EP118 寂しい後処理
今回でスタンピード編ラスト!
東の空が青みを帯びる。
しかしその光は祝福ではなく、慈愛と慰めを表しているかのようだった。
セイジの機転によってリッチを討伐することに成功した討伐軍。本当に討伐できたのか? という疑念から一睡もすることなく朝日を待ち望んでいた。
「朝……ですか」
フォルネスはそう呟く。
彼も光に包まれて消滅するリッチの姿を目にしていた。念のため警戒は続けていたが、既に任務は完了したのだと確信している。しかしその顔に喜びの色はない。
リッチの《時空間魔法》による攻撃でSランク二人を初めとした多くの優秀な冒険者を失ったのだ。これでは半分失敗しているようなものである。
もちろん、相手が強すぎたという面もある。しかしリッチの策に嵌り、無駄に犠牲を出してしまったことも変えようのない事実なのだ。ギルドマスターとしての地位も失墜することは間違いない。
(それも仕方ないでしょう。私は光神シン様のために役立てなかった。それだけのことです)
フォルネスは意外にもそれほど悲観はしていなかった。元から地位に対する執着はなく、むしろ光神シンの民である人族が数百人も死ぬ結果となったのだから死を以て償うことも厭わない覚悟だった。
それに討伐遠征も帰るまでが任務だ。
それまではフォルネスが責任者であるため、それを勝手に放棄する訳にはいかない。彼はすぐに近場に居た者に指示を出した。
「もうアンデッドを心配する必要はないでしょう。休憩をするように伝えてください。それと《炎魔法》が使える者は昼頃に集合するように呼び掛けることを忘れないで下さい」
「はい」
指示を受けた冒険者は疲れを浮かべながらも了承する。あとは伝言ゲームの要領で全ての冒険者に伝わっていくことだろう。ひと段落したフォルネスは自らと契約している風の精霊に呼び掛けて、少し離れた周囲で警戒している精霊部隊にも同様の伝言を送った。
精霊部隊隊長のサフィーにもすぐに伝わったのだろう。すぐに返信が返ってきた。
(ふぅ……私も少し休みますか)
フォルネスは崩れるようにして地面に座り込んだ。
◆◆◆
数時間後には数か所で火が焚かれて食事が振舞われていた。もちろん内容は豪華なものではなく、一般的な野営の食事を少し贅沢にした程度のものである。
具体的には米、葉っぱの汁、干し肉である。
実はエルフの国では水稲耕作が行われており、主食は米と小麦が半々となっている。水と火と鍋さえあれば何処でも調理できる穀物として、野営でも食べられることは少なくない。尤も、ルメリオス王国にはあまり浸透していないため、セイジたちですら【アルガッド】に来て初めて知ったことだった。
「梅干しか鮭が欲しいね……」
「私は塩昆布一択かな?」
「私は高菜ですね」
三者三様の好みを語り合うセイジ、リコ、エリカの勇者パーティ。振舞われたおにぎりを頬張りながら、欲しい具材についての協議をしていた。
「やっぱり米は塩が効いた具材だと思うんだよね」
「パンは油と合いますけど塩味とはイマイチですからね」
疲れた体に塩分が染みわたる。
そんな感覚を期待していた三人としては、塩すら付いていないおにぎりは正直に言うと微妙といった感想だった。リコとエリカは特に落胆しながらボソボソと口を動かす。
仕方なしに干し肉から塩分を取るが、お世辞にもおいしいとは言えない。特に日頃から冒険者らしくない食事をしている三人には非常に堪えた。
普段は【アルガッド】にある王族の別荘に住んでいるため、朝夕の食事は非常に豪華だ。昼もそこで作られた弁当を迷宮内で食べるので、野営で取るような貧相な食事は殆ど経験がなかった。
しいて言うなれば、【アルガッド】に向かう間の一か月強に少し経験した程度である。
「うわぁ、この汁苦いよぉ」
「理子ちゃん……耐えるのです」
スープはヒラヒラ草というポーションの原料となる薬草を使ったものだ。体力の回復や、精神安定の効果があるのだが、非常に苦いという欠点がある。それでも自分の体のためだと割り切って黙々と流し込むのが一般的な冒険者だが、元一般人のリコとエリカには難しかったらしい。
セイジも口に残る苦みと戦いながら二人を眺めていた。
「そう言えば《炎魔法》の使い手は昼頃に集合が掛かっているんだよね。僕と理子は行かないと」
「ん~、そうだっけ?」
「理子ちゃん……フォルネスさんが言っていた土地の浄化ですよ」
「あ、そうか」
熱を媒介して「浄化」することの出来る《炎魔法》は、土地や物体を浄化するときには非常に効率がいい。大量のアンデッドを討伐した以上、今いる周辺の大地には大量の怨念が染みついているのだ。それを浄化してから帰らなければアンデッドの温床となってしまう。
「結構広いけど《炎魔法》は《光魔法》と違って使い手が多いから負担は少ないかな?」
