EP14 盗賊には剣を抜くまでもない
「へぇ、あなた達も迷宮に?」
「そうよ~。私たち『風の剣』は迷宮攻略をメインに活動しているパーティなのよ~」
「少し前までは低級迷宮の武装迷宮にいたの」
「武装迷宮に?」
暇を持て余したクウはガタガタと揺られる馬車の中で、Bランクパーティだという『風の剣』の冒険者たちと話をしていた。サスペンションもない馬車の乗り心地は最悪の一言で、その上変わり映えのない道を進むだけというのは暇すぎたのだ。これを仕事にしているヨクトは、何度も味わうことになるこの暇で地味な旅を忍耐強く我慢しているということになり、クウは一種の尊敬のような感情を抱いていた。
それはともかく、折角乗り合わせた冒険者の先輩に迷宮について話を聞けるのだからクウにとってはプラスになったのだが。
「そうなの。武装迷宮ではゴブリンやオーク、オーガみたいな人型の魔物が武具を身に着けて出現するの。だから通常よりも厄介だけど、地下70階までは強力すぎる魔物は出ないからレベルを上げるのにもおススメなの」
「そうなのか?」
特徴的なしゃべり方をするのが弓術使いのエリス。見た目は後衛支援系らしく、動きやすいレザーアーマーを身に着けている。ただし、高ランクらしいなかなかの装備だというのはクウの《看破Lv6》で気付いていた。
「そうだぜ? 実際に俺たちも地下65階層まで降りたからな。まぁ、その辺りまで行くとブラッドオーガっていうオーガの上位種も出てきたけどな」
「うむ。あの時は少し焦ったな」
「ああ、俺なんか前衛だから本気で死ぬかと思ったぞ?」
そう言って背中に背負った長剣に触れるのが今朝寝坊の濡れ衣を着せられかけたテオであり、リザードマン素材の青色の丈夫そうな防具を装備している。もう一人のローブを纏った落ち着いた雰囲気の男は魔法使いのような杖を持っていることから魔術師だとわかる見た目で、ガントと名乗った。
「でも倒したんだよな? さすがBランクパーティと言うべきか?」
「いや~。照れるじゃないのクウ君~」
両手を頬に当ててクネクネするキャシーが『風の剣』のリーダーであり、盗賊という斥候職だった。この口調を始め、テオに濡れ衣着せたり、寝坊したりといい性格をしているのだが、他の3人の反応から慕われていると理解できた。
男女2人ずつで全員がBランク。それに前衛、後衛、斥候とバランスのよいパーティであり、少数精鋭の迷宮攻略に向いたパーティといえるだろう。
「ところでクウ君はなんで【迷宮都市ヘルシア】に行くの? 防具は着けてるけど武器も持ってないみたいだし……ていうか食料も持ってないみたいだけど~?」
「俺か? 俺も迷宮攻略に決まっているだろう。武器や食料に関しては秘密だ。ちゃんと持っているとだけ言っておこう」
「うそ!? まさか空間収納系のアイテムを……? いやでもクウ君はまだEランクだって言うし、そんなはずないよね~?」
「さあな?」
「否定しないの!? まさかクウ君ってどこかのお金持ち……?」
「黙秘権を行使する」
「そんな~」
大袈裟に残念がるキャシー。
秘密の多いクウは簡単にステータスや所持物を公表する訳にはいかないため、今までもパーティを組まずにソロで活動してきた。たとえどんなに頼まれたとしてもクウの意思は変わらない。
「冒険者たるもの自分の持ち物や能力は隠して当然だ。キャシーも諦めるのだな」
「うぅ~」
「お前は子供か!」
テオにツッコみを入れられつつも頬を膨らまして恨めしそうな視線を送って来るがクウは無視する。さっきまでの会話からキャシーとはまともに取り合う必要はないと結論付けたからだ。パーティメンバーでさえ適当にあしらってるし、そういうキャラなのだろうと勝手に納得する。
「それにしてもEランクで虚空迷宮に挑むなんて無謀もいいとこだと思うの」
「確かにそうだよな。まさかクウは虚空迷宮がどんなところか知らないのか?」
「そんなわけないだろう。情報収集は冒険者の基本だ」
「でもEランクで……」
「ランクと強さは関係ない!」
「お、おう」
虚空迷宮は上級迷宮と区分されている。ベテランの彼らからすれば、まだEランクでしかないクウが心配になるのも仕方ないだろう。だが、クウのチート級のステータスは伊達ではないのだ。加えて模擬戦で半分不意打ちのようなものとはいえ、Cランク冒険者にも勝っていることも自信になっていた。
「ちなみにソロなのか? 迷宮に挑むのにソロというのは危険だぞ? 戦闘だけじゃなくて、罠の察知や解除……いや、すくなくとも察知は出来ないと下層に進めないと思うんだがな」
「罠感知はできる(《看破Lv6》があるからな!)」
「もしかして私と同じ盗賊なのかな~?」
「お前と一緒にするんじゃない」
「私ごと否定された!? うわ~ん」
落ち込んだフリをするキャシー。クウの《看破Lv6》は嘘も見抜くため、その程度のウソ泣きは見破れないわけがなかった。
情報だけでなく、嘘や罠すらも見抜く《看破Lv6》の有用性を改めて実感し、迷宮での意気込みを高めるのであった。
ピーッ、ビビーーーッ!
