軽く手を振ってシュラムの所へと戻る。今回は通貨が無かったので狼獣人の身の上話を聞く程度に収まったが、普通はここでお金を落として情報を得るのだ。自然な流れで情報収集するにはこれが最も簡単である。

 シュラムもクウの手際には少し驚いて目を見開いていた。尤も、フードで隠れていたためにその表情を見られることはなかったのだが……

 そんな風に驚いているシュラムにクウはニヤリと嗤って口を開く。



「こんな感じだ。とにかく街に馴染め」


「な、なるほど」


「それにさっきの男の話から竜人に対する印象も聞けた。強さは尊敬に値するらしいが、やはり反逆者として認識されているようだな」



 クウはそれだけ言って再び大通りを歩き始めた。シュラムはそれに付いて行きつつも、クウの手際を見て感心したように右手を顎に当てる。情報収集と聞いて城への潜入というイメージを抱いていたが、このように一般人から話を聞くということは思いもしなかったのだ。

 たしかに一般市民から得られる情報は雑多なものが多い。だがクウはもちろん、シュラムですら今の【帝都】のことをよく知らない。そのため今の【帝都】の常識を知り、可能な限り街に馴染むという行為は潜入の上でまず最初にやるべきことなのだ。つまりレイヒムの懐に入り込むより先に【帝都】全体を知ることで後のために下準備とするのである。



「俺たちがレイヒムを仕留めたとして、その後住民がお前をどうするかは分からない。英雄を殺害した大罪人として増々追い込まれる可能性だってあるんだ。それに住民の中にはレイヒムに不満を持つような奴らもいるかもしれない。そういった奴を協力者に出来るなら強襲も成功しやすくなる」


「レイヒムに不満を持つ者……いるのか?」


「可能性はあるな。俺はレイヒムのステータスを見たんだが、竜人獣人のルールに乗っ取った近接肉弾戦で勝負する場合はそれほど強くない。奴の戦い方は恐らく《召喚魔法》を使った他人任せなものだ。そんな戦いからは強さを認められないんだろう?」


「そうだな。無手を含めた自らの武器と肉体で勝負を決める。魔法は使用禁止だ」



 【砂漠の帝国】では血沸き肉躍るような戦いが好まれる。武器を振るい、自らの肉体で相手を倒すことが竜人獣人にとっての戦いなのだ。もちろん戦争中や魔物相手なら魔法も使うが、竜人獣人どうしでの決闘などは近接戦闘に限られる。

 シュラムが頷いたところでクウは話を続ける。



「なら最強が皇帝となるこの国でレイヒムが皇帝の座に就いているのはおかしい。レイヒムと近接戦で戦えば勝てる奴は多かったはずだ。何せレイヒムは魔法的なスキルを封印すればちょっとステータス値が高いだけの雑魚と同じだからな」



 レイヒムの能力スキルは《鑑定 Lv6》《熱感知 Lv8》《魔力感知 Lv8》《魔障壁 Lv8》《召喚魔法 Lv7》であり、武器を扱ったり近接戦で役に立つスキルは所持していない。《魔障壁 Lv8》も守る事しか出来ないため意味がない。

 神種として進化しているからかステータス値は普通より高いものの、スキルを上手く使えば簡単に埋められる程度の差でしかないのだ。どう頑張ってもレイヒムが最強にはなれないだろう。

 これにはシュラムも納得して答えた。



「確かにそれを聞けば不思議だ。つまり最強ではないにも拘らず皇帝の座に就いているレイヒムを疎ましく思う者がいる可能性があると?」


「そういうこと。そしてそれは強者であるほど可能性が高い」


「強者……強者と言えば迷宮か!」


「そうだ。迷宮に行けばそんな奴に会えるかもしれないな。それに迷宮内なら周囲の目を気にせず本音を打ち明けてくれるかもしれない。

 住民からの情報収集で一般的なレイヒムと竜人の印象を探り、迷宮内での情報収集でレイヒムに不満を持つ者を具体的に探す。これが今回の情報収集の大きな目的だ。理解してくれたか?」



 シュラムはクウが思ったよりも深い計画を立てていたことに驚く。レイヒム強襲を行う上で必要な情報だけでなく、その後の処理でも重要になる情報収集まで考えていたのだ。レイヒムを無事に倒したとしてもシュラムを擁護してくれる者がいなければ竜人は孤立することになる。

 だが最強こそが皇帝にと考える者たちを味方に付けることが出来れば、レイヒムを倒した後も孤立することはないだろう。それに一般市民の中にも竜人の強さを認める傾向にあるならば、さらに後処理も楽になると思われる。

 こういった事前情報を集めておくことの大切さをシュラムも理解できた。

 しかしここでシュラムは一つの疑問をぶつける。



「理解はした。だがレイヒムに不満を持つ者がおらず、さらに竜人は悪という印象が一般市民にも染みついていた場合はどうする?」



 シュラムの疑問は尤もだ。

 もちろんこれは本当に最悪の場合であるが、レイヒムの功績を見れば不満を持つ者がいないことも考えられるし、情報操作で竜人=悪を定着させていることも有り得る話だ。狡猾なレイヒムの性格を知っているからこそ、シュラムはこの可能性に思い至ったのである。

 しかしクウはフードの端から見える口元をニヤリと歪めて答えた。



「その場合はこっちも切り札を切らせて貰うさ……」


「切り札? それは―――」


「おっと話はここまでだ。ようやく着いたみたいだな」



 シュラムは切り札とやらを問いただそうとしたが、クウは無理矢理その話を打ち切って足を止める。少しどころでない不満そうな顔をしていたシュラムだが、クウが見つめる視線の先を追って開きかけた口を閉ざした。

 砂漠の真ん中にそびえる巨大な石造りの建造物。ブロック型の大岩を積み上げて正四面体に整えたそれは小さなピラミッドのように見える。ポッカリと大きく空いた入り口の両脇には二本の石の柱が立っており、その点だけは地球のピラミッドと異なっていると言えるだろう。何人か兵士と思しき装備の獣人たちが立っているが、特にクウとシュラムを引き止めるということはないようだ。

 そしてクウの《森羅万象》にはこのように映っていた。



「破壊迷宮……」



 シュラムも頷き同意する。

 クウにとっては初めての、そしてシュラムにとっては凡そ七十年ぶりとなる破壊迷宮に二人は足を踏み入れるのだった。





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