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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔の境界編
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EP115 《時空間魔法》

 リッチの居場所を感知できないことで、冒険者たちは不安に駆られていた。突然どこからともなく現れて二百名を超える冒険者を消し去ったのだ。無理もないことだろう。

 責任者であるフォルネスは逃げるように指示したが、それも何処へ逃げれば良いのか分からないというのが正直な思いだった。

 もちろん撤退の指示は正しい。討伐軍側の六割以上がリッチに消された以上、軍事的な意味では壊滅という扱いになる。そうなれば、殿軍を除いて逃走するのが常識である。

 しかし逃走すらも許さないとされる《時空間魔法》を前にしては、その常識もどこまで通用するのか分からなかった。



「絵梨香、《結界魔法》で感知できる?」


「無理です。さっきよりも巧妙に隠れているか、私の感知範囲の外にいるようです」


「と言うかあの魔法は何なの!? 死体も残さずにあれだけの人数を消すなんて有り得ない!」



 セイジたちは知る由もないが、『滅光』フェイクの《看破》によると、リッチは《時空間魔法 Lv9》のスキルを所持している。スキルレベルの最高値が10だとされているので、超人クラスの使い手だと言えるだろう。人族でもスキルレベル9以上となれば、所持しているのは基本的にSSランク冒険者以上となる。

 《結界魔法 Lv8》を習得しているエリカであっても、「空間」を扱う上手さにおいてはリッチに劣ってしまうのだ。巧妙に空間を偽装して隠れることも容易い。



「《鑑定》でリッチのステータスは見れた?」


「ダメでした。私よりも格上みたいです」



 《鑑定 Lv6》を使って相手の情報を調べたエリカだが、ステータスの内容の殆どが???と表示されていた。《看破》や《解析》と異なり、《鑑定》は基本的に格下の相手にしか通用しない。レベルが上がることで、ある程度の格上にも通じるのだが、今回に限っては能力差がありすぎた。

 役に立てないことで気を落とすエリカだが、それはセイジとリコも同じだ。全力で気配を探っているのだが、それらしき何かは感じ取れない。フェイクの『光雨』を喰らったことで逃走したという可能性もあるが、楽観視するわけにはいかないだろう。まだまだ夜は明けないのだ。

 フォルネスも油断しかけている冒険者に注意を促すつもりで声を飛ばす。



「気は常に張ってください。日が昇るまでは油断してはいけません!」



 ここで油断してリッチの《時空間魔法》で全滅という事態も有り得る。

 それに戦闘解除して冷静になられても困るのだ。今は戦闘の緊張と恐怖で押さえつけられているが、Sランク冒険者含む多くの仲間が犠牲になっているのだ。一度落ち着いてしまえば、そのまま戦意喪失してしまうことも考えられる。フォルネスとしては、少なくとも朝まではこの状態を保ちたいと考えていた。

 冒険者たちもフォルネスの声を聞いて再び緊張を高める。

 元から油断などしていないフェイク、ルリー、ヴォルト、ブライの四人は、さらに気を引き締めて周囲の様子を窺っていた。



「ルリーさんはいつでも『聖域』を使えるように準備しておいてください」


「もちろんよ」


「ヴォルトさんとブライさんはルリーさんに続いて攻撃を」


「……ああ」


「分かってるよ」


「フェイクさんは最大火力でトドメをお願いします。さっきみたいに逃げられると厄介なので」


「任せとけ」



 ルリーは契約している光の精霊に魔力を渡して広域浄化の発動準備を始める。ヴォルトとブライも同様に、精霊に魔力を渡していつでも攻撃できるようにして精霊を待機させた。

 フェイクは滅光弓インドラに魔力を込めて、今使える最高の矢を形成する。魔力を物質化して矢を形成することの出来るこの魔法武器マジックウェポンは、フェイクの魔力を使って形成しているだけあって《魔法弓術》との相性も抜群に良い。フェイクの持つ光属性を激しく纏わせて、いつでも放てるようにキリキリと弓を引く。

 一秒たりとも気は抜けない。

 冬にも拘らず冒険者たちの額には汗が流れ、武器を握る手は僅かに震えている。

 恐らく、この場にいる誰もが普段の数十倍もの能力を発揮して気配を感じ取ろうとしていたことだろう。スキルを持っていないにも拘らず《気配察知》が発動したかのような鋭敏さが彼らにはあった。

