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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
156/566

EP155 竜人との対談①

「さて……はじめようか」



 クウが呟いたこの言葉に全員が首を縦に振る。

 少し前に嘘つかずに竜人たちの信用を勝ち取ったクウたち。自分たちが虚空神ゼノネイアの使いであることは言わず、勝手に勘違いさせることができた。

 そして話し合いの場として選ばれたのはオアシス都市【ドレッヒェ】からほど近いもう一つのオアシス。かつてファルバッサが住処にしていた場所である。

 そこには泉から少し離れて巨大な地下空間が形成されており、さながら地下神殿のような様相を見せつけていた。その場所こそがファルバッサの仮の住処であり、虚空迷宮九十階層と直通の転移魔法陣が敷かれている場所でもある。

 竜人たちですら神聖な場所として入ったことがある者のいないこの場所で、今情報交換が行われようとしているのだった。



「まず俺とリアはこの辺りのことを殆ど知らない。まずこの国の昔からの説明から始めてくれないか?」



 クウはシュラムの方を向いてそう言う。一方でシュラムは緊張しているのか、少し硬い表情をしながら小刻みに何度か頷いたのだった。

 今は地下空間の床に横たえるファルバッサの前に長方形の机が置かれており、そこで向かい合う形でクウとリアがファルバッサから見て机の右側に、シュラムとザントとフィルマがファルバッサから見て机の左側に座していたのだった。

 ちなみにこの机、そして椅子を出したのはファルバッサである。

 虚空迷宮九十階層では食料を初めとして、ある程度の物資はファルバッサが望めば手に入るようになっている。一旦迷宮九十階層まで転移したファルバッサが持ってきたのがその机、そして椅子五つ分であった。



「それでどの程度昔の話をすればよいでしょうか?」


「ん? そうだな……レイヒムがどういう風に皇帝になったか。その辺りからお願いしようか。リアもそれでいいか?」


「……はい。それで構わないと思います。疑問点があればその都度質問することにしましょう」


「それもそうか。じゃあ、話してくれ」



 リアに関しては名前とクウの妹であること以外の自己紹介をしていないのだが、クウとファルバッサと共にいるというだけで少し畏れられているようだった。大方クウと同類だと思われたのだろう。特にリアに関しても疑われることなく話は進められる。



「まずは七十年前ほどの話をしなければならないでしょう。その当時はまだ【砂漠の帝国】も非常に安定しており、我ら竜人種の皇帝が収めていました。ちなみに私の父でもあります」


「ファルバッサも居たのか?」


「いえ、その時は既に居られませんでした。父は昔に御姿を見たと言っていた気がしますが、少なくとも私が生まれた時点ではこの地を去っていらっしゃったと聞いています」



 クウが神獣のことをファルバッサと呼び捨てにするたびに微妙な顔をするシュラムたち三人だが、ファルバッサ自身が気にしていない様子なのを見て眉を顰めつつも話を続ける。



「神獣様の加護もあってか、私たち竜人は初代皇帝からの地位を独占していました。何度も多種族から決闘を挑まれたのですが、それを全て退けて最強種とも謳われていたのです。しかしそれに驕ることなく、他種族が納得できる程度の善政も敷かれていたと自負しています」


「なら何で今の状況になったんだ? 詳しくは知らないが、昨日の戦いの状況から推察すると竜人対獣人みたいな状態になっていた気がするんだけど」


「そうですね。その通りです。ですが全ての原因は政治でも何でもなく、単なる……本当に馬鹿な種族差別から来るものでした」


「差別? ファルバッサは獣人竜人六種族は対等な地位だという風に言ってた気がするぞ。要は強さが全てを決める国なんだろ? それに弱いからって差別はしないんじゃなかったのか?」


”その通りだ。強い者が上に立つが、強者は同時に弱者を守る義務もある。大人が子供を守るようにな”



 地球でも人種差別を初めとして、男女差別、学校内差別などの問題が多くあった。それによって数えきれない争いが生まれ、現代でもそれは終わっていない。差別が生んできた歴史は黒い部分が多く、日本の学校でも歴史の授業以外でそのことを取り上げることすらある。だからこそ、クウはシュラムが言った種族差別という言葉に引っかかりを覚えたのだった。

 ファルバッサも否定していることから気付かないほどの些細な差別だったのかもしれないが……

 そしてこれに答えたのはシュラムではなく右に座っているザントだった。



「神獣様。確かに我ら竜人は差別など行っておりません。ですが結果として差別のような状態になってしまったのです」


”どういうことだ?”


