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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔の境界編
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EP116 《合成:水化雷轟爆》


「何だよアレ……」



 さすがのセイジも頬を引き攣らせながら空の亀裂を見上げていた。リッチの発動した魔法の詳細は理解できていなかったが、ルリーの『聖域』によって消えたはずのスケルトンが再び湧き出してきたのだ。

 まるで倒したと思ったらHPが全回復して二戦目が始まるたちの悪いゲームのボス戦である。しかもゲームと違ってここは現実。命をかけた戦いをしなければならないのだ。最低でもBランクでなければまともに戦えないようなレベルのスケルトンを相手に二戦目は絶望に近い。



「清二君!」


「清二!」



 一瞬動きを止めていたセイジは幼馴染二人の声を聞いて我に返る。こうしている間にもスケルトンは大量に湧き出ており、次々と降り注いでいるのだ。呆けている暇など無い。

 セイジはすぐに二人に指示を出した。



「絵梨香は結界であの罅を覆ってくれ! 理子は大きめの水球を絵梨香の結界の中に仕込んで! アレ・・をやって片付けるよ!」


「分かりました」


「任せて!」



 エリカは無詠唱で物理障壁の結界を張る。夜空に浮かぶ暗い亀裂を覆うようにして球状の結界が構築され、落ちてきたスケルトンは結界に阻まれる。相手はレベル70を越えたスケルトンであるため、攻撃され続ければ長くは持たないだろうと思われる。だが今はその時間稼ぎで十分だった。



「次は私ね」



 続けてリコも無詠唱で空中の水分を集めながらエリカの結界内に直径一メートル程の水球を作りだす。特に攻撃させる訳でもなく、ただ水を集めただけであるため時間はかからない。

 


”何ヲスルツモリダ? ソンナ結界ナド我ガ《時空間魔法》デ……ヌッ!?”



 リッチはエリカとリコの魔法を見て警戒を露わにするが、鋭い光線が飛来して妨害は叶わなかった。咄嗟に回避したのでダメージを負うことはなかったが、当たればかなりのダメージを負ったであろうと思われる。すでに一度だけSランク冒険者たちからの精霊魔法を受けているので、実はHP的に余裕がある訳ではない。

 そして攻撃は一度では終わらなかった。



「雷の精霊……紫電舞い散れ」


「水の精霊よ、氷の礫で奴を撃ち落とせ!」


「光の精霊さん、省エネモードで光を飛ばしてくださいな」



 強力な一撃を与えるよりも、広範囲に攻撃を加えることを重視して精霊魔法を放つルリー、ヴォルト、ブライの三人。SSランク冒険者であるフェイクも無言で弓を引き続けていた。

 どうせ威力の高い攻撃を放っても防御されるのだ。それならば広範囲にわたる弱攻撃でリッチの魔力を削る方が効果的である。《MP自動回復 Lv10》を持っているため、かなりの回復速度でMPを回復していくのだが、それでも今取れる戦術としては最適であった。

 そして偶然にもセイジたちがしようとしていることへと援護にもなっていた。

 四人の人外たちから範囲攻撃に晒され、さすがのリッチもセイジたちに気を割くような余裕はない。



「よし、今の内に……『《電位解放ヴォルテックス》』」



 セイジは魔力を集中させてエリカの結界の上方と下方に巨大な電位差を発生させる。電位差とは電気的エネルギーの格差であり、その値が大きいほど勢いよく電気が流れると考えてよい。

 スタンガンは電流を抑えて、代わりに電圧……つまり電位差を上げることで殺傷力を抑えている。電流が少なければ人体への被害も少ないのだ。

 例えるならば水の流れが分かりやすいだろう。

 水量を電流と考えれば、水の勢いを電圧と捉えることができる。水の勢いが弱かったとしても、水量が膨大だったならば簡単に押し潰すことが出来るだろう。そして水量が少なく、水圧が高ければ多少痛い程度の被害で済むのだ。

 そしてセイジの放った『《電位解放ヴォルテックス》』は二つの極の間にある電圧を高めて高圧電流を流す魔法である。さらに狙いはスケルトンではなくリコの生成した水球だ。


 バチィ……バヂパチバチッ!


 白い電流がエリカの結界の上下で柱を作り、水球に直撃して化学反応を起こす。

 それはつまり水の電気分解。

 「水→水素+酸素」の反応だ。


 燃える気体と助燃性の気体の生成……そして白雷を散らしながら結界内を走る電流。それの意味するところはたった一つだ。



「全員、耳を塞いで!!」



 セイジが声を張り上げ、自分自身も耳を塞ぐ。状況の分からない他の冒険者たちも流されるままに各々の耳を塞いだ。

 そして次の瞬間、凄まじい爆音と空間を揺らすほどの衝撃が走った。


 ドガアアァァァァァァァアアン!


