EP156 竜人との対談②
シュラムがレイヒムの名を初めて聞いたのは【帝都】の破壊迷宮で修行していた時であった。
迷宮の動く壁も魔物であるため、何とかして破壊することで魔石も手に入り、《気纏》などの強化系スキルの修行にもなる。竜人に限らず多くの獣人も破壊迷宮一階層で修行するのは珍しくなかったのだが、あるとき迷宮に挑む者の中で突然謎の病に倒れる者が現れ始めた。
症状としては突然の昏睡。
ある者は食事中に、ある者は歩いている時に、そしてある者は就寝したまま起きないこともあった。最悪は迷宮で戦闘をしている時である。突然武器を持ったまま倒れてそのまま魔物の餌食になることもしばしばだったのだ。
破壊迷宮の特徴的な魔物は壁型ゴーレムだが、もちろんそれ以外にも魔物はいる。昏睡してしまえばゴブリンにさえ殺されてしまうのだから、この病の恐ろしさはあっという間に伝わった。
「私自身はその病に罹ることが無かったのですが、共に修行していた知り合いの獅子獣人の一人が破壊迷宮の中で死にました。背中を合わせて戦っていたのですが、突然彼が倒れてそのまま相対していた魔物に殺されてしまったのです」
シュラムだけでなくザントとフィルマにも心当たりがあるらしく、複雑そうな表情で頷いていた。それを見るに病の被害者は両手で数えられる程度ではなかったのだと予測できる。流石のクウも眉を顰めてシュラムの言葉に聞き入っていた。
「そして謎の病に治療法は見つからず、どんな薬草も治療魔法も効果が無かったのです。特に薬草は貴重ですから値段も一気に高騰し、治るはずの病で死ぬ人すら現れ始めました」
「補足すると薬草類は北部のステップ地帯にある草原で僅かに採取できる程度ですから本当に貴重です。薬草一束あれば一週間から二週間は過ごせるのですよ」
ザントの補足にクウとリアは驚く。
基本的に土地が豊かな人族領では薬草類は非常に安価だ。冒険者ギルドでもHP回復ポーションの原料であるヒラヒラ草の採取依頼が常時貼り出されているのだが、その報酬は非常に安い。また効能を高めたポーションですら低ランクの冒険者でも手に入る程度なのだ。
(虚空リングに入っているポーションを売ったら簡単に稼げそうだな)
クウは一瞬そう考えるが、逆に言えばここで仕入れるのは困難なのだ。あまり大っぴらにポーション類を放出するのは控えた方がいいだろうと考え直す。
そんなクウに気づくことなくシュラムは言葉を続ける。
「また謎の病の症状は昏睡だけでは終わらなかったのです。局部麻痺、激痛、錯乱、吐き気、高熱、吐血、脱力、眩暈、息切れ、食欲低下……時間と共に症状は急増し、【帝都】内部だけで数千人の被害者が出たのです」
「俺も当時は病に罹ってなァ……数週間ほど高熱と吐き気に悩まされたんでさァ」
ここで初めてフィルマが口を開き、当時の様子を語る。
フィルマ自身は高熱と吐き気であまり覚えていないらしいが、その時の苦しさは今までにない程だったという。感染症にしては症状が多様過ぎであり、原因も何一つ不明。時と共に被害者は増え続け、遂には当時の皇帝であったシュラムの父も患ってしまったのだという。
「私は父のために治療法を模索しました。魔物を狩ってお金を集め、様々な薬草を試したのですが効果はありませんでした。治癒系の魔法も意味がなく、日ごとに衰弱していくのを見る事しか出来なかったのです」
「じゃあ、そのまま皇帝は死んだのか?」
「いえ、その時にレイヒムの噂を聞いたのです。彼が謎の病を治して回っているという噂を」
「それが出会いか……」
シュラムもいつ罹るか分からない病に恐怖しながらも必至に治療法を探していた。その時何処からともなく聞いた噂が「謎の流行り病を治癒できる男」の話である。
当然ながら縋るようにしてシュラムはレイヒムに接触しようとした。
