EP128 《救恤》
洞窟が揺れ、土煙が舞い、天井もいくらか崩落する。地面にも罅が入り、このまま洞窟内で生き埋めになるのでは? とクウを心配させたが、しばらくすると揺れは収まった。
幻術の盾もかなり消費して相殺したが、クウが次々と生み出すことで何とか耐えきることに成功したらしく、クウもリアもお互いに無傷なままだった。
「リアは大丈夫か?」
「はい!」
土煙で視界が奪われていたため、お互いに声を出して安否を確認する。
安堵したクウは、土煙をどうにかするために魔法を発動した。
「『《暗黒重球×3》』」
元は暗黒物質をイメージした《闇魔法》だが、今回は「闇」と「重力」の特性を込めてより強力な魔法に仕上げている。
三つの浮遊する黒い重力球が漂い、その引力によって土煙を吸い寄せていった。空間に変な重力が作用して動き辛さを感じさせたが、しばらくの間だけだと我慢する。本当は風の魔法を使えれば良かったのだが、クウには元々《光魔法》と《闇魔法》の適正しかなかったので仕方ないだろう。
そして土煙が晴れた時、《暗黒重球》を解除しつつ、目の前に広がる光景にクウは目を見開いた。
「これは……凄いな」
ボロボロに崩れた洞窟の壁、地面に散らばる砕けた岩……
まるで災害直後のような光景だと驚く。
(まぁ、キングダム・スケルトン・ロードは災禍級の魔物だし間違いではないか)
そしてクウが目を向けた先にあるのは地面に倒れている三体のロイヤル・スケルトン・ナイトだ。キングダム・スケルトン・ロードの『破壊ノ黒剣』によって幻術の鎖は破壊されており、完全に自由に身となっている。しかし彼らも『破壊ノ黒剣』によるダメージを負っており、腕や足などの骨の体が一部砕けた状態で倒れていた。
心臓部である魔石は破壊されていないためまだ油断は出来ないが、すぐに動けるような状態ではないだろうと分かる。クウは残り少ない魔力を使って再び【魂源能力】を使用する。
「《幻夜眼》起動……鎖よ縛れ」
クウは幻術の鎖を使ってロイヤル・スケルトン・ナイトを地面に縫い付けた。このままトドメを刺しておくべきかとも考えたが、その考えは全身から死と怒りを発しているキングダム・スケルトン・ロードの姿を見て却下したのだ。
吸い込まれるような漆黒のオーラを纏い、凄まじい殺気を放っている姿を見れば、悠長にロイヤル・スケルトン・ナイトに構っている暇などないと感じてしまう。
”儂のこの攻撃に耐えきったか……忌々しい羽虫めが……”
そう言ってキングダム・スケルトン・ロードは大剣を振りかざしながらクウへと迫る。《気纏》によって強化された身体能力によって亜音速にまで達したキングダム・スケルトン・ロードは、その速度を乗せてクウへと大剣を振り下ろした。
「《身体強化》……ふっ!」
クウも同様に《身体強化》で対抗し、キングダム・スケルトン・ロードの攻撃を神刀・虚月で受け流す。まともに受ければクウでさえも押しつぶすであろう攻撃は、そのまま地面に直撃して再び土煙を舞い上げた。
しかし攻撃はそれだけでは終わらない。