 エリカの張った結界は激しい爆発に耐え切れずに崩壊し、内部に閉じ込められていたスケルトンは上位種すらも一瞬で消滅する。もしも結界によるワンクッションがなければ、地上にいた討伐軍にも大きな被害が及んでいたことだろう。それほどの威力があった。

 雷による引火からの水素爆発の魔法。《合成:水化雷轟爆ハイドロエクスプロージョン

 科学の知識を動員した地球の勇者らしい発想の魔法である。セイジ、リコ、エリカの三人がいて初めて使えるという制限があるのだが、その威力は思わず目を疑うほどである。そして最も大きな利点としては化学反応であるため、威力に反して魔力を消費しないことだ。逆にデメリットは威力調節が難しいことだろう。

 今回のような殲滅戦でない限りは極力使わない方がよい魔法である。



「相変わらず笑えない威力よね」


「一応私も強力な結界を張ったはずなのですが……」


「まぁ、初めて使った時よりは加減も上手になったんじゃないかな?」



 指揮官のフォルネスや、特別チームのSランクオーバーの冒険者たちですら唖然としている中、セイジたちはそんな会話をする。

 余裕の態度だったリッチでさえも焦って《湾曲領域ディストーションフィールド》を使って回避したほどだ。熱と衝撃は空間を捻じ曲げて無効化に成功したのだが、その代わり魔力をゴッソリ消費してしまっていた。先程からチマチマと範囲攻撃をされていたこともあって、既に大規模な《時空間魔法》を使えるほどの魔力は残っていない。

 今の状態は絶好のチャンスだと言えた。



「ギルマス! リッチのMPが尽きかけている!」


「本当ですかフェイクさん!? 総員! 目標をリッチに攻撃しますので準備を!」



 フェイクは《看破》のスキルでリッチのステータスを見抜き、《合成:水化雷轟爆ハイドロエクスプロージョン》によって大幅にMPが消費されていることに気付いた。それを聞いたフォルネスもここぞとばかりに声を張り上げて討伐軍全体を鼓舞する。



「光魔法の使える者は魔力を高めてください。それ以外の遠距離攻撃を使える者はひたすら攻撃です。リッチに《転移テレポート》させる暇を与えてはいけません」


『うおおおおおおおっ!』



 空から降るスケルトンから逃げるしかなかった冒険者たちは勢いづいて攻撃を始める。

 ある者は炎を飛ばし、電流を奔らせる。水、風、土の魔法も弾幕のようにリッチへと飛び交い、回避させる隙すらも与えない。魔法が使えなくとも、矢を撃ったり、ナイフを投げたり、石を投げたりと出来る限りの攻撃をしてみせた。

 面制圧による回避不可能な攻撃は、さすがのリッチも焦っていた。



”クッ……《魔障壁》”



 残り一割程度しかない魔力を絞り出して魔力による防壁を張り巡らせる。青白い障壁がリッチを覆うようにして球状に出現し、飛来するあらゆる攻撃からリッチを守った。

 魔力の強度を示す魔力値が16,000を越えているリッチの魔障壁は並みならない硬度を誇っている。しかし足止めには十分であり、《MP自動回復 Lv10》によるMPの回復を阻害しつつも足止めすることに成功していた。

 その間に光魔法を使える者は限界まで魔力を高めていく。

 誰もが理解しているのだ。

 あのリッチの魔力が尽きかけている今が最大のチャンスであることを。これから放つ一撃が勝負を決することになるのだろうと本能的に理解していた。

 『聖域』のルリーもなけなしの魔力を最大まで高め、今放てる最高の威力を発揮しようと意識を集中させる。元からSランクである彼女が十分に集中して魔力を高めれば、その威力は比べるまでもなく最強クラスとなるだろう。

 ルリーだけでなく、勇者であるセイジたちも光魔法が使えるのできっちり魔力を高めて準備をしている。時間にしてたっぷり5分ほど。通常の戦闘では考えられないほどじっくり溜めた魔力が、フォルネスにはしっかりと感じられた。



「光魔法使いは詠唱を開始してください。《不死者浄化ターン・アンデッド》を完全詠唱でお願いします。光の精霊使いは全力の浄化を!」



 フォルネスが要求したのは中級程度の威力しかない《不死者浄化ターン・アンデッド》。普通ならば高位のアンデッドであるリッチに効果を期待するのは間違いだ。しかし、数は力。一人一人の威力が弱くとも、魔法を重ねれば十分な威力になる。

 同じ魔法を重ねることで威力が倍加されるのが光魔法の特徴的な性質と言えるだろう。「光」の特性を持つ光属性は、波と同じ性質を持っているのだ。波の合成と同じ現象が起こる。



『導く浄化の光

 大地の呪いを消し去り給う

 迷いし死者を天に還さん

 聖なる力をここに

 《不死者浄化ターン・アンデッド》』


『光の聖霊よ、浄化の光を!』



 普通は省略されることの多い部分も、今回はきっちり詠唱する。完全詠唱によって安定化した《不死者浄化ターン・アンデッド》は重なり合い、威力を増してリッチに襲い掛かった。そして精霊使いによる浄化の光が後を追うようにして解放される。

 さすがに拙いと理解したリッチも、ダメージ覚悟で《魔障壁》に回していた魔力を削って魔法を発動させていた。牽制と魔力を消費させる目的で弾幕のように放たれていた攻撃が《魔障壁》に罅を入れる。罅は《魔障壁》全体に広がるが、もう少しで破れそうといったところでリッチの魔法が完成してしまった。



”小癪ナ……『《黒体ブラックボディ》』”



 球状に展開されていた《魔障壁》を覆うようにして闇が広がる。星の光も、月光も、そして浄化の光すらも飲み込む完璧な闇。理論上だけの存在として扱われる黒体だ。

 色とは光が当たって反射したものが目に入ることで知覚している。つまり、黒とは全ての光が吸収されて、反射された光がないということだ。そして全種類の色の光を完全に吸収する理論上の物体が黒体。

 それを魔法によって創造した。

 浄化の光と言えども、所詮は光。届かなければ浄化は意味を為さない。

 全ての魔力を賭けて発動された《光魔法》は、残りの魔力を絞りつくして発動したリッチの《闇魔法》によって防がれたのだった。



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[気になる点] ルリーが「省エネモード」と発言しているのがすごく気になります…笑 ルリーはこの世界の住人ですよね?
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