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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔の境界編
124/566

EP123 洞窟③

「さて、そろそろ行くぞ」



 一人恥ずかしさに悶えるリアに声を掛ける。クウとしてはこのまま眺めているのもいいかと思ったのだが、また後で宥めるのが大変そうだと考えて適度に切り上げることにした。

 それに今は目の前にある三つの分かれ道についても考えなくてはならない。一応ここはスケルトンの闊歩する地であるので、余裕がある訳ではないのだ。

 リアのクウの声でハッと意識を戻して取り繕う。流石は元お嬢様だけあって、中々に慣れた物だった。



「そうですね。兄様はどの道が良いと思われますか?」


「そうだな……どちらにせよ選ぶ基準もないから結局は勘になるんだよな。少し前に言ってた強い気配もまだ遠いし、どれでもいいんじゃないか? どうせならリアが選んでみろよ」


わたくしがですか……?」



 リアは少し不安そうに分かれ道に目を向ける。

 前からクウが感じていたことだが、リアは今一つ自分に自信がない。幼い頃から押さえつけられて育てられてきた弊害なのだろう。自分で選択して何かをすることがなかったのだ。

 冒険者登録をして迷宮に潜っていたのも謂わばラグエーテル家の代々続く決まりのようなものだった。数少ない自身で選び取った道として、結婚への反発があったが、しかしながら虚空迷宮の三十階層まで到達するという試練もクウのお陰で達成したようなものだったのだ。

 それでもクウに言われたからと考えてリアはジッと分かれ道を見つめる。



(確かに兄様の言う通り、どの道も同じように見えますね。どれを選べばよいのか悩んでしまいます)



 困ったような表情を浮かべて何度もそれぞれの道を観察するリア。難しく考えすぎて余計に悩んでいるように見えた。クウとしては直感で適当に選べばいいだろうという気持ちで任せたつもりだったのだが、リアは必要以上に責任を感じていた。



(右……いえ、左でしょうか? それとも真ん中……?)



 リアは完全に思考のスパイラルに陥っていた。

 答えの分からないテストの選択問題で無駄に時間を消費してしまう心理と同じである。後で後悔しないようにと考える内に優柔不断になってしまい、結局決められずにいたのだ。



「右……左……いえ右……それよりも中央に……」



 思考が漏れ出してブツブツと呟きだしたリアに、さすがのクウも頬を引き攣らせる。まさか道を選ばせるだけでここまで悩むとは思っていなかったからだ。



「リアー」


「左……中央……」


「リアさーん」


「右……左……やはり右……」


「重症だな」



 クウが声を掛けても反応すらしないリア。たかがこの程度で何を……と言いたいところではあるが、それをさせたのはクウなのだ。今更「やっぱり俺が……」とは言いにくい。

 この際、答えを出すまで待つのもいいだろうと思うことにしたのだった。






 ◆◆◆





 ポタリと天井から雫が落ちる。

 ゴツゴツとした岩肌が覗く殺風景な広い空間に揺らめく青白い光が浮かんでいた。本来ならば暗闇に包まれているハズのその場所は薄っすらと照らされ、息も詰まる程の濃密な気配が充満している。

 しかしその気配を発しているのは僅かに四体の魔物だった。

 山脈の王の一角にしてスケルトンの最上位種であるキングダム・スケルトン・ロード。そして三体のロイヤル・スケルトン・ナイトである。もう一体いたロイヤル・スケルトン・ナイトはクウの《月魔法》によって跡形もなく消滅させられており、またスケルトンの大軍もゴミのように消されていることで、王であるキングダム・スケルトン・ロードは苛立ちを覚えていた。



”雑魚めが……”



 イライラしているのは部下が殺されたからではない。不快な侵入者にあっけなく負けてしまった不甲斐なさからくるものだった。

 骨の顔故に表情は見えないのだが、その魔力や気配の雰囲気から憤っているのがハッキリと伝わってくる。近衛であるロイヤル・スケルトン・ナイトたちは平静を装いながらも、内心では非常に畏れ慄いていた。

