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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
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EP159 勘違い

 里のほぼ中央にある城と並ぶようにして存在している泉。

 いや、泉の隣にわざわざ城を建設したという方が正しいだろう。圧力を受けた地下水脈が湧き水となってオアシスを形成し、力ある一族が拠点とする。拠点には人が集まり、さらなる一族が合流してやがて同じ種が集落を形成するように変化していく。

 こうして竜人の里【ドレッヒェ】を初めとした各里が誕生していったのだ。

 静かに湧き出る泉の水面は日の光を反射してキラキラと輝き、蒸発する水で気温も少しは下がっている。上昇気流によって生じる風も適度に涼しく、同じ砂漠とは思えない快適さだ。

 だが今は治療所に入りきらない多く竜人が寝かされており、呪いを受けていない竜人が必死に介護をしているところだった。



「この里の飲料水は全て泉で賄っている……最悪の可能性も高いな」



 突然走ってきた白マントのクウに驚いた者もいたが、何か焦燥じみたものを感じたのか自然と道を空けていく。クウとしてもありがたいことだったので、軽く会釈しつつも泉の側を目指した。

 クウが最も危惧しているのは泉自体にレイヒムの血が注がれている場合だ。そうだとすればこの里の飲料水はほぼ全て汚染されているということになる。呪いの被害は加速度的に増えて行き、クウ自身も水の補給が難しくなるというおまけ付きだ。



「アァァアァ……痛ェ」

「お母さん! お母さん!」

「ウラアアァァッァアアア!」

「そっちの奴が錯乱している。誰か抑えろ!」

「《闇魔法》で気絶させろ。素手じゃ無理だ」

「うあ……頭が……」

「どうした? 鎮痛の魔法はいるか? それとも水か?」



 忙しそうに動き回る竜人たちを横目にクウは《森羅万象》を使い続ける。やはり竜人たちの使っている水は殆どが呪われているらしく、余計に被害が拡大しているようにも見えた。

 大量の竜人が寝かされている中をスルスルと通り抜け、偶に錯乱して暴れている竜人を《幻夜眼ニュクス・マティ》で気絶させながらどうにか泉の側へと辿り着く。

 だがその結果はクウの考えた通りの最悪の事態となっていた。




―――――――――――――――――――

泉の水(呪)


【ドレッヒェ】の泉に湧き出ている水。

レイヒムの【魂源能力】である《怨病呪血アヌビス

の影響を受けた血液が混ぜられている。

それによって呪いの核と化している呪水。

―――――――――――――――――――




「ホント最悪だよ……」



 クウは急いで魔力を練り上げ、大量に瞳へと集めていく。水に混ぜられた呪いの核はまだ肉体に取り込まれていないので破壊可能だ。もちろん同じ【魂源能力】だからこそ破壊可能なのだが、このところ強すぎる相手とばかり戦っていたためか凄さに気付くことはない。



「《幻夜眼ニュクス・マティ》起動……滅びろ呪怨」



 見た目には何かが変わったようには見えない。

 だがレイヒムの意思力が込められた《怨病呪血アヌビス》の呪いが砕けたことがクウには感じられたのだった。大量の魔力を使った意思干渉で押しつぶすという力技ではあったが、これで泉の水から呪いが広がることはないだろう。

 天使としての膨大なMPから練り上げられた魔力すらも大きく消費しての荒業。体感では残り三割といったところだろう。やはり意思干渉の消費魔力は大きいようである。



「ふぅ……《魔呼吸》」



 深呼吸する要領で空気中の魔素を取り込み、霊力(MP)へと変換して回復を急ぐ。大元は一つ対処したものの、この様子では里中に呪いの水が散らばっていることだろう。クウはレーヴォルフが原因だとは知らないため、いつから水が呪われているのかと考えて眉を顰める。



(泉の件は竜人たちには伝えるべきか……まぁこれはシュラムに任せることにしよう。俺はレイヒムがやらかしたことにだけ手を出すことにすればいいだろ)



 そう考えながら泉へと目を向けていると、不意にクウの肩を叩く者がいた。いや、もちろんクウは感知で気付いていたのだが、今気付いた風を装って振り返る。

 するとそこには額から一筋の汗を流した竜人正規軍の男が槍を携えて立っていた。



「おい、里じゃ見かけないが何者だ? ちょっと顔を見せてくれ」



 その言葉に合わせるようにして現れた数人の正規軍の若者がクウを取り囲む。クウは泉を背にしているため、数人でも十分に囲むことが出来る。それだけでなく、確保する手際も中々に練度の高いと思わせるものがあった。

