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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔の境界編
118/566

EP117 リッチ討伐

 激しい光が辺りを蹂躙し、冒険者たちは眩しさに思わず目を閉じる。夜だった世界は昼のように明るくなり、大地に染みついた怨念すらもいくらか浄化してしまっていた。

 しかしその閃光も一瞬の出来事。

 《不死者浄化ターンアンデッド》の光は数秒で収まり、再び満月の照らす闇夜が戻ってきた。



「どう……なった?」



 誰かがそう呟いた。

 例えリッチと言えども、あれだけの浄化の光を浴びれば確実に倒すことが出来るだろう。いや、そうでなければならない。この場にいる殆どの冒険者がそう考えていた。

 しかし感知系のスキルを持つ者は違う。

 初めと比べて弱々しくはなっているが、深淵の底を覗き込んだような深い怨念の意思が……そしてエルフすらも凌駕するほどの強大な魔力が確かに感じられていた。

 


「気を抜いてはいけません! リッチは生きています!」



 ピリリとしたフォルネスの声が響き、油断しかけていた冒険者たちは気を引き締める。感知能力を持たない者も、感知できる者の視線を追うことで暗闇に紛れるリッチの居場所に目を向けた。

 そこにあったのは黒い球体。

 その一部分だけ星々が見えない円状の虫食いのようになっているのが見えた。

 光属性に対して絶対の防御能力を持つ魔法《黒体ブラックボディ》。属性としては闇であり、《時空間魔法》以外にリッチが使えるもう一つの属性だった。



「疾ッ!」



 『滅光』のフェイクが素早く弓を引いて矢を放つ。滅光弓インドラから放たれた魔力の矢は《魔法弓術》によって光属性を纏っており、光速で《黒体ブラックボディ》へと突き刺さる。

 魔力によって形成された矢には質量があるため、フェイクのこの攻撃には物理的な威力もあった。そして《黒体ブラックボディ》は闇であるがゆえに物理的な衝撃には強くないため、纏った光は防げても矢としての威力は抑えられない。

 リッチの《黒体ブラックボディ》は崩れ去り、矢は《魔障壁》へと突き刺さった。



”ナニッ!?”



 フェイクの矢は障壁に罅を入れ、そのことでリッチは驚きの声を上げる。魔力強度に絶対的な自信を持つリッチは、ただの矢に自らの障壁が破られそうになったことが信じられなかったのだ。

 もう一発当たれば破られると確信したリッチは慌てて残り少ない魔力を注ぎ込んで障壁を回復させる。しかし次の一撃が来ることはなかった。



「くっ……」



 魔力を殆ど使い果たして膝を着くフェイク。

 元々フェイクは人であるため、魔力が多い方ではない。そして滅光弓インドラによる魔力矢はかなりの魔力を消費するのだ。加えて《魔法弓術》も使っているのでさらに魔力消費が激しい。先程《光魔法》を撃つために時間稼ぎした際、既にかなりの量の魔力を使ってしまっていたのだ。

 そして魔力がないのはフェイクだけではない。

 ルリーに関しては《不死者浄化ターンアンデッド》と共に放った浄化の精霊魔法で魔力が尽きている。ヴォルトとブライの兄弟もフェイクと同じく時間稼ぎをしたときに魔力を消費しきっていた。

 Sランク冒険者でさえこうなのだ。

 それ以下の冒険者も同様である。

 リッチと討伐軍……お互いに満身創痍といった状態だった。いや、僅かにリッチの方が余力を残していたと言えるだろう。



”マサカココマデ追イ詰メラレルトハナ……ココハ引カセテモラオウ!”