 一軍と戦える災害級、一国と戦える天災級、一国を滅ぼせる災禍級とも言われるSSSランクの存在の中で、災禍級を冠するキングダム・スケルトン・ロードはそれほどまでに恐ろしい。



”また気配が消えたか……”



 自らの領域全体を感知できるほどの《気配察知》を有する王は、クウとリアの動向を追っていた。しかし追い詰めたかという時になって突然気配が消え去る。クウが《幻夜眼ニュクス・マティ》によって世界にすら干渉して周囲に溶け込んでいるため、広範囲の感知では捉えることが出来なかった。



「カチカチッ! カチカチカチカチ!」


「カカッ! カチカチ!」


「カカカチ!」



 それならばと自ら偵察に行きますと口々に奏上するロイヤル・スケルトン・ナイトたち。彼らも王の機嫌を損ねないために必死だった。

 岩を削った王座のひじ掛けにもたれかかって不機嫌そうに右手で顎に触れる。これは無茶な命令を下す時の前兆だった。近衛骸骨騎士たちに緊張の空気が奔る。

 しばらく熟考したのち、王は静かに口を開いた。



”適当に散れ。見つけて潰せ”



 思ったよりも普通だった王の言葉に近衛たちはホッと息を吐く。もちろん死体であるため呼吸などしていないのだが、傍から見ればそのように感じられたことだろう。

 三体のロイヤル・スケルトン・ナイトはキレのある動きで礼をしてその場を立ち去った。キングダム・スケルトン・ロードが”宮”と呼んでいる山脈内部を縦横無尽に走る洞窟には、それなりの数の出入り口がある。三体は山全体を隈なく捜索するため、途中で別れて均等に散らばっていった。

 それを気配で感じ取ったキングダム・スケルトン・ロードはクツクツと嗤いを漏らす。



”音を立てぬ羽虫も少しは動くだろう。クカカカカ!”



 自分を煩わせた存在を見つければ自ら出向くのも一興だろう……

 そう考えつつ、キングダム・スケルトン・ロードは少しでも違和感を見つけようと気配の感知に意識を集中させたのだった。






 ◆◆◆







「兄様、決めました。中央にしたいと思います」


「わかった」



 結局リアが決定を下したのは三十分後だった。

 クウはその間に《魔呼吸》を使用して《幻夜眼ニュクス・マティ》で消費した魔力を補充していたのだが、それでも時間が余っていたほどだった。

 ただ待っていただけにも拘らず疲れると言う謎の事態に陥ったクウだが、折角リアが選んだのだからと笑顔で答える。嬉しそうに報告するリアに邪険な表情は出来なかった。



「じゃあ行くか」



 クウはそう言って立ち上がり、中央の道を見据える。幻術によって昼間のように明るくなった状態でも尚、奥まで見通すことは出来ない。見た限りでは下っているようにも感じられるため、有毒ガスが溜まっていないか注意する必要がありそうだった。

 念のため周囲の空気成分を《森羅万象》で解析しながら進んでいく。



「なんだか冷えますね」


「ああ、湿度が徐々に上がっているみたいだ。地下水脈でもあるのか?」



 日の届かない洞窟であるため、湿度の高い状態だとひんやりとした肌寒さがある。山肌に染み込んだ雨水が地下水となって流れている場合、このように湿度が高いのも頷ける。

 今は問題ないが、呼吸が阻害されるレベルになれば引き返す必要も出てくるだろう。クウはさらに注意を深めながら歩を進める。

 クウが《森羅万象》による解析に集中し始めたので、二人の間には自然と会話が無くなった。しかしそれも当然だろう。クウは解析だけでなく、感知も同時に行っているのだ。能力の同時使用はかなり高度な技術であるため、如何にクウと言えども会話をするほどの余裕はない。