六本の大剣から繰り出される連続攻撃は途切れることなくクウへと襲いかかるのだ。クウもある意味二刀流に近い戦闘方法なのだが、手数の多さではキングダム・スケルトン・ロードに及ばない。
「く……抜刀できねぇ」
クウの得意技であり、必殺の攻撃である居合いも使うことが出来ない。納刀しようとしてもキングダム・スケルトン・ロードの猛攻が激しいために不可能なのだ。
また二メートルを超えるキングダム・スケルトン・ロードのリーチは非常に長く、回避するにも大きな動作が必要になる。《気纏》によって強化された攻撃は一つ一つが必殺に値する威力であり、喰らえば重傷では済まない可能性があるのだ。
(集中しろ……気配を察しろ……)
受け流すという技術は非常に高度な技であり、亜音速に達しているキングダム・スケルトン・ロードの攻撃を逸らし続けるのはもはや神業とも言うべきものだ。
極限の集中状態によってクウの思考は早まっていき、瞬間、瞬間に周囲が止まって見える。達人同士の戦いにおける一種の極致とも言える状態に達していたのだ。
同時に来る振り下ろしと横なぎを刀と鞘で逸らしつつ体を低くし、追加で迫る左右からの攻撃は後ろに三歩分下がることでギリギリ回避する。繰り出された神速の突きは《魔装甲》を一瞬だけ発動し、さらに《魔呼吸》で魔力放出することで威力を相殺した。
(魔力は残り四分の一程度か……早く決着をつけないと拙いな)
相手の使用する《気力支配》はMPを消費しない意志力に依存するスキルだ。怨念を原動力にしているスケルトンが精神的に疲労するとは考えにくく、先に倒れるとしたらクウの方だ。つまり時間稼ぎをしていても負けるのは必至である。
さらに背後からはスケルトン、スカルナイト、スカルメイジ、スケルトンアーチャーなどの大軍が迫っており、悠長にしていては挟み撃ちを受けることになる。それだけは避けなくてはならない。
スケルトンを増やす要因である創魔結晶は破損中ではあるが、それでも万を超えるスケルトンを相手に出来るほどの余裕はないのだ。
(リアに協力を頼むか? だがリアではキングダム・スケルトン・ロードの防御力を貫通出来ないしな……いや、レベルが上がれば無理ではないか)
そう考えてクウは《幻夜眼》を発動する。イメージするのは氷。キングダム・スケルトン・ロードを氷結させて動きを止めることに重点を置いた幻術を発動した。
「《幻夜眼》起動……極点の氷結」
北極に浮かぶ大氷原をイメージして、その中にキングダム・スケルトン・ロードを閉じ込める。ほとんどの状態異常や属性攻撃を受け付けないキングダム・スケルトン・ロードですらも【魂源能力】を使えば一瞬だけ動きを止めるこは不可能ではない。
もちろんすぐに破られるだろうが、今は少しの時間が稼げれば問題ないのだ。
黒いオーラを纏い、六つの大剣を掲げたキングダム・スケルトン・ロードは幻術の大氷塊に囚われているのだが、既に氷には罅が入り始めている。
クウはその僅かな隙を突いて口早に叫んだ。
「リアはそこに倒れているロイヤル・スケルトン・ナイトにトドメを刺せ。近寄って骨の体の内部から《光魔法》を使えば倒せるはずだ。それでレベルを上げて俺を手伝って―――」
”儂を舐めるなぁっ!!”
