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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔の境界編
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EP129 崩落

「《救恤メサイア》を使ったのか……やはり《月魔法》のオリジナルと比べると効果が劣っているようだな……」



 意志力を強制的に逆転させることで負の感情を正の感情へと変換し、アンデッドを浄化する《救恤メサイア》は範囲が狭い代わりに威力が高い。リアからすれば格上であるはずのロイヤル・スケルトン・ナイトでさえも見事に浄化してみせたのがその証拠だ。



(ということはオリジナルならキングダム・スケルトン・ロードすらも浄化出来るかもしれないな。まぁ、今は浄化しないけど……)



 山脈のパワーバランスを崩さないためにもキングダム・スケルトン・ロードを討伐するのは避けるべきことだ。つまり今のクウに求められているのは討伐ではなく逃走。

 さすがのクウでもキングダム・スケルトン・ロードは抑えるだけで精一杯だが、リアがレベルを上げれば陽動ぐらいは出来るようになるかもしれない。

 一瞬の隙では足りないが、二秒あればキングダム・スケルトン・ロードの動きを止めるだけの幻術を発動できる自信がある。そのためにはリアが必要だった。



(早くしてくれよ……こっちも体力は無限じゃないんだ)



 右から迫る大剣の腹を撫でるようにして鞘で逸らしながら考える。先程のように剣に黒いオーラを纏っていないにも拘らず、その威力は一撃でクウに重傷を負わせる威力を持っているのだ。

 クウも天使化とレベルアップによってある程度は体が丈夫になっている。しかし、丈夫といっても元は人の肉体であり、頑丈という訳ではない。刃物を当てれば切れるし、炎に近づけば火傷する。

 一撃でも喰らえば終わりの状況でひたすら攻撃を防ぎ続けるのは精神的に辛い。そしてクウはこの戦闘だけで集中力を必要とする《幻夜眼ニュクス・マティ》を多用しており、肉体疲労はもとより精神疲労も限界に近付きつつあったのだ。



(リアは二体目に近づいたか……っと危ない!)



 クウが咄嗟に頭を下げると、すぐに大剣が横なぎに通過する。髪が僅かに散ったが、クウは気にすることなく回避に集中した。半年以上も切らなかったためにかなり伸びている。

 フワリと舞った黒髪に目を向けつつ、クウは次の剣に対処する。

 キングダム・スケルトン・ロードの振るう大剣で生じる風圧は並みではなく、切り裂かれたクウの黒髪はあっという間に飛ばされてしまった。



「《魔力操作》……圧縮……《魔弾》!」



 キングダム・スケルトン・ロードの大剣を弾く僅かな隙に圧縮強化した《魔弾》を使って牽制する。たった一発の《魔弾》だが、的確に眼孔を狙って放つことで気を逸らすことに成功した。



”小癪な!”



 しかし六本ある腕の一つが動いてクウの《魔弾》を消し飛ばす。圧縮して威力を高めていたにも拘らず、いとも簡単に吹き飛ばしたキングダム・スケルトン・ロードにさすがのクウも驚いた。



「嘘だろ!」


”死ね。『破壊ノ黒剣』!”



 動揺したクウに四本の大剣を同時に振り下ろすキングダム・スケルトン・ロード。その剣には漆黒のオーラが纏わりついている。

 それは一振りで洞窟の壁を破壊した負の意志力の暴発。最初に防いだように《幻夜眼ニュクス・マティ》によって意志力の相殺を図るには遅すぎた。つまり無防備なクウへと骸骨帝の怨念が襲いかかることになる。

 あらゆる負の感情を体現したような漆黒の波動がクウを飲み込んだ。



「ぐはあああああああああっ!」



 ガガッ……

 ズガアァァァァアアン!

 轟音と共に岩が砕け散り、地面が抉れる。四条の黒い閃光は一つに交わり、凄まじい破壊の暴威となってクウ諸共、洞窟内を蹂躙した。

 『破壊ノ黒剣』の射線上に転がっていたロイヤル・スケルトン・ナイトの一体も飲み込まれて、破壊の意思のままに消滅させられる。味方であるはずのロイヤル・スケルトン・ナイトも、キングダム・スケルトン・ロードからすれば雑魚の一体に過ぎない。

 創魔結晶を使えば幾らでも量産できる程度の存在なのだ。ここで巻き込んで消滅させたところで痛くも痒くもない。尊大で傲慢なスケルトンの王さえ健在ならば問題などないのだ。



「クウ兄様!」



 丁度、キングダム・スケルトン・ロードの背後に転がっていたロイヤル・スケルトン・ナイトを《救恤メサイア》で浄化していたリアは、クウが黒い波動に飲み込まれる一部始終を見ていた。

