EP132 砂漠
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”クウにリアよ。朝になったぞ”
「……ん?」
「ふわぁ……」
突然聞こえたファルバッサの言葉で目を覚ますクウとリア。長い旅の間に一瞬で目覚める癖の着いた二人はすぐに意識を鮮明にすることが出来た。
見れば周囲にあるのは灰銀の竜鱗と晴天の青空。
ファルバッサの背中に乗ったまま飛行中であることが理解できた。
「ここは……ファルバッサの背中か。ずっと俺たちを乗せたまま飛んでくれていたんだな」
”うむ。すでに魔族の領域に入っているぞ。下を見てみるがよい”
そう言われてようやく下を見下ろす二人。
視線の先には一面の茶色い絨毯が広がっていた。
「わぁ……」
「これは凄いな。砂漠なんて写真でしか見たことなかったけど、本物は絶景だ」
見渡す限りどこまでも続いている砂の大地。キラキラと太陽の光が反射して美しいグラデーションを見せつけている。所々、砂が盛り上がったり陥没したりと模様が形成されており、一種の芸術作品のような景色を作り上げていた。
正面である東側からは朝日が昇っており、砂丘の影が伸びて幻想さを増している。
「地平線まで本当に砂景色だ」
「魔族領も美しい場所なのですね」
”そうだろう。砂漠には数百年ほど住んでいたこともあるからな。我の自慢の場所でもある”
二人の様子に機嫌を良くするファルバッサ。一時とは言え、自分の住んでいた場所を褒められるのは嬉しいことなのだろう。
リアとしてもこの光景は驚きだった。幼いころから魔族は恐怖と悪の象徴として学んできたリアにとって、魔族領とはこの世の地獄を顕現したような場所だというイメージだったのだ。
しかし、よくよく考えればそのような人の住めるとは思えない大地に生物が住みやすいとは思えない。魔族と言っても生きているのだ。緑があり、水があり、光のある場所が住みやすいのは当然のことである。
逆に偏見など初めから無かったクウは、ただ純粋に美しい風景を楽しんでいた。
「ファルバッサ、この砂漠はどこまで続いているんだ?」
”そうだな……このまま東へ一週間ほど行けば海が見えるだろうな。目的地である砂漠の帝国はもう少し南に位置する。帝国の首都は砂漠の中央付近に存在するのだ”
「確か獣人と竜人の住む国なんだよな?」
”そうだ。帝都を中心として、幾らかオアシス都市群が散らばっている。帝都を除いた大きなオアシス都市は全部で六つ。それぞれが竜人、猫獣人、狐獣人、獅子獣人、狼獣人、蛇獣人の一族の族長たちが住む場所なのだ。まぁ、その族長たちの内の一人が皇帝も兼任しているのだがな”
なるほど、と頷くクウ。
魔族領に辿り着くまでが忙しすぎて、砂漠の帝国についての話はまだ聞いたことがなかったのだ。この際にファルバッサから聞いておくのも良いだろうと考えて質問を続ける。
「ちなみに皇帝はどうやって決めるんだ?」
「ファルバッサ様の話では世襲制ではなさそうですね」
”うむ。リアの言う通りなのだ。皇帝は一番強い者がなる。もちろん族長もそれぞれの一族で最も強いものがその座に就くのだ。そして族長たちの中で最強の者が皇帝を名乗り、帝都の城に住む”
「じゃあ。どうやって交代するんだ?」
”族長が挑戦者として現皇帝に挑み、勝利することで交代する。ただし負けた者は10年間挑戦権が失われるのだがな。また皇帝が自らその座を降りた場合も交代することになる”
人族と違って実力主義が垣間見える魔族の風習。クウはそれほどでもないが、リアにとっては新鮮だった。
だが最強の者が王になると言うのは珍しいことではない。太古の日本を支配していた地方豪族たちも、強いものがその座についていたのだ。ヨーロッパでも、王とは軍の最前線で兵たちを引っ張る象徴のような存在だったこともある。
世襲することによってその傾向が薄れていたのだが、王というのは元々そういった存在なのだ。
「ちなみにファルバッサがこの辺りに住んでいた頃の皇帝はどの種族だったんだ?」
”我が知っているのは竜人の皇帝だけだ。少なくとも我が住んでいた間は常に竜人が皇帝を務めていたようだな”
「やっぱり強いのですか?」
”確かに竜人は強い。竜化という種族特性を使うことで我のように竜鱗に包まれ、戦闘においては殆ど傷を負わなくなる。それにかつては我も神獣として竜人に崇められていたのだ。そのおかげで我が居た間は竜人の権力が非常に強かった”
神獣という言葉にピクリと反応するクウ。確かにファルバッサは虚空神ゼノネイアの使い竜であり、ある意味では神獣と呼べる。しかし実際に崇められていたというのは初耳だった。
そんな様子のクウに気づくことなくファルバッサは話を続ける。
”元々彼ら竜人と獣人には神獣信仰が広まっているのだ。それぞれの象徴となる神獣は天竜、天妖猫、天九狐、天雷獅子、天星狼、天翼蛇と呼ばれる者たちだ。我を含めたこの六神獣はそれぞれの神の使いでもあるな”
「なるほどな。自由にしているお前は迷宮を抜け出して神獣として崇められていたと」
”そういうことだ。他の奴らは真面目に迷宮に留まっているようだがな。クハハハハッ!”