「神獣様は竜人種と蛇獣人種の違いをご存知ですかな?」



 竜人と蛇獣人は外見的な違いがあまりない。瞳が爬虫類のような縦長である他、身体の一部に鱗がある。そして竜人にだけ頭部に角があるのだ。ただし、この地域では頭に布を巻いていることが多く、角を判別するのも簡単ではない。竜人は気を遣って角を隠さないような布の巻き方をしているのだが、やはり判別しにくいというのが実情だった。

 そしてこの二種族の最も大きな違いは能力にある。

 高い耐久力と身体能力を備える戦闘のスペシャリストである竜人に対し、蛇獣人は獣人としては珍しく《熱感知》や各種魔法などの特殊な能力が優れている。

 これを知っているファルバッサは大きく頷いて肯定した。

 それを見てザントも頷き返し話を続ける。



「お互いに別の方向ではありますが強さを持っていたのです。しかし、獣人竜人の強さを測る方法に大きな問題と誤りがあったといえるでしょうな」


「……まさかと思うが、近接肉弾戦闘こそ至高とか考えてたんじゃないだろうな?」



 不意に口を開いたクウに対して黙り込むザント。

 これのはクウもこめかみを抑えて溜息を吐いたのだった。

 竜人はその身体能力のお陰で最高クラスの戦闘能力を誇っているが、蛇獣人は感知や魔法による後方支援向きな能力だ。つまり獣人竜人の決闘は近接の肉弾戦と決まっているため、蛇獣人は弱小だと思われていたのである。前衛がいるからこそ生きてくる後衛が、前衛と近接戦闘して勝てるはずがない。

 これが大きな問題だったのだ。

 沈黙が支配する中、静かにそれを破るようにして再びシュラムが話し始める。



「その通りです。似た見た目でありながら竜人は最強。一方で蛇獣人は最弱だというレッテルを貼られてしまったのです。不本意ながらもこれが差別となってしまった……」



 そういうことか、とクウは納得する。

 確かにこのような蛇獣人不利な形で伝統が守られていたのだとしたら、長年に渡る不満が爆発してもおかしくはないだろう。その上さらに不本意な最弱の称号を押し付けられたのだとしたら反乱が起きてもおかしくはない。

 だがここで問題なのは蛇獣人以外の獣人もレイヒムへと付いていたことである。

 これまでの話の流れならば蛇獣人に他の獣人が付く要素はない。つまり、この差別問題は本当に始まりでしかなかったのだ。

 クウがこのことを聞く前にシュラムは話し始める。



「先代の皇帝……つまり私の父は文官として蛇獣人を登用していました。どちらかと言えば知恵を巡らす方が得意な蛇獣人にとって最も合っていると考えたからです。その当時の蛇獣人たちの働きぶり故に、父が蛇獣人を見下すようなことはなかったのですが、それによって以前よりも貧弱な種族と考えられるようになってしまったと言えるでしょう。強さが全てを優先するこの国では文官よりも武官の方が優れていると考える者が多かったせいですね」


「無茶苦茶だ。文官がいなければ国は回らない。武官が外敵から国民を守るのに対して、文官は内部から国民を守護する重要な役職であるハズだ。それを蔑ろにするなんて……」


「そうです。寧ろ争いの無い平和な時期は文官の働きが重要視されます。いくら強さが優先される国だといっても限度がありますよ!」



 あまりに特殊な考え方をする【砂漠の帝国】に内乱が起こったのはある意味当然だったのだろう。人族領では平和な時代であるために、多くの貴族は「文」を重視している。ある程度の「武」も嗜むのだが、それは徐々に趣味の領域へと変わっていた。そして今や【ルメリオス王国】でも【ユグドラシル】でも戦うのは騎士や精霊部隊といった専門の者たちだ。もちろん冒険者もだが……