談笑していたところに突然甲高い音が鳴り響いたかと思うと、『風の剣』のメンバーたちが急に真面目な顔つきになった。馬車の隅っこで「の」の字を書いていたキャシーも立ち上がってクウたちの方を向き、先ほどとは打って変わって真剣な口調で指示を出し始めた。
「テオとガントはすぐに外へでて確認しなさい。私はヨクトさんの護衛をする。エリスは外の様子を見つつ、クウ君の護衛よ」
「おう!」
「了解した」
「わかったの」
そう、一言で表せば空気が変わった。
この王国馬車の護衛である『風の剣』のメンバーがこのような反応をするということは、つまり―――――
「ゲハハハハハハッ! 金目の物を出しやがれ!」
「死にたくなかったら大人しくしろよ?」
「まぁ、大人しくしても奴隷にして売り飛ばすんだがな!」
『ぎゃはははははははははははははっ!!』
盗賊だ。
魔物という線もあったが、馬車の中にいても聞こえてくる不愉快な声にクウは眉を顰めつつ、中に残ったエリスに声を掛ける。
「エリスは手伝わなくていいのか?」
「私の役目はクウを守ることなの」
「弓術士なんだから外に出て援護しないのか?」
「ナイフぐらいは使えるから問題ないの」
「なるほど」
さすがはBランクだけあって弓以外の手札は持っていた。Bランクという一種のプロの領域に立つ者は、あらゆる状況を想定して準備を怠らない。この辺りの意識の差がCランクとBランクを分ける壁になっているのだ。
エリスはいつの間にか抜いたナイフを片手に、馬車の扉を少し開けて外の様子を確認する。爆発音や金属音が聞こえてくることから、そこそこの激戦になっていると予想は出来るが、さすがのクウも視覚で確認できない以上は詳しい状況を知ることはできない。音から察するにかなりの人数がいることは分かるのだが、外にいる4人、いやヨクトを除けば3人では対処できない可能性もある。
「不味いの。盗賊の人数が多すぎるの!」
エリスも焦ったように声にクウも顔を顰める。思った通り、いや思った以上に盗賊は多いらしく、エリスは今にも飛び出しそうな勢いだ。
「盗賊はどれぐらいいるんだ?」
「見える範囲だけでも20人以上いるの。キャシーはヨクトさんの護衛だから、実質テオとガントだけで相手しているの!」
「おいおい。それは拙いだろ」
「クウには悪いけど私も出るの。なんとかするからしばらくここで大人しk「俺も出る」……え?」
「俺も出よう。すぐに終わらせる」
「でもっ!」
クウとしては仕事をしないつもりだったが、そういう訳にはいかなさそうだと判断してアイテム袋から木刀ムラサメを取り出す。エリスはクウを止めようとはしたが、それは本気で引き止めるつもりではないようで、結局共に外へと出てきた。
そんなエリスに苦笑しながらクウは指示をだす。
「エリスは後ろで弓でも引いてろ。俺は少しだけ手助けして、盗賊どもを混乱に陥れる」
「わ、わかったの」
本来ならEランク冒険者でしかない者の意見を聞く様なことはないのだが、クウから滲み出る戦士としての気配を感じ取って素直に従う。
状況は良くない。
馬車を囲い込むように武器を抜いて構えている20人以上の盗賊をテオが押さえている間にガントが風魔法で敵を吹き飛ばしているようだが、人数差があり過ぎてジリ貧になっていた。中には戦闘に参加せずに、欲望にまみれた笑みを浮かべながらキャシーにちょっかいを出してる者もいるぐらいだった。
「クソッ! 人数が多すぎる」
「俺の魔力もあと3割ほどしかないぞ! どうするキャシー?」
「そんなの知らないわよ~。ああ、もう、さっきからチマチマ鬱陶しい!」
いたぶるかのように一撃離脱で嫌がらせのような攻撃をする盗賊たちにキャシーも苛立ちを隠せない。
