EP157 竜人との対談③
「落ち着いたか?」
シュラムがカップを机に置いたのを見計らってクウはそう聞く。当時のことを思い出して怒りが溢れたのか、シュラムは相当に不安定になっていた。最悪は《幻夜眼》を使うつもりだったのだが、そうなることはなかった。
シュラムも深呼吸をして精神を落ちつけつつ口を開く。
「お蔭様で落ち着きました。申し訳ありません」
「もう一杯いるか?」
「いえ、大丈夫です」
クウとしても水に余裕がある訳ではないので素直に水筒を虚空リングにしまう。この規格外な収納魔道具の件でも驚かれたのだが、特に質問されることはなかった。神獣とその仲間であるため何でもありだと思われたのである。
それに袋型のアイテム袋という収納魔道具は魔族領にもある。だからこそ特殊なタイプの魔道具だと勝手に納得したのだ。
こうして一度空気がリセットされたところでクウは話を再開させる。
「それでレイヒムはどうなった? 普通に見たら結構な功績だよな」
「そうです。【帝都】の住民も彼によって治療され、隣にいるフィルマも今はこの通りです」
「ああ、覚えちゃいねェがァ……俺も奴に治療して貰ったみたいなんでさァ」
同意するフィルマだが、その顔には複雑そうな表情が滲み出ていた。その治癒して貰った相手が今や敵の親玉なのだ。それも当然だろう。
獣人竜人は武人気質の義理堅い種族という一面もある。恩のある人物が敵というのは心に引っかかるものがあるということだ。だが逆に言えば、それでもなおレイヒムと敵対することを選んだ何かしらの理由があるということでもある。
シュラムはさらに話を続ける。
「私は先代皇帝をレイヒムが毒殺した……と思っていたのですが、多くの獣人はレイヒムの言葉を信じているようでした。しかし私には味方も居たのです。レイヒムが悔しそうに地面に蹲る傍ら、私以外にも幾人かが彼の嗤っている姿を見ていたらしいのです。ちなみにその一人が今隣にいるザントであり、他にも正規軍の古株として私に仕えてくれています。
そして私は彼らと話し合ってすぐに父の遺体を調べました。その結果、口や喉が紫色に腫れ上がっていることが判明したのです。この症状はとある砂漠の魔物の持つ毒の効果と一致します。毒が触れた部分が紫色になって腫れ、少量でも体内に入れば即死するデッドスコーピオンの毒です」
「証拠があるならすぐにレイヒムを捕まえられるだろ?」
「はい、すぐにレイヒムを捕らえて尋問しました。ですがレイヒムの各地での活動は予想外に民への影響を与えていたのです。私たち竜人は救世主レイヒムを不当に捕まえていると糾弾されてしまったのですよ」
「だが証拠は出揃っていたんだろ?」
「レイヒムを陥れるために私たちが捏造したと言われましたよ。それどころか竜人は蛇獣人を差別してレイヒムの功績を妬んでいるのだとすら言われました。
デッドスコーピオンの毒は死体に振りかけても紫の腫れを生み出しますからね。結局私たちの言葉を信用してくれたのは私を良く知る一部の獣人と竜人のみでした」
デッドスコーピオンの毒は即死性であり、死んだ者に使っても同じ効果を及ぼすために証拠としては微妙と判断される。明らかにレイヒムは狙ってこの毒物を使ったのだと判断出来た。
種族的に耐性の高い竜人を即座に殺せること、そして誤魔化しの効くことという条件が見事に揃っているからだ。
「そして私とレイヒムは対立し戦いになります。
私たちの主張はレイヒムが皇帝を殺したこと、向こうの主張は皇帝の死を利用して蛇獣人を貶めようとしてるということでした。当時弱小と言われ続けていた蛇獣人もここぞとばかりに不満を爆発させ、【砂漠の帝国】は真っ二つに分かれることになりました。
それが戦争の始まりです。
初めの十年は私の味方も多く、元から戦闘の得意な竜人や、獣人の中でも強者と呼ばれる者たちが全てこちらの味方であったために優勢でした。しかしある日、奴が見上げるような多頭の龍を召喚して一気に形成が逆転したのです」
「我らは【帝都】から【ドレッヒェ】まで撤退し、態勢を立て直すことになります。中にはあの化け物に心を折られて戦えなくなった者もいたからです」
「その時に先代皇帝に仕えていた三将軍が全員殺されてなァ。再編されて選ばれたのが俺、ザント……そしてもう一人レーヴォルフって奴だったんでさァ」
口々に当時の状況を語る三人。
だがここでクウ一つ気になったことを口にする。
「待て、今出てきたレーヴォルフってのは誰だ? 三将軍なら幹部級だろう? 何故ここにいない」
