EP152 竜人の里へ 前編
今回はまだ竜人の里に行きません。向かおうとするだけです。
タイトル詐欺とか言われても知りません。
茹だるような熱さを感じて目を覚ますクウ。長く旅を続けていたからか、すぐさま意識を覚醒させて状況を整理しようと思考を速め始める。
(昨晩は衝撃事実をファルバッサから聞いたんだったな。一晩眠ったお陰で頭は冷えたけど相変わらず砂漠は暑すぎる)
夜の内は冷えが酷く、テントで眠るにも毛布が必要なほどだった。しかし日が昇り、光が砂漠を照り付け始めると途端に気温が上がっていく。
クウは少し汗ばんだ下着に不快感を感じながらも毛布を虚空リングにしまい、パタパタと手で扇ぎつつテントを出た。すると真っ先に目に入ったのは横たわる巨大な竜。灰銀の竜鱗が日光に反射して眩しさを感じさせていた。
”起きたかクウよ”
「ああ、おはよう。リアは?」
「ここです」
テントから出てきたクウに気づいたファルバッサが声を掛け、クウも同じく挨拶を返す。同じテントの隣で眠っていたはずのリアが居なくなっていたため少し心配したのだが、どうやら昨晩の片づけをしていたらしく、あとはクウが虚空リングに収納するだけの状態でキャンプセットが並んでいた。
「リアが全部やってくれたのか。起こしてくれれば良かったのに」
「ふふ。兄様がぐっすり眠っているのを起こせるはずないではありませんか。私が眠っていたとしてもクウ兄様は無理に起こそうとなさらないでしょう?」
「まぁ、そうだけど」
クウはそう返事しつつ並べられた道具を虚空リングに収納していく。昨晩は料理をせずに既製品のサンドイッチを食べただけなので収納量はそれほど多くない。そのため数秒ほどで全てを片付け終わったのだった。
尤も、虚空リングを嵌めた左手で触れるだけで収納できるので、量が多くとも大した手間ではない。
「それで兄様。昨日の話はどういったものでしたか?」
リアはその間にテントを片付けながらクウに問いかける。テントもワンタッチで開いたり折り畳んだりできる魔道具であるため、リア一人でも十分に片付けられる便利道具だ。
キャンプセットを収納し終えたクウは、自動で折り畳まれていくテントを眺めながらリアに答える。
「中々に興味深い話しだったけど……オロチに関しては勝てるという確信を尽く砕かれた感じだな」
「超越者でしたか? クウ兄様が勝てないと言い切るなんて凄い相手ですね」
「そうだよなぁ。少なくとも勝負をするには同じステージに立たなくちゃダメだ。今のままでは昨日みたいな一方的な戦いになる」
「私も役に立てそうですか?」
「今のところは無理だな。超越者になれる可能性があるのは今は俺とファルバッサだけだし」
クウの言葉にガックリと肩を落とすリア。もちろんリアも《運神の加護》を持っており、いずれは天使として生まれ変わる可能性もある。しかし現時点では【魂源能力】を持つクウとファルバッサだけが超越者となれる可能性が高いという状況だった。
クウは現在Lv188であり、後12レベルで超越化することになる。ファルバッサに関しては弱体化の呪いを解除できればすぐにでも再び超越者に戻ることが出来るだろう。レベルダウンの呪い……つまり言い換えれば潜在力封印の呪いによってファルバッサは超越者ではなくなってしまっているからだ。
落ち込むリアにクウは慰めるようにして口を開く。
「リア……俺とファルバッサが強すぎるせいで勘違いしているかもしれないが、お前はかなり上位の強さを持っているんだぞ? 普通に戦えばこの辺りの魔物でも一撃で屠ることが出来るだろうし」
「はぁ……そうなのですか?」
”そうだぞリアよ。自信を持つのだ”
リアはイマイチ納得していないようだが、ファルバッサの《竜眼》に映るリアのステータスはかなり高いものだ。少なくとも強力な魔物が多い魔族領ですら何とかなるレベルである。
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リア・アカツキ 15歳
種族 人 ♀
Lv168
