EP15 ヘルシアの街
久しぶりの投稿ですね
「まもなく迷宮都市です。もう近くに見えますよ」
御者台から小窓を開けてヨクトが声をかけた。そこからチラリと見える石造りの城壁から間違いなく【迷宮都市ヘルシア】に到着したと分かる。
王都に比べると些か低いが、街を囲む防壁としては十分な大きさと言える城壁を見て、クウだけでなく『風の剣』のメンバーも安堵の息を吐いた。
「あれが【ヘルシア】か。思ったよりは小さい街だな」
「そりゃ王都と比べるからだ。アレでもかなり大きい方だと思うぜ?」
「そうね~。でも迷宮都市としては小さいかもね~」
「虚空迷宮は難易度高めだからな。挑戦者もそれだけ少ないのだろう」
「そのかわり滞在する冒険者の質はとても高いの」
現在確認されている王国内の3つの迷宮は、全て迷宮都市として成り立っている。迷宮内に出現する魔物の素材や、迷宮内のみで見つかる貴重な魔法アイテムが大きな利益をもたらすからだ。さらにここ最近では、光神教会の宣言により善神を開放するための迷宮攻略が推奨されたため、さらに攻略の人気が増している。
仮に攻略できたとすると、それだけで国の英雄扱いになるほどの偉業だとみなされ、若い血気盛んな冒険者たちがこぞって迷宮に挑んでいるのだ。ただし、未だに攻略された迷宮は1つもない。
そして【ヘルシア】はラグエーテル伯爵が統治する迷宮都市で、国内で最も難易度が高く、踏破階数が少ない虚空迷宮を擁する。王城に居たころにクウが読んだ書物庫の資料では32階層まで攻略と記してあったのだが、他の2つの迷宮はその倍近くは踏破されているのだ。
資料では読んだが、まだ実際に見たわけではない。虚空迷宮とはどのようなところだろうか? クウはそんな思いを胸に秘めてワクワクした気持ちで城壁門を抜けるのだった。
城壁自体は冒険者のギルドカードがあるのでそれを確認するだけで簡単に通過できた。まだ時間は昼過ぎなので慌てて宿を探す必要もないため、少し迷宮についての現地情報を集ようと行動計画を立てる。
城壁門を抜けてすぐに馬車は停止し、ヨクトが馬車の扉をあける。
「到着しましたよ。お疲れ様です」
王都を出て1週間の馬車旅行。途中で魔物や盗賊に何度も襲われ、そのたびに『風の剣』が撃退してきた。日本ではありえない物騒な旅であり、揺れる馬車も快適とは言えない。文句を言えば尽きないが、それなりに楽しい異世界旅行をクウは満喫していた。
クウと『風の剣』のメンバーは順番に馬車を降りて、グッと背伸びする。長時間座り続けてすっかり身体が固まってしまったせいか、パキパキと関節が音を鳴らす。その上ところどころ身体が痛い。
「ご乗車ありがとうございました。『風の剣』のみなさんも護衛お疲れ様です。依頼達成のサインをしましたのでコレを」
「は~い。確かに貰ったわ~」
「ええ。ではクウさんも『風の剣』のみなさんも迷宮攻略を頑張ってくださいね」
それぞれが顔を見合わせ、頷く。
それを見たヨクトも笑みを浮かべて頷き、馬を引いてどこかへ行ってしまった。王国馬車専用の厩舎に行き、またしばらくしたら再び王都まで馬車を走らせるのだ。
クウと『風の剣』はヨクト見送った後、この後の予定について話を始めた。
「さてギルドに報告に行くわよ~。クウ君はどうするの~?」
「俺は……俺もギルドに行くつもりだ。少し迷宮のことも調べたいしな」
「そうか! なら一緒に行こうぜ」
「ああ、構わない」
「じゃあ、行くわよ~」
王都とはまた違った賑わいを見せる大通り。屋台や露店の店主らがひっきりなしに客寄せに励んでいるが、それよりも武具や防具、各種アイテム類を売りさばく商人たちが目立っていた。命を懸けて攻略に挑む迷宮で栄える街なのだから当然といえば当然なのだろう。
そして冒険者ギルドヘルシア支部は迷宮で得た素材や魔石を持ち込む冒険者たちがほとんどだ。時間的には昼過ぎであるため、今は迷宮攻略を早めに切り上げた者たちが丁度精算をしているところだった。
