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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
ルメリオス王国編

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EP13 王都出発

「俺は明日王都を出るから、宿泊は今日まででいいよ」


「そうか、なら過払いの2日分は今返却しておく」


「ああ、悪いな」


 長らく利用した『赤の鳥』も今晩で最後となる。

 当初の目的通り迷宮都市で迷宮ダンジョンに潜る予定であるため、クウは王都を出発する。その前に世話になった人たちには挨拶ぐらいしておくべきだろうと考えたのだ。



「明日の朝食はいるか?」


「ああ、朝一の馬車に乗る予定だけど朝食は貰うよ」


「ならその朝食分は差し引いて370Lの返却だ」


「はいよ。1食30Lだったんだな。普通に食べるのと比べれば格安じゃないか」


「儲けはちゃんとあるから問題ないぞ?」



 そうなのか? とクウは首を傾げるが、日本でも飲食系は利益率が8割もあることが珍しくなかったことを思い出して納得する。特にお祭りや縁日の綿飴などは95%が利益なのだ。この宿の食事が1食30Lだったとしても儲けはあったりする。

 


「じゃあ、今日の夕食頼む」


「ああ、食堂で少し待ってろ」


「OK」




 夕食のメニューはベーコンの入ったシチューに堅い黒パンと水だった。クウは王都で過ごす最後の晩餐を堪能し、部屋でシャワーを浴びてベッドに転がり込む。腕時計を見ると夜の9時。どんな健康優良児だよ! とツッコみを入れたくなったクウだが、休めるときに休むことも冒険者の鉄則なのだ。明日からの1週間の馬車の旅に備えて早めに目を閉じることにした。








「……朝か」


 いつも通り窓から射す朝日で目が覚める。

 遠足前のワクワクで眠れなくなる小学生と同じ轍を踏むようなことはなく、ぐっすり眠れたらしい。身体に疲れが残った様子もない。ベッドから起き上がったクウは、軽くシャワーを浴びて黒コートを羽織り、アイテム袋を腰に下げて部屋を出る。数週間お世話になったこの部屋ともこれでお別れとなる。少し名残惜しいような気持ちもあったのだが、鍵を閉めて食堂へと向かった。



「おはよう、ガリス。朝ご飯出来てるか?」


「ああ、おはよう。少し待ってろ。すぐに出す」


「はいよ。あとこれ、部屋の鍵」


「ああ、もう出ていくんだったよな。確かに返して貰ったぞ」



 ガリスに出会ったついでに鍵を返して部屋のチェックアウトも済ませる。

 クウとしては、特に変わり映えのない朝食を食べればもうすることはないのだが、9時に王都を出発する馬車であるため時間に余裕がある。時間つぶしに冒険者ギルドに挨拶でもしておこうと考えた。

 堅いパンを野菜スープで流し込み、朝食を胃袋に収める。朝はごはん派のクウとしては、そろそろ米と味噌汁が恋しくなってくるのだった。



「ごちそうさま。じゃあな、ガリス。また王都に来たらここに泊まるよ」


「それはありがたいな。クウも元気でな」


「ああ」



 『赤の鳥』は安く、そこそこ料理もおいしい上に、部屋にはシャワーも付いている宿だ。泊まった期間は短いが、それなりに快適だったとクウも感じていた。



(戻って来るかは分からないが、もし戻るならこの宿にしよう)



 クウは謎の決意と共に立ち上がって『赤の鳥』を後にする。

 まだ7時を過ぎたばかりであり、ギルドに行って挨拶をしても馬車の出発には十分に間に合う時間だ。

 クウはチラリと時計を見て、つま先をギルドの方へと向けて歩き出した。













「次の方――――ってクウさん」


「おはようネル」


「おはようございます。今日はどの依頼を受けられますか?」


「いや、今日で王都を出ていこうと思ってな。世話になった人に挨拶してるんだ」


「それはご丁寧にどうも」


「また王都に来たときはよろしくな」


「はい、無事に戻ってきてくださいね。ギルド内でもクウさんの実力は噂になっていますし、力に溺れる人ではないので大丈夫だとは思いますが……」


「まぁ、移動は王国馬車を使う予定だし大丈夫だろ」


「え? 王国馬車ってかなりお金がかかりますよ?」


「稼いでいるからな……」


「そうでした。クウさんは普通のEランクではありませんでしたね」


「俺は普通にやってるつもりなんだけどなー」


「どこの世界にCランク冒険者を瞬殺するEランクがいると思っているんですか?」


「ソウデシタ」












「じゃあな」


「短い間ですがご利用ありがとうございました。また戻ってきてくださいね?」



 クウは軽く手を振ってギルドを後にする。ちょっとした挨拶のつもりでギルドに寄ったつもりで意外と長く話し込んでしまったらく、既に8時を過ぎていた。馬車の出発までは1時間近くあるとはいえ、出発地点である城壁正門までは徒歩で30分ほどかかるのだ。余裕を持って行動するためにも、クウは真っすぐ城壁正門へと向かうことにした。



(そういえば、勇者共はどうなったんだろうな)



 城を出て行ってから顔も見ていない嘗てのクラスメイトを思い浮かべて、ふと足を止める。屋台や露店でにぎわい始めた大通りをゆっくり歩きながら最後に王城を一瞥して城壁の外に出た。

 城壁の外では馬車が何台か停まっており、行き先の看板を掲げた御者の人達がそれぞれ立っている。他にも馬車の護衛で雇われた冒険者も何人か集まっており、責任者たちと話し合いをしていた。




