EP148 プランB
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「おや、来たようですね」
そう口を開いたのは北帝とも呼ばれている、現皇帝レイヒム。十二の龍頭を誇るヒュドラのオロチの頭に上に立ちながら呟いたのだった。
そのレイヒムの声と同時に彼の側で白い光が瞬き、人型の影を映し出す。その影から鑑みることの出来る人物はそれほど体格が良いわけではなさそうだが、貧弱と言うこともない。さらに脇に荷物のような何かを抱えているようにレイヒムの目には映っていた。
「君の望み通りにミレイナを攫って来たよ」
光の中からゆったりとした口調の男の声が聞こえてくる。どこか聞く者を安心させるような彼の口調だが、その話す内容は物騒そのもの。
そうして光が消えた時、当然ながらレイヒムの隣に居たのは裏切りの三将軍レーヴォルフだった。
そう、レイヒムが魔道具で連絡したプランBの実行者とはレーヴォルフのことだったのだ。
「上手くやったようですね。もう一つの事案は?」
「そちらも問題ないよ。明後日ぐらいには全ての竜人が君の手に落ちるだろうね」
「それは良かった。保険を掛けておいた甲斐があったというものです」
そう言ってクツクツと笑い声を上げるレイヒム。同様にレーヴォルフも怪しく微笑むが、脇に抱えられて捕まっているミレイナには何の話をしているのか理解できなかった。
(明後日には我ら竜人がこいつらに屈するだと……? 私を人質にしたところでジジイが降伏などするはずがない。こいつらは馬鹿なのか?)
口が塞がれてまともに話すことも出来ないミレイナだが、内心ではレイヒムとレーヴォルフを嘲っていた。
もちろん普通はミレイナの考えが正しいのだ。
獣人や竜人という種族は強さがモノを言う。部族ごとの首長も最強の者がなるし、首長の交代も世襲とは限らないのだ。ミレイナが如何に首長シュラムの娘だとはいえ、彼女一人のために竜人全体が屈するというのは有り得ない。
これが一般的な世襲制の王族ならばある程度の犠牲を払ってでも助け出すのだろうが、獣人や竜人という種族に限っては個人の責任として扱われることになる。個人的にミレイナを助けたいと願う者はいるかもしれないが、それが種族の総意として考えられることはない。
このことはレイヒムもレーヴォルフも理解しているハズだった。
(つまり何か他の方法で私たちを屈服させるとでも言うのか?)
ミレイナは考えるのが苦手だが、頭が悪いという訳ではない。中々に勘が良く、レイヒムが口にした「もう一つの事案」という言葉から推測を広げたのだった。もちろんそれが分かったところで、その事案の詳細が分かる訳でもミレイナに何かが出来る訳でもないのだが……
そうしている間にもレイヒムとレーヴォルフは話を続ける。
「それで疑似転移の魔道具の使用感はどうです? 私としては中々の性能だと思うのですが」
「特有の浮遊感があるね。この魔道具でいきなり戦場に放り込まれると少し辛いかもしれない。撤退用に使うのが無難だろうね」
「そうですか。あなたほどの武術の使い手が言うのですからそうなのでしょうね。改良すれば使えるかもしれませんが、取りあえずはその方向で実用させましょう」
「それがいいよ」
そう言ってレーヴォルフは右手に残る魔道具の残骸を投げ捨てる。美しい水晶玉のような見た目の魔道具だったが、一度使用したことで今にも砕けそうなほど罅が入っていた。投げ捨てられたその魔道具はそのまま空中で砂のようにサラサラと消えていく。
疑似転移の魔道具。
これは《時空間魔法》ではなく《召喚魔法》を利用した転移の魔道具だ。特定の目印を目標にして一定の距離ならば逆召喚で転移する魔道具。召喚ではなく逆召喚という行為をするためか、試作品を完成させることさえ容易ではなかった。しかしこうして完成し、実戦での検証がてらにレーヴォルフが使用したのだった。
一回限りとはいえ、希少な転移の効果を得られる魔道具を人工的に作れる利点は大きい。今回の成功を受けてレイヒムはほくそ笑んだ。
「反抗的な獣人の始末、竜人姫の誘拐、魔道具の実験、そして例の細工……今回はオロチを召喚しただけの成果を上げることが出来ましたね」
「それは良かったよ」
”余も駄竜を始末することが出来た。あまりに弱かったがな”
突然声を出したオロチに驚いてミレイナはビクリと体を反応させる。ミレイナは抱えられたままの状態であり、さらにオロチが巨大すぎたのもあって今までその存在に気付いていなかった。
