EP110 日の出前の奇襲
何か長くなった
なんでや
【アマレク】から出発して三日。
戦いが始まったのは突然だった。
「おい! 起きろ! スケルトンだ!」
「クソッ……俺の剣はどこだっ!」
「誰か明かりを持ってこい!」
「気を付けろ! 地面から這い出てくるぞ!」
「うわぁ……うわあああっ!」
「馬鹿! 無暗に槍を振り回すな!」
混乱する冒険者たち。それぞれの班を任されていた班長達も必死に指示を送っていたのだが、一度騒ぎ出した冒険者はしばらく落ち着かない。混乱は混乱を呼び、一班を任されていた『喚器』のグラスはすっかり参っていた。
「貴様ら落ち着かんかっ! それぞれ武器を持って……このっ!」
グラスがそう叫んでいる間も地面からスケルトンが這い出て襲ってくる。Sランク冒険者であるグラスにとって、この程度のスケルトンに苦戦するハズもないのだが、周囲への指示に追われてまともに戦うことが出来ていなかった。
「まさか明け方に襲ってくるとはな……」
苦虫を噛み潰したような顔をしながらスケルトンの心臓部を槍で突いていく。魔石を破壊されたスケルトンは動きを止めて崩れるが、倒した瞬間から次々と出現する。
アンデッドたちが襲って来たのはフォルネスが予想した通り、満月の前日だった。そのため、日が出ている間に休息を取り、対策をしたつもりだったのだ。
しかしスケルトンが出現したのは朝日の上る直前の時間帯であり、冒険者たちの気が緩んでいる瞬間だったのだ。フォルネスの予想が外れたのだろうと油断していた冒険者たちは地面から襲ってきたスケルトンの大群に対応しきれず、まともに戦っている者は半分もいなかった。
またアンデッドの中にゾンビが大量に混じっているという情報もあったせいで、近づいて来れば特有の腐臭がするだろうという思いもあったのだろう。完全に後手に回ってしまっていた。
「動ける者は武器を取れ! 誰か《光魔法》は使えんのかっ!」
グラスは器用に槍を振り回して、味方に攻撃が当たらないようにしながら的確にスケルトンの魔石を破壊していく。下位の魔物であるただのスケルトンが相手ならばSランクのグラスが苦戦する要素はない。しかし味方の冒険者がいるために好きに暴れることが出来ず、本来の能力を出しきれずにいた。
このような乱戦では武器で一体ずつ相手にするよりも、浄化の《光魔法》で一掃する方が効率がいい。特に光属性と回復属性ならば味方に被害は及ばないのだ。
だが、魔法とは正確な演算が必要であり、混乱して慌てふためいている状態ではまともな魔法を行使することが出来ないのだ。そのため、一班に配属された浄化の魔法使いは役立たずの状態になっていた。
「風の精霊よ、スケルトンを退けてくれ」
「水の精霊さん、足止めをお願いします」
「光の精霊! 浄化の光を解放しろ!」
「雷の精霊よ、魔石を撃ち抜け!」
その中で精霊使いのエルフたちだけは何とか精霊魔法を行使してスケルトンを仕留めていく。
普通の魔法と異なり、精霊魔法には演算が必要ない。魔力を渡せば契約している精霊が代行して魔法を実行してくれるのだ。故に集中力も必要とせず、ほぼノータイムで魔法を使うことが出来るのだ。消費魔力が普通よりも多いという欠点はあるのだが、それを欠点とも思わせないほどに利点が多いのだ。
エルフの冒険者や、近くにいた精霊部隊による精霊魔法によって状況は徐々に好転していく。精霊によって発動された魔法の精度は非常に高く、願った通りになる。味方に攻撃を当てることなく的確にスケルトンだけを排除することを可能としていた。
グラスもその様子を見て新たな指示を出す。
「精霊使いを中心として巻き返せ! 戦えん者は明かりでも用意してろ!」
槍を振るうグラスは徐々に明かりが増えていくのを見て口元を緩める。あれ程までに騒いでいた他の冒険者たちも落ち着きを取り戻し、次第に武器を手に取って戦い始めた。
確かに不意を打たれたが、彼らはDランク以上の冒険者ばかりだ。それなりに実力も経験も伴っている。中には情けなく腰を抜かしている者もいたのだが、そのほとんどは既に持ち直していた。
