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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔の境界編
131/566

EP130 脱出


 クウは折れた杖を回収し、倒れたままのリアを抱きかかえる。

 さすがに今のリアには抵抗するほどの元気はなく、素直にクウへと体を預けた。



「あと十分もしたら雑魚スケルトンの大軍がここまで辿り着く。それまでにここを脱出してファルバッサを召喚する。キングダム・スケルトン・ロードに目を付けられた以上は形振り構ってられないからな」



 そう言いつつクウは魔力を練り上げ、演算イメージを開始する。

 この場で必要なのは洞窟の外への一本道。外にさえ出ることが出来れば相棒である天竜を召喚することが出来るのだ。

 もちろん洞窟内でも召喚できないことはないのだが、十メートル以上ある巨体をこの空間に召喚するメリットはない。巨体のせいで召喚した瞬間に洞窟が崩落するようなマヌケは避けるべきだ。



「『再生を司る聖なる光

 滅びを晒す邪悪な闇

 融和せよ、拒絶せよ―――』」



 白と黒の球体がクウの掌の上で融合し、赫色の雷を纏って激しくうねる。相反する陰陽の性質を不安定な

状態で無理やり合成するのはかなり危険な行為なのだが、《月魔法》の特性である「矛盾」がこれを制御するのだ。

 相対する性質を司るこの特性のお陰で光と闇は融合し、「消滅」の力を得る。

 クウもこの魔法には慣れたもので、込める魔力を増やしてもある程度は制御出来るようになってきた。未だに無詠唱は実現できないのだが、これでもかなり成長したと言えるだろう。



「『―――放たれるあかの月光

  万象滅ぼす夜の輝き

  それは災い示す朱の月!』」



 左手でリアを抱えつつ、クウは右手を真上に向ける。

 詠唱によって指向性と波動としての性質を与え、完成した魔法を今放つ。



「『《赫月滅光砲サテライト》』!」



 一瞬で膨張した暗い血の色のような球体から紅い閃光が天に伸びる。

 触れた存在を塵一つ、分子一つ残すことなく消滅させる理不尽な魔法。洞窟の天井を貫き、貫き、貫き、射線上にある全てを消滅させていく。

 消滅させる度に減衰しながらも、込められた魔力が尽きるまで光は昇っていく。

 そしてついには山肌を突き破り、閃光は夜空に飛び出した。

 完全に効果を失うまで空気を消滅させながら天を目指し、ようやくその光を散らす。

 


「初めからこうすれば良かったな……」



 前に進むか後ろの下がるかで悩んでいたクウだが、よくよく考えれば《赫月滅光砲サテライト》で地上までの穴を空ければよかったのだ。冷静になれば簡単に分かるハズだったと後悔する。



「よし行くぞ。リアもいいか?」


「……」



 まだ喋れるほど元気がないのか、ゆっくりと首を縦に振って肯定する。クウもそれに頷いてリアを両手で抱える。これから飛翔するので不調のリアをしっかりと固定する必要があるからだ。

 崩落した地面の底からは《覇気》に乗って殺気が立ち上っているのが感じられる。《気配察知》を使わなくても十分に感じ取れる程の濃厚さに、思わず背筋が伸びる。



(ま、俺じゃ相性が悪いし、またいつか……だな)



 《気力支配》スキルによって凄まじい耐性を持っているキングダム・スケルトン・ロードは、クウにとっては相性の悪い相手だ。クウの能力の最たるものは《幻夜眼ニュクス・マティ》による幻術であり、それを一秒か、良くても二秒で破ってしまう相手は非常に戦いにくい。

 しかもキングダム・スケルトン・ロードの場合は近接戦闘においても全く隙が無かった。六本の腕から繰り出される連続攻撃を捌くだけで手一杯であり、クウでさえも防戦を強いられていたのだ。《気力支配》に含まれる《思考加速》によって的確に放たれる斬撃は一つ一つが致命傷になり得る威力であり、攻撃を受け止めることさえ許されないとなれば、戦闘における難易度は激増する。



(というか、よく俺はあの攻撃を防ぎ切ったよな)



