EP131 死の魔皇
突然の事態にクウは慌てて声を上げた。
「どうしたファルバッサ!」
”どうやら《雷魔法》の攻撃を受けたようだ。我の《万能感知》でも感知できなかった。おそらく何かしらの魔法かスキルで隠れていたのだろう。”
見た目はかなりダメージを負っているように見えるが、それは表面だけの話だ。竜鱗のお陰で内部まではほとんど電流が浸透しなかったらしい。電気抵抗の高い竜鱗によってジュール熱が発生し、それで表面が焼け焦げたのだ。熱抵抗もある竜鱗を焦がすほどの電流だったので、まともにクウとリアが喰らっていれば死んでいた可能性もあったようだ。
そして《自己再生 Lv6》によって既に回復し始めているので、ファルバッサに対する実質的ダメージはゼロということになる。
クウもそのことを《森羅万象》で確認して、いろんな意味で安堵の息を吐いた。
”《魔法反射》を解除していたのが仇となったようだ。とにかく我は防御に専念する。クウは魔法を撃ってきた相手を探せ”
「分かった。集中するからその間は頼む」
二人は……いや、一人と一匹は短く相談して素早く行動に移る。
まずファルバッサは《魔法反射》を起動し、クウとリアを守っていた《魔障壁》を強化した。さらに《竜圧》を使ってスケルトンの動きを鈍らせる。その際にクウとリアにまで威圧が及ぶことのないように調節するのを忘れない。
そしてクウは魔力を練り上げ、探索用の魔法を詠唱し始めた。
「『夜は我が支配下
その拍動を王へと知らせる
我が領域に叡智を
《夜界》』」
その瞬間、クウにだけ感じ取れる結界のような空間が出来上がる。夜という時間的空間を支配し、領域に存在するものを感知する魔法。例えどれほど巧妙に隠れていたとしても、空間中に存在するならば確実に感知が出来る。
《時空間魔法》によって空間の狭間にでも隠れない限りは逃れることは出来ない。
「っ! 居た! 上か!」
発動して数秒と経たずに存在を感知する。あくまでも存在を感知する魔法なので、その強さは測れないのだが、ファルバッサに多少なりともダメージを与えたことからそれなりの強者だと予測できる。
クウは油断することなく《森羅万象》を使って目には何も見えない場所を見つめた。
「なるほど、幻術系の魔法かと思ったら違ったのか。「滅び」の特性で姿も気配も魔力も隠す《闇魔法》だったとはな。そりゃ感知できないハズだ」
解析結果としてはあらゆる感知を欺くという効果の《闇魔法》であり、そこから隠れて《雷魔法》で不意打ちをしたということだった。
これほどのレベルで《闇魔法》を操れる存在となれば、無視しておくには危険すぎる。悩むまでもなく、クウはすぐに反撃した。
「『《閃光》』!」
直径にして一メートルほどの閃光が奔る。
クウとしては《月蝕赫閃光》か《赫月滅光砲》を使いたかったのだが、《魔障壁》で囲われているため、魔力の防壁を透過する光系統の魔法で我慢したのだ。
《魔障壁》というスキルは大抵のものを防御できる有能スキルだが、光に関しては透過してしまう。逆にそれを利用して防壁の内側から一方的に攻撃することも可能なのだ。
秒速三十万キロメートルという対処不能な攻撃は《夜界》によって感知した存在を光の中に飲み込んだ。
だがそれに対抗するかのように再び雷光が飛来する。
「くっ!」
クウは咄嗟にリアの頭を抱きかかえつつ耳を塞いだ。
そしてそれとほぼ同時に轟音が鳴り響く。
ズガアァァァァアアン!
