EP140 竜人の里防衛戦⑦
暗い血の色のような光がレイヒムへと殺到する。触れたものを問答無用で消滅させる《赫月滅光砲》は当たれば必殺だ。
ただし、何かを消滅させる度に減衰していくため、距離が離れているほど空気を消滅させながら威力を落としていくという欠点がある。しかし今のクウとレイヒムの距離ならばさほど問題にはならない。
「くっ」
クウの存在に気付くことに遅れたレイヒムは完全に後手に回っていた。立て続けにオロチの首を仕留められたことで動揺していたということもある。
しかし元々戦闘タイプではないレイヒムがそれ程の隙を晒すのは致命的だった。
《赫月滅光砲》の光は目前まで迫り、レイヒムは感覚が引き延ばされたかのように周囲の景色がゆっくりと流れているように感じる。
死を目前とした時に発動される極限の集中力とも言える現象。走馬燈は見えないが、次第に視界が紅色に埋め尽くされていくことだけは感じ取れる。
しかしその死がレイヒムに訪れることはなかった。
”曲がれ”
オロチのその一言で《赫月滅光砲》は軌道を変化させ、そのままレイヒムから逸れていく。時空間属性を操る透明宝玉の龍頭による効果だ。
レイヒムは死を齎す光線が逸れていったことに安堵し、そのままペタリと腰を抜かす。だが、自分自身はオロチに守られているということを思い出して再び上空を睨みつけた。
「アレは……何者でしょうかね?」
”知らんな。だが不愉快だ”
オロチは龍頭の一つで血を流しながら砂漠に横たわっている五つの龍頭を見る。無数の穴が開けられ、または頭を丸ごと消し飛ばされたそれらの龍頭は、時々ビクビクと痙攣しながら血を流し続けている。
明らかに致命傷であり、治癒の魔法ではどうにもならないレベルだろう。だがオロチ自身はそのことを気にした様子もなく、冷めた目で血だらけの龍頭を見ていた。
そして次の瞬間、驚くべきことが起こる。
”治れ”
再び言い放たれたオロチのその一言で穴だらけの四つの龍頭が元通りになっていき、頭ごと消し飛ばされていた紫苑宝玉の龍頭にも新しく頭が生えてきたのだ。
それも肉が盛り上がるような生え方ではなく、粒子が集まってくるように、時間回帰でもしているかのような再生だ。
これには上空にいるクウも驚く。
「何だよアレ……反則じゃね?」
”まぁ、ある意味反則の力だな。奴は超越者なのだ”
「超越者?」
ファルバッサの言葉にクウは首を傾げる。聞きなれない……というよりも聞いたことのないこと言葉だ。
言葉の意味を推測するならば、超常的な能力の持ち主と言ったところだろう。
明らかな致命傷を回復させているのだから、まさにその通りである。
そして首を傾げているクウに、ファルバッサはこう言葉を続ける。
”お主の《森羅万象》で調べてみるといい。ついでにレイヒムも見ておけ”
「わかった。取りあえずレイヒムからかな。《森羅万象》」
ファルバッサは何も説明することなく自分で調べるように促した。
だがクウとしてはどちらにせよ相手の能力を調べるつもりだったので特に反論することなく、いつも通り《森羅万象》を発動させた。
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レイヒム 102歳
種族 神種獣人(蛇)
Lv108
HP:10,732/10,732
MP:12,853/12,853
力 :8,721
体力 :9,993
魔力 :8,928
精神 :10,393
俊敏 :7,382
器用 :10,328
運 :44
【魂源能力】
《怨病呪血》
【通常能力】
《鑑定 Lv6》
《熱感知 Lv8》
《魔力感知 Lv8》
《魔障壁 Lv8》
《召喚魔法 Lv7》
【称号】
《天の因子を受け入れし者》《偽善者》
《到達者》《砂漠の帝王》
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《怨病呪血》
自分の血を飲ませた相手に好きな呪いや病魔
を付与する。血を取り除くか、呪いをかけた
本人が解除する以外に解呪の方法は無い。
《熱感知》
特殊情報系スキル。
周囲の熱を感知することが出来る。生物に対し
て効果的な感知能力であり、一部の動物や蛇獣
人以外では習得が困難。
《召喚魔法》
「創造」「喚」「契約」の特性を持つ特殊属性。
あらゆる生物や無機物を呼び寄せることに特化
している。
知識があれば、創造して呼び寄せることも可能。
「なるほどな。ファルバッサの呪いはこいつの【魂源能力】か。こいつもボロロートスの時に見た『神種』だな。《天の因子を受け入れし者》の称号もある」