 さすがは戦闘種族だ、と思いつつクウは質問に答える。



「俺を知らない……か。まぁいいや。そうだな……確かに怪しい者かな」



 そう冗談をいいつつフードを外す。

 黒髪黒目という異世界エヴァンでは非常に珍しい容姿のクウに一瞬だけ驚く竜人の兵士たち。だがクウの言った通り怪しい者であると判断できる。

 耳がないので獣人でもなく、目から蛇獣人でも竜人でもないと分かる。この【砂漠の帝国】に竜人や獣人以外が居て悪いという訳ではないのだが、内乱が始まってからは激減している。そして謎の病と勘違いされている呪いが広まったその日に現れた怪しい人物となれば捕まえる選択肢しかないだろう。



「捕らえるぞ」


『おう』


「え? ちょっと待てよ!?」



 クウは冗談のつもりだったが、謎の病騒ぎでピリピリしていた竜人たちには通じなかったようだ。強い威圧を放ってクウに槍を向ける。

 彼らは先日の戦争でも住民の護衛を担当しており、クウがファルバッサを伴ってこの里に降り立った時も市街地で避難地から戻ってきた住民の手伝いをしていたためクウのことを全く知らなかったのだ。



「手足を潰せ」



 一人がそう言って容赦なくクウの右肘を狙う。それに続くようにして他の兵士もクウの四肢を槍で突こうとした。この躊躇いの無い攻撃が魔族らしさと言えばそうなのだが、今回に関しては相手が悪かった。

 それぞれの槍は右肘、左手、右足首、左膝と示し合わせたかのようにバラバラに突き刺さる。だが確かに貫いたはずのクウは蜃気楼のように揺らいで消えてしまった。

 手応えもあったし、確実に当たったのだ。

 だが現にこうして姿が消失している。



「ば……」



 何かを叫ぼうとして首元に衝撃を感じ崩れ落ちる。初めにクウに声を掛けた竜人が最後に見たのは倒れる仲間と黒髪黒目の少年が申し訳なさそうにしている顔だった。
















「やっちまった……」



 倒れる竜人の兵士を見下ろしながらそう呟くクウ。

 ほんの冗談のつもりが大事になってしまったと後悔していた。だが、まさかいきなり手足を刈り取りに来るとは思いもしないだろう。正当防衛だと自分に言い訳しながら現実逃避する。

 《魔力支配》を使った浸透撃で魔力を流し込み、軽い脳震盪を引き起こした。怪我はないだろうが、しばらくは目を覚まさないだろうと思われる。

 そして騒ぎはそれでは終わらなかった。



「あいつ何者だ?」

「非戦闘員を避難させろ。正規兵は集まれ!」

「ん? あいつどこかで見たような……」

「もしかして神獣様と一緒にいらっしゃった天使様では?」

「じゃあ何でウチの若い奴が倒されてんだよ」

「知るか! とにかく様子見だ。お前はシュラム様に連絡しろ」



 泉に混入された呪いの核を破壊するだけだったハズがこの騒ぎである。竜人の兵士の中にはクウを知っている者もいたようだが、仲間が倒されていることで戸惑っているらしい。どう反応してよいのか決めかねているように見えた。

 またフードの取れたクウの素顔を見た者は殆ど居ない。明らかに竜人でも獣人でもないクウの姿を見て即座に味方と判断する者はいないだろう。

 


(面倒な……翼でも出すか?)



 一瞬そう考えるクウだが、いきなり三枚六対の翼を展開すれば威嚇行為だと見られる可能性もある。先程クウも学習した通り、竜人は結構手も早い。危険な行動を避けるべきと判断した。



(とすれば―――)



 クウは自分が昏倒させた四人の若手竜人兵を見下ろして手を翳す。クウが何かをするつもりなのかと空気が鋭くなったが、行動に移す前にクウは魔力を練り上げて能力を発動させる。



「『《自己再生リジェネーション》』、《幻夜眼ニュクス・マティ》起動……目覚めろ」



 脳震盪を回復させ、意思干渉で強制的に覚醒させたのだ。これを見て今にも攻撃しそうだった周囲の竜人たちも踏みとどまる。

 目覚めた四人も気を失ったかと思えば目が覚めたのだ。少し戸惑いつつもフラフラと立ち上がってクウから距離をとる。やはり警戒はしているらしい。だがクウが何もしていこないのを見て「もしかして無関係な人だった?」と思い始めてはいた。

 そして丁度そこに場を収められる人物が走ってくる。



「おいどうした? 怪しい人物がいると聞いて……ってクウ殿?」


「白マントに黒髪黒目……報告してくれた者の情報通りですね」


「つまり勘違いってェことかァ?」



 シュラムに続いてザント、フィルマも到着し、来るなり状況を理解する。確かに住民や一部の正規兵にクウのことを知らせておらず、白いマントに包まれた格好も怪しさの塊だった。だからこそ勘違いからこのような事態に陥ったのだろうと容易に推測出来たのだ。



「シュラムか。とりあえず俺のことを説明してやってくれ。あとリアもついでにな」



 困ったような表情でそう語るクウに対し、「困ったのはこっちだ!」という言葉を飲み込みつつ溜息を吐くシュラムからは苦労人のオーラが立ち上っていたのだった。





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