ファルバッサの《魔法反射》で電流は弾き返されたが、音と光だけはどうしようもない。
一度目の落雷では、電流よりもこの轟音と光による被害が大きかった。スタングレネードと呼ばれる道具も、音と光で対象を麻痺させるものである。それを考慮すれば、何度も轟音を受け続けるのは得策とは言えない。
眠っているリアに関しては仕方なく抱きかかえる形で耳を防御した。
「……ん」
「気付いたかリア?」
さすがにアレほどの音と光で意識が戻ったらしく、リアは薄っすらと目を開いた。しばらくは状況が掴めずボーっとしていたのだが、クウが至近距離で顔を覗き込んでいることに気付いて慌てる。
「え? ……え? 兄様……え?」
そしてさらに意識がはっきりすると、抱きかかえられていることにも気づいて顔を紅く染めながら暴れだした。
「ちょっ! 落ち着けリア。今は戦闘中だかr痛いっ!」
偶然にもリアの左肩がクウの鼻に当たって顔を抑える。それによってクウはリアから手を放し、リアもファルバッサの背中にペタンと座り込む。パニックになりかけていたリアもようやくそれで落ち着いて周囲の状況を理解し始めた。
「ここは……ファルバッサ様の上? 洞窟はどうなったのですか?」
「お前がやられた後、俺が何とか脱出したんだよ。今はファルバッサに乗せて貰って山越えの真っ最中だ。それで今さっき何者かによる不意打ちにあったんだが―――」
鼻を右手で抑えクウはそう言いつつ上空を見上げて言葉を続ける。
「アレが正体だったみたいだ」
リアもクウに続いて視線を上げると、そこに居たのは豪華なローブを纏った何か。
星々と月明りに照らされて装飾が色を放っているのが見て取れる。明らかに高位の魔法道具の一種だろうと分かるのだが、フードに隠れた顔の部分からは特徴的な魔力光が発せられていた。
「あれは……?」
リアの疑問に答えるためにもクウは《森羅万象》を使う。
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― 282歳
種族 インペリアル・デス ♂
Lv192 (麻痺)
HP:8,292/12,492
MP:38,882/40,292
力 :3,728
体力 :15,372
魔力 :40,116
精神 :38,272
俊敏 :4,829
器用 :37,628
運 :37
【通常能力】
《雷魔法 Lv9》
《風魔法 Lv9》
《闇魔法 Lv10》
《魔力支配》
《MP自動回復 Lv8》
【称号】
《死の魔皇》《極めし者》《到達者》
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「やはりアイツもアンデッドか。それも魔法タイプ」
「リッチですか?」
「いや、インペリアル・デスというらしい。初めて聞いた種族だな。リアは知っているか?」
「私も初めて聞きました」
「と言うことは未知の種族か新種かということだな」
良く知られている魔法タイプのアンデッドとして挙げられるのはリッチだ。その上位種としてノーライフというアンデッドが存在することが確認されているのだが、名前から見てインペリアル・デスはさらにその上位に位置する種族だと予想できる。
「ロイヤル・スケルトン・ナイトが近衛騎士なら、インペリアル・デスは宮廷魔導士といったところか? 魔法関連にステータスとスキルが振り切っているな。その代わり近接戦闘能力が低い」
「ですが相手は空に浮いてます……」
「まぁ、俺は飛べるから問題は無いけどな。それにファルバッサの《魔法反射》で自分の《雷魔法》を喰らったみたいだ。ステータスに麻痺の表示があるからな。アンデッドに麻痺の概念があるのは初めて知ったけど」
生物は電気信号によって筋肉を動かしているため、強い電流によって信号が乱され、麻痺という状態に陥ることがある。しかし筋肉の無い、骨だけのアンデッドが麻痺するというのはクウにとって驚きだった。
だが、この場合は電流による麻痺ではない。
雷光による激しい閃光と音によって意識が揺さぶられ、麻痺しているのだ。つまりはスタングレネードと同じ効果である。クウとリアの場合は《魔障壁》によってある程度守られていたのだが、直撃を受けたインペリアル・デスは不覚にも麻痺してしまったのだった。