 魔力に少しばかりの余裕があるリッチは逃走を選択した。

 今もリッチは《時空間魔法》によって空中に立っており、《魔障壁》も展開している。それに対して討伐軍側の多くは魔力が尽きかけて気を失う寸前であり、戦える者は純近接戦闘型の冒険者ばかりだった。

 しかし接近戦を仕掛けるには空中にいるリッチを引きずり落とす必要がある。そして空中から引きずり落とすには遠距離攻撃が必要なのだ。

 当然ながら、普通に石を投げたりした程度でリッチの《魔障壁》を破れるはずもなく、逃走をしようとするリッチをただ見ていることしかできない。



”《転移テレポート》ハ無理カ……デハ《闇魔法》ヲ使ウシカナイヨウダナ”



 リッチはそう呟いて詠唱を始める。

 なけなしの魔力がリッチの体内で高められていき、魔法は完成しようとしていた。



「く……僕も魔力が……」


「清二君、MPポーションを!」


「ダメだよ。もう効果を期待できない」



 エリカはセイジにポーションを渡そうとするが、セイジは首を横に振りながら断る。

 セイジすらも詠唱をするリッチを見ていることしか出来なかった。連戦によって何度かMPポーションも使っているため、これ以上の回復は望めない。MPポーションも何度でも回復できるほど万能ではないのだ。

 これも冒険者全体に言えることであり、降り注いくスケルトンとの攻防によってMPポーションで回復できる限界すらも迎えていたのだ。

 当然ながらリコとエリカも回復することは出来ず、ステータス画面を開けばMP残量が一桁になっているのが見て取れる。精神的には限界であり、意識を保っていることすらも困難な状態になりかけていた。



(どうする……?)



 今回は引いて再戦をするという手もある。

 しかし、それではリッチに殺された数百人の冒険者たちが浮かばれないだろう。これほどまでに多大な犠牲を払ってようやく追い詰めたのだ。ここで仕留めなければ彼らの死は無駄となってしまう。

 だがここでセイジは一つの方法を思いついた。



(そうだ! 何か使えるスキルを探せばいいんだ!)



 セイジの装備、リング・オブ・ブレイバーの能力でスキルポイントを消費して新しいスキルを習得することが出来る。強力なスキルを入手するためにはかなりのポイントを要求されるのだが、苦労なく能力を得られるメリットは非常に大きい。

 セイジはすぐにステータス画面を開いた。




―――――――――――――――――――

セイジ・キリシマ 17歳

種族 人 ♂

Lv95


HP:9,053/9,053

MP:7/8,977


力 :8,394

体力 :8,182

魔力 :8,003

精神 :8,064

俊敏 :8,177

器用 :7,913

運 :40

スキルポイント:90


【固有能力】

《光の聖剣》


【通常能力】

《魔法剣術 Lv6》

《光魔法 Lv5》

《炎魔法 Lv5》

《雷魔法 Lv6》

《闇耐性 Lv4》

《罠感知 Lv6》

《身体強化 Lv3》

《魔纏 Lv3》

《魔障壁 Lv2》

《魔装甲 Lv2》

気纏オーラ Lv2》

《思考加速 Lv1》

《気配察知 Lv4》

《状態異常耐性 Lv2》

《HP自動回復 Lv4》

《MP自動回復 Lv4》


【加護】

《光神の加護》


【称号】

《異世界人》《光の勇者》《スキルホルダー》

―――――――――――――――――――





 先程の《合成:水化雷轟爆ハイドロエクスプロージョン》によって殲滅した高レベルのスケルトン上位種のお陰で、セイジのレベルは5も上がっている。

 それに伴って手に入れたスキルポイントは45であり、元からあった45ポイントと合わせて90ポイントの残量があった。



「その前にリッチの魔法を阻止しないとね……《光の聖剣》!」



 セイジの目の前に現れた光り輝く二本の剣。僅かに黄金を帯びた白色光を放つそれは、セイジの【固有能力】である《光の聖剣》によって生み出されたものだ。

 本人のイメージによって自在に操ることの出来る剣を魔力から生み出せる能力であり、消費した魔力の大きさによって効果も変動する。

 そして今回セイジが込めた魔力はMPにして僅かに1のみ。

 つまり最低限の消費である。

 しかしセイジは迷うことなく二本の光り輝く剣をリッチに向けて飛ばした。

 たったの1しかMPの込められていない《光の聖剣》では非常に力は弱い。【通常能力】よりも強力な【固有能力】ではあるが、それだけの魔力しか込めないのでは鋼の剣による攻撃と大差ないのだ。