 これこそがステータスというシステムを越えうる意志の力。数字とスキルで表されているステータス画面にも表示されない隠れた要素だった。

 例えば力の値が500だったとしても、攻撃力は一律ではない。その日その時の気分によって僅かに変動している。そしてそれが極限状態ともなれば、変動は激しいものとなる。



『っ!!』



 その気配には誰もが同時に気付いた。

 禍々しい負の気配を放つその存在は引きずり込まれるような畏怖を帯びており、鋭敏になっている冒険者たちが気付かないハズがなかった。

 そして攻撃態勢に入っていた四人の人外は目視することなく攻撃を放つ。



「光の精霊よ、全力で浄化してくださいな!」


「水の精霊よ、奴の動きを奪え!」


「雷の精霊……撃ち抜け!」



 三属性の精霊による攻撃が殺到する。

 さすがのリッチもこの攻撃の速さには対応できなかったらしく、《時空間魔法》による空間固定での防壁を展開することが出来なかった。一方向にしか効果がないという欠点があるのだが、空間的に攻撃を遮断することが出来る最強の防御魔法。初めの攻撃は防がれたが、今回は完全に直撃した。



”グウゥゥゥ……!”



 リッチは確かに強力な魔物だが、アンデッドに属していることには変わりがない。ルリーの浄化の光には苦悶の声を上げ、続くブライの氷のよって手足を拘束される。そして超高圧電流の紫電がリッチの心臓部である魔石を正確に貫いた。

 そして動きを止めたリッチに、フェイクはすかさず矢を放つ。



「『インドラの矢』!」



 それはまさしく閃光と呼ぶに相応しい。神のいかづちとも称されるフェイクの最強の一撃こそが滅光弓インドラより放たれる『インドラの矢』。高密度魔力の矢に光属性を纏わせて放つ回避不可の攻撃であり、一ミリの狂いもなくリッチの魔石へと飛翔した。

 しかし、リッチとて大人しくやられる程弱くはない。ギリギリで《時空間魔法》を発動して回避を試みた。



”『《湾曲領域ディストーションフィールド》』”



 その瞬間、フェイクの放った矢はリッチを避けるようにして軌道を曲げつつ通り過ぎた。光の性質に近づき、光速にも迫ろうとしていた『インドラの矢』は夜空の彼方に消えていく。ワイバーンなどの低位竜種ですらも一撃で葬るハズの攻撃も、当たらなければ意味がない。空間を捻じ曲げて攻撃を回避すると言う常識外れの魔法は見ていた全ての者に衝撃を与えた。



「おい……反則だろ……」



 そんな呟きがフェイクの口から漏れ出した。

 フェイクの攻撃が外れたと分かったルリー、ヴォルト、ブライも思わず顔を引き攣らせる。

 『滅光』の冒険者として名を馳せるフェイクの攻撃は速さが売りなのだ。光を纏わせた矢は光速の約九十パーセントにまで到達し、相対性理論より質量が一部エネルギーに変換される。そこから繰り出される威力はまさに反則級となる。そんなフェイクに「反則だろ」と言わしめたリッチの《湾曲領域ディストーションフィールド》は一体どのように表現すれば良いのだろう?



「くっ! 水の精霊よ、氷の槍を放て!」



 それでもブライは水の精霊に命じて大量の氷の槍を形成し、空中で佇むリッチに殺到させる。ブライのエルフとしての豊富で強大な魔力を使って作られた数十の槍は、精霊によって的確にコントロールされている。普通ならば制御不能な数の氷の槍を一本一本操作してリッチの心臓部を狙った。

 しかもリッチの周囲を取り囲むようして槍は展開されており、普通に避けようとしても不可能だった。

 だがリッチは余裕の雰囲気を崩すことなく魔法を発動させる。



”『《転移テレポート》』”



 ガシャッ!!

 その言葉と同時に数十の氷の槍が炸裂する。リッチの心臓部と言う一点を狙って飛来した氷の槍は、砕けて、その破片が月光に煌めく。戦いの場でなければ非常に幻想的な光景なのかもしれないが、そんな悠長なことを考えている暇など無い。 

 《転移テレポート》で空間を飛び越えた回避を見せたリッチは、既に次の魔法の発動段階に入っていた。すぐさま気付いたフェイクが矢を放とうと弓に魔力を込めたが少し遅い。



”カカカカカッ! 恐怖スルガヨイ! 『《異空門デモンズゲート》』”



 再びリッチの周囲の空間に亀裂が走り、夜すらも凌駕する闇が顔を見せる。それは先ほど天から数多のスケルトンを降らせた空間の罅と同じ物であり、その場にいた者は皆、これから何が起こるのか予想することが出来た。



”我ガ僕タチヨ……蹂躙セヨ!”



