EP124 洞窟④
クウは感覚のままに奥へと走る。巨大すぎる気配のせいで細かい感知が出来ないのだが、それでも出来る限り遠くへ離れようと努力はしていた。
分かれ道が見えるたびに《気配察知》と《魔力感知》でキングダム・スケルトン・ロードと思われる巨大な気配を感じない方向へと進んでいたが、いつの間にか道の先に巨大な気配が感じられるようになっているのだ。まるでどの道を通っても逃げることは出来ないと言っているかのようである。
そして背後からは数えきれないほどの怨念の気配。終わりの見えない湧きを見せるスケルトンの大軍が迫ってきていた。
「リアはまだ走れるか?」
「はい!」
身体能力に大きな差のあるリアに合わせるようにして走っているので、クウには大した負担がない。しかし常人よりは遥かに能力が高いリアでも、無理をすれば体力が切れるのは当然だった。
今は平気そうにしているが、無闇に走り続ける訳にも行かないだろう。
クウは走りながら思案する。
(この動きを見るに俺たちのことは感知されていると考えていい。《幻夜眼》で気配隠しをやっているのに見つかるのかよ……)
一応、姿隠しと気配隠しを使っているのだが、意味を為しているようには感じられない。それでも全くの無意味ではないだろうと考えて発動したままを維持しているのだが、どちらにせよ早めに対策を打たなければならない。
と、そこまで考えたところで次の分かれ道が見えた。クウは思考を中断して感知に集中する。
(今度は左右の分岐か……左に大きな気配を感じるな)
念のため《魔力感知》でも巨大な魔力を感じる方向を確認しておく。クウの魔力すらも上回っているだろうと思われるソレは、近づけば近づくほど濃密な殺気を放っているように感じられた。
そのことに若干身震いしつつも、クウは後ろを向いてリアに叫ぶ。
「次の分岐は右に行くぞ! 遅れるなよ」
「分かりました。まだ大丈夫です」
二人は右側の道に飛び込んで走り続ける。
背後から来るスケルトンの大軍自体を意識する必要はほとんどない。もちろんこちらから向かうのは悪手だが、動きの遅いスケルトンから逃げるのは容易いのだ。
しかし先に居ると思われるキングダム・スケルトン・ロードは違う。クウですら実力が拮抗している可能性が高いのだ。遭遇した場合、時間を掛けると挟み撃ちになることも有り得るため、今の内に背後のスケルトンとは距離を稼いでおく算段だった。
(まったく……最近の俺はどうも詰めが甘いな)
クウは走りながら自嘲する。
地球に居た頃のクウはかなり慎重派だったと自覚している。洞窟にしても、よく調べもせずに奥まで行こうとはしなかっただろう。しかし人外ステータスと能力を手に入れて少し浮ついていたらしい。その慢心が招いた結果がこれだった。
(どう脱出する……? 何とか朝まで耐えればいけるか? いや、この洞窟は本来暗闇だから意味がないだろうな。どうにかして地上にでないといつまでもスケルトンに追い回されることになる)
日光が弱点のアンデッドは昼間は地中に潜って活動を停止している。しかし、日の届かない場所……つまり洞窟の奥のような場所ならば活動できるのだ。
クウの能力によって疑似的に視界を確保できている状況だが、本来は真っ暗闇の洞窟なのだ。朝が来たからと油断しているとスケルトンに襲われることになる。
そして状況は最悪かと思われたが、悪化は留まるところを見せない。
「ちっ! またアイツか!」
クウは昨日ぶりに感じた気配に舌打ちする。
先に感じていた巨大すぎる気配よりかは小さいが、それでも通常では有り得ないほど大きく強い気配。昨夜に倒したロイヤル・スケルトン・ナイトと同等で同質の気配を近くに感知した。
「リア、止まれ!」
「っ!」