「当時レイヒムは蛇獣人の里【シュラング】は勿論、猫獣人の里【カーツェ】と狐獣人の里【フクス】で治癒を成功させた実績があるらしく、狼獣人の里【ヴォルフ】で治癒を行っていました。私は伝え聞いた噂を頼りに【ヴォルフ】に向かいましたが、巡り合わせが悪かったのか私が到着したときには獅子獣人の里【レーヴェ】に居たようです」
「追いかけたのか?」
「はい勿論。結局【レーヴェ】で会うことが出来ました」
この世界における砂漠越えは地球の比でない危険性を孕んでおり、簡単に出来るようなものではない。理由としては隠密に長けた毒性の強い魔物が多いからであり、さらに当時は毒に効く薬草類も希少で高価となっていたため下手な砂漠越えは自殺行為と同等だった。
しかしシュラムは持ち前の能力と根性でそれを成し遂げた。
それほど必死だったのだろうとクウでも想像できる。
「【レーヴェ】の泉の側には数百人もの病人が集まっており、中には家族に背負われて順番を待っている者もいました。レイヒムはそれを一人一人治していたのです。どういった能力なのかは不明でしたが、【固有能力】のような特殊な力だったのではないかと噂されていました。
【固有能力】所持者は古代から英雄クラスの実力を持つ強者であるとされ、記録に残っているだけでも数人ほどしか確認されていません。ですがそれを思わせるほどの能力だったと言えるでしょう。
誰もが匙を投げた病を水のようなものを飲ませるだけで五秒と経たずに癒していたのですから……」
「なるほど、そういうことか」
クウは一人納得して頷く。
《森羅万象》でレイヒムの能力は確認済みであり、そこから得た情報とシュラムが語った話からクウはレイヒムが何をしたのかを予測することが出来たのだ。
リアはまたクウが勝手に納得しているのを見てマントを裾を引っ張りながら話しかける。
「何か分かったのですか兄様?」
「ああ、レイヒムは中々に卑劣な手を使う。こんな方法が良くバレなかったものだと感心するな」
「卑劣……ですか? 私にはしっかりした良い人だと思えるのですが……」
”いや、我にも分かったぞ。クウの言う通り良くバレなかったものだと思う”
治癒系統の能力を持つリアから見てもレイヒムの行動に悪意は見えない。謎の病を治し、さらに危険を冒して各地を回っていたのだからそう考えるのが普通だろう。
一方でクウの言葉に神獣と崇めるファルバッサが賛同したことをシュラム、ザント、フィルマは興味深そうにしていた。
しかしクウは首を横に振りながら口を開く。
「まぁ後でまとめて説明するから取りあえず話の続きをしてくれ。全て聞き終わってからの方が効率がいいだろうからな」
この言葉に四方向から不満そうな視線が飛ぶが、クウは目を閉じてそれを無視する。結局先に折れたシュラムが先程の続きを語り始めた。
かなり不満そうではあったのだが……
「……私はレイヒムに会い、【帝都】に来てくれるように頼みました。【帝都】の状況を必死になって説明し、何とかして来てもらおうと説得を試みたのです。何せ目の前で治療する瞬間を見てしまいましたからね。レイヒムの能力を信用せざるを得なかったのです」
「では説得できたのですか?」
そう聞くリアにゆっくりと首を横に振るシュラム。
つまりレイヒムに頼むのは失敗したのだろう。
そう予測できたが、その答えはシュラムの代わりにザントが口にした。
「レイヒムが治療を行ったルートは蛇獣人の里【シュラング】、猫獣人の里【カーツェ】、狐獣人の里【フクス】、狼獣人の里【ヴォルフ】、獅子獣人の里【レーヴェ】、竜人の里【ドレッヒェ】、そして最後に【帝都】だったと伝えられています」
「何故ですか? 普通は人が多く集まる場所からだと思うのですが」
「それは……」
「それは私が説明しよう」
口籠るザントの代わりに再びシュラムが話し出す。
