EP122 洞窟②
奥の見えない洞窟を進むクウとリア。もはや光も届かない場所まで来ているのだが、どちらにせよ日は既に沈んでいるので関係ないだろう。岩のように硬質化した地面とブーツが鳴らす無機質な音だけが響き、《光灯》の魔法で照らされた岩肌が延々と続いているのが見て取れる。
変わり映えの無い景色が本当に前へと進んでいるのか不安にさせるが、クウが《森羅万象》で確かめれば杞憂であったことが確認できた。
しかしそれとはまた別の感覚がクウを不快にさせる。
「強い怨念を感じるな……」
「そうなのですか? まさかスケルトンが近くに?」
「いや、そうじゃない。スケルトンも確かに居るが近くではないな。どちらかと言えば強い怨念が遠くから届いているような感じだ。だが気を付けた方がよさそうだな」
クウはそう言って魔力を練り上げる。
《気配察知》で感じ取れたスケルトンの気配はまだ遠いが、それでも安心してはいられないだろう。謂わばここは敵地なのだ。地の利は向こう側にあると言って良い。洞窟のような狭い場所で不意打ちでもされたならば笑い事では済まないのだ。
「《幻夜眼》起動……不可視領域の光波を疑似可視変換……微調整……姿隠しの幻術起動……存在力の希薄化……完了」
赤外線や紫外線などの人の目には見えない波長の光を捉えて、それを元に周囲の景色を見せる幻術を自らとリアに掛けた。ついでに姿を隠す幻術と、感知スキル対策に魔力や気配を誤魔化す幻術もかけておいた。
クウの魔力的には厳しいが、安全を取るには仕方がない。
「リア、《光灯》を消すが心配はするな」
「え?」
クウは右手を振り払って光球を消した。いきなりのことで反応できなかったリアは、周囲が暗くなる! と身構えるが、予想に反して視界は明るいままだった。
「これは……?」
一筋の光もないハズだが、リアの目には先ほど同様に……いや、むしろ先ほどよりも鮮明に洞窟内部の様子を見ることが出来た。まるで昼間の日の下にいるかのように洞窟の奥までハッキリと見ることが出来る。
驚いた様子のリアにクウは得意げに説明をした。
「俺の幻術能力の応用だ。光の波長の話は前にしたよな?」
「はい。たしか波長によって色が決まるのでしたよね?」
「そうだ。そして人間の目が捉えられる波長っていうのは決まっていて、その範囲はかなり狭いんだよ。そして真っ暗だと思っている場所にも人間が見ることの出来ない種類の光が溢れている」
「なるほど。それを見ることが出来れば暗闇など恐れる必要はないと?」
「そうだな。正確にはその光を元に作った景色を俺たちが見えるように変換して幻術として見せているということになるな」
世界すらも騙すクウだけのユニークスキルである《幻夜眼》の応用範囲はかなり広い。普通に悪夢や幻影を見せるだけには留まらないのだ。
また虚空迷宮で行っていた「正常な景色を幻術で見せる」という使い方も元になっている。
このまま《光灯》の光を灯し続けるのは危険だと判断したのだ。実際に暗がりで明かりを使うことのリスクはかなり大きく、こちらは敵の位置を捕捉できないが、敵はこちらの位置が丸判りという事態になり得るのだ。
たとえ幻術で姿を隠していても意味がない。
《光灯》も幻術で隠してしまうのもアリだが、かなり広範囲に誤魔化す必要があるので今回の方法が採用されたのだ。
「私には少し難しいです」
「まぁ、リアの能力じゃないから理解する必要はないだろ。どうしても知りたかったら落ち着いた時に詳しく説明するから今は我慢な」
「はい! 分かりました」
嬉しそうに返事をするリアを見てクウも口元を綻ばせる。
こういった能力の応用は戦闘以外においてもかなり重要で、スキル使用者のセンスが問われる。戦闘でも予想外の使い方、効果というのは非常に利となるのだ。下位のスキルでは難しいが、上位複合スキルともなれば応用範囲は格段に広がる。最上位スキルの《魔力支配》はその最たる例だ。
いくつかの特性が複合された魔法に関しても同様に言える。内包された魔法特性を理解し、上手く使いこなすことで今までにない効力を発揮することも可能となる。
魔法使いのリアには重要なことだった。
「あとリア。一応言っておくが、洞窟内で《炎魔法》は禁止だ。酸素不足になったり、爆発で洞窟が崩落する可能性があるからな。燃費は良くないが光魔法だけにしてくれ」
「大丈夫です。分かっています」
洞窟の壁は岩のような材質だが、酷い爆発に晒されれば崩落する可能性は高い。大質量の土砂崩れなどスケルトンの大軍より質が悪いのだ。
魔力消費は大きくなるが、スケルトンを浄化するならば《光魔法》でも十分である。クウとリアの相性の関係もあって、今回の山脈越えは比較的楽な方だと言えた。余計なことして死ぬのは勘弁願いたい。
二人は無言になってひたすら前に進む。
特にクウは《気配察知》と《魔力感知》で常に警戒しているので言葉を発する余裕はなかった。リアも緊張しているのか、少し強張った顔つきで前を見つめている。
