EP141 VS.オロチ、レイヒム①
カパリと口を開いたオロチから七色の《属性息吹》が放たれる。まるで細いレーザー光線のような見た目だが、それはオロチの巨大さと比較しての話だ。人間から見れば極太とも言える息吹がクウとファルバッサを狙っていた。
身軽なクウはまだしも、十メートルの巨体であり、さらにリアを背に乗せているファルバッサはそれを回避するのも一苦労である。出来るだけリアに負担を掛けないようにしつつも、ファルバッサは右へ左へと俊敏に移動しながら息吹を回避していた。
”リアよ。大丈夫か?”
「はい。お気を遣わせてすみません」
”気にするな”
深紅の美しい炎の吐息は近寄るだけで身を焦がしそうな熱を帯びており、ファルバッサはそれを大きく回避する。続けて迫ってきた雷と光の吐息は速さが強みだ。目では追えない雷速と光速の吐息をファルバッサの《万能感知》で予測しながらギリギリで避ける。
吐息も魔法の一種であるため《魔法反射》で反射するという手段もあるのだが、今回に限っては余り良い手とは言えない。何故なら《魔法反射》が発動されると、反射した魔法と同じだけのMPが消費されてしまうのだ。ファルバッサを大きく上回るMPを秘めたオロチの攻撃を反射したところで、先に力尽きるのはファルバッサの方であり、それならば回避に専念した方が後のためとなる。
便利な能力のようで、実は格下相手にしか効果的でないのだ。
「ちっ……馬鹿みたいな魔力を込めやがって!」
クウも亜音速機動でオロチのブレスを回避しつつ悪態をつく。
先程そばを通った闇の息吹は腐敗と精神汚染の効果が付いた厄介なものだった。風の息吹は衝撃波を撒き散らしながら直進する不可視の攻撃であり、水の息吹は高圧水流による攻撃でありながら無音という嫌がらせのような効果を持っている。一番ましな土の息吹に関しても、当たれば即死は免れない威力を秘めているだろう。
オロチからすれば小手調べの攻撃に過ぎないのだが、クウからすれば全てが致死性の高い危険なものに見えた。
「『再生を司る聖なる光
滅びを晒す邪悪な闇
融和―――』
くそっ!」
反撃にと魔法を詠唱しようとしても、オロチは首を動かしてクウを吐息で追い詰めていく。そのため集中が必要な《月魔法》を使うことが出来ず、されるがままに逃げ惑っていた。
(幻術はネタがバレたら対策もしやすくなる。ここぞという時までは温存しないとな)
もう一つの【魂源能力】である《幻夜眼》を使えば隙を突くことが出来るかもしれないが、切り札とも言える能力だけに使いどころを考慮する必要がある。キングダム・スケルトン・ロードのように数秒で抵抗されては意味がないのだ。
オロチからはそのキングダム・スケルトン・ロードよりも遥かに強い気配を感じるため、今のクウが使える幻術程度では簡単に抵抗されるだろう。
相手の能力をある程度分析し、そこそこ追い詰めるまではこの能力を使うつもりはなかった。
”シュルル。さすがにこの程度では倒せぬか”
時空間属性を司る透明宝玉の龍頭が口を開く。
基本七属性とことなり、時空間、結界、付与、召喚の特殊属性は息吹が存在しない。同じ特殊属性である回復属性は息吹も出来るのだが、相手を回復させては意味がないので滅多なことでは使わないのだ。
そこで残っている五つの龍頭を使って別の能力を行使する。
”開け【深奥魔導禁書】”
その言葉と同時に鎖で封印された黒い本が出現する。それもオロチの龍頭と比較して、しっかりと本であることが認識できる程度であるため、かなり巨大な本だ。
そして回避中であるクウもファルバッサも、それ程巨大な本が出現すれば嫌でも気付く。
特にファルバッサはその本を見て目を見開きながら叫んだ。
”クウよ! あの本を開かせるな! 絶対に阻止するのだ!”