「だけど殆どの人が魔力を使い切っているから結局は清二が頼りになるかもね」
「《魔呼吸》ですか? 便利ですね」
「まあね」
セイジは苦笑しながら空を見上げる。
スキルポイントを消費して取得した《魔呼吸》は非常に強力なスキルだ。レベル1での習得でさえ40ポイントを消費することになったのだから当然の能力であるのだが……
現に今もセイジは《魔呼吸》を使って魔力を回復し続けている。スキルの練習も兼ねているのだが、何より早めに魔力を回復してもしもの事態に備えようとしていたのだ。
確かにアンデッドは討伐したが、他の魔物に襲撃されないとは限らない。ここにいる冒険者の殆どは疲れ切っており、このまま魔物に襲われれば怪我人が……下手をすれば死者すら出る可能性もある。念には念は入れた方がいい。
セイジは気合を入れるつもりで苦いスープを一気に流し込んだ。
◆◆◆
結局、魔物に襲撃されるようなことはなかった。
周囲の魔物は軒並みゾンビに変えられてしまっていたのだろう。少し歩けば遭遇するゴブリンのような魔物すらも見当たらなかった。
(まぁ、何もない分にはいいけど……なんか折角いれた気合を圧し折られた気分だよなぁ)
セイジは未だに苦みの残る口に顔を歪ませながら内心で溜息を吐く。
隣でセイジを見上げるリコは心配そうにしていたが、セイジは首を振って「なんでもない」とだけ伝えた。良薬は口に苦しと言うだけあって、疲れ切っていた体は殆ど回復している。もちろん、勇者としての規格外なステータス値があってこその回復力だが、セイジにはそれを知る術がない。
セイジはそのまま視線を前に戻して、前方に立っているギルドマスターのフォルネスへと目を向けた。
「お疲れのところ申し訳ありません。要請通り集まってくださって感謝します。ここにいるのは全員が《炎魔法》を使うことの出来る者……ということでよろしいですか?」
フォルネスの言葉に全員が無言で頷く。
普段ならば気合の一声くらいあるのだが、さすがに徹夜で戦闘した後ではそれほどの元気はなかった。集まった全員が疲れ切った表情をしているのがフォルネスにはよく分かる。だからこそ謝罪の言葉から始めたのだが、それが功を奏したようだ。誰一人として反発する者はいない。
「ではこれから土地の浄化をしたいと思います。基本的には各々の《炎魔法》で地面を焼いて下されば問題ありません。かなりの広範囲になりますので、各人によって担当範囲を決めましょう。出来るだけ今日の内に終わらせたいのでね」
そう言いながらフォルネスは少し周囲を見渡す。
冬の時期になって枯れ草が目立ち始めていた大地は無残にも荒れ果ててしまっている。これも全ては昨夜とその前の晩にあった戦闘によるものだ。
土が盛り上がり、抉れ、焼け焦げ、戦いの傷跡を明確に刻んでいる。
もちろんこの場所は何もない平原であり、多少荒れたからと言って文句をいうものはいない……というよりも、こういった事態を避けるために街から撃って出たのだ。
それにこれからの浄化作業でさらに荒れることになる。下手をすれば数年は植物が実らない地となるかもしれない。しかしアンデッドの怨念が籠った大地になるよりかはマシだ。
疲れている冒険者をさらに働かせるのは少しばかり気が引けたが、それでも早く帰還するためにフォルネスは心を鬼にして各人の割り当てを振っていった。
「―――あなたはあちらを、君はさらにその向こうを担当してください……魔力が無くなったら休憩しても構いません。また魔力に余裕のある者は余裕のない者を手伝ってください。何事も柔軟に対応してくださることを願います。では始めてください」
担当を言い渡された冒険者たちはそれぞれの場所へと歩いていく。
セイジも自分の担当の場所へ行き、魔力を高める。
「『焦熱の日
這寄る地獄の業火
大地よ、全てを灰に変えろ
《熱化焦土》』」
ゴウッ!
凄まじい高熱が大地に広がる。
高温となって透明色に近くなった炎がセイジの担当範囲を一気に焼き尽くした。
「『《炎旋風》』」
「『《炎槍撃》』」
「『《火球》』」
「炎の精霊よ、焼き尽くせ!」
各地で爆炎が立ち上り、周囲の温度が一気に上昇する。
セイジはスマートに済ませてしまったが、普通は一度に焼き尽くすなど不可能だ。通常の倍というふざけたステータスを誇るセイジだからこそ出来たことである。
一瞬で自分の担当を済ませてしまったセイジはふと周囲を見渡す。
時折起こる爆発音と共に感じられる熱気……
揺らめく炎は死者を弔う光のように感じられた。
浄化作業は日が沈むまで続けられた。
ようやく主人公サイドに移ります。
はよ主人公だせよ! と思っていた方。
お待たせしました。
次回をお楽しみに
いつも通り土曜の十時に投稿します。
 





