EP161 襲撃計画
【ドレッヒェ】より少し南にある大きなオアシス。天竜ファルバッサが住居としていた地下空間が存在するそのオアシスで竜人の幹部及び首長三人と、リア、そしてファルバッサが待っていた。
既に日が沈もうとしているにもかかわらず地下空間内は程よい明るさに包まれており、何かしらの魔法的効果が発動しているのだと理解できる。そのお陰でお互いに視認することができるのだ。
それはともかく、この四人と一匹が待っているのは一人の人物、クウだ。
竜人の里内部で広がってしまったレイヒムの呪いの感染源を破壊して回っているため、昼頃から別行動を取っていた。そして日の沈むころにここで集合するということになっていたので皆が集まっているのだ。
”来たか”
ファルバッサが不意に呟いたその言葉に皆が反応する。リアは勿論、シュラムもザントもフィルマもそれなりの感知系統スキルを所持しているためすぐに誰が来たのか理解できた。
「待たせたか?」
そう一言だけ口にしながら近づいてきたのは一人の少年。ずっと被っていた白マントのフードは外されており、黒髪黒目が露わになっている。背の低さと顔立ちから少女とも間違いそうだが、その話し方や声から男だと判断できる。
また一見すると華奢だが、その実力はファルバッサを含めたこの場にいる誰よりも上なのだ。
クウは続けて口を開き、少しだけ報告しながら椅子に座る。
「里に広がってた感染源は大方潰してきた。見逃していることも有り得るけど、これでこれ以上は呪いが広がることはないと思う」
”済まぬな。お主だけに任せて”
「いいよ。能力の訓練にもなったし、そもそもお前の能力では難しいだろ?」
ファルバッサの【魂源能力】は本質的に捉えるなら、自らの意思を投影した空間に相手を取り込むことだと言えるだろう。クウのように直接現実に影響を及ぼすわけではないため、呪いの核を破壊することに向いているとは言えない。
クウも出来ないことをさせるような鬼畜ではないのだ。
パタパタと手を振って気にしていないことを示す。
そして挨拶も済んだところでクウはもう一度話を切り出した。
「さてと、これで里の危機は一旦だが脱した。まぁ、これ以上に無い被害を受けているのは変わらないから脱したという言い方はおかしいかな? ともかくこれからのことをどうするつもりなのか聞きたい」
クウが視線を向ける先にいるのは首長シュラム。この里が取るべき舵はシュラムに一任しているので、クウとしてはその意見を尊重するつもりだ。もちろんアドバイスや、その他の協力もするかもしれないが、基本的に必要以上は干渉するつもりがない。
シュラムもそれを理解しているのでハッキリと頷いて答え始めた。
「先ほどザントとフィルマと共に話し合い、これからのことを決定しました。
まず、里の者には呪いの件は伝えません。希望を捨てないでほしいので、呪いのことはここだけの秘密ということにしました。
そして私たちは少数精鋭で【帝都】に乗り込み、レイヒムを倒します。捕らえて拷問し、呪いを解かせるという方針です。メンバーは私、ザント、フィルマと正規兵の中でも指折りの実力者を数名ほど連れていくつもりです」
強い意思を秘めた目でクウを見つめるシュラム。いや、シュラムだけでなく、隣に座るザントとフィルマも同様に覚悟を決めた瞳をしている。下手をすれば取り返しのつかないことになる決断だが、竜人の戦士としての矜持がここまで奮い立たせたのだろう。
ただでは死ななない。せめて一矢でも報いる。
そんな思いが込められているようにすら感じたのだった。だが、そう決断したのならクウもそのように行動するだけである。今のシュラムの考えを元にして作戦を考え、今後起こり得ることに対する対処方法を提案することも忘れない。
《思考加速 Lv4》すらも用いてクウは思考を巡らせ、口を開く。
「ならば俺も協力しよう。だからこそお前の案に修正を入れさせてもらうぞ?」
「え? は、はい」
「まず少数精鋭で【帝都】を襲撃するのは賛成だ。もはやこの里に正面から戦う力はないからな。ゲリラ戦術か少数精鋭による強行突破しか残されていないだろう。そして最も事態の終息が早いのが後者の方法だからな。呪いが住民を蝕んでいる以上、これが最適だと思う」
クウは言わなかったが、もう一つの策として死兵となって最後まで戦うという選択肢もある。全滅することが前提の方法だが、レイヒムが竜人を生かして捕らえたいという思惑がある以上、何かしらの妥協点を引き出せる可能性があるからだ。
しかし一歩間違えれば本当に竜人という種が滅びることになるので敢えて提案することはない。
クウはそのまま話を続ける。
「で、修正だが……少数精鋭の強襲はシュラムと俺だけでやる」
「……何故です?」
