EP125 洞窟⑤
「うおっ!?」
「どうしたんですか?」
急に叫びながら飛び上がったクウを見てリアが不思議そうに尋ねる。クウはキョロキョロと周囲を見渡しながら冷や汗を流していた。珍しく焦燥した様子を見せるクウに対して、リアも心配そうに見つめている。
しばらく何かを探るようにして意識を戦闘モードにしていたクウは、静かに口を開いた。
「何故か殺気が急に膨れ上がったみたいだ。そしてほぼ同時に高圧の魔力と強い気配が出現した。……それもこの先にな」
「殺気……ですか?」
「ああ、明確に俺たちに向けられているな。やっぱり見つかってたか」
クウはチラリと背後に目を向ける。
前に進めば殺意を滾らせているキングダム・スケルトン・ロードと遭遇することになるだろう。それならばいっそ、雑魚スケルトンの大軍と戦った方がマシなのではないか? と考えたのだ。つい先ほど使用した《赫月滅光砲》ならば一直線上の存在を問答無用で消し飛ばすことが可能だ。指向性もあるので、制御さえ間違わなければ誤爆もない。
乱用して洞窟が崩れないように気を付ける必要があるが、わざわざ災禍級の魔物と戦う選択肢をとる理由にはならない。
「やっぱ戻るか……」
「ですがスケルトンが来ているのでは?」
「殺す気で満ち溢れているSSSランクの魔物と、数千体の雑魚だったらどちらを選ぶ?」
「どっちもどっちな気がしますね」
「問題は上位種だとリアでは勝てないことだよな」
「そうでした……」
あからさまに落ち込むリアだが、事実なのでクウも特にはフォローしない。一度ロイヤル・スケルトン・ナイトと戦った時も、リアはその動きに反応することが出来なかったのだ。レベルは上がっているが、それでも足手まといにしかならないだろう。
対雑魚スケルトンならば戦力として十分以上に期待できるので、ここは引いた方が若干有利だった。
「ではやはり戻りますか?」
「出来ればそうしたいところだが、残念ながら狭い洞窟内でスケルトンの大軍を相手にするのは非常に効率が悪い。下手したらこちらの魔力が切れる可能性もあるからな」
スケルトンの弱点である《光魔法》は、全般として拡散するタイプしかない。《炎魔法》のように誘導して効率的に効果を発揮させるよりかは、広範囲に無差別で攻撃するのが《光魔法》の大きな特徴だ。
つまり狭い場所で使う《光魔法》は、その効果範囲を狭めることになるので効率が激減する。すると余計な魔力を使用することになり、洞窟を脱出して朝まで耐えることが出来るのかは疑問だった。
調子に乗って奥まで来てしまったことがここで仇となる。
「いっそ巨大気配に狙いを定めて最大魔力で《赫月滅光砲》を撃ち込むか……? でもミスったら余計に殺気を飛ばされそうだよなぁ」
「私にもピリピリとした空気が伝わってきます。これ以上怒らせるのは良くなさそうですね」
「安易に洞窟の奥に潜ってしまったのが悔やまれるな」
こうなってしまっては仕方のないことだが、どちらにせよ時間をかければかけるほど不利になっていく。決断は早めにしなければならない。
「悩んでも仕方ない。取りあえず先に進もう」
後ろに下がることは諦めて洞窟の奥へと進むことにしたクウ。一対多の戦闘をあまり得意としないことや、もしかしたら《月魔法》で簡単に決着が付くかもしれないという希望的な観測があったからだ。
不意打ちだったとはいえ、ロイヤル・スケルトン・ナイトを戦闘に持ち込むことなく倒している。それも自信になっていた。決して慢心しているわけではないのだが、若干の有利を取って後退するよりかは、前に進んだ方が良いと直感が告げていた。
「わかりました」
リアも素直にクウの言葉に従う。
疑いなくクウの言葉を肯定するリアに若干の心配をするクウだったが、この場で下手に揉めるよりかは断然良い。しかも根拠が直感だと言えば、普通ならば信用できないだろう。
尤も、様々な強者との戦いをしてきたクウの直感は普通よりも精度は高い。積み重ねられた経験則から無意識に最適を判断していると言えるからだ。
「また走るから遅れるなよ」
「はい!」
《赫月滅光砲》で開けた大穴をチラリと見つつ、クウは奥へと走り出す。洞窟の通路は迷路のように縦横無尽に絡み合っているらしく、いくつもの通路が穴を空けたことで繋がっていた。
(《森羅万象》の言う通り、洞窟は人為的な要素が絡んでいるみたいだな)
自然発生したとは到底考えられない複雑さを見せる洞窟がそれを証明していた。もう少し調べて山脈の秘密でも探りたい気分になったクウだが、その気持ちをグッと抑えつけて前をみる。
普通は目で見えない景色を幻術で無理矢理見せている《幻夜眼》のお陰で視界は良好であり、さらに感知能力によって常に周囲の状況を察知している。可能な限り見落としのないようにしながらクウは走り続けた。
(また大きな気配が移動している。これは……またロイヤル・スケルトン・ナイトか?)
