EP119 終わらないスケルトン
感想にて指摘された誤りを修正。
また前章で、商人のコルテさんが盗賊から馬車から逃げていた場面の考察で指摘を受けました。
一介の商人如きの保有する馬が時速40kmで走るとか無理だろ。
というものです。
確かにそうですが、ここは作者にのみ許された封印されし禁忌の邪法
ご・都・合・主・義☆
で一発解決です。
というのは冗談で、ちゃんと解説します。
単純に動物にもステータスが反映されているというだけの話です。例えばクウならば亜音速移動が可能なステータスを保持しています。馬を初めとした動物にもステータスは反映されているため、普通よりは運動能力が高いと考えてください。
また、レベルアップの仕組みについてですが、殺害による経験値システムではないとだけ言っておきます。恐らく次の次の章あたりで解説できると(たぶん)思います。
ですので普通の動物や幼児でも魔物などの殺害以外でレベルアップできます。
同刻、クウとリアのいる遥か東の山脈。
万を超える強力な魔物が闊歩する人魔の境界線は既に夜を迎えていた。時差の関係で、セイジたちが大地の浄化に勤しんでいる時には既に月が昇っていたのだが、昨晩に満月の日は過ぎ、今日は少しばかり欠けているのが見て取れる。
しかしクウとリアには月を観察しているような余裕はない。
無限とも思われるスケルトンは今晩も二人に襲いかかってきたのだ。
「ああっ! 鬱陶しいっ!」
クウはそう叫びながら刀を振る。
首を落とし、脚を切り払い、魔石を破壊する。
神刀・虚月によって設置された斬撃が奔り、多くのスケルトンが白い破片を散らしていた。
戦闘を始めて既に五時間。クウの天使としてのステータスだからこそ戦えているが、普通ならば体力が尽きて死んでいる。長きにわたって人と魔を隔ててきた境界は伊達ではないのだ。
「クウ兄様! 魔力切れました」
「またか!?」
リアは昨日同様に《光魔法》で大量のスケルトンを一気に浄化していたのだが、そんな大規模浄化を一人で実行していれば魔力が尽きるのも当然である。レベル100を越えた《到達者》ではあるのだが、所詮は人の領域である。SSランク冒険者としての実力ならば相応だが、クウと並んで戦うには足りない。
もちろんリアが弱いわけではなく、クウが強すぎるのだ。通常の四倍近いステータスと【通常能力】を遥かに凌駕する【魂源能力】を宿すクウに勝てる者の方が少ないだろう。
しかし数の暴力は恐ろしい。
いくら倒しても湧き出るスケルトンに、さすがのクウも疲労が出始めていた。
「一旦空に逃げるか……?」
クウの翼を使えばリアを抱えても空中に逃げることは出来る。その気になれば日が昇るまで空に留まることも可能だろう。しかし根本的な解決にはならない。
魔力が切れたリアを守るように神刀・虚月を振り、迫りくるスケルトンを切り飛ばす。何度かMPポーションを使っているリアにこれ以上の魔力回復は期待できないため、あとはクウだけが頼りだ。しかしこの状況はジリ貧と言う言葉が相応しい。
「兄様、昨日の魔法は?」
「あれは満月の夜であることが条件の魔法だから無理」
夜に生きる存在の意識を上塗りし、支配権を奪い取る《権限執行:夜》は「夜王」の特性を込めた強力な魔法だが、満月の夜でなければならないという制約がある。クウ本人は実用性の低い使えない魔法だと考えているが、普通では有り得ないほど強力な効果である。
しかし満月の夜は昨晩に過ぎてしまった。同じ手は使えない。
「くそっ!」
クウは仕方なく意識を背中に集中して翼を展開する。苛立ちと共に激しく広げられた灰色の翼は周囲のスケルトンを吹き飛ばす。カチャカチャと骨を擦り合わせるスケルトンが性懲りもなく這寄るが、強烈にうねる六つの翼が寄せ付けない。
「リア、飛ぶぞ!」
「え? 兄さ……きゃあああっ!?」
状況に追いつけないリアを無理やり抱えて空中へ飛び立つクウ。一条の銀閃を残して夜空を彩る。いい加減イライラしていたクウだが、一応リアには気を遣っている。急激な加速によるGを軽減するようにして飛翔している。
しかしリアが気にしているのはそこではなかった。
「に、兄様が……私を抱えて……」
「リアー、気分悪いとかないか? 一応気を付けて上昇したんだけど?」
「え? いえ、むしろ気分が良い……何でもないです」
「そうか?」
大好きなクウに抱きかかえられて顔を紅くするリアだが、夜という時間が功を奏してクウが気づくことはない。尤も、リア自身ですらその感情が恋に準ずるものだとは気づいてないのだが……
良くも悪くもお互いに兄妹としての感情しか抱いていない二人なのだった。
「ともかくこのまま山を越えるぞ。やってられん」
「あの……レベル上げは……?」
「俺の見立てが甘かった。以上」
「あ、そうですか……」
実際にクウが魔の山脈を舐めていたのは事実だ。
確かに出てくる魔物はクウの相手にならない程度だ。リアでも十分に対処できる上に、相手が《光魔法》を弱点とするので相性も良い。しかし無限だとすら思わせる数に、昨日出現した強力な個体……リアでは歯が立たないロイヤル・スケルトン・ナイトもいる。
無理をするのは禁物だと悟ったのだ。
「さすがにこの数のスケルトンは予想外だろ?」
「確かにそうですね」
クウとリアが見下ろせば、山肌が隠れるほどにスケルトンが埋め尽くしている。
満月ではないといっても、それに近い明るさがあるのだ。眼下がスケルトンの白で埋め尽くされているのを見ればその感想を浮かべるのも当然だろう。