シュラムは理解不能と言った表情の後、一瞬叫びそうになったのを堪えて質問を返す。
だがそれもそうだろう。いくら少数精鋭といっても二人でどうにかなるとは思えない。暗殺ならばこれぐらいの人数でもおかしくはないが、クウは確かに強襲と言っている。つまり二人だけで【帝都】を……もっと言えばレイヒムをどうにかすると言っているのだ。
これにはシュラムだけでなくリアも疑問の声を挙げる。
「それで大丈夫なのですか?」
「ああ、大丈夫だろう。俺とシュラムの二人だと言ったけど、俺はファルバッサを自由に召喚できるから戦力面は問題ないぞ? それに今回は如何に素早くレイヒムを陥落させるかだ。捕まえることさえできたら、後は俺の幻術でどうとでもするから二人で十分だ」
”なるほど。それなら問題なかろう”
ファルバッサもクウに同意する。
実際問題として本来は【魂源能力】を有するクウとファルバッサだけでも、【帝都】を落とすぐらいわけないのだ。だが今後のことを考えれば【帝都】を滅ぼすのは有り得ないし、それこそレイヒムと同様に間違った能力の使い方だと言える。
だからこそターゲットをレイヒム一人に絞り、最終手段としてファルバッサ召喚も視野に入れているということを提案しただけなのだ。
またさすがにレイヒムが【帝都】でオロチを召喚するとは思いたくないが、もしもの可能性もある。すぐに逃げられる人数に絞った結果、クウとシュラムの二人という結論に至ったのである。
「まぁ、納得して貰えるかは置いていくぞ。それでザントとフィルマだったか? お前たちはこの里を守護するために残れ。リアは《回復魔法》が使えるから呪いで苦しんでいる竜人の治療を頼むぞ」
「兄様、私も御一緒してはいけませんか……?」
「悪いなリア。今回は気配を自分で消せないと連れていけない作戦だからな」
「そうですか……」
少し残念そうに落ち込んでいるリアを見て揺らぎそうになったクウだが、何とか踏みとどまる。何だかんだでクウもリアには甘くなっているのだ。ファルバッサのことは言えないのである。
だが今回に関しては妥協は出来ない。
ファルバッサの呪いを解くという件も絡んでいるのだから。
「それで【ドレッヒェ】に守護を残しておく理由だが、俺とシュラムが留守中にここを襲撃される可能性があるからだ。レイヒムが呪いをばら撒いたとはいえ、俺が対処したせいで思ったより効果が出ていない。これはレイヒムも当然気づいているだろう。まぁ、俺が原因だとはバレてないだろうが、痺れを切らしてもう一度攻めてくる可能性は否めない。
俺とシュラムが【帝都】で事を起こすまで最低でも一週間はかかると思った方がいいからな。ファルバッサをここに残しておくのも念のためだ。こっちがピンチなら呼び出させて貰うが、基本的には【ドレッヒェ】の守護にと思っている」
クウの語った理由を聞けば確かに納得はいく。強襲するにしても【帝都】まで移動するだけで時間が掛かるし、その間にレイヒムが里を占拠してしまっては意味がない。呪いで住民の約三割が動けず、その看病で二割は戦闘に参加できないと考えていた方がいい。
住民全員で戦うとしても本来の半分しか戦力を出すことが出来ないのでは、里を守りきることも出来ないと思われる。最高戦力が里に居ないならば尚更だ。
少し急ぎ過ぎていたのだろうとシュラムたちも冷静に考え直す。
(確かに……その可能性は考慮していなかった。それにクウ殿もレイヒムを倒すこと自体には協力してくれると考えて間違いなさそうだ。そしてその後の処理は私たちの仕事という訳か……)
クウとファルバッサはレイヒムを倒すことには協力するつもりだが、基本的にそれ以外の政治的な事柄には手を出すつもりはない。今回の目的はあくまでもファルバッサに掛けられた呪いを解くこと。それと追加案件としてレイヒムを始末することだ。オロチに関しては難しいが、状況によるだろう。
願わくばオロチを召喚される前に手早く結果を出す必要がある。
クウの考えにはシュラムも納得したらしく、結局その意見を採用することになった。シュラムに従うザントとフィルマも反対する気はない。
「さてと……納得してくれたのなら次の話をしようか。まず居残り組だが、こちらは警戒と里の守護だから特筆してするべきことはない。死なないように頑張れ。そして俺とシュラムはまず【帝都】で情報収集から始めるつもりだ。襲うにしても地理的な情報やレイヒムの動きも把握しておく必要があるからな
それで【帝都】内部に安全に隠れられる場所が欲しいわけだが、シュラムは心当たりあるか?」
「隠れられる場所ですか? 強いて言えば迷宮ですね。あそこは本当の強者しか挑みませんし、多少怪しい恰好をしていても咎められることはないでしょう。つまりフードを被って顔を隠していても問題ないと思います」
「なるほどね。迷宮一階層をクリアできる奴はどれぐらいいる?」