クウとリアに勝るとも劣らない速度で移動する二つの大きな気配を感じ取ったクウ。魔力の大きさや密度から考えてもロイヤル・スケルトン・ナイトに間違いないだろうと当たりをつけた。一瞬、こちらに向かっているのか? と考えて警戒したが、そうではないことを悟って安堵する。
(キングダム・スケルトン・ロードと思しき巨大気配の近くに一体、巨大気配の方へと移動中の二体で合計三体分か。同時に襲われたら厄介かもしれないな)
そう考えつつクウは一筋の汗を流す。
現在クウは、走りながら魔力と気配を感知しつつ、《森羅万象》で空気成分を解析しつつ、姿隠しと気配隠しと正常な景色を見せる幻術を三重起動している状態だ。スキルの同時使用は非常に困難であり、慣れもしくは才能が必要となる。
イメージとしてはルービックキューブを解きながら円周率を暗唱しながら全力疾走しているような状況だ。どれか一つをするのは簡単であったとしても、同時に実行するとなると難易度が極端に上がるのだ。
その上この先にいる強敵の対応策も考えるのは酷というものだろう。
「リア、姿隠しと気配隠しの幻術は解除するぞ。どうせ向こうには感知されているみたいだからな」
「構いません。兄様こそスキルを同時に使って大丈夫なのですか?」
「大丈夫じゃないから解除するんだって」
「そ、そうですか」
リアもクウの無茶はよく理解している。迷宮攻略の時から人外じみた能力を見てきたのだ。それは単純なスキルのことではなく、スキルの活用方法や思考能力といった部分だ。もちろん当時は《虚の瞳》というチート性能なスキルを有していたのは確かだが、それ以外にも魔法や武術での才能は目を見張るものがあった。
しかし、だからこそクウは無理をしているのではないか? とリアは考えてしまう。クウはリアのことを大切にしているため、危険なことをさせたがらないのだ。安全を確保できて初めてリアに仕事を回してくるのである。その癖、クウは率先して危険なことをやろうとする。
リアはそのたびにヒヤヒヤとしてきた。
(私にも何か出来ればいいのですが……)
残念ながら、リアの能力で出来ることはクウでも出来ることが多い。リアの得意とする回復系の魔法も、その気になればクウは使用可能だ。唯一《炎魔法》はクウにも出来ないことであるが、《幻夜眼》を使えば対象を焼き尽くす幻術を見せることも出来る。
特に山脈に足を踏み入れてからはクウの足を引っ張ってばかりであり、自分の必要性があるのかと密かに葛藤することも多かった。
(クウ兄様は何故ここまで私の世話を焼いてくださるのでしょうか……?)
クウの中では、リアの存在は思った以上に大きくなっているのだが、リア自身はそのことを知らない。普段の態度を見れば、お互いに(兄妹として)好きあっているのは明確なのだが、騙し騙されの貴族社会で生きてきたリアには素直になれなかったのだ。
これほど一方的に受けてばかりでは、何か裏があるのでは? と思わず勘ぐってしまうのである。疑心暗鬼というほどではないが、あまりに何もできない自分に少し罪悪感を感じていた。
「リア……リアっ!」
「え? は、はい!」
「聞いていたか?」
「いえ……その、すみません」
考え事に没頭するあまりクウの言葉は耳に届いていなかった。今考えるべきではないことに集中して、クウの話を聞き損ねてしまったことにリアは落ち込む。
あからさまにシュンとしているリアを見てクウも慌ててフォローした。
「いや、気にするな。それよりもこの先に少しだけ広い空間があるみたいだ。ロイヤル・スケルトン・ナイトらしき気配が三つあるから、リアはそいつらに向かって《流星》を放つ準備をして欲しい。俺は《赫月滅光砲》でキングダム・スケルトン・ロードを狙うからタイミングを合わせてくれ。広間に入った瞬間に発動出来るように《魔力感知》でロックオンしておくことを忘れるなよ。先手を打って奴らを混乱に陥れる! あわよくは全滅狙いだな」
クウはそう言って魔力を高めつつ演算を開始する。リアも慌てて杖の補助を使いつつ、魔力を高めて魔法発動の準備を開始した。
少し落ち込んでいたところに、クウに頼られたことでリアは僅かに顔を綻ばせる。悩んでいたことも、少しだけスッキリとした彼女は安定した演算を見せた。
イメージするのは波動としての光。
位相を考え、波を丁寧に重ね合わせるのだ。そうすることでエネルギーが収束し、拡散させていたエネルギーも一点に集中させることが出来る。この世界では誰も魔法まで昇華させることの出来なかったレーザーの概念。クウから知識を授けられたリアは、人族としては規格外の魔力を使って魔法を完成させる。
ほとんど同時にクウも魔法の発動準備が完了したらしく、さらに目を上げれば洞窟の通路が途切れて、奥に薄っすらと明るい広間が確認できた。
「照準は出来ているな? 部屋への侵入と同時に魔法を放て!」
「はいっ!」
リアは《魔力感知 Lv3》で三体の大きく濃密な魔力を感じ取って狙いを定める。目では見えていないのだが、感じ取れたイメージを元にして、魔法に照準固定を組み込んだ。スキルの同時使用というかなり高度な技術だが、リアもクウと旅をするうちにこれぐらいは身に付けていたのだ。
もう一つ感じられる深淵を覗き込んだような魔力を保有する存在に身震いするが、こちらは信頼する兄のクウが対処するのだ。問題はない、と自身に気合を入れて集中する。
長く思考していたようだが、実際に流れた時間は僅かに数秒。しかし、二人の身体能力ならば数秒で広間の近くまで張り抜けることは容易な事だった。
「やるぞ! 《赫月滅光砲》!」
「《流星》」
赫と白の閃光が奔る。
人外魔力を保有するクウとリアから放たれた魔法は、二人の視界を一瞬で塗りつぶした。
 