「えーと、【迷宮都市ヘルシア】行きの馬車は……あれか」



 クウは目的の馬車を見つけて、『ヘルシア行き』の看板を掲げた馬車に近づいていくと、御者の人に声をかけられた。



「あー、君。この馬車は【ヘルシア】行きの馬車だけど、どうかしたのかな?」


「俺は客だ。ほらチケット」


「えっ? 本物? 保護者はどうしたんだ? 一応この馬車は成人する15歳未満は保護者同伴という規則になっているんだけど」



 またか。とクウは嫌そうな顔を浮かべる。

 このエヴァンに来てから、低い身長や童顔という見た目からよく間違えられるがクウは今年で17歳になる16歳だ。

 なぜか身長は165cmから伸びないのだが、そのせいでまだ成人していないと勘違いされることが多々あったのだ。ロビンソンに絡まれた事件がその筆頭である。



「はぁ、俺はこれでも16歳だ。背が低いからよく間違われるけどな。ほらギルドカード」


「君は冒険者だったのか。しかもその年でEランクなら強い方だね。いや、見た目で判断して悪かったよ」


「いいさ。もう慣れてる。変に絡まれない限りは気にしない」


「そう言ってくれると助かる。私はこの王国馬車の御者をするヨクトだ。1週間よろしくね」


「ああ、俺はクウだ。迷宮に挑戦しようと思って【ヘルシア】を目指している。こちらこそよろしく」


「うん。君は冒険者だったね。パーティメンバーがいないみたいだけどソロなのかい?」


「そうだ」


「迷宮に挑むのにソロだなんて度胸あるね。ただでさえ【ヘルシア】の虚空迷宮は厄介なのに」


「知ってるよ。まぁ、俺の持ってるスキルと相性がいい迷宮だと言っておこうかな」


「自信ありげだね」


「まあね」



 クウがこれから向かう虚空迷宮はかなり厄介な場所とされており、普通の冒険者はなかなか行こうとしない。分類としては上級迷宮ダンジョンになるため、難易度が高いという認識なのだ。もちろん虚空迷宮の他にも迷宮はあるのだが、クウがわざわざそんなところを選んだのには2つの理由があった。


 一つは虚空迷宮の名前だ。

 虚空の「虚」の字とクウの《虚神の加護》が少し気になった、ということだ。ルクセント王の話が正しければ、3柱の善神が悪神にとらわれていることになる。とすると、虚空迷宮は虚神ゼノンと何か関わりがあるかもしれないと考えたのだ。僅かな可能性としてクウに与えられた『虚神の加護』についても何か分かるかもしれないと密かに期待している節もある。


 もう一つはこの迷宮ダンジョンとクウの能力との相性の問題だ。クウの持つ固有能力を使えば、この虚空迷宮をかなり有利に攻略できると考えたのだ。











「おはようございま~す」


 突然クウの後ろから声がして振り向くと、4人の男女が近づいてきていた。身に着けている装備品からして冒険者なのは確実であり、おそらく馬車の護衛依頼を受けたパーティだと予想がついた。



「遅れましたか~?」


「いえいえ、まだ鐘は鳴っていませんよ。間に合っています」


「いや~。テオの奴が寝坊したから間に合わないかと思いましたよ~」


「いやいや!? 勝手に俺のせいにするなよ! 寝坊したのはお前だろ!」


「ちっ、空気読めないですね。せっかく既成事実を作って私の寝坊をなかったことにしようと思ったのに」


「それはテオが空気読めないのではなく一方的にキャシーが悪いと思うの」


「うむ。そもそもキャシーはまともに起床できたことなどほとんどないだろう」


「くっ、私に味方はいないのかな~?」


「ねぇよ」

「ないの」

「ないな」

「そんなにハッキリ言い切るのは酷くない~?」



 緊張感無くじゃれ合う4人にクウは少し唖然とする。

 騒いでいる4人のせいで、場の空気に困ったクウはとりあえず生暖かい目を向けているヨクトに声をかけて何者なのかを聞くことにした。



「この人たちは馬車の護衛なのか?」


「ええ。正確には護衛とお客を兼ねてますけどね」


「どういうことだ?」


「護衛をする代わりに馬車の運賃を安くしているんですよ」


「なるほどね」



 この王国馬車は行き先にもよるが、かなり高いというのが一般的だ。たとえばクウが今から乗るヘルシア行きは小金貨5枚もかかるのだ。高い代わりにある程度の安全性の保障された旅ができるというシステムであるため、お金がかかる点に関しては仕方ない部分が多い。1歩街の外へ出れば、魔物や盗賊たちが襲ってくる世界で安全な旅と言うものは難しいのだ。


 そして王国馬車の旅の安全は護衛に就く冒険者によって守られている。襲ってきた魔物や盗賊、夜の警戒までを冒険者がやってくれるのだ。そして、その依頼を受ける冒険者は、自分たちの目的地に合った馬車を護衛することで安く足を手に入れることができるというシステムになっていた。



「ではそろそろ時間ですので馬車に乗り込んでください!」



 いい加減4人の護衛冒険者のじゃれ合いを見かねたヨクトが声を張ると、クウとさっきの冒険者パーティだけが馬車へと乗り込んだ。しばらく待ってもクウとその4人以外で乗ってくる者は居らず、ヨクトは馬車の扉を閉める。



(まさか客は俺たちだけなのか……?)



 馬の嘶く声が聞こえると同時に馬車は動き出した。








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