リアは突然のクウの言葉に驚きつつも、緩やかに速度を下げて停止する。全力ではないのだが、高ステータスに任せた走りを見せていたので、止まるには少し時間が掛かった。
ロイヤル・スケルトン・ナイトの気配を感じることの出来ないリアは、何故クウがいきなり止まることを命じたのか理解できなかったが、それもすぐに納得へと変わった。
「この魔力……」
「ああ、リアの感知範囲にも入ったみたいだな」
「強いですね。レベルが上がった私よりも上です」
「恐らく昨日のロイヤル・スケルトン・ナイトだ。ここで迎え撃つ」
クウはそう言って魔力を高める。
迎え撃つとは言ったが、会い見えるまで待つようなことをするつもりはない。これは生き残りを賭けたサバイバルであり、正々堂々と勝負をする必要などないのだ。
《気配察知》と《魔力感知》で居場所を特定しつつ、魔法の演算を開始する。これから放つ魔法は遠距離の相手を想定したものであり、遭遇する前に一発喰らわせる算段だった。
相手の姿はまだ見えておらず……というよりはクウとリアのいる洞窟の通路とは異なる壁を挟んだ隣の通路を移動しているように感じるため、普通は出会うこともないだろう。しかしあのクラスの魔物ならば洞窟の壁を破壊して目の前まで出てくると考えた方がいい。
クウは壁越しでもダメージの期待できる魔法を新たに構成し始めた。
「『再生を司る聖なる光
滅びを晒す邪悪な闇
融和せよ、拒絶せよ
放たれる赫の月光
万象滅ぼす夜の輝き
それは災い示す朱の月!
――――』」
クウの詠唱と共に白と黒の球体が融合される。魔法の生成プロセスは消滅特化の《月蝕赫閃光》と同等であり、詠唱も途中までは同じだ。
しかし魔法の解放部分だけ少し改良して《月蝕赫閃光》とは異なる効果に仕上げた。
それが今、放たれる。
「『《赫月滅光砲》』!」
暗い血の色を思い浮かべさせる雷を纏った球体が、クウの目の前で解放される。炸裂すれば周囲の物質を分子すら残さず消滅させる魔法が《月蝕赫閃光》ならば、《赫月滅光砲》は指向性を持った消滅の光線を放つ魔法だ。
一瞬だけ膨張した紅い球体は、クウの思うままに消滅の光となって放たれる。
極太のレーザー光線を飛ばす《閃光》とも似た、しかしその効果は段違いの魔法は、洞窟の壁すらも抵抗なく消し飛ばして周囲を紅く染める。
感知能力を十全に使って狙いを定めたため、例え見えていなかったとしてもロイヤル・スケルトン・ナイトへの照準を間違うことはない。
リアの《魔力感知》でも、ロイヤル・スケルトン・ナイトの強い魔力が消滅したことをハッキリと感じることができた。
「凄いです……」
「やられる前にやる。あんな面倒なのとまともに戦っていられるかよ」
クウは息を吐きながらそう告げる。
炸裂した箇所を球状に消滅させる《月蝕赫閃光》と違って、《赫月滅光砲》の光線は何かを消滅させる度に減衰していく。消滅対象は目に見える物質に限らず、空気も含まれているのだ。そのため、予め多くの魔力を込めなければ遠くまでは到達しない。しかし魔力を込めすぎれば魔法を制御するのが難しい。
丁度良い魔力を込めて制御することが求められるため、普通に《月蝕赫閃光》を放つよりも精神的な疲れが酷かった。
「大丈夫ですか?」
リアは心配そうに声を掛けるが、クウも動けない程に疲労している訳ではない。それに精神的な疲れであるため、身体に異常がある訳でもなかった。クウは首を横に振りながら口を開く。
「問題ない。《魔呼吸》で魔力を回復させるついでに少し休憩な」
「背後のスケルトンは大丈夫ですか?」
「かなり距離を稼いでいるからな。ここは変に急ぐよりも休んだ方がいい」
「そうですね。わかりました」