「無茶言うなよ。まぁ……一応頑張ってみるけど」
ファルバッサは以前にオロチと戦ったことがあるため、【深奥魔導禁書】の危険性を熟知している。エヴァンだけでなく、あらゆる異世界の魔法までが記された魔導書からは想定外の魔法が飛び出してくるのだ。
そのことを知らないまでも、突然現れた本に不気味さを感じたクウは言われるがままに阻止を試みる。
「いくぞ……」
一瞬だけ魔力を練り上げ、翼に送って急加速するクウ。自分の体が耐えられるギリギリの速度で飛翔しながらオロチの出した黒い本を目指していく。
当然ながら息吹で狙われるのだが、《気配察知》と《魔力感知》そしてキングダム・スケルトン・ロードとの戦闘後に新しく習得していた《思考加速》を使って回避していく。
特に近づけば近づく程に息吹の密度は増していくのだが、それすらも余裕を持って回避することが出来ていた。
(この《思考加速》……凄いな)
キングダム・スケルトン・ロードと打ち合っていた時にも感じていた、世界がスローに見える現象。常に達人同士の打ち合いのような世界を体感できる能力が《思考加速》だ。このスキルはレベルと同じ倍率の効果が得られるため、《思考加速 Lv1》では全く意味をなさないという変わったスキルである。現在のクウは《思考加速 Lv4》であるため、最大で通常の四倍も遅い世界を体感できるのだ。
素の思考速度も十分に早いクウにとっては四倍でも十分すぎるほどの効果を持っている。今ならば音速で飛来する銃弾すらも剣で弾ける自信があった。
しかしクウが近寄ってくる間にもオロチは能力を行使し続ける。
”余が欲するは『星の書』『召喚の書』『毒の書』”
黒い本を封印していた鎖が弾け、パラパラと捲れて中から幾何学模様の魔法陣が展開されていく。そしてその魔法陣から出てきたのは一回り小さな三冊の本。
それぞれが勝手に開かれて別の魔法陣を形成していく。
「させるか!」
ようやくオロチの目の前まで到達したクウは右手に持った魔剣ベリアルを振り上げる。砂漠から出ている部分だけでも二十メートルはある巨体のオロチに長剣での攻撃が効くのかは不明だが、魔法を完成させるほどの時間がない以上はこれが最善だった。
もちろん血を啜って切れ味を増していく魔剣ベリアルの切れ味ならばかなりのダメージが与えられるだろう。吸血能力も相まって追加効果も期待できる。
しかしそれは普通ならばの話だ。余りに巨大すぎるオロチに対して、たった一本の剣を突き刺す程度では針を刺した程度のダメージにしかならず、吸血能力も殆ど意味を為さない。
クウは水属性を司る紺碧宝玉の龍頭の胴体部分に魔剣ベリアルを根元まで突き刺したのだが、オロチはそれを無視して魔法を完成させた。
”地の水を罰する死毒の星々《神罰:終末の第三》”
その瞬間、地上に幾つもの影が差す。
見上げれば無数の岩石が落ちてこようとしており、巨体のファルバッサでは回避できないような密度を誇っているように見えた。
「拙いっ!」
クウは慌てて魔剣ベリアルを引き抜き、ファルバッサの元へと戻ろうとする。しかし紺碧宝玉の龍頭はそれを許さず、大きく胴を動かして囲い込むようにしながらクウの進路を阻んだ。
それを見たクウは上へと逃れようと翼をはばたかせるが、さらに上空を塞ぐようにして琥珀宝玉の龍頭が邪魔をする。いや、それだけでなく、深緋宝玉、翡翠宝玉、黄金宝玉の龍頭も続いて道を塞いでいき、クウは完全に孤立することとなった。
”行かせぬぞ。余を傷つけたことを後悔させてやろう”
「……っ」
五つの龍頭に囲まれたクウに逃げる道などなく、僅かな隙間を狙おうにも十の瞳がクウを監視してしているため隙を突くことも出来ない。
その間にも天から降ってきている無数の隕石はすぐそこまで迫っており、ファルバッサは何とか範囲から逃れようとしているものの、漆黒宝玉と純白宝玉の龍頭が息吹で牽制して逃げ道を塞いでいた。
腐敗と精神汚染を引き起こす闇息吹と光速のレーザーである光息吹はファルバッサを挟み込むようにしながら放たれており、上下左右のどこへ逃げても立ちふさがるようにして逃げ道を潰す。
そして背中を見せて後ろに逃げようものなら、真っ直ぐに息吹を直撃させられるだろう。
「ファルバッサっ!」
クウはそう叫んで何とかオロチの包囲網を抜けようと試みるが、オロチはそれを許さない。息吹よりも低威力で連射可能な弾を口から吐いてクウを攻撃する。
”《属性弾》”
深緋色、紺碧色、翡翠色、琥珀色、黄金色……それぞれの龍頭の額にある宝玉と同じ色の魔法弾が次々とクウへ飛来する。
