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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
砂漠の帝国編
135/566

EP134 竜人の里防衛戦①

 常夏の砂漠の大地。ここでは竜人と獣人がオアシスを中心として都市を建設し、部族ごとに居住している。竜人、猫獣人、狐獣人、獅子獣人、狼獣人、蛇獣人たちの六部族の里とも言うべきオアシス都市の他には【砂漠の帝国】の首都である最大のオアシス都市……通称【帝都】が存在するのだ。

 もちろん他にも小さなオアシスから出来た街も幾らか存在するのだが、主だった都市はこれら七つだ。

 その中でも竜人の住むオアシス都市である【ドレッヒェ】は帝都に次ぐ大きさを誇っている。さらに【ドレッヒェ】の近くにも大きな泉のあるオアシスがあるため、砂漠に住む際には非常に有利な立地と言えるだろう。

 そしてそんな都市である【ドレッヒェ】は今、戦争を仕掛けられていた。



「警報を鳴らせ! 『北帝軍』の奇襲だ!」

「非戦闘員を非難させろ」

「俺たちは正規軍が来るまでの時間稼ぎだ」

『おうっ!』



 鋼鉄製の槍を携え、全身を白い布で包んだ竜人の男たちが次々と都市の外に出ていく。都市内では耳を塞ぎたくなるような鐘の音が鳴り響き、小さな子供たちや戦闘員でない大人たちは戦闘員とは逆側から都市の外へ逃げ出す。



「また奇襲なの?」

「くそっ! 北帝軍め!」

「子供たちを優先で逃がせ。隣のオアシスを目指すんだ!」

「父さん、母さん。どこなの?」

「後だ! 俺が避難所まで連れて行ってやるから両親は後で探してくれ」

「ありがとう。おじさん」



 こういった避難は彼らにとって珍しいことではない。特にここ数十年で頻繁に戦争を仕掛けられていたため、大人に限らず子供までもこの状況に慣れていた。

 非常時に心がけるべき助け合いもよく見られ、住民の多くは冷静を保っている。

 実質的に国を守護する正規軍からしてみれば、こういった住民の対応は非常にありがたかった。

 そしてその正規軍の元帥であり、同時に竜人の族長でもあるシュラム・ハーヴェは【ドレッヒェ】の中央にある城のテラスからこの光景を眺めつつ口を開いた。



「軍を二つに分けよ。一つは私の率いる迎撃軍だ。北帝軍を殲滅する。そしてもう一つは避難する住民を守る護衛軍。こちらは我が娘であるミレイナに任せる」


『はっ!』



 燃えるような赤い髪を靡かせつつ命令を下すシュラム。頭に巻いた布の間からは竜人の特徴とも言うべき角が飛び出ている。爬虫類に似た縦長の瞳孔からは鋭い眼光が放たれており、並みの者ならば睨まれただけで萎縮してしまいそうな威圧感を持っていた。

 シュラムの後ろに控えていた竜人の三将軍たちも、彼の言葉に応える。それを聞いたシュラムはさらに命令を重ねて指示を出した。



「お前たち三将軍の内二人は迎撃軍に加われ。そして一人は護衛軍だ。割り振りはお前たちに任せるが、三十分以内に全ての準備を整えろ」



 三人の将軍は互いに顔を見合わせ、一言二言話し合ってからその場を離れる。彼らは歴戦の戦士であり、今は時間が金よりも勝ることを認識している。無駄なことはせず、彼らの持つ能力にあった担当を即座に割り当てた。

 と言っても、このような襲撃は彼らにとって珍しいことではない。いつも通りの役割がある程度決まっているのだ。

 しかし三将軍が去った後、シュラムの命令に異を唱える者がこの場に一人残っていた。



「父上! 私も迎撃軍に加えろ! 私だって戦える!」


「ならんぞミレイナ。お前はいつも通り民たちの護衛だ」


「だが……」


「口答えは許さん。民の護衛も重要な役目だ。それにお前はまだ十六でしかないのだ。本当ならば戦場に立つべき歳ではない。護衛軍に加わるだけでも譲歩しているのだぞ」


「く……」


「お前は確かに竜人の中でも三将軍に次ぐ戦闘力を持っている。いや、純粋な能力ならば私にも匹敵するだろう。しかし戦闘経験や基本的な戦争の知識が足りない。

 お前が十分に力を付けたと判断すれば私もお前を戦場に送るつもりだ。今は我慢しろ」


「……」



 言い負かされ、無言で去って行く娘のミレイナ。十六歳にも拘らず、竜人の中でも非常に高い戦闘能力を持っている。しかし三百年という寿命を持つ竜人にとって、十六歳などまだひよっこだ。父親であるシュラムとしては、軍どころか住民と共に大人しく避難して欲しいとさえ思っている。

 シュラムはテラスの手すりに体重を預けながら溜息を吐く。



「ミレイナの【固有能力】……何故私に宿らなかったのだろうな……」



 ミレイナが並外れた戦闘能力を持っているのは、彼女が希少な【固有能力】を持っているからだ。【通常能力】とは比べ物にならない効果を発揮するため、正規軍に所属している竜人と比べても圧倒していると言える。