「男はさっさと殺しちまえ。そこの女は利用価値があるから傷をつけるなよ」
「分かってるって。売る前に楽しんでもいいよな」
「だったら傷つけんなよ?」
「お前こそ……おい、馬車の中からまた女2人が出てきたぜ」
「よし、あっちの2人も無傷で捕まえろ」
「「「おう!」」」
馬車の中から出てきたのはクウとエリス。
だがクウは背も低く、男子にしては珍しいストレートの長髪という姿だ。幼い顔立ちということも相まって、遠目から見れば女の子に見えないこともない。
だが、興奮していた盗賊たちの何気ない勘違いの一言はクウをキレさせることになった。
「誰が女だ! 俺は男だよ!」
『えっ? マジで!?』
クウの発した一言に、攻撃に参加していない盗賊たちが一斉に一つの方向に目を向けてしまった。つまりはその先にいるクウと目を合わすことになり……
(馬鹿共が! 《虚の瞳》!)
目を合わせただけで幻術にかけることが出来るクウの固有能力は、魔力を使う訳でもないため予測することすらできない凶悪スキルだ。クウが看たところ、盗賊たちの精神値は300~700ほどであり、精神値1,300のクウと比べれば格下。つまり簡単に幻覚に囚われる。
「うわあああああ。突然魔物が!」
「バカ! 何仲間を攻撃しtグアッ」
「くそ、寄るな、来るなーーーーーー!」
「おい、密集したところで剣を振り回すな!」
「なんで急にゴブリンが……」
「誰がゴブリンだ!」
「馬鹿共が! なぜ仲間割れしている!」
魔物が現れたと叫びながら、突然同士討ちを始める盗賊たちにポカンとするエリス、テオ、ガント。キャシーとヨクトも唖然として騒ぎ出す盗賊を見ていた。
「おい、撤退だ。逃げるぞ。獲物どころじゃない!」
「分かった……って追いかけてくんなよゴブリンめ!」
「ぐぴゃっ」
「バカ! そいつはゴブリンじゃねぇ。味方だ」
「え? なんで? 俺はゴブリンを切ったはずじゃ……」
味方が魔物に見えるように幻覚をかける。
たったこれだけで盗賊たちは大混乱に陥った。クウとしても、思ったより《虚の瞳》の効果がが強すぎて怖くなるのだった。
(それにしても目の前で人が死んでも意外と何も感じないな。これなら殺人も問題なくできそう……かな? 召喚されたことによる補正か、俺の異常な精神値が関係してるのか……)
盗賊然り、この世界では日常に危険が溢れている。人を殺す精神のない者が街の外で生き残れる可能性は低いのだ。そう言った意味では、味方が近くにいるときに確認できたことを感謝するクウであった。
そんな中、なぜか突然盗賊が引いていったことに『風の剣』の4人は驚きながら言葉を交わす。
「ちょ、ちょっと何が起きたの~?」
「私にも分かりませんね」
「突然盗賊が魔物だなんだとか言い出して同士討ちしてたぞ」
「うむ、俺たちとしては助かったがな」
『風の剣』の4人は何が起きたか分からずに混乱する。《虚の瞳》がMPを消費するスキルであったならば、魔法使いのガントが気づいたかもしれないが、無条件で幻覚を使えるクウの能力を察知することはできない。
「クウが『誰が女だ、俺は男だよ!』って言った途端に盗賊の動きがおかしくなったよな」
「クウ君何かしたの~?」
「さぁ? 別に何も?」
「ホントに~?」
「(じーーーーーーー)」
クウが何かをしたのではないかと予想はつけるものの、クウ自身は能力を知られたくないために適当に誤魔化す。エリスはジト目で睨むが、クウは平然として馬車へと乗り込む。
悪いことをした訳でもないにも関わらず疑いの目を向けられたまま旅は続く。
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