EP136 竜人の里防衛戦③
「ふっ……相変わらずフィルマも暴れているようだな」
「全く、少しは自重して欲しいのですがね」
「言ってやるな。フィルマもそれなりにストレスが溜まっているのだろう」
大剣を振るって暴れまわるフィルマを遠目に見ながら同じく暴れているシュラムとザント。到底人のことを言えない彼らだが、これは戦争なのだ。手加減や慈悲など与えるつもりはない。自らの持つ能力を十全に生かして北帝軍の獣人たちを殲滅するのだ。
「今日はいつもより攻めが甘い、なっ!」
「そうです、ねっ!」
シュラムは流れるような槍捌きで獣人たちを屠りながらザントとの会話を続ける。ザントも同様に得意武器である大槌を振り回しつつシュラムに同意した。
竜人の中でも最強の存在である族長と三将軍の実力はかなりのものであり、普通の兵程度では相手にならない。今までに攻め込まれた時、シュラム、ザント、フィルマにはそれなりの実力者をぶつけられていたのだが、今回に限ってはある程度の実力者が殆どいない。
フィルマが倒した狼獣人の男を除けば、確認できたのは数人程度だった。
「獣化も出来ない奴が戦場に送られてくるなんて珍しい」
「北帝側も兵力に困り始めたのでは? 何度も我らと戦を重ねるうちに疲弊した可能性は高いですぞ」
「うむ。だが釈然としない」
「確かに弱すぎるという部分はありますな。だからこそあの程度の被害で先行部隊が抑えてくれたのでしょうけどね」
種族特性である「獣化」は獣人ならば誰でも出来るという訳ではない。まず強い肉体を持っていることと、強靭な精神を持っていることが前提となるのだ。「獣化」とは謂わば肉体変化であり、脆弱な肉体ではその変化と強化に耐え切れないのだ。そして「獣化」を行うと獣としての本能が強く表に出てくる。ある程度の精神力がなければ獣の本能に飲み込まれて暴走することになるのだ。
その状態でLv50を超えると自然と使いこなせるようになる。十分な下地もなく「獣化」した場合は理性が吹き飛び、そのまま魔物と同様にして処分されることも少なくない。だからこそ戦争では「獣化」できる者が期待されるのだが、今回はその使い手が殆ど居なかった。
「この分ならば今回はすぐに終わりそうだ」
「そうですな。すぐに終わらせてやりましょう」
二人は顔を見合わせてニヤリと口角を上げる。
一度足を止め、《気纏》を解除してから慎重に魔力を練り上げつつ同時に詠唱を始めた。
「「『吹き荒れる砂塵
暴発する黒の嵐
凝縮し、開放し、全てを切り裂け
竜の如き強者の風よ
世界を壊せ―――』」」
シュラムとザントの目の前には圧縮された空気が集まる。詠唱と共に圧力が高まっていき、光の屈折率にすら影響を与えて空間を歪めた。
そして二人はそれほどまで凝縮された空気玉を前方へと解き放つ。
「「『《黒嵐砂塵》』」」
ゴウッ!
解き放たれた空気圧は激しく暴発し、砂漠の砂を巻き込んで吹き荒れる。風速にして百メートルという大規模な台風よりも強力な風がシュラムとザントの前方より先を蹂躙した。
「気」「圧」「斬」の特性を持つ《風魔法》の中でも上級クラスの魔法であり、空気圧から生まれる風の斬撃と巻き込まれた砂塵によって効果範囲の対象を尽く切り裂くのだ。
逃げることも許されず、耐えきることも不可能。
特に砂漠用の装備で薄着をしている彼らにとって、《黒嵐砂塵》は非常に効果的な魔法だと言えた。
「ふむ、こちら側の半分は片付いたか?」
「軍事を扱う上では壊滅……と言ったところですな。そろそろ相手も引き上げるでしょう。それにこれほど血を撒き散らしたのです。魔物も集まってきます」
「毎度ながら魔物の後処理は非常に面倒だな」
「これも相手の作戦ならば非常に狡猾で北帝らしい残虐なものですな」
ザントはどこか汚らわしい物でも見るかのような視線で奥側の北帝軍へと目を向ける。
擬態が非常に上手い砂漠の魔物は乱戦で出現されると厄介なことになる。特に毒持ちの魔物に奇襲されようものなら目も当てられないのだ。
シュラムもザントも注意はしているのだが、どうにも気配や魔力を隠すことに長けた魔物たち相手では後手に回らざるを得ない。二人としては、さっさと戦争を終わらせて魔物の処理に当たりたいのだ。