これには一斉に黙り込むシュラム、ザント、フィルマ。レーヴォルフは竜人を裏切ってレイヒムの側へと付いていたのだが、未だにその裏切りを受け入れ切れていなかったのだ。
三人はチラチラと目配せしつつお互いを牽制しあうが、やがてシュラムが歯切れ悪そうに話し始めた。
「レーヴォルフは……先日の戦いで私たちを裏切りました。我が娘を誘拐して消えたのです」
「なんだそれは? 人質のつもりか?」
「そのようです。レイヒムは竜人全体が投降することを望んでいるとか……」
これはクウからしても杜撰だとしか言いようがない。いくら首長の娘だといっても、その一人のために竜人全体が降伏するなど有り得ないのだ。大を取って小を切り捨てると言えばいいだろうか? また首長は世襲制でないため、娘を攫ったところで次の首長には困らない。竜人の中で最強の者がなるだけだ。
ファルバッサに予備知識の説明を受けてなければ問題視した事柄だが、竜人や獣人の性質を知っているので特に疑問は無かった。リアは少し眉を顰めていたようだが……
どちらにせよ神の使いが無暗に介入するべきことではないのでクウは話を戻すことにした。
「まぁいい。それで竜人側は戦力を整え直して全面戦争になったと?」
”そういうことだ。丁度そのとき我もこの地に来た”
「そうなのか?」
クウの質問に答えたのは以外にもファルバッサだった。シュラムも同意するようにして頷き、ファルバッサの言葉を引き継ぐ。
「そうです。神獣様が御降臨くださり、蛇獣人の神獣としてレイヒムが召喚したあの龍を相手取ってくださることになりました。そのお陰で全面戦争に踏み切ることが出来たのです。そうでなければ私たちであの多頭龍を倒すことなどできませんから……
私や三将軍はそれぞれオロチの側に付いていた猛者たちとそれぞれ戦っていたのです。私は当時の蛇獣人の首長と、ザントは狐獣人の首長と、フィルマは猫獣人の首長を担当しました。先程言っていたレーヴォルフはレイヒムの側近とも言われていた蛇獣人と戦って討ち取ることに成功したと聞きました。
狼獣人と獅子獣人の首長は私たちに味方してくださり、文字通り帝国を真っ二つに割っての大戦争となったのです。これが六十年前になります」
”我はオロチとその龍頭に乗るレイヒムを同時に相手にしたのだ。そして隙を突いてレイヒムを仕留めようとしたのだがな……奴の右腕を喰い千切るだけになってしまった。まぁ、すぐにオロチの能力で再生させていたようだが”
それだけ聞いてクウは大体の全容を理解した。
ファルバッサは虚空神ゼノネイアの依頼でこの地に戻ってきたと語っていたが、それは超越者オロチが出現したことによるものだろう。調査、そしてあわよくば討伐をさせるためにファルバッサを送ったのだと考えられる。
六体いる神の使いの内ファルバッサが選ばれたのはこの地に迷宮直通の魔法陣が敷かれていたからだと予想することが出来た。また竜人の神獣だとされていたので自然に竜人側の味方をすることが出来たのだろう。
(ファルバッサはレイヒムの右腕を喰いちぎった。これが奴の血を摂取する原因になったな。レベルダウンの呪いで潜在力を封印されたことで超越者ではなくなったと……
何ともマヌケな原因だなおい)
ファルバッサには下位の者の能力を覗き見る《竜眼》スキルがある。超越者だったときも特性として持っていただろうその能力でレイヒムの【魂源能力】を知っていれば対策は出来たはずなのである。
完全に油断していたのだと推測出来た。
ここまで考えてクウも口を開く。
「レイヒムが前皇帝を毒殺したのは間違いない。それどころか流行った病気すらもレイヒムの仕業だ」
『なんだと!』
三人の竜人の声が重なり、同時に立ち上がって前のめりになる。リアは一瞬ビクリとするが、それを見たシュラムは取り繕うようにして咳ばらいをして着座する。
ザントとフィルマもお互いに顔を見合わせて頷き、シュラムに続いて再び腰かけた。
そこでようやくクウも話を再開する。
「レイヒムの特殊能力……と言っておこうか。それは自分の血を相手に取り込ませることによって自在に呪いを付与する能力だ。お前が言っていた症状―――昏睡、局部麻痺、激痛、錯乱、吐き気、高熱、吐血、脱力、眩暈、息切れ、食欲低下―――は全て呪いで発現可能だ。
もしも奴が食料や水に自分の血を一滴でも混ぜていたら……簡単に呪いをばら撒くことが出来る」
”付け加えるならレイヒムは付与した呪いを自在に解くことが出来る。いや、寧ろ奴にしか解除できないほどの高レベルな呪いだ。つまり奴がしたことは自作自演ということだな”