 今更ながら自賛しつつ、クウは飛翔するために翼を広げる。

 最後にチラリと洞窟内のあるモノに目を向けて呟いた。



「光神シン……一体何のつもりでアレを作ったんだろうな」



 視線の先にあるのは透き通るような巨大水晶―――創魔結晶である。

 クウがこの空間に入ったときに放った《赫月滅光砲サテライト》で大きく損傷しているが、それでもかなりの大きさだ。

 今回の戦闘では効果を確認することは出来なかったが、《森羅万象》の情報開示によれば魔力でスケルトン種を生み出すことが出来るという効果を持っているらしい。現在は修復中のようだが、逆に言えば修復が終われば再び魔物スケルトンを生み出すことが出来るようになるということ。

 そしてその魔力源はエルフ族の象徴である大樹ユグドラシル。

 魔力を空気中から集める性質から精霊を呼び寄せやすいということが知られていたが、その魔力がこんなところで利用されていたとは誰も想像できないだろう。



「まぁ、こいつもまた今度だな。パワーバランスを考えれば残しておいた方が良さそうだ。typeスケルトンとか書いてあるし、他の王たちも同じものを持っているんだろうなっ!」



 そう言い残してクウは飛翔する。

 一条の銀閃を残して飛ぶ姿は非常に幻想的なのだが、生憎それを見る者はいない。

 《赫月滅光砲サテライト》によって開けられた竪穴を上りながら、クウは外を目指す。上を見上げれば煌びやかな光を放つ無数の星々。すでに《幻夜眼ニュクス・マティ》による視覚補正は必要なく、本来の視力で十分に視界を確保することが出来る。

 日本の都会では絶対に見ることの出来ない星々の饗宴。昼とは違った幻想的な明るさを放つ夜空の景色。こんな時でさえも大自然はクウに感動を与えていた。



(ファルバッサ。悪いが出番だ)


”構わぬ。暇をしていたところだ”



 竪穴から飛び出す直前、クウは右手の魔法陣で相棒である天竜ことファルバッサと連絡を取る。連絡もなく召喚した程度で怒るほど狭量ではないファルバッサだが、一応は連絡するのが礼儀というものだ。ファルバッサは奴隷ではなく、あくまでも相棒パートナー。立場は対等であるべきだというのがクウの考えである。

 そしてクウは遂に夜空へと飛び出し、右手の魔法陣に魔力を流す。迷宮90階層という異空間からの召喚だが、神の用意した魔法陣だからか使用魔力はそれほど多くない。MP換算しておよそ100ほどで魔法陣は起動する。



「出てこい。幻想竜ファルバッサ!」



 その言葉に呼応して、手の甲に描かれた魔法陣が浮き出て拡大する。青白い魔力光を放つ複雑な魔法陣は、夜の暗黒に映えて見える。だがそこから出現するのは災害級の真竜すらも超える天竜。

 戦闘力は計り知れず、少なくとも天災級の強さは持っている。もしも弱体化してなければ災禍級にすら到達しているかも知れないとクウは考えているほどだ。



”グルアアァ!”



 咆哮を上げて輝く魔法陣から這い出る竜。銀に近い灰色の竜鱗は月光を反射して煌めいている。クウの丁度真下に出現した幻想竜ファルバッサは数日ぶりの外の空気をめい一杯吸い込んだ。



”清々しい夜だな。アンデッドさえ居なければ気持ちの良い夜間飛行になっただろうに”


「それを言うなよ。俺たちだってアンデッドはもう見たくもない」



 そう言いつつクウはファルバッサの背中に着地する。さらにそのままリアを降ろして、ファルバッサの背中から落ちないように片手で支えた。



「リアが負傷している。俺だけでは手が余るからスケルトンの対処は任せるぞ」


”うむ。任されよう。だがリアの怪我は大丈夫なのか?”


