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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔の境界編
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EP120 逃げの一手


「しかし一体どこからスケルトンが湧いてるんだ? リアが浄化した数だけでも千近いと思うんだが」


「確かにそうですね。過去に戻ってきた者が居ないというのも納得です」



 ファルバッサの話では、人魔境界山脈を支配する六種の魔物たちの中でもスケルトンは多い方らしい。それを考慮しても驚愕すべき数の魔物だが、空中を行くクウとリアには関係の無い話だった。



「まだ山の中腹あたりだ。今晩の内に山頂まで進んでおきたいところだな。こんな面倒な場所はさっさと通り抜けたい」


「またわたくしが迷惑を掛けてしまって申し訳ありません」


「気にするな。むしろこんなところに連れ出して悪かったな」



 クウはリアを誘拐した名目で連れ出している。神託によってクウが虚空神ゼノネイアと繋がりがあることがバレてしまったため、共に行動しているリアにまで余計な詮索が及ばないように【ヘルシア】で一芝居打ったのだ。

 お陰でクウ自身はXランク指定の指名手配犯となったのだが、これから魔族領に向かうクウは全く気にしていない。だが流れでリアを巻き込んだことには罪悪感を感じていた。



「ほとぼりが冷めるまではリアもルメリオス王国には戻れないかもしれないしな。俺は異世界人だから気にしてないが、リアはそうでもないだろう? 一応故郷だし」


「そうでもないですね。わたくしは兄様と共に旅をするもの楽しいです」


「そ、そうか」



 純粋な笑顔を向けられて思わず目を逸らすクウ。

 実はリアが運神アデルの加護を持っているという事実もあって共に行動しているのだが、こうして邪気のない表情を向けられると心が痛む。神々に秘匿されていることもあって時が来るまで黙っているつもりなのだ。

 嬉しそうにクウに抱き着く手に力を込めるリアにドキリとする。元伯爵令嬢らしく、美しい栗色の髪に陶磁のように透き通った白い肌を有するリアは、確実に美人の領域に所属している。思春期真っ只中のクウには非常に目にも身にも毒だった。



(夜になると相応の妖艶さが滲み出るよなぁ。流石は元令嬢)



 今のシチュエーションとしては、満月に近い明るい夜を美女と共に空の散歩というロマンチックなものだ。恋物語に登場する王子様でもこの状況を作るのは無理だろう。

 天使のような少女と本物の天使によるクオリティは恋愛小説すらも凌駕するらしい。

 クウは高ぶる煩悩を沈めながらも、どこか誤魔化すようにして目を地上に向ける。



「そう言えば今日は上位種が出てこないな。見渡す限り雑魚だらけだ」


「ロイヤル・スケルトン・ナイトですか? わたくしでは歯が立たないので出会いたくないですね」


「俺も結構本気で戦ったからな。《気纏オーラ》が厄介だった。俺も習得できないかな?」


「クウ兄様なら出来る気がします」


「暇があったら練習してみるか……」



 昨日ロイヤル・スケルトン・ナイトと戦ったときは《気纏オーラ》が非常に厄介なスキルだったと言えた。あらゆる耐性を纏い、身体能力も数倍になるという破格の能力であるため、非常に物理特化の能力だと言える。

 だがシンプルな強さ故に対抗策も少ない。

 クウも《幻夜眼ニュクス・マティ》と《身体強化》で対抗したのでどうにかなったが、普通ならば瞬殺される程度には強かったのだ。それでいて山脈最強のキングダム・スケルトン・ロードではないというのは驚きである。



「いっそ幻術で姿を隠すか……?」



 リアを抱きかかえている以上は両手が使えない。背中に抱えるとしても翼があるので不可能だ。出来たとしても押し付けられる二つの柔らかいモノのせいで戦闘に集中できないだろう。今はローブに隠れているが、リアは出るところは出たスタイルをしているのだ。

 ならばいっそ、初めから姿を隠して戦闘を回避した方が良い。

 今は地上で恨めしそうに眼孔を滾らせているだけだが、遠距離攻撃の出来るスケルトンも居ないわけではない。スカルメイジやスケルトンアーチャーといった遠距離専門のスケルトンも存在するのだ。



「一方的に攻撃されるの癪だし、魔法を使って撃退するぐらいなら幻術を使った方が魔力消費も少ない……」


「兄様!」



 ブツブツと呟きながら考え事をしていたクウにリアが呼びかける。

 その声にはどこか焦っているような響きがあり、思考の海に没していたクウも意識を戻された。



「どうした?」


「アレを見てください」



 リアの視線の先。

 薄っすらと月明りの照らすスケルトンの大軍の一画では、妙にスケルトンが規則正しく並んでいた。そして揺れる眼孔の魔力光はしっかりとクウとリアを捉えている。

 その手に持つのは大型の弓。かなり遠くまで届かせることが出来るだろうと思われる。そんなスケルトンアーチャーがズラリと並んでいたのだ。



「あ……遅かったか」



 ただ地上から眺めているだけのスケルトンに油断していた。統率個体がいるということは、スケルトンの大軍は本能だけで動いているわけではないのだ。地上から二人を眺めていたスケルトンは油断を誘うためと、気配を逸らすためのデコイであり、本命は待ち伏せをしていたスケルトンアーチャーだった。