現に竜人の兵士たちも最早作業のようにして敵勢力を刈り取っている。元から能力が高い竜人の中でも、さらに精鋭である彼らにとって、今回の襲撃は全く歯ごたえの無いものだった。
「確かに……まさに捨て駒とでも言うべき弱さだったな」
「ええ、このまま降伏勧告を……いや、誰かが出てきたようですな」
シュラムやザントとて無暗に殺害を行いたい訳ではない。状況的にはこちら側の勝利であることに疑いはないし、寄ってくる魔物の件もある。
しかしザントが降伏勧告をシュラムに進言する前に、北帝軍側から代表者と思しき人物が一人で前に出てきたのだった。二人は警戒をしつつも武器の構えを解いて注目する。陽炎に揺れて顔形は見えないのだが、遠目にも男であることは何となく分かった。
それを見てシュラムは大きく息を吸い込む。
「総員! 戦闘中止せよ!」
ビリビリと空気を震わせながら戦場に響き渡るシュラムの一喝。逃げまどう獣人たちを追い回していた竜人兵たちも、族長であるシュラムの言葉を聞いて動きを止めた。周りが見えなくなるほど戦いを愉しんでいたフィルマでさえも振り下ろしかけていた大剣をピタリと止める。その一撃を逃れて生き残った獣人はへたりと砂漠に腰を落としながらもシュラムへと注目した。
見れば周囲は血によって赤く染まり、熱せられた血液が蒸発して生臭い匂いが立ち込めている。緊張状態から解放され、その光景に気付いた獣人の多くが胸を押さえながら胃の中のものを撒き散らしていた。
「なるほど。とても戦士とは思えませんな」
「ああ。腰は引けてるし、振るう武器に鋭さも覚悟もない。おまけに戦闘が終わった途端にこのザマだ。お前の言う通り相手の作戦……いや、嫌がらせと考えた方がいいかもしれんな」
「ええ、彼らはちょっと戦えるだけの一般人……囮か疲弊戦術の捨て駒戦力で間違いないでしょう」
冷静な会話をしつつも二人は内心で怒りを燃やす。
竜人や獣人は強さを求める種族で間違いないが、弱い者を惨殺したり使い捨てたりするようなことはしない。戦士は戦士らしく正々堂々と戦うのが彼らの矜持なのだ。
もちろん正面から真面目に戦うだけの頭の悪い種族という訳ではない。時には裏をかくような演技もするし、弱点を突くような攻撃もする。ただ、戦士でない者を叩き潰すようなことは好まないのだ。
「ちっ、後味の悪い」
シュラムは舌打ちをしつつ向かってくる男を凝視する。
この状況で向かってくる者がいるということは恐らく降伏の宣言、もしくは大将同士での一対一による決闘だと思われる。ただし、決闘は状況が拮抗している時に無駄な死者を出さないための措置であるため、負けが確定しているタイミングで行われるとは考えにくい。よって降伏宣言だとシュラムは予想する。
砂の大地に一歩ずつ足跡を残しながら歩いているのは恐らく北帝側の上官以上の者だ。そして兵士でもない者を戦場に送り込んだ関係者である可能性が高い。
だが男が顔の見える場所まで来たとき、シュラムはその男が予想外の人物であることに気付いた。
「っ! 貴様! 北帝レイヒムか!?」
「おやおや。私が北帝? 何とも異なことを仰る」
「何だと?」
シュラムの目に映っているのは一人の蛇獣人。縦に開いた瞳孔とチロリと口からはみ出た長い舌が特徴的な異色の獣人種だ。角があれば竜人とも見間違える程に似た種族なのだが、レイヒムと呼ばれた男は戦闘とは無縁な細い肉体をしている。
だが逆にその顔は狡猾さを体現したような見た目であり、どうにも胡散臭い雰囲気を発していた。
「私は北帝などという立場ではありません。【砂漠の帝国】の現皇帝であり唯一の存在ですよ」
「簒奪した地位を振りかざしてよくもぬけぬけと……」
「はて? 何のことでしょうかな?」
首を傾げて聞き返すレイヒムにシュラムは苛立ちを募らせるが、それをグッと抑える。むしろ敵対している北帝軍側の総大将がノコノコと出てきたのだ。寧ろこれはチャンスだと言える。
シュラムは武器を握りしめ、いつでも攻撃できるように気配を鋭くする。