「ファルバッサの言う通りだ。何かを飲ませて治療していたといってたが、それもただの水である可能性が非常に高いな。おそらく皇帝に毒を飲ませるためのカモフラージュだったんだろう。皇帝にだけ何かを飲ませるのは不自然だからな」
これには絶句するシュラム。
毒を飲ませたということは確信していたのだが、謎の病すらもレイヒムが引き起こしたというのだ。つまり獣人竜人の救世主としての功績も初めからレイヒムの計画通りに与えられた称号だったということだ。
信じられない……いや、信じたくないとも見えるシュラムに対してザントは冷静に反論する。
「お待ちください。我ら竜人の中に《鑑定》を使える者がいます。その者によればレイヒムの持っているスキルにそのようなものはありません。感知系と《召喚魔法》のスキルだけです」
「どういうことだ? 俺の能力ではしっかり見えたんだが……? それにレイヒムは偽装系のスキルは所持してなかったはずだ」
”恐らく偽装効果のある魔道具を使ったのだろう。お主の能力クラスは無理だが、《鑑定》程度なら十分なのだろう。《隠蔽》や《改竄》のさらに上……《偽装》クラスの効果だと考えられる。そうだとすれば《看破》すらも防ぐ可能性があるな”
《偽装》スキルはクウも召喚当初は持っていた便利スキルである。ステータスを隠す《隠蔽》と、偽のステータスを表示する《改竄》の複合上位スキルであり、スキルレベルが同等以上ならば《看破》すらも防ぐことが可能だ。
その魔道具ともなれば相当高価だと思われるが、どうにかして手に入れたのだろう。
クウは納得して言葉を続ける。
「なるほどな。奴の【称号】に《偽善者》ってのがあったが、それも一緒に隠しているんだろう。もしも間違ってステータスを見られたら一貫の終わりだろうからな」
これには反論の余地がなく黙り込むザント。
クウとファルバッサの話を統合するならば、全て初めからレイヒムの計画通りに【砂漠の帝国】は乱され、そして計画のままに竜人をここまで追い込んだのだろう。
皇帝を毒殺したときに見せた嗤いすらもレイヒムの計算なのではないかとすら思えてくる。
「ま、状況は理解できた。ともかく【帝都】に侵入して情報を集めることが必須だな」
クウはポツリと呟いて目を閉じる。
少なくともレイヒムにファルバッサの呪いを解かせる必要があるのだが、このクーデター事件すらも世界のあるがままなのだ。この情報だけで竜人に介入するのは躊躇われる。だからこそある程度の情報収集が必要なのだ。
相手にはオロチと言う超越者も絡んでおり、どういう訳かレイヒムは【魂源能力】を有している。慎重に行動しなければならないだろう。それに『神種』に関する情報も聞きださなければならないのだから。
(ゼノネイアも分かって俺とファルバッサを送り込んだな……)
【魂源能力】は心を制御できる者だけが所持できるようにと迷宮の試練が用意されている。レイヒムのように無闇な災害をばら撒かないためだ。クウも睨んだだけで生物を殺せる能力の所持者だが、それを簡単に使おうとは考えない。
勝てないオロチはともかくレイヒムはクウに討伐させるつもりなのだろう。
以前クウとファルバッサで葬ったボロロートスのように……
「大変ですシュラム様!」
思考を重ねていたクウがその叫び声で目を開ける。
声の方向を見ると一人の竜人が走りながらこちらへと近寄ってきていた。その足取りからかなりと熟練の戦士だと理解できる。おそらく六十年前の戦争を生き残った者の一人なのだろう。
しかしシュラムはそれを見て勢いよく立ち上がり目を見開いて口を開く。
「控えよ! 神獣様の聖域だぞ! なぜ勝手に入ってきた!」
「はっ! それに関しては後でどのような罰も受けます。それよりも大変な事態が起きました」
慌てたような口調で跪き、頭を垂れて報告するその竜人はシュラムも良く知る老練の古参兵だった。シュラムも頼りとしている彼のような人物がこれほどまで慌てているのを見て逆に落ち着き、心を静めて改めて聞き返す。
「わかった。ともかく何があったのか説明を」
「はっ! 先程から住民の多くが昏睡、局部麻痺、激痛、錯乱、吐き気、高熱、吐血、脱力、眩暈、息切れを起こしています。これはまるで―――」
その先は語られずとも理解できた。
七十年前に【砂漠の帝国】全土を襲ったレイヒムの呪い……それが再び【ドレッヒェ】で牙を剥いたのだと誰もが悟ったのだった。
 