”うむ。以前に言っていたのはこやつのことだ”
かつて辺境村で神種トレントのボロロートスを討伐した際、ファルバッサは以前に神種と付く者を見たことがあると語っていた。それと同時に、その相手がファルバッサに呪いを掛けたとも……
そしてクウはその能力の簡単な説明を見て少し焦る。
「呪いはレイヒムを殺しても解けなかったのか……危なかったな」
《森羅万象》の説明では解呪方法として、レイヒム自身に解かせるか、体内に取り込まされたレイヒムの血を取り除くかの二つが挙げられている。血を除くのは現実的ではないため、実質的にはレイヒムに解かせる必要があるだろう。
もちろん【魂源能力】については《森羅万象》で全てを量ることは出来ない。思わぬ方法や、レイヒム自身が気づいていない抜け道もあるのかもしれないが、それはクウも与り知らぬところだ。
「ホントは解析したいけど……それは無理そうだな。取りあえずオロチのステータスか」
クウはもう一度《森羅万象》を使用してオロチを目視する。
反則じみた再生能力で元の十二の龍頭へと戻ろうとしているオロチは逆にクウを睨み返してきたが、クウは何とか視線を逸らすことなくステータスを開示させることの成功した。
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オロチ 271歳
種族 超越神種ヒュドラ
「意思生命体」「死毒」「邪眼」
「並列思考」「龍鱗」
権能 【深奥魔導禁書】
「禁書庫」「全属性」「演算代行」
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「……は?」
今まで見たこともない形のステータス画面。
情報は非常に少ないのだが、最上位スキルである《森羅万象》を使用している以上、《偽装》のようなスキルで隠しているということは有り得ない。
もちろん、その手の効果のある【魂源能力】ならば可能なのかもしれないが、それよりも見慣れないものが幾つもあった。
「権能? 【深奥魔導禁書】? というか種族の下にある「意思生命体」「死毒」「邪眼」「並列思考」「龍鱗」は一体なんだ? スキルとも少し違うような……」
オロチの種族である超越神種ヒュドラという部分にも疑問はあるのだが、それよりも疑問に思うべき所が多くある。しかし余りの驚きで思考停止していたクウはオロチの完全再生を許してしまった。
致命傷……では済まないレベルの負傷だったはずなのだが、粒子が集まるようにして傷口が修復され、完全に元の状態へと回帰している。
そして修復の完了したオロチは龍頭の一つで口を開く。
”愚か……貴様ら程度では余は倒せぬ。分かっておるだろう駄竜よ”
”当然だ。元よりお主を倒せるなどとは思っていない”
ファルバッサはこのことを知っていたかのようにそう語る。
クウとしては《森羅万象》でさえも解析不能であることに驚きが隠せないのだが、どうやら驚いているような暇はないと悟った。
オロチから感じ取れる雰囲気が大きく変わったのだ。
”気を付けろクウよ!”
「分かってる。ファルバッサもリアのこと頼んだぞ」
クウは虚空リングから魔剣ベリアルを取り出して、刀身を引き抜きながら答える。紅い血管のような紋様が黒い刀身に描かれており、その見た目からも呪われていることが連想できる。実際に精神値が五千なければ狂化するという呪いが掛かっているのだが、精神値が軽く三万を超えているクウには関係ない。
体内の魔力を高め、《身体強化》と《魔装甲》を同時使用しながら油断なく構える。
それを見たレイヒムは興味深そうに呟いた。
「あの羽の人物……只者ではありませんね。私の《鑑定 Lv6》は誤魔化されているようですが、見ただけで強者であることはわかります。それにあの黒い剣も相当な武器ですね」
彼自身はそれ程の戦闘力を持っているわけではないのだが、強者を見抜く程度の経験は持っている。クウが見たレイヒムのステータスでは百歳を超えていることを示しているため、それも当然だろう。
しかしレイヒムはクウの強さを感じ取っても慌てることはない。
何故ならオロチがそれ以上の強者であることを確信しているからだ。
「さぁ、いきますよオロチ」
”ふん。すぐに殺してくれる”
オロチは基本七属性司る深緋色、紺碧色、翡翠色、琥珀色、黄金色、純白色、漆黒色の龍頭が一斉にクウたちの方へと向く。
そして口元に各属性を込めたエネルギーを充填させ、数秒で一斉掃射した。
炎、水、風、土、雷、光、闇……それぞれの特性が込められた七色の《属性息吹》がクウ、リア、ファルバッサへと襲いかかったのだった。
 