 これは平和な時代を享受するにあたって役割が分化していったことによる当然の結果であり、【砂漠の帝国】のようにいつまでも武官が力を持ち続けるのは本当に特殊な事だったのだ。

 日本で教育を受けたクウだけでなく、元貴族であるリアにもこのことは十分理解できた。シュラムはクウとリアの言葉に力なく頷いてさらに口を開く。



「本当ならそうだったのでしょう……ですが帝都にあるモノが存在するせいで力が優先される風習が廃れることがなかったのですよ」


「あるモノ?」



 どことなく言いにくそうに語るシュラムにクウはそう聞き返す。シュラムの言葉から察するに、力ある者が優先される【砂漠の帝国】の特徴は進んで根付かせたのではないと思えた。彼らの信仰するファルバッサが共に聞いている以上は嘘もないだろうし、クウの《森羅万象》でも嘘は感知できない。

 つまりシュラムからしてもこの風習は不本意だったのだ。

 そしてその原因となったあるモノとは……



迷宮ダンジョンです」


「そういうことですか……」



 クウよりも先にリアが反応する。だがそれも当然だろう。リアは元々は迷宮都市【ヘルシア】を治めるラグエーテル伯爵家の令嬢だったのだ。そして家からは迷宮攻略をすることを義務付けられていた。

 これは自分の治める街の迷宮がどれほど重要かを分からせるための実地訓練のようなものであり、本格的に社交界に出るまではリアも冒険者に交じって迷宮に潜っていた。尤も、成人となる前にクウがリアをラグエーテル家から奪い取ったので、リアが社交界に出ることはなかったが……

 故にリアが貴族らしい夜会などに参加したのは仮のデビューとも言われる十二歳の時のみである。

 それはさて置き、クウにとっても迷宮があるというのは聞き逃せないことだった。



「何て言う迷宮だ?」


「破壊迷宮です」


「物騒な名前だな」



 それよりも何故このような重要な情報を教えなかったのかとファルバッサを睨みつけると、ファルバッサはスッと静かに目を逸らした。



(コイツ……忘れてたな)



 クウはもう一度だけファルバッサを睨みつけて再び考察に戻る。後でまたお仕置きが必要かもしれないと頭の片隅で考えつつも、今は目の前の問題の方が重要だ。



「ちなみにどんな迷宮なんだ?」


「ええ、とても複雑な迷宮です。基本的には通路一つない正方形の巨大空間なのですが、どうやら壁型のゴーレムのような魔物が大量にいるらしく、そいつが移動することによって常に内装が変化するのです」


「いや、普通にそのゴーレムを壊せばいいだろ? そうしたら何もない簡単な迷宮じゃないか」


「ダメです。余りに防御力が高く、私たち竜人が竜化を使ってようやく……といった硬さでした。元々の耐久が高く、防御系統のスキルも充実しているようです。

 そして常に地図マップが変化し続けるその難易度故に一度入れば戻ってこれる者すら稀でした」


「そこまでかよ……」



 迷宮は転移クリスタルによって各階層とエントランスが直通している。つまり階層をクリアできれば転移で戻って来られるのだ。それでも尚、戻ってくる者が稀だということは一階層をクリアできる者すら殆どいないということになる。

 そしてトラップの話が出てこないことから、少なくとも十階層を越えたことがないのだろうと予想できた。

 確かにこれをクリア出来るとすれば壁型ゴーレムを破壊できる強者だけだろう。このことから「文」よりも「武」が優先されたという面が強かったと理解できる。



(ま、俺なら《月魔法》で余裕だな。幻術さえなければ真っすぐ進むだけの虚空迷宮と似ている)



 まさに鬼畜とも言える難易度だった破壊迷宮もクウに掛かれば問題は無い。尤も、クウがクリアしても意味はないのだが……

 それはともかくとしてクウは話を元に戻す。



「まぁ話が少しそれたが、要は蛇獣人の地位が低かったんだよな。そこからどうなって他の獣人も蛇獣人を……つまりレイヒムを味方することになったんだ?」


「はい。ここでレイヒムが各地で活動をし始めたことによって状況が変わったのです」



 シュラムは目を閉じ、遥か昔のことを思い出しながら口を開いた。





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