シュラムはレイヒムを追いかけ、実際に話を聞いたのだが、当時ザントは竜人正規軍として【帝都】にいた。フィルマのように病に罹ったわけではなかったため住民の暴動や不満を抑えるために働いていたのだ。
後でシュラムに経緯を聞いたのだが、全てを知っていたわけではない。
「レイヒムはこう語っていました『流行り病は周りから治していかなければなりません。いきなり中央部を正常に戻したとしても、残った周囲から再び流行り出すのです』と……
各種族の里は【帝都】を囲むように存在しています。だからレイヒムは頑なに【帝都】を最後に回していたのだと思います。それに各里から治療法を求めて【帝都】に来る人は多かったのですが、逆に【帝都】から里に戻ろうとする人は殆どいませんでした。レイヒムの言葉にも説得力があったので私も強く言うことが出来ませんでした」
どう頑張ってもレイヒムの体は一つであり、各地を順番に回るという方法しかない。これが薬を飲むだけだったのなら簡単だが、レイヒムにしか治せないとなれば諦めるしかないのだ。
シュラムは竜人らしく決闘して無理矢理にでも連れていこうかと考えたが、そうした場合は周囲の住民から強い非難を受けるだろう。それにレイヒムしか病を治せない状況で本人を怪我させる可能性のある事態は避ける必要がある。
まさに手も足も出ないシュラムだった。
「レイヒムはその後一か月ほど経ってようやく【帝都】までやってきました。その時点で【帝都】の死者は百人を超えていたとも言われていましたが、私の父は……皇帝はまだどうにか生きていたのです」
「じゃあ、治してもらえたのか?」
「いつもレイヒムが患者に飲ませていた水のような液体を飲むところまでは行きました。ですがそれを口にした瞬間、父はこれまでにない程の勢いで吐血してそのまま亡くなったのです」
「毒殺か?」
「私もそう思いましたし、周りで見ていた者も一瞬そう考えました。ですが直後にレイヒムが『間に合わなかった……』などと言って両手を床に叩き付けて悔しがっている様子を取ったのです。それを見た他の者たちはそれで納得していましたが……
私は確かに見ました。
奴が密かに口角を上げてニヤついていたのを。四つん這いになっていたために垂れた髪で顔は隠れていたのですが、右斜め後方から見えた奴は絶対に嗤っていました。ただそれだけだったのですが、私は毒殺だと確信したのです」
シュラムは悔しそうに言葉を絞り出して拳を握りしめる。ギリギリと歯軋りしているのがクウとリアにも聞こえ、怒りの感情が湧き上がっているのをクウの《気配察知》が捉えた。
あまりの感情の放出で自然と真っ赤なオーラがシュラムを覆い始め、本人の制御を離れて《気纏》が発動してしまっていた。それに気付いたザントとフィルマが慌てて両脇からシュラムの肩を揺らして声を掛ける。
「シュラム様!」
「しっかりしろよォ!」
「っ!!」
そしてようやく我に返るシュラム。
相当な強さの感情を放っていたのか、リアは思わずクウの服の裾を握りしめていた。それに気付いたクウはその手を右手で包んで安心させる。
意思力と言うのはかなり幅の広い力であり、今回シュラムの《気纏》から漏れ出た怒りは下手な威圧よりも強力だと言えた。本来の《気纏》に威圧効果は無いのだが、余りに強い意思力は世界が設定したスキル効果を越えることが稀にある。
もちろん一瞬の効果でしかないが、意思力封印されても尚これほどの力を発揮することにはクウも少し驚いていた。
(封印してこれなら制限なしだと本当にヤバかったんだな)
余りにヤバそうなら《幻夜眼》の意思干渉で強制的に感情を抑えようかとも考えたのだが、どうにか感情を抑えたシュラムを見て練り上げていた魔力をMPに戻す。
能力に頼らず自然に抑え込める方がシュラム本人にとっても負担が少ないので、クウは少しだけ休憩がてらに虚空リングに入れた水を取り出し、振舞うのだった。
 