「体の怪我は大方治した。ただ急な大怪我で精神面が少しな……」


”そうかそうか。ではしばらくはリアの側にいて安心させてやるがよい”



 ファルバッサは愉快そうにそう告げる。リアがクウのことを心の拠り所としているのをよく知っており、また自身もリアのことを気に入っているため一肌脱ごうと考えたのだ。

 見下ろせば眼下にはスケルトンの大軍。山肌を覆いつくして白一色に染めるほどに集まっていた。普通のスケルトンならまだ良いのだが、遠距離攻撃可能なスカルメイジやスケルトン・アーチャーは厄介な存在となる。

 ファルバッサが高度を上げれば問題ないのだが、既にここは山頂付近であり、標高にして三千メートル弱といったところだ。つまりあまり高度を上げ過ぎると、クウとリアが酸欠状態になる。それを理解しているファルバッサは魔法や矢が届かない程の高度に行けずにいた。

 だがそれでもファルバッサは余裕を崩さない。



”あの程度なら障壁も要らぬだろう。流れ弾に当たらぬように、クウとリアは守ってやるとしようか”



 ファルバッサはそう言って、背中に乗っているクウとリアの周囲に半球状の《魔障壁》を展開する。天竜であるファルバッサ程の魔力強度を持った存在が張った《魔障壁》ならば、よほどのことがない限りは破れたりはしない。



「悪いな。そのまま東を目指してくれ。気圧変化があるから出来るだけゆっくり頼む」


”うむ”



 クウの細かい注文にも忠実に応えるファルバッサ。世界最強クラスの能力を持っているファルバッサだが、これでも世話焼きな性格なのだ。文句を言うことなく東へと向きを変える。背中に乗っている二人を気遣って、揺れを限りなく少なくするのも彼の優しさだ。

 地上から放たれた魔法や矢がチクチクとファルバッサに直撃するが、本人は全く気にした様子を見せずに飛行を続ける。種族特性として竜鱗を持っている竜種の防御力を貫くのは非常に困難であるため、スケルトン程度の攻撃ならばほとんど無効化可能なのだ。そもそもファルバッサは《魔法反射》を持っているのだが、それを使う必要すらないためスキル効果を解除している。

 竜種が何故強いかといえば、質量に見合わない運動能力と竜鱗による防御力があるからだ。下位の竜種であるワイバーンでさえも、鉄の武器では弾かれることもある。ましてや真竜すらも上回る天竜のファルバッサの防御能力を突き破るなどクウレベルでなければ不可能である。



”ふむ……『魔風刃』”



 ファルバッサは自分より弱い存在を見通す《竜眼》によって上位種を見極め、魔力の刃を回転させつつ飛ばす『魔風刃』で倒していく。《魔力支配》の応用技であり、威力としては大したことがないのだが、それはファルバッサ基準の話。一撃で大木を薙ぎ倒し、地面を抉る程度の威力はあるのだ。スケルトン如きでは完全にオーバーキルである。

 魔力を翼に纏わせ、悠然と飛行する姿はまさに壮観。畏れを知らないスケルトンだからこそ無駄に攻撃を続けているが、これが意志ある動物や魔物ならとっくに逃走しているだろう。



「さすがは相棒ファルバッサだな。俺も俺で仕事をするか」



 圧倒的な力と存在力を見せるファルバッサに感心しつつも、クウはリアの治療に専念する。体に受けた傷は大方回復したのだが、急激なダメージを受けたショックから意識が朦朧としている。



「こういう時はこれだ。

 『《精神蘇生マインド・リザレクション》』」



 クウはリアの頭に手を置き、ゆっくりと魔力を干渉させながら魔法を発動させる。「汚染」の特性を逆利用して負の感情を抽出し、「滅び」の特性で消し去る精神治療の《闇魔法》が元になっている。今は《月魔法》としてさらに効果が向上しており、より迅速かつ安全な治療が可能となっていた。

 何かを引っ張り出すようにリアの頭から手を放すと、クウの手にはモヤモヤとした黒い何かが纏わりついていた。それを「滅び」で消し去り、治療を完了させる。



「これでよし。後はゆっくり休めば目覚め――――なっ!」



 安堵した瞬間。

 辺りは真っ白な閃光に包まれる。

 ズガアァァァァァァァァァァァァアン

 一秒にも満たない間を空けて轟音が鳴り響き、クウは思わず耳を塞いだ。



”グウゥッ!”


「くっ、なんだ!?」



 同時にファルバッサの呻き声が聞こえ、何かしらの攻撃を受けたのだと理解する。

 クウの目が回復したときに見えたのは所々が黒焦げになったファルバッサの姿。《魔障壁》で守られていたクウとリアの周辺は竜鱗が輝いているが、それ以外の部分は焼け焦げていた。






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