 如何にクウといえども、あれ程の破壊力を持つ『破壊ノ黒剣』を同時に四発受けて無事だとは考えにくい。焦ったような声を出すのは当然だった。

 しかしリアには別の危機が迫る。



「カカッ」



 クウが大ダメージを受けたためなのか、リアが浄化中だったロイヤル・スケルトン・ナイトを縛っていた幻術の鎖が解除されてしまったのだ。『破壊ノ黒剣』を喰らい、リアの《救恤メサイア》に途中まで侵食されていたため、ロイヤル・スケルトン・ナイトの体はかなりボロボロだ。しかし動ける程度には生きているのだ。

 鎖が解けた今、浄化をしているリアに反撃する。

 崩れそうな上半身を起こして右手で勢いよく振り払った。



「え? きゃっ!」



 『破壊ノ黒剣』に飲み込まれたクウに気を取られていたリアはロイヤル・スケルトン・ナイトの起死回生の一撃をまともに受けてしまう。

 偶然リアの杖で受けることで威力を軽減することになったが、それでも衝撃は殺しきれずに大きく吹き飛ばされて転がる。

 だが、リアは運が良かったのだろう。

 もしもロイヤル・スケルトン・ナイトが万全の状態だったならば、リアのステータスではこの一撃で死んでいた可能性が高い。今回は十分に弱体化していたため、この程度で済んだのだ。



「うっ……く……」



 死ぬことこそなかったが、それでも大きなダメージを受けたのは間違いない。

 見れば直接ロイヤル・スケルトン・ナイトの一撃を受けた杖が真ん中でポッキリと折れており、どれほどの衝撃だったのかが理解できる。弱体化していた上に、攻撃が直撃しなかったという奇跡が重なったことで辛うじて生かされている状況だった。



”クカカカカ。残りは小娘だけか。そやつは貴様が殺せ”


「カコッ、カチカチ!」



 王に命令を受けたロイヤル・スケルトン・ナイトは勢いよく立ち上がる。その際、一部浄化された部分が崩れたのだが、気にすることなく自らの武器を拾ってリアへと近づいていく。

 ダメージが抜けきれず、意識も朦朧としかけているリアにはどうすることも出来ない。薄っすらと開いた目には剣を引きずりながら歩み寄る近衛骸骨騎士の姿。



(ああ……わたくしはここで死ぬのでしょうか?)



 全身がズキズキと痛み、《回復魔法》を使おうにも魔力を安定して練り上げることが出来ない。何とかポーションを取り出そうとアイテム袋に手を伸ばすが、それよりもロイヤル・スケルトン・ナイトがトドメを刺す方が早いだろう。

 まさに絶体絶命。

 リアには死がヒタヒタと足音を立てて迫っているように感じられた。



「兄様……ゲホッ!」



 死を実感した途端に血が込み上げ、そのまま吐血する。内臓も幾らか損傷しているらしく、このままでは放置していても死に至るだろうと思われた。

 生に対する諦め……それがリアの死を加速させる。

 人間という生き物は「生きたい」と強く願えばしぶとく生きられるものだ。しかし「死」を感じれば一気に寿命を縮めることになる。

 今のリアはまさにそのような状況だった。




















 しかしそれを許さない者がここにはいた。



「《幻夜眼》起動……不動齎す黒銀の杭」



 余裕を見せていたキングダム・スケルトン・ロードとリアへと歩み寄っていたロイヤル・スケルトン・ナイトの頭上に数十の黒い杭が出現する。一本一本が長さ一.五メートル程の巨大さであり、重力に従うように次々と二体へ降り注いだ。



「カカッ!?」


”グゥ……おのれまたしても幻術か!?”



 世界最硬の金属であるアダマンタイトの鎧さえも貫通してキングダム・スケルトン・ロードは地面に縫い付けられる。本来ならば有り得ないことだが、あくまでもこれは幻術なのだ。精神干渉して貫通しているように錯覚させればどうとでもなる。

 そして数十の巨大な杭は骸骨帝を縛るには十分であり、幻術に対して耐性を持っているにも拘らず効果を発揮した。

 


「『《圧潰グラビティプレス》』」



 続けて発動されたのは「重力」の性質を込めた《月魔法》であり、クウが無詠唱で使用できる使い慣れた魔法。単純に重力を瞬間的に底上げして対象を押しつぶす効果だ。

 急激に増加した重力に囚われてキングダム・スケルトン・ロードとロイヤル・スケルトン・ナイトは思わず膝を突く。



”ぐ……”



 キングダム・スケルトン・ロードは剣を突き立てて耐えようとするも、一度でも膝を突いてしまうと立ち上がるのは非常に難しい。幻術の黒杭と共に地面に縫い付けられることになった。



