EP154 正当なる詐欺
里の中央部にある城と思しき建造物に向かって下降するファルバッサは徐々にその速度を落としていく。竜種は魔力を翼に纏わせて魔法で飛翔しているため、羽ばたかせて減速する必要がなく、周囲にも風による被害はないようだ。
しかし突然、街の上空に巨大な竜が出現すれば驚くのは当然だろう。多くの竜人が家から飛び出して不安そうに空を見上げていた。だが、ファルバッサを知る一部の住民は驚愕の表情を浮かべ、ある者は涙すらも流しているのがクウにも見えた。
「歓迎されている……のか?」
「いきなり攻撃はされないと思いますが……」
”まぁ問題なかろう。このまま着陸するぞ”
少し不安そうなクウとリアに対し、ファルバッサは問題ないとばかりに城の広場に着地する。すぐさま同じ装備の竜人たちが現れて二人と一匹を囲んだため、これで本当に大丈夫なのか? とクウは首を傾げた。
しかし《森羅万象》で見る限りはクウの敵ではない。リアですら勝てる程度の相手ばかりだった。ならば戦闘になったところで問題ないだろうと考え、落ち着いて周囲を見渡す。
「まさか神獣様か?」
「間違いない。昨日も御降臨なされたのを見た」
「俺は住民の護衛任務だったからな。羨ましいぜ」
「ならば上に乗っている二人は何者だ? あまりに不敬だ!」
「確かにそうだ。フードを被っていて顔も良く見えんな」
「いや、あれは天使様らしい。背中から六枚の翼を出しているのを見たと聞いた」
「つまり神獣様と御使い様か?」
「いや、俺も昨日見た奴に伝え聞いただけだから……」
ヒソヒソと相談し合う竜人の兵士たち。彼らはまだ若く、六十年の戦いでファルバッサを実際に見たことのない者ばかりだった。昨日シュラムと共に前線へと出ていた者は気付いたようだが、結局のところクウとリアが何者かという話に収束しようとしていた。
(まぁこうなることは予想していた。どう考えても怪しいから仕方ないだろうけどな)
若手の竜人たちではどうしたらよいのか分からず、様子見のような状態で睨みあっているのだが、この膠着状態も首長シュラムの登場で終わりを迎えた。
ファルバッサの正面の城出入り口から両脇に二人の竜人を従えたシュラムが歩いてくる。全く警戒していないのか、その手には武器をもっていない。両脇の竜人も、他とは隔絶した強さを持っていると確信させる雰囲気を纏っているが、やはりその手に武器はなかった。
シュラムは静かに歩みを進めてファルバッサの前へと辿り着き、跪いて口を開く。
「我が神よ。よくぞお戻りに……。ご覧ください。住民たちはこの通り守り通しました」
そしてそれに続くようにして側に控える二人の竜人……ザントとフィルマも跪く。昨日ファルバッサに住民を守っておくように言われたことを覚えていたのだろう。
竜人最強の三人がへりくだるような態度をとっているとなれば、他の竜人たちも続くほかない。状況がよく分からないながらも条件反射的に彼らと同じ格好をとった。
次々と頭を垂れて静まっていく城の広場だが、ここで困るのはファルバッサである。予想はしていたといえども、神ではないファルバッサが神のように崇められるのは複雑な気分になるというものだ。
以前ならば神と同等の性質を持つ超越者だったために必ずしも間違いという訳ではなかった。しかし今やファルバッサもステータスに縛られる身である。
微妙な表情を浮かべつつもファルバッサは彼らに答えた。
”そう固くならずとも良い。我に昔ほどの力はないのだから”
「いえ、たとえそうだとしても我らの心は変わりません。どうぞ我らの内にお住まい下さい」
”そ、そうなのか?”
このエルフにも劣らない彼らの態度にはファルバッサも少し引いていた。のんびり気ままに過ごすことが好きなファルバッサにとって、こうして崇め奉られるというのは堅苦しく苦手だ。どう反応して良いのか分からず、中途半端な受け答えになっている。
仕方がないのでクウが少し手助けしてやることにした。ファルバッサの背中から飛び降り、顔を上げたシュラムへと目を向けつつ口を開く。
「まぁ、待て。今回は少し立ち寄っただけだ。すぐに立ち去るつもりだからその願いは叶えられそうにないと思うぞ」
あえて空気を読まずにバッサリと言葉の刃で切り裂くクウ。何だかんだ言って甘いファルバッサに任せると何でも請け負ってしまいそうな気がしたからだ。
そもそも六十年の戦争はゼノネイアの依頼で参加したのだが、それ以外はファルバッサが世界を回りたかったために迷宮の外で遊んでいたに過ぎない。永住したりすること自体が元から不可能なのだ。本来は虚空神ゼノネイアの使いなのだから。
竜人にとっては残酷かもしれないが、これも仕方のないことである。
だがこの言葉に黙って従う竜人ではない。
「あなたは……昨日の天使様!? どういうことです?」
「ちょっとレイヒムってやつに用があってな。その用事がすんだら北の方に行くつもりだ」
「それは神獣様もですか?」
「もちろん」
やはり昨日の時点で天使の翼を見せてしまっていたことが影響しているらしい。普通ならば訝しんでしまう謎の人物でしかないクウと会話が通じたのもそのお陰だろう。しかしシュラムは無条件でクウのことを信用しているわけではなかった。
「そうなのですか? 神獣様?」
その目を再びファルバッサへと戻してそう問いかけるシュラム。やはり体と顔をマントで隠したクウよりも信頼あるファルバッサの言葉の方が信頼できるのだろう。
が、シュラムは知らない。
クウとファルバッサが念話で密かな打ち合わせが出来るということを。
(おいファルバッサ。絶対にYesと言えよ?)
