EP160 やるべきこと
結局シュラムはクウとリアのことを竜人全体に伝えることになった。もちろんシュラムでさえクウの全てを知っているわけではなかったが、少なくとも敵ではないと確信していた。何故なら神獣と崇めるファルバッサと親し気に語り合う姿を見ていたし、背中から翼を出して飛んでいる光景も見せつけられた。もはや天使であることに疑いようがない。
さらにリアに関してもクウが身内だと宣言している。彼女については《回復魔法》を使えるとこしか分かっていなかったが、心配する必要はないだろう。
むしろ戦力が増えたと考えるべき。シュラムはそう結論付けたのだ。竜人種は今回の呪いの件がなくとも既に追い込まれている。まさに藁にも縋る思いだったのである。
「どうかしたのですか?」
そして丁度そこへリアもやってきた。
倒れている竜人に《回復魔法》で症状緩和を試みていたのだが、やはり泉でクウが起こした騒ぎに気付いてやってきたのだ。尤も、リア自身もこの騒ぎにはどうせクウが関わっているのだろうと予測していたからなのだが……
そんな謎の信頼をされているクウはと言えば、密かに視界に入る呪いの核を破壊し続けていた。
(俺が来る前に泉の水を汲んだみたいだな。目に見える全部の水が汚染されている)
意思干渉で呪いの核を破壊する作業も相当な魔力を消費する。《魔呼吸》がなければすぐにMPも枯渇していたことだろう。まだクウは天使化して以降MP枯渇を体験していないが、アレはかなり体に負担がかかる。
そもそもMPは魂の活動に必要不可欠なモノだ。魂からいくらでもMPを取り出せる超越者と異なり、肉体に縛られている今はMPを体に溜めておかなければならない。つまり肉体に一時的に溜められているMPを消費しきってしまえば体の活動は休眠状態になり、気絶してしまうのである。
戦闘中においては致命的な隙となり、普段の生活でも道端で気絶してしまえば追剥に会う可能性もある。基本的にMPを枯渇させることは馬鹿のする行為なのだ。わかりやすく例えて言えば、倒れて気を失うまで運動し続けるようなものである。
(《幻夜眼》を本質的に行使するには潜在力が足りないな……これは本格的に超越者を目指した方がいいかもしれない)
そんな思いがチラリと頭を過ったが、近寄ってきたリアに気付いて一旦思考と能力を止める。周囲で見守っていた竜人たちも怪しさの塊であるクウにリアが近づいていくのを見て緊張を高めていた。
だがその一方でシュラムはクウとリアの説明をするにあたって二人が揃ったことを都合がいいと考えて口を開く。
「皆聞け!」
先程クウたちと対談していた時とは異なる覇気の籠った鋭い声。竜人の首長としてのシュラムはさすがとも言うべき存在感があった。
呪いによって混乱し、さらにクウの仕出かしたことによってどうするべきか戸惑っていた竜人たちは一斉にシュラムの方へと向く。竜人最強であり、最も尊敬されている男の言葉は何にも勝る信用があるのだろう。もちろん神獣は例外だが……
一旦言葉を切ったシュラムは全員の注目が集まったところで説明を開始する。
「この御二人は神獣様とも所縁のある協力者だ。神獣様もそう言っておられるし、先程私自身も確認したから間違いない。失礼のないように」
そう簡単に説明する。
だがその言葉を聞いて真っ先に顔を青ざめさせたのはクウを取り調べようとした若い竜人の四人だった。知らなかったこととは言え、首長の客人であり、神獣とも縁のある者に攻撃を加えようとしたのである。大量の汗を流しながらチラチラとクウに視線を送っているのが見えた。
「気にするな」などの気の利いた言葉をかけるのが良いのだろうが、しかしながらクウはこのままのほうが面白そうだと考えたのだ。いきなり攻撃してきた仕返しという側面もある。
(ま、構ってやれるほど暇でもないしな)
そう言い訳しつつクウは近づいてきたリアに声を掛けた。
「治療の方はどうだった?」
「私では一時凌ぎで精一杯でした。申し訳ありません」
「謝ることはないって。俺も無理なんだから」
ポン、とリアの肩に手を置いて慰める。
如何に治癒系の【固有能力】である《治癒の光》があるといっても、【魂源能力】に抗えるほど強力ではない。むしろ症状を緩和させることが出来ただけでも褒めるべきである。
「それはともかくとして……」
クウはそう言いながらシュラムの方へと向き直って歩み寄る。
何となく状況を理解しているシュラム、ザント、フィルマは顔を青くしている四人の若者を気の毒に思いつつも近づいてくるクウを緊張した面持ちで見つめていた。
自分よりも体格は小さい相手だが、その内から溢れる気配は強者そのもの。同じく強者と部類されるシュラムだからこそ感じ取れた気配だった。
もしや若い竜人の件で何かあるのかと考えていたシュラムだったが、すぐ側まで来たクウが小声で語ったのは別の件に関することだった。。
「少しやることが出来た。時間がかかるから日の沈むころにファルバッサの所で集合することにしよう。リアが《回復魔法》を使えるから必要なら頼むといい」
「やること……ですか?」
「呪いの原因を潰して回る。既に呪いを身体に取り込んでいるのは無理だが、原因となるモノなら俺でも対処できるからな。現に泉が汚染されていた。それと呪いについて住民たちに通達するかどうかはお前に任せる。混乱を生むと思うなら適当に誤魔化すことだ。
それと今後のことについても考えておけ」
クウはそれだけ言って返事も聞くことなく走り去っていった。尤も、非常に小言であったために周囲にいた竜人どころかザントとフィルマでさえ何の話か知ることはなかった。デリケートな内容ゆえに気を遣ったのである。