 しかしそれほどの能力を持っているミレイナはまだ未熟な十六歳。もしも自分が持っていれば、このような事態も軽く跳ね返せたことだろうとシュラムは考える。



「いや、考えても仕方のないことだ。私も出陣の準備をするとしよう」



 そう呟いて、シュラムはテラスから城の中に戻っていった。









 ◆ ◆ ◆









「頭の固いジジイめ! 腹が立つ!」



 口悪く罵りながらカツカツと廊下を歩いていく少女、ミレイナ。父親譲りの紅い髪を掻き上げ、苛立ちを撒き散らすように歩を進める。

 元々口が悪く、父親であるシュラムのことはジジイと悪態をつくのが彼女の常だった。一応は「父上」呼びもするのだが、プライベートになるとその猫も見事に剥げ落ちる。



「私の《竜撃の衝破》があれば北帝軍の奴らなんか……」



 【通常能力】よりも遥かに強力な【固有能力】を有するミレイナの強さは十分だ。強力な魔族領の魔物を相手にしてきたこともあって、レベルもそれなりに高い。

 しかし強さゆえの驕りが彼女の成長を止めていた。

 それに気づいている父親のシュラムは絶対に戦場に出そうとはしない。戦争では魔物ではなく、知能のある相手と戦うことになるのだ。正面戦闘と力押ししか知らないミレイナが飛び出したとしても勝てる保証はない。

 戦場を見極め、相手を観察し、自分の能力を弁える。せめてこの三つが出来ない内はシュラムもミレイナに参戦許可を出すことはないのだ。



「あー! 腹立つ~っ!!」



 そんな父親としての心に気付かないミレイナはガンガンと床を踏み鳴らしながら廊下を歩いていく。能力を使ったゴリ押しの戦法しか使えない彼女だが、手加減ぐらいは知っている。それ故、廊下を踏み抜く程の力は込めていない。

 機嫌悪そうに歩いていくミレイナの先に、ふと知り合いの男が壁にもたれ掛かっているのが見えた。男は荒れたミレイナの様子に呆れつつも口を開く。



「まったく……ミレイナはもう少し姫らしくなろうよ。城が壊れるよ?」


「うるさいなレーヴ。私はこのイラつきを何処かにぶちまけたいんだ。それともお前が的になってくれるとでも言うのか?」


「それは勘弁。ミレイナの攻撃は避けないと痛いから」



 ミレイナに話しかけてきたのは少年のような風貌の竜人。頭に布を巻き、軽い甲殻類の鎧と白い布を纏った彼は三将軍の一人だ。若く見えるレ―ヴことレーヴォルフは既に百歳を超えており、十分に戦士としての実績を持っている。

 そしてミレイナとは武術の師弟の関係でもあり、三将軍の中では親しい間柄だった。



「それで今回もお前が私と来るのか?」


「そうだよ。いつも通り僕が護衛軍側さ。暴れ姫の舵取り……じゃなくて一緒に仕事するのは面倒……でもなくて重役過ぎるから他の二人は遠慮したんだよ」


「本音が漏れてるぞ馬鹿者」



 臆することなく自らの主の娘を罵るレーヴォルフだが、ミレイナをこのように扱うのは彼だけだ。竜人族の族長であり、さらに『南帝』でもあるシュラムの娘にこれほど気安く声を掛けることが出来る者は多くない。

 しかし族長の娘としか見られることのないミレイナにとっては、対等に扱ってもらえるレーヴォルフは貴重な人物であり、罵られた所で気にしているわけでもなかった。

 普段ならこのまま三十分ほど言い合いが続くのだが、今は奇襲を受けている最中だ。ミレイナ自身は正規の軍人ではないとは言え、シュラムから護衛軍を任されている。ここで油を売っている暇など無いのだ。



「それでお前の準備は出来たのか?」


「ああ、いつでも出撃可能だよ。あとはあなたの号令を待つだけです姫」


「その呼び方は止めろ気持ち悪い。さっさといくぞ。都市周辺と言っても砂漠の魔物が出ないとは限らないからな。移動中の住民をエサだと思って飛び出してくるかもしれん」


「了解だ。ミレイナ」



 二人は頷き合って走り出す。

 逃げる非戦闘員の護衛軍は既に出撃準備を整えて城の前に整列している。たった百人程ではあるが、身体能力に優れた竜人の軍である。その練度は十分に値する。

 そんな彼らの前に出たミレイナは声を張り上げた。



「私たちは今回も住民の護衛だ。近くにあるオアシスまで安全第一で逃がすことを優先しろ。クソ北帝軍を惨殺できないのは残念だがこれも重要な仕事だ。分かったな!」


『うおおおっ!』


「住民を誘導しつつ南側からの脱出を目指せ!」


『おうっ!』


「行くぞ!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』



 集められた護衛軍は竜人の姫であるミレイナに鼓舞されて気合を高める。正式装備である槍を掲げ、雄たけびを上げながら雪崩のように街へと繰り出していった彼らを眺めつつ、ミレイナも最後に口を開いた。



「あいつらテンション高いな」


「いや、ミレイナのせいだから」



 ジト目を送るレーヴォルフに、ミレイナは静かに視線を外したのだった。




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