EP121 洞窟①
五日間の連日投稿をします
一筋の光が瞼の裏を刺激する。
生い茂る常緑樹の葉の隙間を通って差した光は、木にもたれかかって眠る二人の目を覚ました。
「んん……ん?」
初めに目を開けたのは黒髪黒目黒コートの少年クウ。歳の割に幼い顔つきの彼は、ふと見れば少女のようにも見える。しかしその正体は異世界エヴァンでも最高クラスの能力を持つ天使。
さらにコートの下にはデザートエンペラーウルフの皮で作られた防具を着て、左手の指には無限収納が可能な虚空リングを装備している。Xランクの指名手配犯として指定されているが、その実力は本当に計り知れない。
「リア、起きてるか?」
「……はいぃ」
寝惚けた様子で声をあげたもう一人は正真正銘の少女であり、栗色の髪が靡く美貌の元令嬢である。白ローブを纏っていることから、隣にいるクウとは対照的な雰囲気を発しているようにも感じられる。
「もう昼過ぎか……」
クウはそう呟きながら真上に登っている太陽を見上げた。僅かばかりに西へ傾いていることから、既に午後に突入していることが予想できる。実際にクウの腕時計で確認すると午後二時手前といった時間帯だった。
「あー、身体痛ぇ」
「《回復魔法》を使いますか?」
「いや、自分でやるよ」
杖を構えるリアを制して、クウは魔力を練り上げる。《月魔法》の「矛盾」特性に含まれる「再生」で肉体疲労を無理やり回復させた。消費魔力も多くないため――ただしクウ基準――非常に便利な魔法なのだが、不自然に回復させることが体に良いわけがない。
回復には体力が必要であるため、連続で使用すると体がエネルギー切れに陥るのだ。
食事、睡眠(休息)のバランスが大切なのである。
クウが魔法で肉体疲労を治癒している間、同様にリアも自分の《光魔法》で痛む体の節々を治療していた。【固有能力】の《治癒の光》を持つ彼女の場合はクウよりも低燃費で発動できる。
「しかし魔法ってのは便利だ」
「クウ兄様の世界にはないのですよね?」
「多分ないハズだ」
「多分ですか……」
中世ヨーロッパでは真剣に魔女狩りがあったほどだ。隠れて魔法が使える者が居ても不思議ではないだろう。クウとて地球の全てを把握しているわけではないのだ。
「まぁ、でも疲労回復と言えば普通に薬だったな。湿布薬とか錠剤とか色々あったけど即効性ではなかった」
「そんな薬が? エヴァンではポーションが万能薬として出回ってますね」
「うちの世界では何千何万って数の薬があったからな。しかも常に進歩してたし」
元素解析が出来るようになると、薬の製造幅が大きく広がった。紙面で理論立てた物を組み立てることが出来るようになったからだ。それによって効率よく薬が生み出され、次々と病気に対する特効薬が合成されている。
「まぁこっちには《回復魔法》っていう反則技があるけどな」
「私としては魔法以外の手段がある方が素晴らしいと思います。平民でも安く治療が受けられるのですよね?」
「んー……まぁ俺の国には平民自体いないんだけどな。というか身分制度がないから。それに安く治療できると言っても大体200L……つまり小銀貨二枚程度はかかるしな」
クウはそう言って治療を終える。
傷の回復ではないため、かなり手早く完了した。続けてリアも完了し、二人は立ちあがる。パキパキと関節の鳴る音がしたが、酷い疲れは既に残っていなかった。
「何か食べながらゆっくり歩くか……」
「そうですね」
あまり食欲の湧かなかった二人は虚空リングとアイテム袋から適当な保存食を出して齧る。
日が昇るまでまともに休むことが出来なかった二人は、スケルトンが地中に戻る日の出と同時に眠りにつた。当然ながら食事もとってないのだが、生活リズムが崩れたためか食欲は思ったほどないのだ。
ガッツリとした料理よりもサンドイッチのような片手間で食べられるようなものが好ましい。尤も、旅の途中でそんなものにありつくのは難しいため、仕方なく干し肉を齧っているのだが……
「しかしホントに生物の気配がないな」
「スケルトンのみが生息する魔の山ですからね。他の山脈の王たちの領域でも似たような状態なのでしょう。ここは夜にしか活動しないアンデッドの生息地ですから、昼間は安全なのが救いです」
よく見れば小さな虫程度の生物を見つけることが出来る。
しかし一定以上の体躯を持つ生物……魔物や動物は気配すらも感じ取れなかった。スケルトン種以外の存在を許さない死者の大地を浄化するとすれば相当な苦労をすることだろう。山火事を起こす規模でなければ染みついた怨念を晴らすことは難しい。
そんな生者を拒む土地も昼間に移動する分には寧ろ安全なぐらいだった。積もりに積もった怨念が放つ波動を感じた魔物や動物はキングダム・スケルトン・ロードの領域に近づくこともない。
そうでなければ昼と言えども見張りも無しに眠れるはずがないのだ。
「しかし本当にどこからスケルトンが湧いてるんだ? 怨念があっても死体がなかったら生まれないハズだって書物には書いてあったんだが……」
「そうですねー。私にも分かりません」
「だよなぁ。《森羅万象》が使えればいいんだけど、あの能力ポンコツだからな」
「そうなのですか? 便利そうだと思うのですが?」
「ハイスペック過ぎて俺には使いこなせない」
情報系スキルの中でも最上位能力である《森羅万象》は視覚で捉えたものの情報を開示・秘匿するというものだ。その気になれば個人の過去すらも閲覧することが出来る。神の権能の一つである全知を劣化させたものだと考えればいい。