HP:9,472/9,472
MP:10,482/10,482
力 :7,428
体力 :7,833
魔力 :8,961
精神 :8,877
俊敏 :8,561
器用 :8,539
運 :31
【固有能力】
《治癒の光(神による下位変換化)》
【通常能力】
《礼儀作法 Lv4》
《舞踊 Lv4》
《杖術 Lv5》
《炎魔法 Lv7》
《光魔法 Lv8》
《回復魔法 Lv7》
《魔力操作 Lv4》 Lv1UP
《魔力感知 Lv4》 Lv1UP
【称号(神による秘匿)】
《運神の加護》
【称号】
《運神の使徒(神による秘匿)》《元伯爵令嬢》
《魔法の申し子》《妹》《到達者》《浄化師》
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リアの魔法レベルは7以上であり、これは既に達人クラスの領域だ。長年に渡って魔導を極めた者が到達するとも言われる程である。一部の天才を除けば簡単に到達しうるレベルではない。
もちろんリアは魔法の天才と呼ばれた元伯爵令嬢であり、さらにクウから教わった科学知識によって正確な知識による魔法発動が可能となっている。
勇者セイジを除けば間違いなく人族トップクラスである。
「まぁ、今回はリアの杖が壊れているから無茶は止めて欲しいけどな」
「うぅ……そうでした」
リアは山脈越えの際にロイヤル・スケルトン・ナイトに杖を破壊されてしまっている。そのため魔法を使用するためには予備の短杖を使うか、《魔力操作 Lv4》を使って魔力を練り上げなくてはならないのだ。
当然ながら普段よりも魔法の威力が落ちたり、発動時間が長くなったりする。その辺の魔物程度なら十分に戦えるだろうが、いつものような魔法の連発は難しいと思われる。
「でも確かにリアの杖は早急に手配しないと拙いよな。こういう時は魔族領に居ることが悔やまれる。こっちには伝手が全くないからな」
「そうですね。上手く街に入ることが出来ればそれなりのものが手に入ると思うのですが……」
「取りあえず竜人の里に行ってみるか。話も聞かないといけないし、昨日撤退させてから一度も連絡してないからな。ファルバッサの顔見せも正式にやっておいた方が良さそうだ」
”そうであるな。ともかくリアの杖の話もあるのだ。一度【ドレッヒェ】に向かうとしよう”
竜人の里にも杖を扱う店ぐらいはあるかもしれない。もしリアの気に入る杖が無かったとしても、壊れた杖の修理ぐらいなら可能かもしれないという希望を込めて二人はファルバッサの言葉に頷く。
クウは虚空リングからデザートエンペラーウルフのレザーアーマーを取り出して装着し、上から幻影の黒コートを羽織る。さらに日光対策として白いマントを被り、フードで頭ごと覆って準備完了だ。
リアも同様にアイテム袋からいつもの白いローブを取り出して羽織り、フードを被る。
「ファルバッサも昨日の怪我はどうなった? 治ったか?」
クウは折り畳まれた魔道具のテントを仕舞いながらファルバッサに問いかける。
説明もなく飛び出してオロチに挑んだ罰として、クウが幻術の巨人にファルバッサを殴らせた例の怪我のことだ。スキルによる治癒不可の効果を込めて幻術を現実に干渉させた見事な一撃。打撲を受けたファルバッサは《自動再生》でもリアの《回復魔法》でも治癒されることはなかった。
普通ならば一晩で回復すると思えないが、ここはファンタジー満載の異世界。竜は人よりも治癒能力が高いということもあるかもしれないので一応聞いてみたのだった。
しかしファルバッサは首を振りながら答える。
”いや、全く治っていないようだ。痛みも引いておらぬ”
「そうなのか? 治りが遅いな」
”おそらくお主の能力が強すぎるのだろう。我の自然治癒力すらも阻害されているようだ”
「それは良くないな……」
クウは二重の意味を込めてそう語る。
ファルバッサの怪我が全く治っていないこともそうだが、何よりもクウ自身が《幻夜眼》の調節を上手くできていなかったことが判明したからだ。クウとしては自然治癒力まで阻害したつもりはなかったのだが、どうやらそこまで効果が出ていたらしい。