(う、うむ。そうなのだが……少しぐらい彼らの言うことを聞いてやっても良いのではないか?)
(いやいや。まずは状況を確認するために竜人の里まで来たんだろ。何も分からない内に安請負するのはダメだってことだよ。レイヒムの件で共同作戦ぐらいならするかもしれないけど、その後は魔王の国に行くんだから永住とかするなよ?)
(……わかっている)
(じゃあ頼んだぞ? 俺たちは世界を整える存在であって、変える者じゃないんだからな)
とここで念話を終了する。
この間僅かに数秒である。思考による会話であるため、普通に話すより速いのだ。ファルバッサは少し不満そうであったが、本来は神の使いが世界に干渉しすぎるのは禁止だ。基本的に天使を含めた神の使いは世界的に見て干渉の必要がある場合にのみ首を突っ込むのが望ましい。それも革命ではなく調整こそが天使の役目だ。
二人は知らないことであったのだが、今回は加護無しに【魂源能力】を開花させた存在や、超越者であるオロチがいるために干渉の必要ありとしてゼノネイアがクウとファルバッサを送り込んだのだ。私情で一部の種を贔屓するのはダメである。
「そうなのですか?」
数秒の間すらも長く感じたのか、我慢できないとばかりにシュラムがもう一度聞き返す。だがその声はどこか不安そうな色だった。黙り込むファルバッサを見て機嫌を損ねてしまったのではないかと心配したのだ。
シュラムの不安は周囲で見ていた竜人全体にも伝播し、空気が重くなったような感覚を覚える。それを感じ取ったファルバッサは慌てて取り繕うようにして口を開いた。
”うむ。実はそうなのだ。我がこの地に留まることはほぼないだろう”
ハッキリとした否定に明らかな落胆を見せる竜人たち。だがファルバッサが否定したのはこの地に留まることである。竜人たちが抱えているであろう問題に関しては手を貸してもいいとクウとの相談で決まっていた。
もちろんそのためには状況説明をしてもらうことが条件となっているのだが……
そしてそれを説明するためにファルバッサは言葉を続ける。
”落ち着け。我らはあのレイヒムに用があって来たのだ。良ければ奴らについて教えて欲しい。我がこの地から居なくなって何があったのかを。我が連れてきた味方……クウとリアにも説明しなければならないのでな”
「神獣様の連れて来てくださった味方……?」
シュラムはチラリとクウの方を見る。
この時ばかりは空気を読んだのか、クウは勢いよく六枚の翼を展開した。粒子を振りまきながら魔力で形成した翼は日の光に反射して神々しいばかりの威容を見せている。
ハッタリという訳ではなかったのだが、その光景は竜人たちに大きな畏怖を与えたようだった。
何処からともなく「おおっ」と声が挙がり、シュラムだけでなく側に居たザントとフィルマ、そして若手の竜人たちも驚いてクウの翼を凝視する。
しかし驚きはそれだけでは終わらない。
「おお……」
「なんと」
「コイツはすげぇな」
クウは静かに浮き上がり、それを見たシュラム、ザント、フィルマは順番に声を漏らした。それと同様に他の竜人たちも目を見開いてその姿を眺めている。どう見ても完全に落ちていると判断できる表情に変わっていたのである。
こっそり「異世界人ちょろい」と思ったのはクウの心の中だけの秘密だ。
(思ったより簡単に信用を勝ち取れそうだな)
詐欺師もびっくりな手際なクウだったが、簡単に信じた竜人も竜人である。
しかし下手な干渉が良くないことはクウも知っていることだ。神獣信仰が盛んな竜人獣人にわざわざ本当のことを話す事さえも干渉にあたる。
だからこその手段であるとも言えるのだ。
「私たちを助けてください神獣様!」
『神獣様!!』
シュラムに続いて跪きながらそう叫ぶ竜人たち。
計画通りだとクウはほくそ笑むのだった。
それを見たリアとファルバッサが若干呆れ顔をしていたことは言うまでもない。