「あ~。やっぱりこの時間は少し混んでるね~」
「まぁ、夕方よりはマシだろ」
王都のギルドでは依頼を受ける朝と、達成報告をする夕方が最も混んでいた。それ以外の昼間などは割と人も少ない。迷宮都市のギルドはどういった訳で昼過ぎも混むのか、とクウは疑問に思ったことをキャシーにぶつけた。
「それはね~、迷宮攻略には2つのグループがあるからよ~」
「2つのグループ?」
「そうよ~。まず一つは文字通り攻略組ね~。この人たちはひたすら最下層を目指すの。攻略難易度も高いし、強いモンスターも出てくるから迷宮から出てくるころには夕方になっているの~」
「じゃあもう一つは?」
「もう一つは浅い階層でモンスター素材を手に入れて売りさばく冒険者たちね。朝から出かけて昼時には切り上げる、日銭を稼ぐための迷宮攻略をしているの~。この人たちが今ギルドに詰めかけているのよ~」
なるほど、とクウは考える。
確かに街の外に出るよりも迷宮に籠ってモンスターを倒した方が効率はいい。それは経験値の面でも稼ぎの面でも安定しているといえるだろう。
「ちなみに『風の剣』はどっちなんだ?」
「おいおい。前線で攻略するに決まってんだろ? そのために武装迷宮からこっちに来たんだぜ?」
「ああ、これでもBランクパーティだからな」
「そうなの!」
『風の剣』は以前別の迷宮を攻略していただけあって盗賊に前衛、後衛のバランスが整った攻略向きのパーティであるため、1年もあれば前線組にも追いつける可能性は十分にある。当然メンバーの意気込みとしてもやる気に満ち溢れていたのだった。
ギルドの受付の待ち時間の間、クウは『風の剣』のメンバーと攻略の予定や、装備品についていろいろ聞いたり話し合ったりしているとすぐに順番になった。素材の鑑定があったためか、意外と時間がかかってしまったようだが時間帯の問題なので仕方ないだろう。
「おまたせしました。どのようなご用件でしょうか?」
水色の髪を肩下まで垂らした受付嬢が丁寧に対応する。クウと『風の剣』のメンバーでうなずき合って、キャシーが代表として要件を述べることになった。
「私たちは~、さっき【ヘルシア】に来たばかりなの~。明日から迷宮に行きたいから情報を貰おうと思ったのだけどいいかしら~?」
「はい、迷宮の情報ですね? 5人パーティですか?」
「ちがうわ。こっちのクウ君はソロでそのほかのメンバーは私のパーティよ~」
「わかりました。まずはギルドカードを提示してください」
情報を貰うだけでカードの提示がいるのか? クウは疑問に思ったが、実はギルド登録していない一般人が簡単に情報を手に入れないための確認作業としてこういったことをしている。これも迷宮という危険な場所を管理するためには必要なことであった。
クウもその答えに行きついてギルドカードをアイテム袋から出して受付嬢に提示する。
「はい、Bランクパーティの『風の剣』さんですね。こっちは……Eランクのソロ? 申し訳ありませんが、クウさんには迷宮の情報を渡すことが出来ません」
情報開示を断られたことにクウは顔を顰めて質問を返す。
「理由は?」
「虚空迷宮はルメリオス王国内でも随一の難易度を誇る迷宮です。さらに迷宮の特殊効果のせいで、高ランクの冒険者ですら簡単に命を落とす場所となっております。無駄に冒険者を減らさないための措置として、虚空迷宮に限りDランク以上の資格がなければ入ることが出来ないようになっているのです」
冒険者ランクによる入場制限があることを知って驚くクウ。もちろん王城で読んだ資料にはそのようなことは書いてなかったために、迷宮に入れないというのは予想外だった。
実は虚空迷宮の特殊効果もクウには無効であるため、ルメリオス王国内で最も簡単な迷宮になっている。これもクウがわざわざ難易度の高い虚空迷宮まで来た理由なのだがそれを教えるとしたらステータスを晒すことになる。