「ちっ!」
キングダム・スケルトン・ロードは《覇気》を使って幻術の氷を破砕する。冷たさすらも再現していた幻影の氷は弾けて消え、キングダム・スケルトン・ロードは怒号を上げながらクウに大剣を振り下ろした。
クウはリアに先ほどの言葉が伝わっていることを願いつつ迫る連続攻撃を逸らしていく。
しかしその心配は杞憂であった。
返事こそ出来なかったものの、リアはクウの言葉をしっかりと聞き届けていた。
「アレにトドメですか……少し怖いですが兄様のために頑張りましょう」
以前にロイヤル・スケルトン・ナイトと対峙したときは、もう少しで殺されるところだった。クウが助けてくれたから良かったのだが、かなりの恐怖を抱いたことは間違いない。
(大丈夫です。兄様の幻術で動けなくなっているのですから)
《幻夜眼》の鎖で地面に縫い付けられている三体のロイヤル・スケルトン・ナイトはそもそもキングダム・スケルトン・ロードが放った『破壊ノ黒剣』によってボロボロにされている。その隙間から杖を差し込み、内部から魔石を浄化すればリアでも倒せる可能性は高い。
リアは十分に気を引き締めつつ、それでも少しだけ恐怖を感じながら一番近くで倒れているロイヤル・スケルトン・ナイトへと近づいていった。
(よし、リアが動いてくれた)
クウはリアがロイヤル・スケルトン・ナイトの方へと移動していることを感知して内心ほくそ笑む。山脈に入って初日、ロイヤル・スケルトン・ナイトに襲われたことがトラウマになっているかもしれないと不安だったのだが、思ったよりもリアの心は強かった。
クウへの信頼もあってのことだが、それでも十六歳の女の子があれ程の殺気と威圧を放つ相手に向かっていけるというのは凄い。リアの成長を喜びつつも、クウはキングダム・スケルトン・ロードの大剣を捌いていった。
一方のリアは、ロイヤル・スケルトン・ナイトの一体へと駆け寄って魔力を高め始める。恨みを込めた威圧に一瞬身を引くリアだが、大丈夫だと自らに言い聞かせて一気に詠唱した。
「『天象の鎖、秩序の光域
輪廻を降す究極の浄化
天、畜生、人間、修羅、餓鬼、地獄
六道の終点にして死の原点
無限の輪廻は虚に至る
虚に堕ちる魂の救済
罪の天秤よ、傾け!
《救恤》』」
リアは詠唱の終了と同時に杖をロイヤル・スケルトン・ナイトの体に差し込む。『破壊ノ黒剣』によってボロボロになった鎧は杖程度を差し込むには十分であり、骨の体であるスケルトンの内部まで到達した。
そして杖の先から放たれた魔法はクウのオリジナル浄化系《月魔法》をリア用に《光魔法》として劣化させたものだ。
範囲を極限まで圧縮して効果を爆発的に高めた《光魔法》。六道輪廻の考えを取り入れ、不死者に対する効果を極限まで高めたものだ。クウもリアに教えるのを苦労しただけに威力は《聖域》の比ではない。
死、恨み、辛み、悲しみ……あらゆる負の感情を強制的に逆転させるため、負の意思を具現化させたロイヤル・スケルトン・ナイトの《気纏》でさえも打ち破る。
「カチ……カチカチカチッ!?」
動けないロイヤル・スケルトン・ナイトは必死に抵抗するのだが、《救恤》の光は徐々に侵食していく。この魔法の欠点として、効果が出るのに時間が掛かるというのがある。しかし幻術の鎖に縛られて動けないロイヤル・スケルトン・ナイトは抵抗することも能わず、リアの《救恤》に内部から浄化されていく。
生、赦し、忍耐、喜び……正の感情に逆転させられたアンデッドは滅びる道しか残されていないのだ。
「カチカチ……カカ……」
歯の鳴らし方で一定の意味を伝えるスケルトン種だが、それをリアが理解することは出来ない。しかしリアには理解したところで浄化を止める理由もない。
黒いオーラは純白の光に侵食されていき、ロイヤル・スケルトン・ナイトは徐々に元気をなくしていく。初めこそ抵抗しようと必死だったが、今では死を待ち望んでいるかのように大人しくなっていた。
凄まじい殺気と怨念を込めた視線を放っていた眼孔の魔力光も弱まり、浄化の光に飲み込まれる。
そしてそのまま全身が光に包まれ、数瞬の後には鎧と剣と盾を残して灰となった……
「……倒せた……のでしょうか?」
薄っすらと浮かんだ額の汗を拭って呟く。
負の意思を逆転させる……そんな反則じみた魔法でさえもリアが倒すには強すぎた。魔力をかなり込めなければ逆転させきれず、弱体化させるだけになってしまう。
レベルアップしたことで幾らか魔力が湧いてくる感覚があるのだが、残り二体を倒すにはギリギリだと思われた。
「倒した後もクウ兄様の手伝いをするのですから魔力量も考えなくてはいけませんね」
リアはそう呟いて二体目のロイヤル・スケルトン・ナイトへと駆け寄った。