 リアもリアで洞窟の雰囲気に緊張していたため、無闇にクウに話しかけようとはしなかった。

 コツコツとブーツが岩を踏み鳴らす音だけが木霊し、二人の呼吸音が重なる。

 そのとき、ふとクウの足が止まった。



「兄様?」



 突然歩みを止めたクウにリアも怪訝そうに話しかける。クウはどこか遠くを見つめながら険しい表情を浮かべており、洞窟の奥にジッと感覚を傾けていた。

 何かあったのだろうかと考えてリアも同様に洞窟の奥へと集中するが、特に変わった様子はない。リア自身も《魔力感知 Lv3》を習得しているので何か反応があれば気付くだろう。

 つまりクウが反応したものはリアの感知範囲外にあるものだった。



「―――近づいているな」



 クウはそう呟いて虚空リングから神刀・虚月を取り出す。

 ただならないクウの雰囲気を感じ取ったリアも慌ててアイテム袋から愛用している杖を取り出した。

 近づいている。

 その言葉はすなわちスケルトンの存在を表していた。《気配察知》と《魔力感知》を高レベルで同時に有するクウの感知範囲は非常に広く、強い。間違っても勘違いと言うことはないだろう。



「どのくらいで接触しますか?」



 リアは不安そうに尋ねる。

 感知に集中していたクウも、しばらく目元を強くしたまま奥を見つめていたが、フッと力を抜いて静かに答えた。



「いや、大丈夫だ。大きな気配がこちら側に移動したみたいだからな。少し緊張していたよ。判別しにくいが、まだ距離はあるようだ」



 少し動いただけでクウが警戒するほどの強い気配……

 そのことにリアは顔を強張らせる。



「恐らくだが……キングダム・スケルトン・ロードの気配なんだろうな」



 リアもその言葉を聞いて静かに頷いた。

 山脈を支配する六王の一体にして災禍級の魔物。たった一体で一国すらも滅ぼすという伝説上でしかなかった最強クラスの存在だ。

 巨大すぎる気配故に距離感が掴めないという相手はさすが初めてだった。



「引き返しますか?」


「悩みどころだな」



 クウとリアの目的は山脈を越えることだ。洞窟の探索ではない。

 《森羅万象》の解析によって、この洞窟は人為的な手段で形成されたものだということは判明している。そのため、この先に何があるのかも興味があるのだ。《森羅万象》を十全に使用できれば問題ないのだが、どうにもハイスペック過ぎるのだ。仕方がないだろう。

 しかし悩むには少し遅すぎた。



「あ――――」



 クウの《気配察知》が後方から大量の何かが迫っていることを感知する。この地で感知できる存在と言えばスケルトンに他ならない。迫るスケルトンの量を鑑みて、引き返すという選択肢はなさそうだった。

 まるでキングダム・スケルトン・ロードの気配に呼応したかのようなタイミングの良さであり、このままでは狭い通路で挟み撃ちになる可能性に思い至る。

 これにはさすがのクウも慌てた様子で口を開いた。



「拙いな」


「どうしましたか兄様?」


「後ろからスケルトンが大挙して押し寄せている。一応俺たちは幻術で隠れているが、あの物量でこの通路に来られたら押しつぶされるだろうな……」


「そ、それは大丈夫なのですか!?」


「大丈夫じゃない。走るぞ!」



 クウとリアは洞窟の奥へと走り出す。このまま引き返して終わりの見えないスケルトンの大軍相手にするぐらいならば、前に進んだ方がマシだと判断した。ファルバッサには、クウならばキングダム・スケルトン・ロードとも戦えると口にしていたこともあったからこその判断でもある。

 前方は巨大なキングダム・スケルトン・ロードの気配。

 後方からはスケルトンの大軍。

 どちらにせよ行きつく先は地獄しかなかった。




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[気になる点] けっこう大きな洞窟だとあったが、幻術をかけ洞窟の天井付近を飛んで移動すればいいのでは?
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