既に時は夜。アンデッドが活動する時間帯である。クウの幻術のお陰で昼間のような明るさを感じているが、実際には闇に満ちた空間なのだ。油断は出来ない。
「また湿度が高くなったな……」
ポツリとクウが呟く。
元から洞窟内はジメジメとした空気だったのだが、奥に進むにつれてその傾向が強くなった。気温自体は高くないので、特に不快だということはない。しかし湿った感触が余計に不気味さを煽っているようで、クウは必要以上に気を張っていた。
また変わらない景色も無駄なストレスを与えてくる。
身体よりも先に精神的な疲れが見え始めていた。
そんなとき、再び洞窟の通路に変化が現れる。
「また分かれ道ですね」
「今度は三通りか」
二人の前にあるのは三つの道。
右、真ん中、左の道は全て同じような質感であり、どの道を選ぶべきか悩ましい。そしてここまで来れば、クウもさすがに自然発生した洞窟だとは考えなくなっていた。
「昔に誰かが掘ったのか? だがこんな魔境じみた場所で穴掘りなんてしないよな……とすればスケルトンに関係しているのか?」
「かなり綺麗な洞窟ですよね。スケルトンに掘ることが出来るのでしょうか?」
「分からないな。少し調べるべきか……」
クウは嫌々ながらも洞窟の壁を見ながら《森羅万象》を発動される。視認した存在の情報を世界に開示させる情報系最上位スキルはかなりの負担を及ぼすのだが、情報量を制限することである程度は抑えることが出来る。
眉を顰めながらもクウは情報の解析を開始した。
(くっ……情報制限……最古の記録を開示し、それ以外をカット)
クウの頭に流れ込む情報量が激減し、激しい頭痛も軽減される。周囲の感知には集中できないが、この際仕方がないだろう。しばらくはリアに任せてクウは解析に思考を割く。
(……ふむ。相当古いな。それに人為的な介入がある。もっと詳しい開示は……いや無理だな)
細かい情報開示をしようとしたが、やはり耐え切れそうになかったために断念する。もっと有意義に能力を活用できればと悔しい思いをするが、これでもクウは優秀な方である。凄まじい情報の奔流を受け入れて、それを処理する能力がなければ過去の情報を閲覧することなど出来ない。
人の身には……いや、天使ですら使いこなせない《森羅万象》の弱点とも言える部分である。
「ふぅ……」
情報開示を終え、クウは一息ついた。少し肌寒い程の気温にも拘らず、クウの額からは一筋の汗が流れていた。リアも心配する様子でクウを気遣い、タオルと水筒を渡す。
「大丈夫ですか?」
「ああ、悪いな」
クウも素直にタオルを受け取って汗を拭う。カラカラに乾いた喉を潤すために水を一口飲んだ。冷たい雫が喉を通り、胃に流れ込んでいくのが感じ取れた。精神疲労がスッと引いていく。リアのこういった気遣いは非常にありがたかった。
「ありがとな、リア。少し休憩にしようか」
「はい」
リアも返された水筒からそのまま水を飲む……とそこでリアは気づいた。この水筒は先ほどクウが口を付けた物だ。もしやこれは間接キスになるのではないか? と。
(はわわわ……私は何ということを……)
変な所で貞操観念の強いリアは一人勝手にパニックになる。成人前から迷宮に挑んでいた武闘派な元貴族令嬢ではあるのだが、それ故にこういったことへの免疫が少ない。
壁に寄りかかって座り込むクウに対して、リアは立ち尽くしたまま顔を紅くしていた。ここが暗いままならば良かったのだが、クウの幻術で昼間のように見える状態となっているため、リアの様子は丸分かりである。クウもリアの状態に気づいて怪訝そうに声を掛けた。
「リア……?」
恥ずかしさでショート寸前のリアにはクウの声は聞こえない。両手で頬を覆ってイヤンイヤンと首を振っているだけだった。
(何この可愛い生き物……)
悶えるリアの様子を眺めながらニヤニヤとするクウ。「最近のリアは随分と女の子してるなぁ」などと呑気なことを考えながら観察していた。
慎ましく、貴族の令嬢として育てられてきたリアにとって、感情を素直に出すという行為は縁遠いものだった。しかしクウと関わり合い、貴族を止めたことで随分と感情豊かになってきた。思春期の女の子であり、精神面でも大きく成長する時期なのだ。
可愛くなるのも当然である。
(映像記録の魔法でも作ってみるか……? 特性は「光」と「夜王」か? この状況を「夜王」で切り取って「光」で……いや、無理だな。《森羅万象》と組み合わせられたら保存できるかもしれないけど……)
複合スキルでない限りはスキル効果を組み合わせることは不可能だ。いや、絶対に不可能ではないが、長い修練を必要とするのだ。いくらクウと言えども即興で可能な技ではない。
それに上位複合進化する組み合わせのスキルでなければいくら修練しても可能にはならないという制約もある。
折角の面白い光景だが、クウは記録することを断念して脳内保存に専念することにしたのだった。