それに気づいたレイヒムは肩を竦めつつ口を開いた。
「やれやれ。南帝を名乗るテロリストは余程野蛮だと見える。やはり所詮は反逆者という訳ですか」
「どの口がっ!」
「まぁいいでしょう。折角私が出てきたのですから手短に本題を済ませてしまいましょうか」
今に飛びかかりそうなシュラムを冷たい目で眺めつつも馬鹿にしたような口調で勝手に話を進めるレイヒム。二人の距離は会話が出来る程度しか離れておらず、さらにシュラムの側には三将軍の一人であるザントまでいるのだ。それを考慮して尚、余裕を崩さないことから何かあるのだろうと予想してシュラムは何とか踏みとどまっていた。
必死に内に秘めた怒りを押さえつけるシュラムを面白そうに眺めながらレイヒムは話を続ける。
「では警告です。降伏しなさい。今降伏するならば竜人全員を奴隷にする程度で許してあげましょう」
「なんだと!?」
「我らを愚弄する気か!?」
レイヒムの言葉にシュラムだけでなくザントまでもが驚愕の声を上げる。流石に他の竜人たちにまでは聞こえなかったようだが、驚いている様子の族長とその側近を見て何かあったのだろうとは察していた。
「北帝軍が降伏してきたのでは?」と小声で囁き合うが、次の瞬間に放たれたシュラムの殺気でその考えは呆気なく否定された。
「ふざけるなよ? 簒奪者の分際がっ! 我が父を毒殺し洗脳によって皇帝の座に就いた愚図の下に我ら誇り高き竜人が下るとでも? 今すぐ貴様は殺してくれる」
「シュラム様の言う通りだ。碌な装備も無しに前に出てきたことを後悔しながら逝け!」
赤と黄色の激しいオーラを全開にしたシュラムとザントは手に持った槍と大槌をレイヒムへと叩きつけた。《気纏》を使用している彼らの身体能力は普段よりも強化されており、ただ殴るだけでも岩すら砕く威力を持っている。その力を以て武器を叩き込まれたのだ。普通ならば無事であるはずがない。
砂が舞い上がり、一時的に視界が覆われる。
だがシュラムとザントは目に見えずとも、自分たちの攻撃が硬質な何かに阻まれたことを感じ取って驚愕していた。
「無駄ですよ。私の魔力で発動された《魔障壁》を破るには足りませんな。まぁ、思ったよりは強力だったと言っておきましょう」
砂煙の向こう側から掛けられたレイヒムの声に歯ぎしりするシュラムだが、それに構わずレイヒムは言葉を続けた。
「では交渉決裂。もはや竜人には奴隷以下の道しか残されていません。ああ残念だ」
全く残念そうでない声を上げながら魔力を練り上げていくレイヒム。《魔障壁》と《魔力操作》を同時並行で使用していることからかなりの使い手だと理解できるが、シュラムとザントにそれを考える余裕などない。竜人を奴隷以下に扱うと宣言したレイヒムは必ずここで仕留めるつもりだった。
「『《風波砲撃》』」
空気を圧縮してぶつける《風魔法》で攻撃しつつも砂煙を払うザント。そしてシュラムは再び視界に入ってきたレイヒムの心臓部へと寸分たがわず槍を突き出した。
ギイィィィン!
金属質な音が鳴り、青白い障壁で槍の穂先が止められる。槍全体を《気纏》で強化した渾身の一撃だったが、魔力消費分だけ防御力が増す《魔障壁》は破られることがなかった。
「甘いですね」
「そっちがなぁっ!」
余裕のレイヒムに頭上から黒い何かが降ってくる。
漆黒のオーラを纏ったフィルマが自慢の大剣を叩き付けたのだった。《気纏》による強化と重力による加重。その一撃は必殺と呼ぶに相応しい威力を見せつける。
ガィィィィィィイイン!!
だが再び金属音が鳴り響き、シュラムとザントとフィルマは防がれたことを理解した。
再び砂煙が舞い上がりレイヒムの姿が隠れる。
これには思わずザントも声を漏らした。
「フィルマでも無理なようですな」
「ああ、ダメだなぁ」
「次は三人同時に攻撃を仕掛けるぞ」
予想以上の強度を誇るレイヒムの《魔障壁》に驚く三人。シュラムは特に気負うことなく次の手を指示する。しかしレイヒムもただ障壁の内側に引きこもっているわけではない。
シュラム、ザント、フィルマの三人は確かに砂煙の向こう側からレイヒムの声を聞いた。
「『―――
《神獣降臨》』」