リアはそう言って《赫月滅光砲》が作りだした壁の穴へと目を向ける。綺麗にくり抜かれた洞窟の壁は、まるで新しい通路のようにもなっていた。
保存の法則を無視した「消滅」特性の魔法は扱いが困難な代わりに威力が桁違いなのだ。
そしてよくよく見れば、くり抜かれた壁の奥に鎧に包まれた下半身と思しきものが見える。クウの《幻夜眼》のお陰で昼間のように視界を確保できるリアは、無残に上半身を消し飛ばされたロイヤル・スケルトン・ナイトの残骸を眺めつつ、少しだけ同情もしていたのだった。
◆◆◆
”また消えたか……役立たずが”
ここはキングダム・スケルトン・ロードの玉座のある間とは異なるとある広い空間。
クウが消し飛ばしたロイヤル・スケルトン・ナイトの残骸がある方向を見つめつつ、骸骨帝は怨念の籠った言葉を吐いていた。
クウの完璧すぎる気配隠しから、逆に違和感を感じ取ることで侵入者の居場所を感知することに成功したキングダム・スケルトン・ロードは、外に出していたスケルトンとロイヤル・スケルトン・ナイトに襲撃を命令した。
しかし一番早かったロイヤル・スケルトン・ナイトはクウとリアに接触する前に気配が消失。流石のキングダム・スケルトン・ロードもこれには驚きを隠せなかった。
”まぁ、よい。どうせ愚かな侵入者はこの場所まで来るのだ。儂が迎え撃つのも一興。クカカカカ”
左右で三本ずつある六本の腕の内、右の一番上の腕が大剣を掴む。刀身だけで1.5メートルにもなる巨大な剣は全ての腕に用意されており、キングダム・スケルトン・ロードの周囲の地面に突き刺さっていた。
キングダム・スケルトン・ロードは順番にそれを抜き取って手に持ち、部屋の中央へと移動する。
そこにあるのは淡い魔力光を放つ巨大なクリスタル。そのお陰で部屋全体が薄っすらと照らされている。迷宮のエントランスにある転移クリスタルを思わせる形状をしているが、効果はまるで異なっているのだ。
骸骨帝は滾る眼孔でそれを眺めつつ呟く。
”少し足りぬか……”
そういって手に持った大剣の一本を地面に突き刺し、骨の手でクリスタルに触れて魔力を流す。クリスタルはキングダム・スケルトン・ロードが触れたことで脈動を打ったかのように点滅し始めた。
クリスタルは骸骨帝から遠慮など無いとばかりに魔力を奪い取り、その輝きを増していく。もはやキングダム・スケルトン・ロードが魔力を流さずとも勝手に魔力を吸収しており、その量は常人ならば即座に死に至るほどであった。
しかしそこは山脈の王。
その程度で死ぬなど有り得ない。
キングダム・スケルトン・ロードは十分に魔力を吸収させたのち、手を放して言葉を告げた。
”現れよ、儂の近衛よ”
途端にクリスタルから濃い魔力が放出されて一か所に集まっていく。先程キングダム・スケルトン・ロードが込めた数十倍もの魔力が集まり、形を成していく。
まず魔力が結晶化して魔石を形成し、それを覆うようにして骨の体が形作られていく。それでも尚、余った魔力は防具や武具となって骨の体を装飾していた。
僅かに数分ほどで完成した一体のスケルトン。
しかしそれは通常の雑魚スケルトンとは格の異なるロイヤル・スケルトン・ナイトである。最後に眼孔を青白く灯らせたロイヤル・スケルトン・ナイトは、すぐさま王であるキングダム・スケルトン・ロードに跪いて礼を示した。
”しばらく控えておれ。直に残りの近衛が戻る”
「カチ!」
キングダム・スケルトン・ロードは眼孔を滾らせつつ、不自然に気配を感じない箇所に目を向ける。王である自分を愚弄し、領域を荒らした侵入者は近くまで迫っていた。
ロイヤル・スケルトン・ナイトで敵わないならば自らの手で叩き潰す。
恨み辛み……そして異常なまでの殺気すら込めて王は気配を放ちつつ、不敵な笑いを響かせていた。