「数人もいないのではないですか? 少なくとも余程の運と実力が無くては壁型ゴーレムに惑わされてしまいますからね。ゴーレムを破壊する実力を持ち、偶然下への階段を見つけることが出来なければ一階層すらも抜けることは不可能です」
「なら問題ないか。俺たちは迷宮十階層の転移クリスタルの小部屋を拠点にしよう」
『っ!?』
この言葉に驚いたのはシュラムたち竜人サイドだ。リアとファルバッサに関してはクウの実力をよく知っているので迷宮二階層程度で驚くようなことはない。
しかしクウの能力を詳しくは知らないシュラムたちにとっては「話聞いてたのか!?」と思わざるを得ない言葉だったのだ。当然ながらすぐに反論する。
「いえ、破壊迷宮はとても困難です。一階層すら難しいのに十階層など夢のまた夢ですよ」
「その通りです。我らも竜化してようやく攻略可能な難易度なのですよ?」
「俺も修行していたのは昔だがァ……ありゃ本当に無理ですぜェ?」
三者三様に無理だと主張するが、それは一般的な話だ。天使であり【魂源能力】を有するクウには関係の無いことである。恐らくクウの身体能力なら楽にゴーレムを破壊できるだろうし、無理だとしても《月魔法》で吹き飛ばせば問題ない。
むしろ通路が固定されている迷宮の方が面倒なぐらいである。道を破壊しながら突き進むとは、まさに破壊迷宮の名に相応しい攻略方法だろう。
クウは毅然とした態度を変えずに首を振って問題ないと返す。
シュラムたちは納得できないようだったが、これに関しては実際に見せた方がよいだろう。クウもそう結論付けて話を進める。
「で情報収集は多岐にわたるが……出来れば攫われたっていうお前の娘の居場所は特定しておきたいな。そこそこ実力もあるみたいだし、助け出せば戦力になるんじゃないか?」
「それは是非ともお願いしたいですね。可能なのですか? 恐らく【帝都】の城にある牢に捕らえられていると思うのですが」
「可能だろう。出来ればだから無理はしないつもりだけどな。実際に戦力としてどうだ? ザントとフィルマの目線でも教えて欲しい」
シュラムが一番把握しているハズだが、親としての補正が入っている可能性もある。シュラムに限ってないとは思っているクウだが、念を入れてザントとフィルマにも聞いてみたのだ。
だが思った通り、三人は特に色眼鏡を加えずにミレイナの実力を語り始めた。
「私の娘、ミレイナは十六歳ながらも《気纏》を習得しています。他にも《身体強化》を保持しているため物理特化な能力と言えるでしょう。私と違って魔法は苦手らしいのですが、生まれながらに《風魔法》スキルは持っていました。あまり使っていないので期待はしない方が良いでしょうがね」
「ミレイナ様は格闘を得意としておられます。何でも『槍なんてまどろっこしい。殴って倒すのが一番早いし簡単だ』だそうです。技術としてはまだまだな部分が多いですが、それを補うパワーを持っておられます」
「それに竜化も使うみたいだなァ。ともかくスピードとパワーだけなら俺より上かも知れねェ」
クウはそれを聞いてフムフムと頷く。対個人よりも対多数で暴れまわるほうが強そうだとクウは確信していた。ならば潜入よりも陽動として優秀な働きを見せてくれるだろう。
増々救出するべきだと考える。
だが次のシュラムの言葉が思考しているクウを停止させた。
「ミレイナは【固有能力】を持っています。一応ですが彼女の切り札でもありました」
「…………何?」
”…………”
クウだけでなくファルバッサも息を飲む。
一般的には【固有能力】は珍しい強力なスキルという認識だが、真実を知る二人からすれば意味が変わってくるのだ。【固有能力】を有するということは上位存在からの加護を受けているということになる。
逆に考えると【固有能力】はその上位存在が貸し与えている能力であり、それを有するということは神の一柱から加護を受けている可能性が高い。
クウはゴクリと唾を飲み込んでシュラムに質問する。
「そのミレイナは何かしらの【加護】を持っていたか?」
「【加護】ですか? いえ、無いハズですよ。それに【加護】など伝説級の代物ではないですか?」
何を言っている? という表情のシュラム。クウの《森羅万象》でも嘘ではないと理解できた。つまり【固有能力】は持っているが【加護】は見えない状態なのだろうと考えられる。
(リアみたいに秘匿されているっぽいな。こうなれば直接確かめるしかないだろう)
クウの目標は完全に決まった。
最優先はレイヒムの処理。
そしてミレイナを救出し、どの神の加護を受けているのか確かめるのだ。
クウは出来るだけ【固有能力】と【加護】の関係を口にしないようにしながら計画を詰めていき、その日は夜が更けるまで話し合いを続けたのだった。
 