それに一対一が得意なクウとしては海辺の砂のようなスケルトンを相手取るのは悪手。どちらかと言えば一定以上の強者と戦う方が好みでもある。
リアも先程までいた場所にスケルトンが蠢いているのを見て頬を引き攣らせながらクウに抱き着く。冒険者活動の長いリアだが、女性として何も感じないわけではなかった。
そんなリアにクウはふと呟いた。
「珍しいな」
「何がです?」
「リアも甘えることがあるんだなーって思って」
「え?」
どうやらクウに抱き着いたのは無意識らしく、リアは慌てて手を放して恥ずかしそうに胸の前に手を戻して顔を俯ける。覗き込めば紅潮して爆発しそうになっているのが見れたのだろうが、自称空気の読める男であるクウはあえて気づかないことにしたのだった。
「あうぅ……」と唸っているリアに気遣って、クウは話を変える。
「そう言えばレベルは上がったか?」
「はうぅ……え? あ、見てみます」
リアも話を逸らしたクウの気遣いに感謝しつつ、恥ずかしさを誤魔化すようにしてすぐにステータス画面を開いた。
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リア・アカツキ 15歳
種族 人 ♀
Lv159
HP:8,742/8,742
MP:62/9,418
力 :6,842
体力 :6,719
魔力 :8,245
精神 :8,112
俊敏 :7,849
器用 :8,021
運 :31
【固有能力】
《治癒の光》
【通常能力】
《礼儀作法 Lv4》
《舞踊 Lv4》
《杖術 Lv5》
《炎魔法 Lv7》
《光魔法 Lv8》 Lv1 UP
《回復魔法 Lv7》
《魔力操作 Lv3》
《魔力感知 Lv3》
【称号】
《元伯爵令嬢》《魔法の申し子》《妹》
《到達者》《浄化師》
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大量のスケルトンを浄化したためか《浄化師》の称号が追加されていた。そしてレベルも大幅に上昇し、《光魔法》のスキルもレベル8になっていた。このレベルまで到達すれば、国お抱えの魔法使いとして名を馳せていても不思議ではない程である。
「ま、またレベルが負けただと……」
クウも別の意味でリアのステータスに顔を引き攣らせていた。
現在のクウはLv148であり、知らない間に十以上もレベル差をつけられてしまったのだ。もちろんステータス上はクウの方が圧倒的に上なのだが、兄として妹のリアよりもレベルが低い状況は見過ごせなかった。
ちらりと眼下のスケルトンを見下ろしながら低い声で呟く。
「……ちょっとスケルトン狩りでもしようかな」
「に、兄様?」
「なあに、ちょっと山全体を覆いつくす超範囲殲滅魔法を使うだけさ。演算と魔力練り上げに三十分程かかると思うけど空中なら大丈夫だろ」
「兄様、落ち着いてください。下手にスケルトンの数を減らすと山脈全体のパワーバランスが崩れて、最悪の場合スタンピードが大規模に発生するかもしれないとファルバッサ様も仰っていたではないですか!」
「ちっ! そうだった」
そもそも山全体を攻撃できるような魔法を一人で発動できるという部分がおかしいのだが、リアもそこは指摘しない。クウならば……信頼する兄ならば問題なくやってしまうだろうと確信しているのだ。
「どうせスケルトンの相手をしても意味はないですし、今晩の内に山を越えませんか? クウ兄様なら出来ると思うのですが?」
これ以上レベルについての話題に触れるのは拙いと考えたリアはベクトルを変えて話を振る。
どちらにせよ魔力の切れた自分は役に立てないので、今はクウが頼りになるのだ。しかしクウもリアを抱えており、まともに戦闘をするのは難しい。せいぜい魔法を撃ちこむ程度だろう。
それならばスケルトンは無視して山を越えた方が賢明だと判断したのだ。
実際に山自体も標高二千から三千メートル程度であり、クウの飛行速度なら一時間となく超えることが出来るだろう。
しかしクウはリアの提案に対して首を横に振りながら反対した。
「ダメだな。急激に山越えすると高山病になる恐れもある。ゆっくりした方がいい」
現にクウの飛行速度は徒歩と余り変わらない。
銀とも灰色とも呼べる色を放つ粒子を振りまきながら、ペースとしては非常にゆっくりと山頂を目指していた。気圧の変化による高山病を恐れたのである。
山登りなどしたこともないお嬢様育ちのリアには理解できなかったが、クウならではの異世界知識なのだろうと考えて特に反発もしなかった。
特に反論する様子もないリアを見てクウも話を続ける。
「まぁ、さっさと山を越えたいのは俺も同じだ。夜が明けるまでリアを抱えながら飛行状態を維持するのは結構辛いからな」
「す、すみません。重たい……ですよね?」
「ん? ああ、そっちは大丈夫だ。リアは軽いしな。それに俺のステータス舐めんな。俺が言った疲れるってのは精神的な方だよ」
クウの言葉は偽らざる真実なのだが、確かに言葉足らずではあった。年頃の女性を気遣う上ではNGワードであったと気付いて慌てる。しょげるリアを見てクウはすぐにフォローした。
(これが優奈だったら殴られてたな……木刀で。いや、下手したら模擬刀で斬られてたかも……)
山脈の向こう側に居るはずの幼馴染を思って身震いするクウ。何事にも冷たいクウが気を許す数少ない大切な存在であり、クウの旅の最大の目的でもある。
目標を再認識し、新たに気合を入れ直すのだった。
 