しかし余りに多すぎる情報は人の身で受けるには過ぎたるものだ。ステータス開示程度に留めなければ身が持たない程の情報を頭に詰め込まれることになる。
クウは以前に神種トレントのボロロートスを過去に遡って情報開示させたことがあったが、あれも大まかな部分以外は排除していた。細かく日常まで閲覧していれば、今頃クウの脳神経は焼き切れていたことだろう。
「―――つまり危険すぎる能力だから、山脈を調査するなんて使い方をするのは無理だ。俺が死ぬ」
クウも《森羅万象》はステータス情報の開示と秘匿だけをメインで使っている。《看破》と《偽装》の強化版だとも言えるので、決して使えない能力ではないのだ。
「山脈を調査するには俺たちだけでは足りないな。俺クラスの奴が数人いれば大丈夫かもしれないが、調べたところで得なことはなさそうだしな」
「私たちも余計なことをせずに山脈を越えた方がよさそうですね」
「ああ」
初めこそ張り切っていた二人も、実際に人魔境界山脈の脅威を知ったことで自重することにした。迷宮にたったの二人で挑んだことも無謀だが、この山脈に至ってはもはや正気を疑われるレベルだ。
昼間は安全なスケルトンの領域故に休む間を与えられているが、ここ以外の領域ならばそんな時間すらもなくなるのだ。普通は誰も挑もうとは思わないだろう。
以前に勇者を伴って魔族の砦を襲撃した際に調査したことで、人族の中では余計にその風潮が強くなったのだった。
そして少し湿った斜面を踏みしめながら山頂を目指して歩くこと数時間。夕日が朱く差し込み、目を上げれば山頂が見え始めた頃、クウとリアは怪しげな洞窟を発見した。
さすがにすぐに入るような愚かなことはせず、立ち止まって外から観察する。
「洞窟か……」
「入りますか?」
「うーん……」
これからスケルトンとの戦闘が始まるので、そろそろ休憩するべきだ。今回は初めから幻術で隠れておくつもりなのだが、それでも十二時間以上も気を張ってく必要がある。冬の時期ゆえに夜が長く、クウの負担も非常に大きい。
「洞窟に入って幻術で隠すか? それなら中で休めるしな」
クウは隠れるのに最適な場所だと判断した。《幻夜眼》の幻術能力ならばスケルトン如きを欺くなど児戯に等しい。リアもクウの意見には賛成だった。
「では中に入って少し調べましょう。安全が確保出来そうならクウ兄様の意見を採用することにします」
「当然だな。一応逃げだせるかどうかも確認した方が良さそうだし」
意見の一致した二人は朱い光の照らす洞窟に足を踏み入れる。奥の方は暗がりになって見えないが、かなり大きくて奥まで続いている洞窟だと分かった。
特に足跡なども存在せず、スケルトンがいた形跡なども見られない。人為的なものであることも疑っていたが、入り口付近は極めて自然な形をしていた。
「あまり声が響かないな。かなり大きな洞窟らしい」
「入り口も大きいですからね。崩れないでしょうか?」
「材質は岩みたいだし大丈夫だろ。年月を経て岩石化した堆積岩の一種みたいだ。ちょっとした地殻変動で偶然にも洞窟になったのかもしれないな」
「私には理解できません……」
地下プレートがぶつかり合って出来た褶曲山脈である人魔の境界は、常に不自然な圧力が掛かっている。人のみでは計算できない複雑なロジックが組み合わされば、洞窟の一つや二つが出来たとしても不思議ではないのだ。
尤も、これは地球の地学的な知識であり、リアには全く理解できていなかったのだが……
「ま、夜になるまでに奥の方も少し見ておこう。あまりに大きすぎるようなら無理はしないけどな」
クウは無詠唱で明かりを生み出して洞窟の奥に歩き出した。
それにはリアも頷いてクウの後に続く。傾き始めた夕陽が差してかなり奥まで照らしているのだが、それでも深奥が見えないほどには続いているらしい。二人はすぐに《光灯》の光に頼るようになった。
湿度が高いのか、ジメジメとした湿った空気が肌に触れて息もし辛い。これが夏だったならば、服が張り付いて非常に不快なことになっていただろう。
「思ったより奥が深いのか?」
予想外に広く大きな洞窟に、クウは思わずそう呟く。
初めこそ隠れられるならいいか……という気持ちだったが、これほどの規模の洞窟だとは思わず興味を引かれていた。自然発生するには大きすぎる洞窟だという部分もある。
やはり人為的な洞窟なのかもしれないと思い始めたクウの考えを裏付けるかのようにして、視界の先に自然では有り得ないだろう光景が広がる。
「兄様……」
「ああ、どうするかな……」
《光灯》の光に照らされて二人の前に現れたのは洞窟の分岐点。これほど違和感なく左右の二つに分かれた分岐が自然の洞窟で現れるとは考えにくかった。
藪蛇を突く前に引き返すべきかとも思うクウだが、それと同時に興味もそそられる。
ちらりと腕時計を見れば既に夕方の五時。そろそろ日も沈んでアンデッドの時間となる。
「どうせ入り口には幻術をかけ忘れたしな……姿を隠してこのまま進んでみるか?」
「私は兄様について行きますよ」
「いや、もう少し自分の意見を尊重してもいいんだけどな……まぁいいや。取りあえず左に進むぞ」
「はい」
二人はそのまま左の道に進む。
コツコツと岩を鳴らす音と魔法の明かりが洞窟の奥へと吸い込まれていった。
 