まるで某弾幕ゲームのような状況だが、クウにはそれを愉しんでいる余裕などない。一発一発がクウに大ダメージを与えるほどのエネルギーが込められていることをクウはしっかりと感じ取っていたからだ。
それに引きかえ、壁のようにクウを取り囲んでいるオロチの胴体は龍鱗で覆われており、《属性弾》が当たったところで痒み程度しか感じない。
これこそがファルバッサの「竜鱗」にも並ぶ魔法耐性を備えた「龍鱗」の特性なのだ。
「ベリアルでは無理か……来い、神刀・虚月」
純粋に攻撃力の高い魔剣ベリアルは巨大な敵に対して有効的だ。神刀・虚月の概念切断能力も強力だが、納刀という動作を挟む必要があるので、場合によっては魔剣ベリアルの方が優秀なのである。
しかし今のような魔法弾に囲まれている状況では神刀・虚月の斬撃設置が生きてくるのだ。
「《思考加速 Lv4》……《身体強化》《魔力操作》……『感覚強化』!」
《魔力支配》に含まれる《身体強化》を《魔力操作》で少し改変して、五感を強化する『感覚強化』へと昇華させる。《思考加速 Lv4》も相まって、究極の無想状態となったクウは次々と斬撃を設置しながら納刀を繰り返して《属性弾》を破壊していった。
また、回避ではなく破壊をすることで、《属性弾》で埋め尽くされていた空間に余裕が生じる。
【魂源能力】が強力すぎて最近は目立たなくなってきたが、元々クウが本当に得意としているのは《抜刀術》スキルなのだ。もはや目では追えない刀さばきで空間を切りつけ、納刀時に奔る斬撃を設置していく。
まるで壁のように設置されている斬撃が奔る度に《属性弾》が霧散し、クウは少しずつではあるが上空へと移動していた。
(早くしないと……リアとファルバッサが!)
クウは《森羅万象》で隕石を視たことで、その性質を理解している。それ故に急いで二人を助けなければならないと焦っていた。
天から降り注いでいる無数の岩はただの隕石ではなく、その内に強力な毒を秘めている。
キリスト教やユダヤ教の神が終末の日に齎す第三の裁きを引用した神罰術式。
降り注いだ大岩が世界の水源を穿ち、水質を毒へと変えるという災いだ。
つまり《神罰:終末の第三》とは、ただ隕石を落とす魔法ではなく、猛毒によって広範囲に二次災害を齎す超範囲殲滅魔法。ただ防いだだけでは意味がなく、そもそも無数に降り注ぐ隕石を止めるだけでも不可能に近い。
最も効果的な方法はクウの《月魔法》で魔法ごと消し飛ばすことであり、クウが足止めされている状況は非常に拙かった。
「もう形振り構ってられるか! 《幻夜眼》起動。世界を改変する大地の怒り! 煮えたぎる星の核! 顕現するは灼熱の絶海!」
神刀・虚月を振り回しつつも同時進行で練り上げていた魔力を一気に使って幻術を使用する。
その内容は世界への干渉。
砂漠の大地を超高温マグマの海へと改変……という幻術を作りだした。
相当な魔力を使用しただけあって相応な範囲が真っ赤なマグマの海となり、十二の龍頭を持つ巨体のオロチを易々と飲み込む。オロチも流石にこれは予想外だったのか、凄まじい高熱の溶岩に飲み込まれて絶叫を上げていた。
”シャ――――――――――――――ッ!?”
黒い「龍鱗」はそれなりの熱耐性を持っているが、これはあくまでも幻術。実際の物理現象ではないため、「龍鱗」の特性など無視して内部ごと体を焼かれる……という感覚に陥っていた。そして巨大な体を持つが故にマグマと触れる面積も大きく、それに比例して影響も大きくなっていく。
クウの幻術は本物に近い幻。世界に散らばる意志力に干渉し、本物とも寸分違わない現象を映し出すのだ。巻き込まれた生物も意志力に干渉され、思い込みの力で実際にダメージを負う。
もはや「創世」にも近しいクウの最強能力だった。
「今っ!」
クウはオロチの龍頭がマグマに悶えてのたうち回っているうちに、急上昇して龍頭の檻から脱出する。透明宝玉の龍頭に乗っているレイヒムも暴れるオロチにしがみ付くだけで精一杯であり、クウがその場からいなくなっていることには気づかない。
そしてクウはオロチの龍頭の遥か上まで飛翔し――――――
――――地上に無数の隕石が叩き込まれているのが見えた。
第三の御使いがラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が天から落ちてきて、川々の三分の一とその水源に落ちた。
この星の名は苦よもぎと呼ばれ、川の水の三分の一は苦よもぎのようになった。水が苦くなったので、その水のために多くの人が死んだ。
黙示録8:10~11
を参考にして《神罰:終末の第三》を考えました。
アブシィンドゥム:苦よもぎ(ラテン語)