何ともフリーダムな自分の相棒に頭を抱えるクウ。
信仰している神獣が現れれば権力が強くなるのは当然であり、竜人が皇帝として君臨し続けるのは不自然なことではなかった。
「はぁ……それでお前は呑気に崇められている間に負けて弱体化の呪いを喰らったのか?」
”いや、それはその後の話だ。一度我は迷宮に帰ったのだが、ゼノネイアから依頼を受けてな。それがおよそ六十年前になる”
「ああ、そう言えばそんな話をしたな」
「いつの間にそのような話をしたのですか?」
「トレントのボロロートスを倒した時だよ。あの時は魔法陣の念話で話してたからリアは知らなくても仕方ないさ」
神種トレントという種族だったボロロートスは神の加護を受けていないにも拘らず【魂源能力】を開花させていた。そのことをファルバッサに相談したとき、同様に加護無しに【魂源能力】を持っていた者と戦って負けたという話を聞いたのだ。
そのことをクウはリアにも説明すると、リアも納得したように頷いた。
「なるほど。しかしファルバッサ様が負けるなんて想像もつきません」
「まぁ、そうだよな。今でこそ弱体化しているけど、当時はもっと強かったんだよな。そんな奴に掛けられた呪いを解くなんて出来るのか?」
クウの考えも尤もなことであり、確かにファルバッサを負かしてしまうような相手に勝てるのかは不明だった。弱体化前のファルバッサがどれほど強かったのはクウも知らないことだが、戦う前から不安になってくる。
だがゼノネイアにファルバッサの呪い解除を頼まれている以上、避けて通るという選択肢はない。確かにゼノネイアの言葉はクウを強制させるものではないのだが、幼馴染であるユナ・アカツキについて教えて貰ったからには義理を果たそうという思いはあったのだ。
不安を見せるクウにファルバッサは丁寧に説明を続ける。
”恐らく大丈夫だろう。それに我が負けたのは呪いのせいだが、実際に我を逃走に追いやったのは別の者なのだ”
「? どういうことだ?」
”【魂源能力】に開花していたのは一人だけではなかったということだ”
「……確かに以前に話した時も『奴ら』とか言ってたな。だが大丈夫どころか大問題だろ!」
”落ち着けクウ。まず我に呪いをかけたのは当時の蛇獣人の一人だ。奴は確かに強かったが、それでも我には遠く及ばない程度だった。まぁ、油断して奴の【魂源能力】で呪いを掛けられたのだがな”
「……それでもう一人は?」
”うむ。もう一人……いや、もう一匹と言うべきか? そやつは十二の首を持つ蛇型の魔獣。それぞれの首が一つずつ魔法属性を操る強敵だった。奴は蛇獣人の神獣を名乗っていたな”
どこか遠くを見つめながら語るファルバッサ。
だがここでクウは一つの疑問をぶつけた。
「ん? それならファルバッサを負かしたのは天翼蛇とかいうやつなのか?」
”いや、違う。奴は運命迷宮の九十階層を守護している温厚な性格の持ち主だ。蛇獣人の神獣を名乗っていた奴は偽物になる”
「……ちょっと話がややこしくなってきたな」
クウは少し目を閉じて情報を整理する。
まずゼノネイアからの依頼で砂漠の帝国に来たのが六十年前。その際に【魂源能力】を所持した蛇獣人と多頭龍の魔物と戦闘になった。そして蛇獣人の【魂源能力】による呪いで弱体化を受け、さらに多頭龍の魔物に敗北し、逃走することになった。
そしてクウが虚空迷宮を攻略し、こうして呪いを解除するためにこの地に戻ってきた……
「というか、そもそもゼノネイアからどういう依頼を受けていたんだ?」
”む? まだ話していなかったか?”
「ああ、そう言えば全く聞いてなかった」
”そのことについては話が長くなる。少し落ち着ける場所に行ってゆっくり話してやろう”
「そうだな……リアも疲れているみたいだし、俺もじっくり休める時間が欲しい。どこか休める場所を探すとしようか」
クウは自分にもたれかかっているリアを見ながらそう告げる。先程から会話に混ざってこないと思っていたら、どうやら眠っていたらしい。
だが、夜も眠れぬ魔境の山を越えてきたのだから当然だろう。かく言うクウでさえも眠り足りないのだ。一度休んで体調を整えることも重要である。
”では我がこの地に住んでいた時に使っていた場所へ行くとしよう”
「どんな場所だ?」
”ふむ……ここから数日ほど南へ行った場所にある。竜人のオアシス都市の近くで水も豊富だ。そこに我だけが使える迷宮九十階層直通の転移魔法陣もあるのだ”
「水があるなら丁度いい。そろそろ補給しないと拙かったからな。そこを目指してくれ」
”了解した”
ファルバッサは数度羽ばたいて南へ方向転換する。魔力を纏わせて飛行しているので、実際に翼を動かさずとも方向転換程度は可能だ。しかし、翼を動かした方が移動のイメージがしやすいので決して無駄な動きという訳ではない。
クウでさえも飛翔の際には六枚の翼をこまめに動かして方向転換させている。一種のルーティーンとも言うべきこの動作無しには飛行感覚が掴み辛いのだ。
”少し全力で飛ぶ。《魔障壁》で風圧を防いでやるから、クウは休んでいるがよい”
「悪いな」
世話焼き竜の言葉に甘えてクウはしばらく休むことにする。白いマントを取り出して羽織り、もたれて眠っているリアにもローブのフードを被せて紫外線対策を取ったのだった。