 黒い亀裂から溢れる白い影。それは数えるのも億劫になる程のスケルトンだった。そしてそのスケルトンは初めのスケルトンとは格が違う。



「まさか……あれ全部がスカルナイト……? いや、スカルメイジもいる。とにかく目につく全てが上位種のスケルトンだ!」



 《看破》のスキルを持っているフェイクはすぐさま異常に気付いた。しかもステータスを覗いたスカルナイトやスカルメイジはレベル70を越えた種ばかりだったのだ。それが少なくとも数十体。いや、今も溢れ続けているので百体は軽く超えているだろう。

 普通のスケルトンならばCランク以下の冒険者でも十分に対処可能だ。しかしこのレベル帯ともなれば、まず生き残ることすら難しい。Bランクでようやく勝負になり、余裕を持って勝とうと思えばAランククラスの実力が必要になるだろう。

 当然ながらこの場にいる冒険者の九割近くがCランク以下であり、まともな戦いにすら不可能だった。



「ぎゃあああっ! う、腕がっ!」

「くそっ! 何でスケルトンがこんなに強いんだよ」

「気を付けろ! こいつら上位種……ぐはっ!」

「誰か助け……ぐふ」

「うわああああっ! 逃げろおおぉぉぉっ!」

「スケルトンの癖に魔法を使うだと!?」

「死にたくない死にたくない死にたくない……」

「馬鹿! こんなところで爆発する魔法を使うな! 味方を巻き込むぞ!」



 雑魚魔物の一種として名を連ねているハズのスケルトンに蹂躙される冒険者たち。それもそのはずで、初めのスケルトンと異なり、これらのスケルトン上位種は人魔境界山脈にいたスケルトンなのだ。《時空間魔法》使いのリッチも少し前まではそこに住んでいたのだが、野心に駆られて人族領に攻め入ってきた。元々質の高い魔物が揃っている場所のスケルトン上位種は、道中で調達した使い捨ての駒(雑魚スケルトン)とは格が違う。

 それを理解した指揮官のフォルネスは慌ててルリーに指示を出した。



「ルリーさん! お願いします」


「任せなさい」



 何をお願いされているのかは言われずとも分かっている。ルリーは残り半分ほどしかない魔力に気を配りつつも、素早く練り上げて契約している光の精霊に渡した。



「光の精霊さん、『聖域』を広く展開してくださいな」



 ルリーの持つ大量の魔力を貰った光の精霊は喜々として演算を開始し、僅か一秒も経たずして魔法を完成させる。「浄化」を極限まで込めた広範囲の領域を展開するルリーの得意技であり、光の精霊としても今更失敗するようなことはない。

 戦場全体に眩いばかりの光が広がり、昼間のように照らした。

 たとえレベル70オーバーだとしても、Sランクのルリーからすれば大した敵ではない。ステータス上も格下であるスカルナイトやスカルメイジは為す術もなく浄化されて灰に還った。リッチは防いでいたようだが、夜空の亀裂から這い出ようとしているスケルトンも問答無用で浄化される。



「くっ……はぁ……少し魔力量がキツイですわね」



 さすがのルリーも、これほどの規模で精霊魔法を連発しては魔力が持たない。元から魔力消費の大きい光属性であることに加えて、精霊魔法も普通より多くの魔力を消費する。それを広範囲に渡って発動しているのだから魔力が枯渇しない方がおかしいのだ。ルリーの魔力は残り2割程度であり、もう一度同じ規模で魔法を放てと言われれば無理だと言わざるを得ない状況になっていた。

 まだ本命であるリッチが残っているにも拘らず、Sランクの一人が離脱寸前。配下を捨てるようにして犠牲にしているリッチの行動が最適なのかと言えば首を傾げそうになるが、次の一手で全ては初めから計画通りだったのだと気付かされることになる。



”愚カ者メ。我ガ神ノ如キ御業ヲ見ルガヨイ。『《時位相跳躍トポロジカルタイムリープ》』”



 膨大な魔力と激しい空間の歪みが生じ、夜空に浮かぶ亀裂の周囲の時の流れが循環ループする。《時空間魔法》の中でも特に難しいとされる時間の操作が行われ、リッチの指定した空間の時間が世界から切り離された。

 ループを描く時間は一周することで状態が元に戻る。エントロピーの逆流という自然の摂理にすら逆らう異端の魔導は冒険者たちにさらなる絶望を叩き付けた。


 再びリッチの周囲の空間に亀裂が走り、夜すらも凌駕する闇が顔を見せる。

 時をループさせることで過去の現象を現在に顕現させる《時空間魔法》が発動され、滅ぼしたはずのスカルナイトやスカルメイジが再び溢れだした。



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