EP133 原始竜
「暑いな……いや、熱いな」
「そうですね。水魔法が使えれば良かったのですが」
雲一つない青空を飛翔する灰銀の竜の背で寝転がりながら呟くクウ。一方のリアもクウの側に座りながら水筒に口を付けていた。
「リアの水はどれぐらい残ってる?」
「水筒に半分ほどでしょうか?」
「必要になったら遠慮なく言えよ? 虚空リングにはまだ幾らか入っているから補充するぞ」
「はい」
砂漠だけあって気温は非常に高い。湿度が低いためジメジメした気持ち悪い暑さではないのだが、ジワジワと体力を奪われるような猛暑に、クウもリアも動く気力を失っていた。
一応、虚空迷宮でも砂漠の地形階層を体験はしている。あの時も苦労はしたのだが、階層ごとに脱出が可能だったので、十分に体力の回復が出来た。
しかしここ数日は常に砂漠に居る。ファルバッサの背中に乗っているだけとはいえ、これほどの暑さの中に居続けるのは慣れないものだった。
「いっそ幻術で気温を下げるか? 《幻夜眼》で世界に干渉すれば疑似的に気温を下げることも出来ると思うし」
「……前から思うのですが、クウ兄様の能力の使い方って無駄に器用ですよね」
「そうか? 単に俺の能力が万能ってだけだろ」
ほのぼのとした会話をしつつもクウはウトウトと微睡む。山脈を越える際の昼夜逆転生活が抜けきっておらず、また十分な休息も取れていないので仕方がない。実際にかなりハードな内容の旅であることには間違いないので、クウはともかくリアは良く付いて行っている方だ。
元は伯爵令嬢であるリアも、まさかこのような旅をするとは思いもよらなかったことだろう。
そんな時、飛行に集中していたファルバッサが二人に声を掛ける。
”クウにリアよ。そろそろ目的地に着くころだ……が……”
「ん? どうかしたのか?」
語尾を弱めるファルバッサにクウも体を起こして聞き返す。するとファルバッサは空中で停止してからクウの質問に答えるために口を開いた。
”どうやらこの先で戦闘が行われているようだ。多くの魔力や気配がぶつかっているのを感じる。それに日の光以外の局所的な熱反応もあるようだ”
「普通に魔物と戦っているんじゃないのか?」
”ならば少しここで様子見をするとしよう”
「確かにお前が行くと魔物の襲撃にしか見えないからな」
”全くだ。我は魔物ではないというのに失礼な話だ”
その言葉に驚くクウとリア。竜という生き物は人族では魔物として分類されているため、二人にとってこの発言は衝撃的だった。
実際に真竜や地竜、ワイバーンなどは体内に魔石を持つので魔物として考えられている。また迷宮でも80階層から89階層にかけては竜種を狩り、魔石を剥ぎ取っている。
そんな驚いている様子を感じ取ったファルバッサは少し機嫌の悪そうな口調で話を続けた。
”我だけではない。神の使いである天竜、天妖猫、天九狐、天雷獅子、天星狼、天翼蛇の六体は体内に魔石を持たないのだ。人族や魔族、それに動物たちと同じような扱いなのだぞ?”
魔物の定義とは体内に魔石を持っていることだ。人を初め、動物たちには魔石はない。何故このような違いがあるかのは研究段階であるため不明なのだが、魔物が進化する要因は魔石にあるのではないかとも言われている。
人族や動物は強い加護でも受けない限りは種族進化しないのだが、魔物はレベルアップやその他条件を満たすことで簡単に進化する。それは魔石が魔物の核として働き、魔物が一定の強さに達することで魔石が状況適応し、進化を促すのではないかと言われているのだ。
ちなみに人族で進化をするのは精霊王の加護を受けるエルフの王だけしか確認されていない。代々のエルフの王族は精霊王の加護を受けることでハイエルフへと進化するのだ。
実際にクウも虚空神ゼノネイアの加護を受けて天人となったので間違いではないと思われる。
「そうだったのか。初めて知ったな」
「私もです」
”ふむ。ならばこれを機に覚えておくがよい。我も元は『原始竜』という種族から加護の力によって進化したのだ”
『原始竜』
聞いたことのない言葉に首を傾げるクウとリア。
異世界人であるクウはまだしも、この世界の生まれで貴族として教養もあるリアが知らない言葉となればかなり珍しい。それも有名な竜種に関する種族名となれば、余程の専門用語か滅びた言葉ということになる。
「そんな種族は聞いたことがないな」
”そうだ。かつて我ら原始竜は巨人種に滅ぼされた歴史がある。人族の者が知らずとも不思議ではない”
「ああ、あれか」
「知っているのですか?」
「迷宮で巨人種と戦った話はしただろ?」
クウは迷宮の百階層で虚空神ゼノネイアと邂逅した際、加護を授けられ天使となった。その能力実験を兼ねてGORILLAという名の巨人種と戦ったのだ。六本の腕を持つゴリラのような巨人であり、そのパワーは単体でも災害となり得る。