 その程度の威力ではリッチの《魔障壁》を破ることは出来ないだろう。何故ならフェイクの放った矢すらも防いでしまったのだ。しかしセイジは何も問題ないかのように視線をリッチから外してスキルポイントの操作を始める。



「清二?」


「清二君?」



 そんな様子のセイジを見たリコとエリカは心配そうに声を上げる。

 適当な攻撃ではリッチの《魔障壁》を破ることは出来ないだろう。下手に刺激をすればリッチにターゲットされるだけかもしれない。そんなリスクしかないことをしておきながら、セイジは視線をリッチから外していた。二人が心配するのも当然である。

 しかしセイジは何もない空中でスクロールするように右手を動かしながら答えた。



「大丈夫だよ。よく見ておきなよ」



 その言葉と同時に二本の輝く剣がリッチの《魔障壁》に触れる。

 この光景を見ていた誰もが青白い防壁に弾かれる未来を予測した。

 だが予想に反してセイジの《光の聖剣》はすり抜けるようにして《魔障壁》を通過し、そのままリッチの骨の体へと突き刺さる。



”グオオオオオッ!?”



 誰もがその結果に目を丸くした。

 SSランクのフェイクの放った矢ですらも防いだ防壁を、怪しい見たこともないようなスキルがいとも簡単に突破してしまったのだ。

 込められた魔力が少ないため、弱り切ったリッチを浄化するまではいかなかったのだが、それでも弱点属性の攻撃は少なくないダメージを与えることに成功していた。さすがのリッチの完成間近だった魔法の演算を中断してしまう。



”マサカ物質デハナク完全ナ光ダッタノカ……?”



 リッチは怨嗟の含んだ声で悔しそうに口を開く。

 《魔障壁》というスキルはかなり珍しい能力だ。取得している者は極々僅かであり、セイジもスキルポイントを消費して手に入れるまではスキルの名前すらも知らなかったのだ。

 それ故に《魔障壁》にはある弱点があることを知る者も少ない。

 あらゆる物理攻撃を防ぐ万能の盾だと思われている《魔障壁》だが、実は光を防ぐことは出来ないのだ。だがそれはよく考えれば当然のことで、もしも光すら完全に防ぐのだとすれば、《魔障壁》を通して向こうの様子を見ることは叶わないだろう。

 しかし実際は半透明の青白い色合いだ。つまり光が透過するので、障壁の向こう側も透けて見えるのだ。

 だから最後の《光魔法》を受けた時、リッチは《魔障壁》に頼らず闇属性の《黒体ブラックボディ》を発動する必要があった。しかし今回セイジの《光の聖剣》を物質的な攻撃だと勘違いしたリッチは、弱点である光を通過させることを許してしまったのだった。

 そしてセイジはリッチが苦悶している間に目的のスキルを探し出す。



「確か……この辺りに……あった!」



 何もない虚空を指でスクロールする姿は少し不気味だ。

 しかしセイジの目にはリング・オブ・ブレイバーによるスキルポイント変換の画面が映し出されており、目的のスキルを探して必死に指を動かしていた。

 そして遂に見つけたスキル。

 ポイントにしてレベル1で習得するのに40ポイントの項目だ。



「《魔呼吸》……習得! ついでにレベル2に上昇!」



 スキルポイント50でレベルを上げることが可能だったため、セイジは迷わず上昇させる。習得時にかかった40ポイントと合わせて90ポイントの消費だったがギリギリ足りた。

 空気中に漂う魔素という魔力粒子を取り込んで自分の魔力へと変換する《魔呼吸》。魔力譲渡や奪取、放出など意外と多彩なことの出来る強力なスキルである。

 魔力系スキルの中では段違いに習得の難しいスキルであり、《魔障壁》にも増して知るものは少ない。一部の者たちの中では秘伝として細々と伝えられているスキルなのだが、それでも習得には数年単位が掛かる程の代物なのだ。

 それを勇者の特権で手に入れたセイジは早速スキルを発動する。



(何かのエネルギーみたいなのを感じる……これを肌で感じて取り込めばいいのかな?)