剣を薙いでスケルトンを切り裂き、槍を閃かせて魔石を貫き、拳を振るって敵を砕く。魔法使いたちも次々に詠唱を初め、特に《光魔法》を使える者は大きな活躍を見せている。使い手の少ない魔法だが、その分だけ効果は大きかった。
「『浄化の光
迷いし死者を天に還さん
聖なる力をここに
《不死者浄化》』」
「『天下る業魔への裁き
罪深き者に赦しはない
戒め、自潰し、塵に還れ
求めるは封魔の紋章
《伏魔天牢》」
「光の精霊よ、スケルトンを浄化して!」
魔法による浄化のお陰でスケルトンの数は一気に減少し、冒険者側の勢いは加速度的に増していく。グラスも周囲に注意を払う必要がなくなり、槍を振るいながらスケルトンを相手に暴れまわっていた。
気づけば東の空に明るみが生じ、スケルトンの出現速度も減少していく。いや、寧ろ土の中に戻ろうとする個体すら出始めた。
「最後まで油断するな! このまま少しでも数を減らせ!」
『おうっ!』
討伐部隊第一班は事態の終息を目前としていた。
そして次の瞬間、夜を塗りつぶすようにして辺りを魔法の光が包み込んだ。
◆◆◆
班長であるグラスの指示によって何とか持ち直した一班だが、『壊拳』のドーヴァ率いる第二班は別の様相を見せていた。
「オラァッ! かかって来いよ雑魚スケルトン共が!」
右手でスケルトンの頭蓋を砕き、鋭い蹴りで魔石ごと吹き飛ばす。足を破壊し、胸部を踏みつぶしながら這い出てくるスケルトンを次々と葬っていた。
スキンヘッドの彼の頭にはいくつもの傷が付けられており、激戦を潜り抜けてきたのだろうと理解できる。防具もどちらかと言えば要所だけを守るような構造になっており、鍛え上げられた筋肉が隆々と盛り上がっているのがハッキリと見えた。
生まれ持ったその体格と力を生かして奇襲を仕掛けてきたスケルトンを破壊しているのがSランク冒険者の『壊拳』ドーヴァ。彼の得意とする肉弾戦で班全体の士気を向上させることに成功していた。ドーヴァの奮闘する姿を見て他の冒険者も武器を手に取り、魔法使いたちも落ち着きを取り戻して詠唱を始める。的確な指示はないのだが、そこには人を引き付けるカリスマが垣間見えていた。
「ハーッハッハァッ! 潰せ壊せ!」
化け物じみた身体能力を《身体強化》でさらに向上させて、スケルトンが地面から出てくる端から破壊を繰り返している。一匹討ち取るたびに周囲は歓声を上げ、その熱気は徐々に広範囲へと感染していく。何だかんだ言っても荒事の好きな冒険者だ。下手な指示に従うよりかは、雰囲気のままに戦う方が好ましいと考える傾向にある。
「死ねよオラァッ!」
「地獄に帰れ!」
「キャハハハ! 死んじゃえ~!」
「土の精霊! 奴らをぶっ潰せ」
「……死ね」
戦闘は徐々に乱戦へと移行していき、誰かが武器を振るうたびに骨が飛び散る。西に沈みかけた月の光が僅かに戦場を照らし、スケルトンの眼孔に輝く魔力光は弱まっていく。
偶に誰かの《光魔法》が閃光を放ち、スケルトンたちを塗りつぶしていく。
そして戦いが終わったのは突然だった。
「光の精霊さん、『聖域』を展開してください」
何処からともなく聞こえた声と共に淡くも強い光が降り注ぐようにして周囲を照らす。戦場全体を覆いつくすほどの広大な光の領域が誕生し、その光に振れたスケルトンは次々と灰のように崩れ去ってしまった。
「ふふふ……脆いですね」
鈴のような声を発しながらゆっくりと歩くゴスロリ衣装の少女。滑らかなブロンドの髪をツインテールにして纏めている彼女の見た目は十代にしか見えない。
しかし彼女こそSランク冒険者であり、『聖域』の二つ名を冠するルリー・ファネル。人という種族でありながら光の精霊との契約に成功した珍しい人物だ。Sランクの冒険者の放つ浄化の魔法だけあって、その威力も効果範囲も桁外れであり、戦場のほぼ全てを光の浄化領域で覆いつくしている。