「クウ兄様どうします?」
「そうだなぁ……」
《幻夜眼》の本質的な効果の理解は進んだが、その効果を自在に発現させるのは難しいようだ。意思力という複雑でデリケートなものを扱う能力であるためか、クウが少しでも望んでしまったことが効果に反映されてしまうこともあるらしい。
また強大な意思力を存分に振るえるだけの潜在力がクウには足りていないのだ。安定して能力行使するためには超越者となるのが近道かもしれない。
そんなことを考えながらクウは眼に魔力を集める。
「《幻夜眼》起動。幻術解除」
幻術を現実へと干渉させるためには、虚数軸のような仮想的な概念を取り込ませる必要がある。複素数空間として意思ベクトルを考えることで、幻術である虚数意思ベクトルを現実である実数意思ベクトルに変化を与えるのだ。
地球でも特殊な方程式を解く際に、虚数を使って関数を扱いやすく改変することがある。そして最終的に出てきた複素解(実数と虚数が混じった解)の内、実数部分が本来欲しかった答えとなる寸法である。
同様にして、幻術を現実に介入させている状態で幻術を解除するとどうなるか。
答えは幻術で干渉した現実が無かったことになるのだ。
つまり巨人がファルバッサを殴ったという幻術を無かったことにすることによって、干渉によってファルバッサが受けた傷もなかったことになるのだ。
”ほう……”
全身にあった鈍痛が消え去り、身体が軽くなったことをファルバッサは感じ取る。現実にある痛みと言っても、所詮は幻術によるもの。根源である幻術が解除されれば無かったことになる。
ということはファルバッサが《幻想世界》を発動し、内部でクウの幻術に干渉すれば自力で解除できたのだ。そのことに気付いてファルバッサは一人納得する。
同じくその考えに至ったクウもおもむろに口を開いた。
「強力な効果だけど慢心すると簡単に対処されそうだな」
”うむ。まぁ【魂源能力】でなければ解除は無理だろうがな”
また一つ自分の能力について賢くなったクウ。再びオロチと相対する可能性もあるため、この力は有用だと考えていたのだが余り期待しすぎない方がいいかもしれないと思案する。それでも昨日戦った時には幾らか通用していたので、最悪逃走するための切り札としては使えるだろうと結論付けた。
考え事をしているクウにファルバッサが声を掛ける。
”さて、怪我も治ったのだ。竜人の里へと向かうとしよう”
「そうですね」
「ああ」
リアに続いてクウも顔を上げて返事をする。
昨晩同様に虚空リングに入ったサンドイッチで軽く朝食を済ませたのち、二人は翼を広げたファルバッサの背中へと飛び乗る。それを感じ取ったファルバッサは大きく羽ばたかせて上空へと舞い上がった。
目標は視線の先に映るオアシス都市【ドレッヒェ】。
それが眼下に小さくなるほどに上昇したファルバッサはゆっくりとそこへ近づいていくのだった。
特殊な方程式と言いましたが、要は微分方程式のことです。
cos(x)+i・sin(x)=exp(ix)という公式がありまして、これを利用した方法が有名ですね。ちなみにiは虚数単位のことで、これが付いた項は虚数として扱われます。
y''+y'+y=cos(x)として
cos(x)では扱いにくい時に、むりやりi・sin(x)を足すことでexp(ix)へと変換したりします。
y''+y'+y=cos(x)+i・sin(x)=exp(ix)
すると微分方程式が解けるようになるということが起こるのです。最終的には実数部分だけを取り出して解とすることで無理やり足した分の辻褄を合わせます。
詳しいことは端折りますが、この手法は微分方程式を解く上で非常に便利です。
まぁ、面倒な手法でもありますのでラプラス変換とかして解く場合もありますけどね。
もっと知りたい人はググってください。ぶっちゃけこんな後書きで説明出来るものでもないので。「強制振動 微分方程式」で検索すれば出てくるはず。