 初めての能力行使で分からないところも多かったが、それでも何となくのイメージで補いながら、魔素を吸い取って血管に取り込むようにする。

 いや、実際にそうしているわけではないのだが、酸素を吸って二酸化炭素を吐き出す一般的な呼吸と絡めて考えたセイジなりの理解だった。

 取り込んだ魔力粒子はスキルの力によってセイジの魔力へと変換され、《MP自動回復 Lv4》も相まって一気に回復することが出来た。



(数百は堪ったかな……? これだけあれば十分だ!)



 MPたったの数百では強力な魔法は使えない。ある程度の威力にはなるかもしれないが、リッチを討伐するには足りるかどうか不明だ。それに《光魔法》を放ったとしても、再び《闇魔法》で防がれてしまっては元も子もない。

 セイジが選択したのは【固有能力】である《光の聖剣》だった。



「『並ぶ退魔剣(ブレイブリー・アレイ)』」



 セイジはリッチへと手をかざしてイメージを固める。

 《光の聖剣》発動に込めたMPは今回もたったの1。しかしその数は先ほどとは比べることも出来ない。

 リッチの周囲に規則正しく並ぶようにして出現した数百の光り輝く剣の数々……まるで白い壁のようにリッチを取り囲んでいる。

 見ていた冒険者たちもその幻想的な光景に目を奪われ、中には跪いて光神シンに祈りを捧げているエルフまでいた。



”馬鹿ナ……止メロ……”


「行け!」



 動揺して眼孔の魔力光を揺らすリッチだが、セイジは間髪入れることなく輝く剣先をリッチに向けて発射する。リッチを取り囲む数百の《光の聖剣》が一斉掃射されれば、どうなるかは想像に難くない。

 光の性質を持つ《光の聖剣》はリッチの《魔障壁》を透過して突き刺さる。最低限のMP消費で作られた光り輝くつるぎは、一本ではリッチを浄化するほどの威力がない。しかしそれが数十、数百と重なれば話は変わってくるだろう。

 ハリネズミのように大量の《光の聖剣》が突き刺さったリッチの姿は徐々に淡く光りに包まれていき、次第に眩しさで目視することすら困難となる。



”グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!”



 恨み、辛み、悲しみ……様々な負の感情が怨念となって飛び散り、次の瞬間には《光の聖剣》によって浄化されていく。リッチは最後の足掻きとばかりに怨念の籠った絶叫を振りまくが、全く意味を為さない。



”グオオオオオオオオオオオオオオオッ!”



 身を焼く浄化の光に晒されて苦悶の声を上げる。

 しかしリッチとて討伐軍の多くを殺害したのだ。いくら甘いセイジでも許すことはしない。セイジは追加とばかりに《光の聖剣》を数十本創りだして新たに飛ばした。



”グアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!”



 セイジが飛ばしたのは魔力を多めの込めた剣だ。光線のように軌跡を描きながら空中で縫い止められているリッチを貫通していく。

 一本、二本、三本……

 十本、二十本、三十本……

 合計三十八本もの《光の聖剣》がリッチを貫き、そして最後の一本が貫通したと同時に激しい閃光が炸裂した。

 後に残ったのは静かなる闇……

 満月の照らす平原の夜、多大な犠牲を払って時空間使いのリッチを葬ることに成功した。




狐の方も久しぶりに投稿しました。

「仕方ねぇ。見てやろう」という優しい方が居ましたら読んでやってください。

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