「済まないリア……俺のせいで怪我をさせたな。《自己再生リジェネーション》」



 その声と共にクウはリアの側に出現する。

 リアを回復させつつも《圧潰グラビティプレス》でキングダム・スケルトン・ロードを抑えるクウの額には汗が流れており、所々怪我もしている。手や頬についている切り傷からは血が流れていた。



「クウ……兄様?」


「ああ、そうだ」



 リアの目に映っているのは間違いなく信頼する兄の姿。元気とは言えないかもしれないが、『破壊ノ黒剣』に飲み込まれたはずのクウは確かに目の前にいた。

 だがここで疑問が浮かぶ。

 あれほどの攻撃を受ければ、如何にクウといえども無事でいられるはずがない。どういった理由で突然リアの側に現れたのかが理解できなかった。

 しかしクウはリアが疑問を口にする前に答えを述べる。



「俺が死んだとでも思ったか? 確かに死ぬかと思ったが、ちゃんと黒い波動は翼で防御していたから大丈夫だ。それでもかなりのダメージを受けたけどな」



 クウはチラリと背中の翼に目を向けつつ話を続ける。煌々と銀色の粒子を振りまきながら存在を主張する六枚の翼。クウの魔力と意思によって顕現している翼には、多少ながら意志力に対する抵抗力も存在する。そのため滅びの意思と怨念の塊である『破壊ノ黒剣』をまともに受けても、そこそこの怪我で済んだのだった。



「吹き飛ばされて瓦礫に埋もれたことで奴の興味が無くなったのが幸いだったな。《魔呼吸》で魔力を回復して簡単に傷を治し、後は今見たとおりだ」



 《自己再生リジェネーション》を止めたクウはリアを抱き上げて口元にポーション瓶を近づける。リアがポーションを飲めば【固有能力】の《治癒の光》で回復効果が上昇する。

 治癒に関する効果を無条件に一段階引き上げるリアの【固有能力】は回復系の魔法に留まらず、ポーション、薬、簡単な手当てにまで及ぶ。



「さすがの能力だな」



 クウも感心した様子でリアの回復具合を確かめた。回復というよりも再生効果に近い《自己再生リジェネーション》と《治癒の光》と組み合わせたポーションによる治療。たったこれだけで短時間に重症のリアを回復させることに成功した。

 そのままリアを座らせて、クウは鞘に収めた神刀・虚月に右手を掛けつつ向き直る。

 視線の先には幻術の黒杭に貫かれ、さらに重力で地面に押さえつけられたロイヤル・スケルトン・ナイト。元からボロボロだったが、今はすぐにでも崩れ去りそうな様相を見せている。



「ま、お前は俺の手で殺すけどな」



 刹那……

 ロイヤル・スケルトン・ナイトを風が撫でる。

 魔力を通した神刀・虚月の刀身が心臓部にある魔石を通過したのだ。



「じゃあな」



 クウの納刀と共に事象切断が発動され、魔石ごと両断されるロイヤル・スケルトン・ナイト。その胸より上は地面に転がり落ちる前に灰になって消えていく。

 それ見ていたキングダム・スケルトン・ロードは眼孔を滾らせながら声を荒げた。



”貴様ぁっ! 何故生きておる! 儂の『破壊ノ黒剣』を確かに喰らったハズだ!”



 叫ぶキングダム・スケルトン・ロードは立ちあがろうとして地面に突き立てた六つの大剣に力を込める。

 しかしその行為は過ちであった。

 バキバキ……ビキ……ッ!

 高まった重力と、深く突き立てられた剣によって地面に大きな罅が広がる。元よりキングダム・スケルトン・ロードの『破壊ノ黒剣』によって既に脆くなっていたためか、おおよそ大地が割れる音ではないような轟音が鳴り響き、その足元が大きく陥没した。



”何っ!?”


「ダメ押しだ。『《圧潰グラビティプレス》』!」



 さらに追加で加えられた重力によって地面が完全に陥没し、そのまま崩落してキングダム・スケルトン・ロードごと落下していく。

 一方のクウは予想通りだと呟きながらニヤリと口元を吊り上げた。

 ここは山脈を縦横無尽に走る洞窟であり、かなり複雑に入り組んだ構造をしている。そして今いる広めの空間の下にも洞窟が広がっていたのだ。当然ながら強すぎる力が加われば崩れてしまう。それを狙ってクウはキングダム・スケルトン・ロードを落下させることに成功したのだ。キングダム・スケルトン・ロードが『破壊ノ黒剣』で洞窟の壁をぶち抜いてしまったのを見て思いついた作戦である。

 下方から怨嗟の叫び声が聞こえるが、まともに相手をするつもりなどない。

 クウは後ろにいるリアの方へと振り返って口を開いた。



「今の内に逃げるぞ」





次回は土曜の十時に更新します

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[気になる点] 主人公はあくまで、リアの命<ぱわーばらんす(笑)なんだね
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