表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
138/566

EP137 竜人の里防衛戦④

 その瞬間、大爆発が起きたかのように大量の砂が天まで舞昇る。それに釣られて周囲の砂も引っ張られ、足場を崩されたシュラム、ザント、フィルマの三人は大きく後方まで吹き飛ばされた。



”シャァァァアッ!”

”キシャァァァァ!”

”シャーッ”

”シャシャ?”

”キィィィッ!”

”シュルルルル……”

”キシャァァァァ! シャァァァっ!”

”シュゥゥ……”

”シュル……シュルル!”

”キシャァァァァアアァァアアァァァ!”

”シャー。シュルル”

”キシャ?”



 耳をつんざくような不協和音が一帯を支配し、竜人だけでなく獣人たちも思わず耳を塞いでうずくまる。特に聴覚の発達した獣人族にとってはダメージを受けるほどの威力を持っていた。

 ボゴッ! ゴボボッ!

 連続して砂漠の大地が爆発し、黒くて巨大で長細い影が砂煙の奥に見えた。

 その影はもちろん一本ではない。二本、三本……と数えていけば十本以上あるように感じられる。影が重なったりすることで正確な数を数えることが出来ないのだが、尋常ならざるものがそこにはあるのだと確信できた。



「……馬鹿な。なんだこの気配は……」



 地面に倒れたまま絶句するシュラム。いや、圧倒的なその気配に押されて起き上がることすら出来ないというのが正しいだろう。それでも右手は槍を手放していないのは竜人の族長としての最後のプライドだった。

 シュラムは震える体を必死に制しながら首を上げてその正体を見極めようとする。



「巨大な細長い影……それが十本以上……」



 彼にはその姿に心当たりがあった。かつて竜人が敗北し、南の里まで追いやられることとなった原因。蛇獣人の守護獣として北帝レイヒムが崇めている最強の存在。



「ヒュドラ……なのか……?」


”シュラァァァァァァァァァァァッ!!”



 シュラムの呟きに応えるかのようにして咆哮する。空気は震え、その圧によって巨体を覆っていた砂煙は全て吹き飛ばされてしまった。

 彼も一度しか見たことがない。かつて【帝都】を追われた時に一目だけ見た荘厳な多頭の蛇……いや、もはや龍とも呼べる存在だった。一睨みで硬直してしまうような双眼が全部で十二。それぞれの頭には二本ずつの角が後ろ向きに伸びており、長い胴は漆黒の龍鱗で覆われている。額には第三の瞳のような宝玉が輝いており、それぞれ深緋こきひ色、紺碧こんぺき色、翡翠ひすい色、琥珀こはく色、黄金色、純白色、漆黒色、珊瑚さんご色、灰色、透明色、紫苑しおん色、橙色となっている。これは炎、水、風、土、雷、光、闇、回復、結界、時空間、付与、召喚の属性に対応しているのだ。

 各首が一属性ずつの合計十二属性を操る多頭龍種ヒュドラ。レイヒムは《召喚魔法》によって最強の龍種を呼び出したのだった。



「こりゃぁ、笑えねぇなぁ……」


「まさか六十年前の悪夢が現れるとはな」



 ザントとフィルマをお互いを支えつつ立ち上がろうとしているが、目の前のヒュドラの放つ底なしの威圧に震えて上手く腰を上げることが出来ない。

 六十年前の悪夢―――

 それは竜人たちにとっての敗北の歴史。

 先代皇帝であり、シュラムの父親である竜人の前族長は現皇帝であるレイヒムによって毒殺され、それに乗じて蛇獣人による反乱が起きた。正面から皇帝に挑み、勝利することによって帝位を奪い取ることは認められているのだが、クーデターの形で帝位を簒奪することは違反だ。

 竜人だけでなく多くの獣人も蛇獣人と対立して内乱が起こったのだが、一部の獣人は蛇獣人の当時族長であったレイヒムに従っていた。

 しかし戦力差も能力差も竜人側の方が優勢。内乱はすぐに収束すると思われた。

 だが最後の最後でレイヒムが投入したのがオロチという名のヒュドラ。蛇獣人を守護する神獣として出現したオロチは圧倒的な能力によって戦況を一気に覆した。

 途中で竜人の崇める神獣も参戦するが、敗北して竜人たちは南部へと追いやれることになる。そして味方であった獣人たちも徐々にレイヒム側へと取り込まれていき、遂には【ドレッヒェ】まで攻め込まれるようになったのが最近のことだった。



「さぁ、内乱は終わりですよテロリスト共」



 透明色の宝玉を付けた真ん中の頭に乗ったレイヒムがそう語りながら竜人たちを見下ろす。砂から出ている部分だけでも二十メートルはあるヒュドラの首。その上から見れば恐怖で震える竜人たちの姿がハッキリと目に映った。

 シュラムや三将軍のザント、フィルマだけは何とか威厳を保ってはいるが、もはや戦えるほどの気力は残っていないと分かる。

 どう足掻いても勝てない圧倒的な相手を目にして心が折られたのだ。



(今日で竜人も征服ですね。抵抗された場合の手も打っておいたのですが余りにも呆気ない。これで名実ともに私が皇帝……長かったですね)



 獣人よりも高い身体能力を有し、種族特性の「竜化」によって強靭な防御能力すらも得る竜人は常に【砂漠の帝国】で皇帝の座に就いていた。

 その歴史にようやく幕を下ろし、初めて獣人で皇帝となったレイヒム。神獣オロチを前面に出すことで、神獣ファルバッサのお陰で権力を持っていた竜人と同等の権力も手にした。神獣を崇める獣人と竜人だが、実際に神獣を見ることはない。何故なら普段は迷宮で九十階層を守護しているからだ。

