EP114 時空使いのリッチ
その瞬間、誰もが口を閉ざした。
混雑という言葉では済まない戦場とはいえ、所詮は数百人の冒険者が戦っている程度だ。満月と言う好条件もあって、戦場の端の状況でもしっかり見ることが出来る。
討伐軍の一班、二班の消失。それもSランク二名を含めた高ランク冒険者さえも消えてしまった。それも空間が霞んだと思った瞬間、分解されるようにして塵となって消えたのだ。後に残った濃い血の匂いが、その現実を確かなものとしている。
空間を超振動させて空間内部の物体を分子レベルまで崩壊させる……《時空振動》による被害は凄まじかった。
”クカカカカ! ヨウヤク実用ニ耐エラレル程度ニハナッタヨウダ”
闇夜に響く嗤い声。
夜と同じ色をしたローブを着込んだリッチは両眼の魔力光を滾らせていた。身に宿る膨大な魔力と、放たれる濃密な負の気配を感じて腰を抜かす者が数名。彼らは皆、《魔力感知》や《気配察知》のスキルを持っていた者ばかりだった。
いや、感知系スキルを持っていなかったとしてもリッチから放たれる畏怖を感じ取ることぐらいは出来たことだろう。そこから大抵の冒険者が導き出した答えは「勝てない」の四文字。
間違いなくSランク越えの魔物だった。
(いえ、《時空間魔法》という手札を考えればSSランクと考えても遜色ありませんね)
フォルネスは冷静……とは言えないが、他の冒険者よりかは落ち着いた様子で分析する。
(ゾンビを捨て駒にして、こちらの戦力の大部分を削りにきましたか。天と地から挟み撃ちしたのはこれが目的? いや、単にこちらが作戦で負けていただけですね)
空中に異空間を生成してスケルトンを待機させ、地上のゾンビを囮にして挟撃を図る。そして討伐軍側が二つに分かれたならば、ゾンビごと魔法で消し飛ばす。ゾンビは進軍の最中に引き入れた戦力なので、消費しても損失はない。
そして片方に集中すれば、背後からもう片方に襲わせて乱戦にする。そして先程の《時空間魔法》を使えば同様の結果が得られるのだ。
広範囲に精密な《時空間魔法》を発動しようと思えば、相当な魔力と演算が必要となるだろう。しかし、このようにして時間を稼げば問題は解決することになる。
昨日の時点から勝敗は決していたと考えても過言ではない。
(勝負は始まる前から決している、というのはこのことですね)
フォルネスは自嘲気味にそう考えるが、今は悠長にしている暇など無い。ターゲットであるリッチが出現し、さらに討伐軍側は六割以上が死体すら残さず消えた。その中にはSランク冒険者が二人も含まれており、その被害は非常に大きい。
今は一秒の時間すら惜しいのだ。
フォルネスは手早く思考を纏めて矢継ぎ早に言い放つ。
「総員退避! 特別チームは早急に対処に当たってください」
その言葉が終わるか終わらないかと言うところでSSランク冒険者である『滅光』のフェイクが動いた。
流れるような動作で弓を引き、夜という時間帯を苦にすることなく狙いを定めて放つ。本気の一撃というよりかは、牽制のための攻撃だ。リッチの気を引いて、他の冒険者が逃げる時間を稼ぐ。
しかしリッチは余裕を崩すことなくその場に留まる。
”愚カナ”
一般人では知覚することすら難しい速度で迫っていた矢は呆気なく弾かれた。まるで透明な壁でもあるかのようであり、リッチに届くことすらない。
それを見た特別チームの他のメンバー、ルリ―、ヴォルト、ブライが入れ替わるようにして攻撃を仕掛けた。
「光の精霊さん、『聖域』を」
「雷の精霊……奔れ『迅雷』」
「水の精霊よ、奴を『氷結』せよ」
途端に現れる光、紫電、氷……
三属性の精霊魔法が同時に行使され弾幕となってリッチへと殺到する。
こちらはフェイクの牽制と異なり、Sランク冒険者が放つ全力の攻撃だ。精霊魔法は演算を精霊が代行してくれるため、魔力さえ渡せば即座に最高の攻撃を放つことが出来る。込められた魔力は普通の魔法使い十人分を裕に超すレベルであり、直撃すればタダでは済まないと思われた。
直撃すれば……
”カカカカッ! ソノ程度カ?”