(確かに巨人種がエヴァンを滅ぼしかけたから絶滅させたとかゼノネイアが言ってたな。その時に原始竜も巨人に滅ぼされたのか。確かにふざけた能力の持ち主だったから不可能ではないだろうな)
竜種とはその肉体性能で強者となった種族だ。そして同じ物理タイプならば、より巨大な巨人種の方が有利になっても仕方がない。
「じゃあファルバッサみたいな竜と魔物の竜の違いって何なんだ?」
”人とゴブリンのような違いだ”
「……うん、同列にして悪かった」
クウもその説明でファルバッサの機嫌が悪くなった理由を理解した。さすがにゴブリンと同列に思われるのは人として不愉快だ。確かに姿や習性は似ているが、ゴブリン呼ばわりされて嬉しい人族はいないだろう。悪かったと思って素直に謝る。
「それで結局どうするのです? ファルバッサ様が魔物ではないことは分かったのですが、この先で行われている戦闘については関わらない方向で対処しますか?」
ここで逸れていた話を戻すリア。若干気まずかったクウとしてもリアの機転はありがたかった。心の中で感謝の言葉を述べつつ、クウも口を開く。
「そうだな。どちらにせよファルバッサが行くと事態がややこしくなりそうだ。迂回できるか?」
”いや、戦闘場所は我らの目的地だ。つまり我が昔に拠点として使っていたオアシスの付近で戦闘が起こっているようだ。回避は出来ぬ”
「確か近くに竜人のオアシスがあったんだよな? だったら竜人が戦っているのか?」
”恐らくな”
「だったら大丈夫か? 一応ファルバッサは神獣扱いなんだよな。竜人は寿命が長いからお前のことを覚えていてもおかしくないだろうし」
竜人や獣人の寿命はおよそ三百歳であり、六十年前にこの地に来たファルバッサを覚えていてもおかしくはない。むしろ歓迎される可能性すらある。
人族であるクウとリアの扱いは不明だが、ファルバッサと仲良くしている以上は敵対行動を取られることはないはずだ。
しかしファルバッサはどこか渋るような態度を見せる。
”う、うむ。そうなのだが……”
「だが?」
”六十年前に負けておる身故に、今更顔を出すのが気まずいのだ”
「「あー」」
クウとリアは言葉を重ねて納得する。
何があったのかはまだ聞いていないが、確かに負けて逃走したファルバッサが出ていくのは気まずいのだろう。
クウとしては帰還した救世主として受け入れられる気もするのだが、ファルバッサの考えではそうでもないらしい。思ったより小心者な神獣だとクウは苦笑する。
「はぁ……じゃあ俺が様子を見てこようか?」
”良いのか?”
「まぁ、大丈夫だろ。見つかっても逃げれるし」
クウはそう言いつつ立ち上がって翼を広げる。魔力によって形成されるクウの翼は灰銀色の粒子を固めたような性質だ。動かすたびに煌めく粒子が振りまかれ、飛翔すれば一条の銀閃を残す。
眠気の取れない頭を何とか起動させて意識を戦闘モードに移行し、感知系のスキルを使用した。
「俺の感知では分からないな。取りあえず行ってくる」
「気を付けてくださいね」
「ああ」
リアに見送られつつも、クウはそう言ってファルバッサの背中を軽く蹴る。例の戦闘はクウの感知範囲外であるため、結局近づかなくては何も分からない。
《魔力支配》に含まれる《魔力感知》はかなりの高性能なのだが、さすがに十キロ近く離れれば感知は難しい。つまりそれ以上の距離が離れているということなのだ。
例外として、余程大きな魔力であれば大雑把に感知は出来る。
クウにとって予想外だったのは、ここで突然その例外が現れたことだ。
「「”!!”」」
《万能感知》を持つファルバッサだけでなく、クウとリアもその巨大魔力を感知する。
まだ《魔力感知 Lv3》でしかないリアでさえも感じ取れる魔力の大きさ。それは先日戦ったキングダム・スケルトン・ロードを遥かに超越するレベルだ。
そしてファルバッサは珍しく焦ったような声を上げる。
”馬鹿なっ! この魔力、気配……奴か!”
強い《竜圧》を放ちながら声を荒げるファルバッサを見てクウも驚く。だがファルバッサはそんなクウに目もくれず、羽ばたき、急加速して巨大魔力の方へと飛翔した。
「ひゃあっ!」
「っと、リア!」
急激な加速で振り落とされたリアは真っ逆さまに地面へと落下する。いくらリアが高ステータスであり、地面が砂だったとしても、この高さから落ちれば命に関わる。クウは慌ててリアの元へと向かい、出来るだけ優しく受け止めた。
「大丈夫か?」
「はい。ありがとうございます。それよりファルバッサ様はどうしたのでしょう?」
何かとリアに甘いファルバッサがこのようなことをするとはクウにも驚きだった。だがあの様子を見るに、かなり焦っていたように感じられる。今も感じ取れる巨大魔力は、あのファルバッサをここまで慌てさせる何かだということだ。
これまでのファルバッサの話を統合すればある程度の予測は出来る。
「まさか……例の【魂源能力】持ちの奴か?」
「私たちも向かいましょう」
「ああ!」
クウはリアを抱きかかえつつ、ファルバッサの後を追った。
 