 変わり者のファルバッサは気の向くままに世界を旅していたため【砂漠の帝国】に滞在したことがあるのだが、オロチが本当の意味で神獣でないことに気付く者は一人もいなかった。



「さて、根強く反抗していた馬鹿共は《神獣降臨ヘブンズゲート》を発動するまでの時間稼ぎを兼ねて処分することが出来ました。そして目の上のたん瘤だった竜人共はもはや私の手の内。

 笑いが止まりませんね。ククク……」



 南北で別れてしまった勢力を統一するために時間が掛かったが、最終的には勝利を収めた。寿命の長い獣人にとって六十年程度は世代交代には足りない。よって竜人が皇帝だった時代を覚えている者もいるのだが、少しずつ意識改革も進んでいる。特に今の獣人の子供はレイヒムを英雄として称えるように教育(洗脳)しているのだ。

 流れはレイヒム有利に進んでいる。



「ふむ、そろそろ仕上げといきましょうか。竜人共を捕まえて【ドレッヒェ】にも新しい管理者を置く必要がありますね。取りあえず竜人の監禁場所として使いましょう。情報では住民は近くのオアシスに逃げているということですからね。そちらにも兵を回さなければ……ん? どうかしましたかオロチ?」


”……”



 ブツブツとこれからの予定を呟いていたレイヒムはオロチの頭がある方向を向いていることに気付いた。レイヒムの乗っている頭は正面を向いたままだが。それ以外の十一の頭はある方向……北側を見つめている。

 しばらくの沈黙の後、オロチの頭の一つがおもむろに口を開いた。



”この気配、魔力……懐かしき奴か?”



 オロチはどこか面白そうな声色でそう語る。いや、そのような声だと感じたのはレイヒムだけであり、シュラムを初めとした竜人たちはオロチの声を聞いてさらに震えあがっていた。

 レイヒムはそんな竜人たちを流し目にしつつもオロチの視線の先を同じく見つめる。

 微かに見える黒い影。

 有り得ない高速で迫ってきている何かは衝撃波を撒き散らし、砂漠の大地に影響を与えながらこちらを捕捉している。この距離からでも敵意を向けられているのはレイヒムでも感じることが出来た。



「あれは……?」


”アレは嘗て余が潰した愚かな竜よ。己が信者共の危機を感じて戻ってきたか? シュルルル”


「ほう、では神獣ファルバッサということですか」



 レイヒムもしっかりと覚えている。

 オロチを初めて投入したすぐ後にやってきた竜人たちの崇める神獣。灰色と銀色の中間のような色の竜鱗を纏った竜種だった。

 あらゆる魔法を反射し、物理攻撃も障壁で防御する手強い存在だったと記憶しているレイヒムだが、それと同時にファルバッサとは別の因縁もある。



「私がかけた呪いは未だに効果を発揮しているようですね。レベルもステータスもダウンし続けているでしょうから私たちの敵ではありませんな」


”シュルル。では愚かな駄竜をここで屠るとしよう”



 そう言ったオロチは深緋こきひ色に輝く炎の宝玉の頭の口元で魔力を溜める。その様子は《竜息吹ドラゴンブレス》の予兆にも似ているが、溜められている魔力は宝玉と同じ色。つまり炎の属性が込められていた。



”挨拶代わりだ”



 その瞬間、カパリと開かれた龍頭から宝玉と同じ深緋こきひ色のブレスが放たれた。地表に居た後続の獣人兵たちはその熱線から来る焼けつくような熱波に、思わず顔を腕で覆う。およそ二十メートル離れた地表でさえもジリジリと焼けつくような熱さを感じるのだ。

 熱線に直撃すれば一溜まりもないだろう。

 ファルバッサも向かってくる熱線を見て反射的に回避した。挨拶代わりと言うだけあって回避は難しくない。しかしそれでも尚、致命傷クラスの攻撃を仕掛けてくるあたりでオロチの能力が窺える。

 そしてファルバッサもお返しとばかりに《竜息吹ドラゴンブレス》を放った。魔力を口元で極大圧縮して放つだけであるが、その威力は熱線同様凄まじいの一言。

 ビリビリと空気を震わす《竜息吹ドラゴンブレス》を見た獣人は思わず腰を抜かしてしまっていた。



”その程度か”



 しかしオロチの透明の宝玉が一瞬光ったかと思うと、ファルバッサの《竜息吹ドラゴンブレス》はオロチに直撃する五メートル程手前で急に角度を変えて外れてしまった。

 そして何もない空へと逸れていった銀色のブレスはねじ曲がって方向を反転させ、ファルバッサの方へと向かっていく。

 時空間属性を操る透明の宝玉の龍頭の能力にとって空間を湾曲させ、ブレスを逆に利用したのだ。

 当然ながらファルバッサはそれも回避してそこで一旦停止する。そしてオロチの方へと視線を向けつつ口を開いた。



”我の《竜息吹ドラゴンブレス》を利用するか……相変わらず面倒な能力だ”


”シャァァァ。弱くなったものだな駄竜よ”



 竜と龍。

 似たようで全く違う二つの種族が相対する。

 かつてファルバッサを敗北に追いやったオロチとレイヒム。思わぬところで再開した彼らの戦いが再び始まったのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] パワーバランスがおかしい。ゲリラ戦していたわけでもないのに、オロチがいて60年も制圧できないのはなぜ? そもそも強いものが皇帝になるというシステムがあるのは、竜人が強いとはいえ、ある程…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