「……兄様?」


「拙いな」


「えっ?」



 クウは翼を動かして体を右にずらす。

 ヒュン……と空を切るような音と共に、先ほどまでクウとリアが居た場所を一本の矢が通過した。



「リア、しっかり掴まってろ」


「は、はい!」



 クウはリアを抱える手に力を込め、リアも同様にしっかりとクウに抱き着く。

 その瞬間、一斉に弦を弾く音と共に幾千もの矢が飛来した。



「ちっ……《魔障壁》」



 クウは舌打ちをしながら《魔障壁》を使用する。クウとリアを包み込むようにして球状に展開された魔力の防壁が青白い光を纏っている。光属性のような特殊なもの以外なら大抵を防ぐことの出来る有能な能力ではあり、物理攻撃である矢を弾くことに何の問題もなかった。

 

 カカカカカカキン

 

 連続で矢が防壁にぶつかり、金属音を鳴らしながら弾かれていく。それなりに高い位置にいるクウとリアの元に届く矢は、既に失速して威力が落ちていることが多く、矢がぶつかる度に消費される魔力もそれほど多くはない。

 しかしここでも数は力。

 「塵も積もれば山となる」という言葉通り、数えきれない矢の攻撃は確実にクウの魔力を削っていた。



「《幻夜眼ニュクス・マティ》」



 クウはすぐに幻術を使って残像を残し、本体は姿を消して矢の雨による被害を受けない場所まで移動する。放物線を描きながら飛来する矢の雨も、懐に入ってしまえば被害を受けることはない。たまに流れ弾がやって来ることもあるが、数本程度であるため避けることも容易い。

 クウは上手く幻覚を囮にしてスケルトンアーチャーの攻撃を回避した。



「少し焦ったな。『《圧潰グラビティプレス》』」



 山肌に群がる通常のスケルトンを圧殺して降り立つクウ。執拗に空中の幻覚を狙っているスケルトンアーチャーの攻撃は二人の頭上を越えて遥か後方に着弾していた。

 パキリと潰れたスケルトンの遺骨を踏みながら、リアもクウの腕から離れて並び立つ。



「これからどうしますか? 空中も安全ではないようですが」


「そうだな……幻術で囮を作りながら逃げて隠れる場所でも探すか」



 見渡す限りスケルトンの白で埋め尽くされているのだが、山全体にスケルトンが群がっているわけではない。上手く避けながら移動すれば戦闘を回避することも不可能ではないのだ。

 ただし、一度でも見つかれば無限とも呼べるスケルトンが一挙に襲ってくる。厳重な注意が必要だ。



「こっちだな。『《閃光フォース・レイ》』」



 クウが手を翳した先から極太の閃光が放たれて一直線上のスケルトンを消滅させる。

 《魔力感知》と《気配察知》を使ってスケルトンのいない方向を割り出し、その道を阻むスケルトンを一掃したのだ。



「走るぞリア!」


「はい!」



 スケルトンが消えた所を駆け抜けるクウとリア。さすがに《光魔法》を使ったことで数体のスケルトンに存在がバレたようだが、地面から新たに這い出るスケルトンはクウが感知して《圧潰グラビティプレス》で押しつぶす。

 魔力切れのリアに負担を負わせないように、全てクウが対処しながら一気に走り抜けた。

 方向としては東南……つまり山を登りながらの方向であるため、どうしてもペースは落ちる。



「《幻夜眼ニュクス・マティ》」



 クウはもう一度幻術でスケルトンの目を誤魔化しながら、リアの手を引いて少し跳躍する。いきなりのことで驚いた様子のリアだったが、クウは構うことなくリアを引き寄せて翼を開いた。灰銀の粒子が夜空を彩り、美しい軌跡を残す。しかしスケルトンはそれを知覚することは出来ない。

 スケルトンが幻術のクウとリアに構っている隙に、幻術で姿を隠して再び空に逃れたのだ。



「一段落したか……?」



 見れば初めのスケルトンアーチャーの大軍は未だに幻術のクウを狙って弓を放ち続けており、地上を逃げるもう一つの幻術を追いかけるスケルトンの姿も見える。

 考える頭の足りない下級の魔物故に簡単に騙せたのだが、昨日のような高位の存在であれば欺くことが出来たのかは不明である。少なくとも戦場の不自然さには気づくだろう。

 一息つくことが出来たクウは、改めてリアの方に目を向けて声を掛ける。



「リアは大丈夫か?」


「……」


「リア?」


「……」



 どこか機嫌の悪いリアの様子を見てクウは焦る。

 自分が何かしたのか? と考えるが思い当たる節はない。

 しかしリアが怒るもの当然である。クウとリアの仲であるとは言え、いきなり説明もなく女性の腕を掴んで引き寄せたのだ。元令嬢であるリアからしてみれば、断りもなく触れるのは普通は有り得ない。

 リアとしても嫌がっている訳ではないのだが、心の準備もなく何度も異性に触れられるのは経験したことのないほど心臓に悪いことであり、逆に何も感じていない様子のクウに言いようのない怒りを向けるのは当然のことだった。



「何に怒ってるんだよ……」


「別に何でもないです」



 全く分かっていないクウはリアに聞いてみるが、リアも頬を膨らませながらそっぽを向くだけである。クウとしては「絶対怒ってるだろ」と言いたいのだが、それを言うとさらに機嫌を損ねるような気がしたので別の言葉を選んだ。

 だが……



「お前が頬を膨らましたところで可愛らしいだけだぞ?」



 という言葉が出てきたのはクウらしいといったところだろう。

 クウとしては「何に対して怒っているのか分からないから言葉に出してみろ」という意味を含んだつもりだったのだが、この言葉は予想外の効果を齎した。

 リアがみるみる内に顔を紅くしていくのが見て取れる。



「こ、これだから兄様は……」


「おーい、リアー?」



 自称空気の読める男のクウも、この時ばかりは鈍かったのだった。

 その後、夜が明けるまでリアを宥めていたのは言うまでもない。




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