またこれによってクウに襲い掛かった四人の竜人は増々顔を青くして震えていたのは余談だ。これまでの流れから考えれば、クウが四人の竜人への文句でも告げたかのように思えることだろう。これもクウのささやかな仕返しである。
しかしシュラムはそんな風に震える四人の竜人兵に気付くことなく頭を悩ませる。
(そうだ……呪いについては民に伝えるべきか……。それに呪いに侵されている民のことも考えねば。レイヒムに降ることも視野に入れるべきか? だがそれも民に納得させるには呪いについても説明する必要があるだろうな。頭痛がしそうだ……)
目の前に積み上げられた問題はどれも今後に関わるものばかりだ。それにさりげなくクウも重要なことを言っていたためシュラムの頭痛は留まることを知らない。
(呪いの原因は対処できるだと……? それに泉が汚染されていたとなれば大変だ。一体どこまで被害が広がっているか予想も出来ない。これに関してはクウ殿に任せるほかないだろう。
くっ、レーヴの奴め……)
恐らく泉にレイヒムの血を注いだのであろうレーヴォルフに悪態をつくシュラム。そのときの機嫌悪そうな表情が少し怒っているように見えたらしい。例の四人は今にも気絶しそうになっていた。
実はやるべきことで手一杯のために四人の竜人たちに構っている余裕もないのだが、事情を知らない周囲からすれば違って見えたようだ。徐々に「早く謝った方がいいのでは?」という空気になりつつあった。
そして状況はさらに勘違いを加速させる。
「シュラム様。あの方は何と?」
「ザント……非常に厄介な事になった。この泉が奴の血で汚染されていたらしい」
「それはっ! あの泉はこの里の水を全て賄っています。となれば……」
「そいつは拙いなァ。野郎の呪いを解くにはァ……確か野郎が能力解除する必要があるんだよなァ?」
そう静かに話し合う三人。
今はレーヴォルフがいないものの、最高幹部同士の話し合いは里の重要なことに関することばかりだ。周囲には内容が分からずとも、ただ事ではないことを話し合っているのだと分かる。
そして今の段階で重要と思われることはクウに関することである。シュラムによれば、クウは神獣と崇めるファルバッサと縁のある存在であり、協力者でもあるという。つまり里にとって重要な客人なのだ。そのクウに対して槍を向けた四人の若い竜人兵への刑罰を話し合っているのだと勘違いしたのである。
「なぁ……俺たちってもしかしてやっちまったか?」
「ああ、そうかもな」
「というか俺たちがそんな重要人物のことなんか知るかよ!」
「どうみても怪しかったし本人もそう言ってたもんな……俺たち悪くないよな……?」
互いに自己弁護し合う彼らは見事にクウの仕返しの被害を受けていた。クウは見た目のみならず中身も黒くなりつつある……いや、元から多少の黒さはあったが異世界に来てそれを抑えなくなっていた。
そして未来ある若者がクウの餌食となっているとは思いもしない幹部と首長の話し合いは続く。
「水に関してはクウ殿が対処してくださるそうだ。どうやら体に取り込まれる前なら呪いを潰すことが出来るらしい」
「それはまことで?」
「それは分からないが信用する他ないだろう」
「なら既に呪いに罹っちまったやつはァどうするですかい?」
「それについて考えておけと言われた所だ。クウ殿はあくまで協力者なのだ。これは私たちで対処するべきことだろうな」
シュラムがするべきことは大きく分けて三つだ。
まずは呪いに関して民に伝えるかどうか。特に食料や水に呪いの原因が混じっているとなれば大きな混乱を生むため非常に悩ましい事案である。クウが対処しているところであるが、だからといって住民を安心させることが出来るとは限らない。これがファルバッサなら無条件で信頼されただろうが、クウでは難しいだろう。
二つ目は広がったレイヒムの呪いである。元から癒す方法はなかったが、クウの話で本当にレイヒムにしか治せないことが確定している。レイヒムに降伏すれば呪いを解いてやるという暗黙のメッセージだということなのだろう。降伏したところで本当に呪いが解かれるのかは不明であるため、厳重に話し合わなければならない。
そして三つめは……
『シュラム様。早まった真似をして申し訳ありませんでしたっ!』
一寸の狂いなく声を揃えて土下座する四人の竜人。装備品から竜人の里【ドレッヒェ】を守護する正規軍の兵士だと分かる。まだ若手だが、正規軍になるにはかなりのクオリティが要求されるため雑魚というわけではない。
しっかりと日々訓練されているハズの彼らがこのような弱い姿を見せるのは驚きだった。
もちろん彼らはクウに間違って攻撃してしまった者たちだ。シュラムたちもそのことは把握していたが、ここまで本気で謝罪されるのは完全に予想外である。
さらに周囲でも「早く謝れ」「今ならまだ赦して貰える」「出来るだけ誠意を見せろ」などと囁かれているのだ。逆にシュラムたちにとっては理解不能である。
「いや、何のことだ?」
シュラムは四人に対して不思議そうにそう答える。
そう、三つめとは……
本当に最初にやるべきなのは彼らの誤解を解くことだろう。
この四人と周囲で心配そうに眺めている竜人たちはシュラムたちが相談している内容を、クウに攻撃した四人を罰するためのものだと勘違いしたままだったのだ。
(兄様……)
全てはクウの計画通りである。
第三者として状況を理解しているリアは今ごろ里中を走り回っているだろうクウに対して呆れの溜息を吐いたのだった。
 