「ま、ファルバッサの《魔障壁》のお陰でこちらから出向くのは面倒だから魔法で処理するか。折角だからリアにとっておきの魔法を見せてやるよ」
「どんなのですか?」
「アレだよ。《救恤》のオリジナル」
クウはそう言って魔力を大量に練り上げ、夜空に浮かんでいるインペリアル・デスに右手を翳す。インペリアル・デスも《風魔法》を使って何とか浮いているが、麻痺によって制御が甘くなっているらしく、落下しないようにするので精一杯のようだ。
その間にクウは詠唱を開始する。
「『天象の鎖、秩序の聖域
輪廻を降す極致の浄化
天、畜生、人間、修羅、餓鬼、地獄
六道の終点にして死の原点―――』」
詠唱と共にインペリアル・デスの周囲に六つの光球が現れ、囲い込むようにしながら六芒星を描く。まるで魔法陣のような光景が映し出され、それに気づいたインペリアル・デスも反撃を試みるべく魔法を発動しようとする。
しかし意識が麻痺して思うように魔力を練ることが出来ず、クウの詠唱を続行させてしまう。
「『―――相反する大罪と美徳
逆転する闇と光
混じることなく対極する
回転する陰陽の具象―――』」
光る六芒星は回転し、その中心に捕らえられたインペリアル・デスは身動きが取れなくなる。すでに麻痺は解除されているのだが、何かをするにはもう遅い。陰陽太極図と呼ばれる紋様が回転する六芒星に浮かび、さらに八卦図象が球状にインペリアル・デスを囲っていく。
「『―――無限の輪廻は虚に至る
虚に堕ちる魂の救済
罪の天秤よ、傾け!
《六道輪廻外道魔縁》』!」
陰陽道の概念を込めた魔払いと伏魔の効果、そして六道輪廻による魂への直接干渉。それを一つの魔法に詰め込んで得られた効果は「逆転」。
負の意志力を正へと強制的に逆転させるのがこの魔法の効果だ。
《救恤》と同様の能力であるが、その効果は桁違いである。反転に時間が掛かる《救恤》に対して、《六道輪廻外道魔縁》は一瞬にして反転を終えてしまう。つまり詠唱が完了して魔法が発動すれば瞬時に浄化されてしまうのだ。そこに抵抗の余地はない。どんなに能力差があっても、耐性があっても、この魔法に掛かれば問答無用で効果を発揮する。
”ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?”
膨大な恨み辛みは瞬時に喜びと楽しみへと変換され、存在を保てなくなったインペリアル・デスは灰となって消えていく。アンデットにとって正の意思は毒でしかなく、それが自らの内に膨れ上がったのだから、その苦しみは計り知れない。
細かい刺繍の施された豪華なローブの端から灰が零れ、月光に照らされてキラキラと輝く。持ち主を失った魔法道具のローブは、そのまま夜空に消えていった。
「は~。疲れた」
クウは両手を後ろに付きながら腰を下ろして声を上げる。見れば月は西に傾いており、あと三時間もすれば日が昇りそうな時間帯となっていた。
洞窟を走り回り、キングダム・スケルトン・ロードと戦闘を行い、さらに今夜だけで大量の魔力も消費している。緊張が解けた今、ドッと疲れが押し寄せてきたのだった。
「大丈夫ですか兄様?」
「ああ、何とかな。あとはファルバッサに任せよう」
”ふむ。任されよう”
ファルバッサの《竜圧》によって雑魚スケルトンはまるで相手にならない。そしてファルバッサやクウを相手取れる上位種が居なくなった今、二人と一匹を邪魔する者はいない。
クウとリア……そして二人を乗せた灰色の竜は月を背にしながら東の方角へと消えていったのだった。
「人魔の境界編」完結
いやー、書き切れて少し安心しました。実は「人魔の境界編」は元々予定に無かった章でして、創魔結晶と六王の描写を出すためだけに追加しました。ホントはこの二つも次の次の次の章で出す予定だったんですけどね。
読み直してみて「設定隠し過ぎてるかなー」と思ったので少し小分けして出してみました。
次章でも物語に関わる重要な描写が出てくると思います。
次回からついに「砂漠の帝国編」になります!
お楽しみに!