「なんとか方法はないですか? 冒険者のランクと実力は別物ですし・・・」
「そう言っておきながら口だけの冒険者も多くいますからね。いちいち確認するのも面倒なのでギルドではランクを基準にしているんです。そもそもソロで迷宮に挑む時点で異常ですよ?」
「ああ、それは問題ないです。罠を見抜くスキルも戦闘スキルも十分にあるので」
「口だけならなんとでも言えます」
「あら~。クウ君は口だけじゃないわよ~? 眼力だけで盗賊を追い払ってたしね~」
キャシーが意外にも援護射撃をしたのだが、眼力で盗賊を追い払ったという部分にクウは少し眉を顰める。実際は幻覚で混乱に陥れたのだが、魔力も使用しない《虚の瞳》の効果が分かるはずもないので、そのように見えても仕方ない。
「はぁ……そこまで仰るのでしたら方法はないわけではありません」
Bランクのキャシーの言葉が効いたのか、受付嬢は少し妥協の姿勢を見せた。Bランクという地位は冒険者の中でもかなり上位であり、そう言った者たちの言葉はクウの思っている以上に重いのだ。
「このヘルシア支部のギルドマスターと模擬戦をしてもらい、勝てた場合のみ特別に迷宮への入場許可を発行することができます。ただし、これは1回限りの挑戦で、もし負けた場合は迷惑料として小金貨1枚を払っていただくことになります。それでもよろしければ、今からギルドマスターを呼んできますがどうなさいますか?」
「よし、やる」
ザワッ!
クウが即決で返事をすると、それと同時にギルド内が一瞬騒めいた。
「そ、そうですか。でしたらギルドマスターを呼んでまいります」
受付嬢も驚いたような顔をしてそう言って奥に入っていく。
結局は冒険者って実力で許されることがいっぱいあるんだな、とクウは思っていたが、実情はそうでもないのだ。
「おい、坊主」
後ろから声を掛けられて振り返ると、槍を手にしたベテラン風の冒険者がクウに話しかけてきた。
「お前……正気か?」
「いきなり失礼な物言いだなおい」
「だってな……今からお前が戦う相手のギルドマスターって元Aランクの冒険者なんだぞ? しかもそれに勝たないと小金貨1枚の罰則金が付くのによ……」
「マジですか」
「ああ、もともとこのシステムは聞き分けのない血気盛んな冒険者に身体で分からせるために作られた、クリアさせる気のない試験なんだ。もしかして知らなかったのか?」
「……ああ」
「そうか……小金貨は……残念だったな」
「俺は負ける気はないからな!?」
あーはいはい。
と、あしらうように手を振って去っていく槍の男。
しかし、彼の言葉を聞くところによると相当難易度が高いと分かる。そう、これが実のところの話だった。無駄に粋がる新人を叩きのめして現実を分からせるというギルドのやさしさと厳しさでもあるのだ。
「あ~、気にすんなクウ」
「きっといいことあるの」
「うむ、達者でな」
「明日からランク上げるために頑張ってね~」
「お前らも期待ぐらいはしろよ!」
『風の剣』含め、ギルド内の冒険者や受付嬢がクウを可哀想なものを見る目で見つめる。全くもって期待されていないクウは何が何でもクリアしてやろうと心に誓ったのだった。
そんな闘志に燃える中、静まり返ったギルド内を切り裂く様な笑い声が響きわたってきた。
「フハハハハハハハ! どこだ俺に挑戦しようっていうEランクのガキは?」
温度の下がったギルドに響きわたった笑い声。
全員の目が一斉に受付の奥へと向けられる。
そこにいたのは二本の剣を背中にクロスさせて背負った髭の男。丈夫そうな鎧を着けて悠然と歩み寄り、周囲を見渡す。
「で、挑戦者は誰だ?」
「俺だよ」
(受けてやろうじゃないか。
この模擬戦をクリアして、迷宮への切符をもぎ取ってやるよ!)
クウは気合を入れ直してその男を正面から見据えた。
3/7 大幅修正