何とか首を捻って見渡せば、そこにあるのは幾つもの巨大な龍頭。それぞれが額の部分に宝玉を輝かせており、その瞳は根源的な恐怖をミレイナに与える。
これはオロチの「邪眼」の効果であるため仕方ないだろう。先程までオロチと戦っていたクウでさえも目が合っただけで一瞬動きを止められたのだから。
”そろそろ余は帰還する。次はもっと愉しめる戦場に呼び出すことだ”
「消える前に泥沼をどうにかして欲しいのですがね……」
早々に帰還しようとするオロチにレイヒムは呆れたような声を出す。
確かにオロチの権能である【深奥魔導禁書】によって作りだされた広大な泥沼は未だに残ったままだ。クウが《幻夜眼》で術返しした《冥道血導》はすでに浄化されているが、浄化魔法で地形まで戻せるわけではない。
さらに《神罰:終末の第三》によって沼の一部は神毒に侵されているという危険な状況だった。流れの無い沼だからこそ毒が広がらずに済んでいるのだが、一つ誤ればオロチ自身が神毒を浴びていたことだろう。
このことでオロチの透明宝玉の龍頭は面倒臭そうに目を細めるが、仕方ないとばかりに力を行使した。
”時よ戻れ”
時空間属性を司る透明宝玉と結界属性を司る灰色宝玉が一瞬だけ輝き、それと同時に目に見えて沼が消失していく。結界による空間指定と時空間による時戻しの複合効果だ。
それぞれの龍頭にある宝玉で「全属性」を操るオロチは「演算代行」によってそれを十全に使いこなしている。膨大な魔力とそれを操る演算能力のお陰で呼吸するように高難度の魔法を使うことが出来るのだった。
”これでいいのか?”
「ええ十分です。ありがとうございます」
”ふん。では余は帰る”
オロチの感知能力がかなり低かったことが幸いして、ファルバッサとリアが《幻想世界》の幻術空間に逃げ込んでいることはバレなかったようだ。結局クウのことも頭から抜けており、思いのほかオロチは脳筋系なのである。
召喚時間切れとなったオロチは怪しく輝く巨大魔法陣に包まれたかと思うと、その姿を消してしまった。すると龍頭の上に乗っていたレイヒムとレーヴォルフは当然ながら自由落下を始める訳で……
「むぅ~っ!?」
「おっと拙いね……」
「全く……オロチは気遣いが足りませんね」
レイヒムとレーヴォルフはまだしも、身体の自由を奪われているミレイナは受け身を取ることも出来ない。このまま落下して地面に激突すれば、如何に砂が衝撃吸収するといえ怪我では済まない可能性が高かった。
レイヒムは溜息を吐き出しつつも魔力を練り上げて素早く魔法を発動させる。
「『《眷属召喚》』」
レイヒムが《召喚魔法》で呼び出したのは一体の巨大な鳥。
深紅の翼を広げ、太陽の光に反射する鋭い嘴を持った怪鳥ジーロックと呼ばれる魔物だった。人族の間ではランクSの魔物として知られているため、こうして眷属契約をするなど非常識極まりないことである。
しかしレイヒムも魔法に関してはそれなりの実力者であり、現に実力主義の【砂漠の帝国】で皇帝の座に就いているほどなのだ。当然と言えば当然のことだろう。
「むむっ!?」
ミレイナだけは突然現れたSランクの魔物に驚くが、レイヒムとレーヴォルフは危なげなくジーロックの背中に着地する。翼を広げれば二十メートル程にもなる巨大な怪鳥だ。人を三人程度乗せたぐらいでは墜落することもない。
レイヒムは召喚したジーロックに指示を出す。
「ジーロック。帝都まで飛んでください」
「キィィィィィィィィッ!!」
甲高い鳴き声を上げたジーロックは大きく翼を羽ばたかせて飛翔した。日差しが容赦なく照り付ける中、砂漠の大地に大きな影を落としながら三人を乗せた巨鳥は空を駆ける。
ジェット機とも張り合えそうな速度で飛行すると言われるジーロックは徐々に上昇しながら風を切っていた。普通ならば向かい風で振り落とされそうな速度なのだが、レイヒムもレーヴォルフも問題なくジーロックの背中に佇んでいる。ミレイナもその赤い髪を靡かせることすらない。
「残り魔力は少ないのですが……帝都までなら何とかなりそうですね」
そう呟くレイヒムが使っているのは《魔障壁》のスキルだった。
ジーロックの背中に乗る三人を覆うようにドーム型の障壁を展開し、向かい風を防いでいたのだ。薄っすらと青白い魔力壁による空気抵抗で、ジーロックは少し飛びにくそうにしているのだがレイヒムは気にしない。
怪しく微笑みながら空を見上げて口を開く。
「ようやくここまできましたね。あとは魔王の国を滅ぼすだけです」
側に居たレーヴォルフにすら聞こえなかったその言葉は誰にも知られずに後方へと置き去りにされていったのだった。