三種の魔法による閃光で見ることは出来なかったが、何か壁のような物で弾かれたことは理解できた。空間上に不可視の障壁でもなければ説明が付かない不自然な爆発の広がり方だったのだ。Sランクの三人とて手加減した訳ではないので、さすがのこれには驚く。
「何だありゃ?」
「得意の……《時空間魔法》?」
「厄介ですね。「浄化」も通りません」
あらゆる攻撃が通じないと言われている伝説の属性を前に、人外たちは困惑する。ただ攻撃が通じない相手なのだとすれば、今までにも対峙したことはある。しかしその相手は耐性が高かったり、特定のスキルで抵抗していたりと、通じない理由がはっきりしていることが多かった。
しかしこのリッチに関してはまるで理解不能なのだ。《時空間魔法》で防いでいるのだと予想は出来るが、どうすればそれを破れるのかが全く分からない。そもそも破る方法があるのかすら分からないのだ。
あまりに希少な属性であり、さらに時空間属性持ちが生まれたとしても完全な使い手もいないため、データ量が圧倒的に足りないのだ。時間をかけて手探りで模索していくしかないだろう。
それに第三班のメンバーは撤退の最中にあるのだ。激しい戦闘をして巻き込むわけにもいかない。
「走れ走れ!」
「あれに攻撃するな!」
「くっ! だが……」
「アホか! 俺らでは敵わん! 気配で分かるだろ!」
「ちくしょう……何なんだよ!」
理解不能な攻撃で味方の六割が消え去り、上空には死を思わせる高位のアンデッド。空中に立つという反則的な能力を持っているため遠距離攻撃しか届かず、さらにSランクオーバーの冒険者による攻撃すら無効化するという化け物だ。フォルネスに撤退を命じられた三班のメンバーは高ランクの冒険者を中心として全力で走る。中にはリッチに攻撃を加えようとするDランク冒険者もいたのだが、余計な刺激は与えるなとばかりに周囲が止めていた。
「待機中の精霊部隊にも説明が必要ですね。風の精霊よ。伝言を頼みます」
フォルネスは精霊部隊の隊長であるサフィーに向けて自分の精霊を飛ばす。あちらも異変には気づいているかもしれないが、しっかりとした説明は必要だろう。
続けてフォルネスは隣で難しい顔をしているフェイクに話しかけた。
「フェイクさん、倒せますか?」
「さぁ? ちょっと断言は出来ないな」
「つまり倒せないかもしれないと?」
「そうなるな」
さすがのフェイクも普段の眠そうな表情は消えて、声色も真面目なものになっている。何故なら彼は非常に珍しい情報系スキルである《看破》を所持しており、リッチのステータスが見えていたからだ。
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― 93歳
種族 リッチ ♂
Lv131
HP:6,722/6,722
MP:14,385/18,942
力 :5,866
体力 :8,711
魔力 :16,864
精神 :15,932
俊敏 :6,124
器用 :6,008
運 :33
【通常能力】
《時空間魔法 Lv9》
《闇魔法 Lv8》
《魔障壁 Lv9》
《MP自動回復 Lv10》
【称号】
《時空の支配者》《魔導の探究者》
《到達者》《極めし者》
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魔法特化のステータスに加えて高レベルのスキル群。特に《時空間魔法 Lv9》と《闇魔法 Lv8》は異常という枠にすら収まらない。SSランク冒険者であるフェイクでさえも「何の冗談だ?」と思ってしまったほどだ。
特に《時空間魔法 Lv9》は厄介だ。魔法陣で再現されている空間拡張や時間加速、減速などでは収まらない魔法を使うのだろうと予想できる。迷宮内での罠や、稀に見つかる魔道具でしか確認されていない転移すらも使う可能性があるのだ。一時も気が抜けない。
「仕方ねぇ……久しぶりに本気出すか」
フェイクは弓を持つ左に力を込めてそう呟く。右手の指を弦に掛けてゆっくりと引き絞りつつ、リッチに向けて狙いを定めた。矢を番えていないにも拘らず、弦を引く姿を見れば不思議に感じることだろう。しかしSSランクの『滅光』フェイクが使う弓が普通の弓なハズがない。
迷宮で発見された魔力で矢を物質化させて飛ばす魔法武器を、さらに錬金術師が改造して魔力消費を極限まで減らした最高傑作。
その名も滅光弓インドラ。
『滅光』の冒険者の象徴となる武器である。
「《魔法弓術:光》……『光雨』」
属性を纏わせる《魔法弓術》によって光を帯びて物質化した矢は勢いよく天に撃ちだされる。しかしその矢は一直線にリッチに向かう……などということはなく、山なりに飛んでリッチよりも上空まで到達した。リッチも外れた矢に興味を示すはずがなく、特に気にした様子もない。
だがSSランク冒険者であるフェイクが攻撃を外すなどというのは有り得ない。例え夜だったとしても、その程度の悪条件で狙いを外すようではSランクという人外の領域に辿り着くはずがないのだ。
「降り注ぎな!」
その言葉と同時に光を纏った矢が弾けた。
そしてその点を中心として無数の光線が飛び散り、リッチに向かって降り注ぐ。その光景はまるで光の雨のようであり、幻想的な光景を映し出していた。
降り注ぐ光の一つ一つには「浄化」が込められており、さらにレーザーとしての性質も持っている。つまり物理的にも攻撃力を持っているのだ。
油断していたリッチは対応できずに、幾条かの光に体を貫かれる。
”グゥッ! ク……『《転移》』”
その瞬間、リッチの姿が掻き消える。フェイクの攻撃によって少なくないダメージを負ったリッチは《時空間魔法》を使った転移でその場を逃れたのだ。それを確認したフォルネスは風の魔法で音を拡散しながら指示を飛ばす。
「リッチは《転移》で逃げました。どこに出現するか不明です。注意してください!」
途端に冒険者の間で緊張が走る。
どこに行ったのか分からない。それはつまり、どこかで密かに詠唱をしているかもしれないのだ。一班と二班を全滅させた魔法をいきなり放ってくる可能性も捨てきれない。つまり、いつ死ぬか分からない状況なのだ。
撤退してリッチから離れようとしていた冒険者と精霊部隊は総員でリッチの放つ死の気配を探す。不気味で不快なあの気配を探すのは遠慮したいというのが本心だったのだが、命には代えられない。全員が必死だった。《気配察知》のスキルを持つフォルネスも神経をフルに使って周囲の気配を感じ取る。目でも確認して探る。《魔力感知》で調べる……
持ちうる全ての感知方法でリッチの行方を探すが、その姿は見つからない。
《時空間魔法》で隠れている可能性を鑑みて、エリカが《結界魔法》の探知を実行するが、それでも空間の揺らぎや歪みを察知することは出来なかった。