スケルトン特有の眼孔に輝く魔力光も塗りつぶされ、怨念は骨の体と共に消え去る。
まさに蹂躙という言葉が相応しい光景だった。
しかしそれに納得のいかないものもいる。
「ちっ! ルリーかよ。もう少し戦いを楽しませろっての!」
「ふん! 脳筋馬鹿のドーヴァさんですか。相変わらず野蛮なことですね」
「んだと年増が! 光の魔法で見た目誤魔化してんじゃねーぞ!」
「ああ"っ!? やんのかゴラァッ!?」
バチバチと火花を散らせながら睨み合うドーヴァとルリー。Sランクという人外同士の放つ殺気のぶつかり合いに、腰を抜かして震える者が続出する。この場にいる冒険者はDランク以上の者たちばかりだが、一人で魔物の大群を相手に出来るような存在の前ではどうすることも出来なかった。
それでも何とか殺気に耐えた一部の冒険者たちが次々と口を開いて二人を宥める。
「ドーヴァの兄貴、落ち着いてくだせぇ!」
「ルリー様は超絶美しいです! だから落ち着いて下さい!」
「ドーヴァさんはマジカッコイイです」
「ルリー姐さん最高っす!」
「ドーヴァ様の筋肉は素晴らしいですわ~!」
「ルリーさん綺麗です!」
彼らはどうにかして二人を諫めようと奮闘するが、禍々しい空気は収まらない。いや、寧ろお互いの闘気は徐々に高まっているかのようにすら見えた。
しかしそこに救いの手が現れる。
「止めんかバカ者がっ!」
ガッ!!
その声と共に、ドーヴァとルリーの間に一本の槍が突き刺さった。突き刺さった地面は隕石でも衝突したかのように小さなクレーターと化し、周囲に小石が飛び散る。
その槍を見てハッとしたルリーは、槍が飛んできた方向に首を向けて呟いた。
「ちっ……グラスの爺ですか」
その視線の先に居たのは一班の班長である『喚器』のグラス。頭の毛は白くなっており、長い顎鬚が特徴的なドワーフの槍使いだ。体格が小さいことがドワーフの特徴だが、グラスに関してはそれが当てはまらず、人と変わらない背丈をしている。しかしドワーフは人よりも長生きであるため、八十歳という老齢でありながらも現役の冒険者として活躍していた。
「Sランク冒険者がみっともない真似をするな。貴様らが戦えば周りがどうなるか分からんのか?」
そう言いながらグラスが右手を前に突き出す。すると投擲して地面に突き刺さっていたはずの槍が瞬間移動したかのように戻ってきた。それを見た周りの冒険者たちは驚愕の声を上げる。
だがグラスはそのことを気にした様子もなく話を続ける。
「ドーヴァもそれほど戦いたいのなら明日まで我慢しろ。まだスタンピードは収束しておらんのだ。明日になればまた戦うことも出来よう」
「はんっ! わかったよ!」
「ふん、仕方ないですね。爺の顔を立ててやりますよ」
「分かったらドーヴァは二班を纏めろ。ルリーはギルドマスターのフォルネスに報告しておけ」
グラスはそれだけ言って踵を返す。歳の功を感じさせる振る舞いはさすがと言うべきであり、見事にドーヴァとルリーの間をとりなすことに成功した。巻き込まれそうになった二班の冒険者たちもホッと胸を撫でろしながら心の内でグラスに感謝の言葉を述べのだった。
◆◆◆
スケルトンの奇襲に対しセイジたち三班は余裕を持って対処できていた。
「《魔法剣術:光》!」
「カチッ!?」
浄化の光を纏ったセイジの魔法剣によって切り裂かれるスケルトン。その効果によって、魔石を切り裂かれたわけではないにも拘らず、灰と還って崩れ去った。《魔法剣術》は魔法効果を剣に乗せることの出来る特別なスキルであり、リング・オブ・ブレイバーのスキルポイント能力を使って進化させたものだ。
普段は前衛として戦うセイジにとって、魔法は使う機会が少ない。せっかく炎、雷、光の三属性を持っているにも拘らず、完全に宝の持ち腐れになっていたのだ。《魔法剣術》のスキルはそれを補う有効な手段となった。
「『天下る業魔への裁き
罪深き者に赦しはない
戒め、自潰し、塵に還れ
求めるは封魔の紋章
《伏魔天牢》』」
「『祓う力を与える
《浄化付与》』」
リコは持ち前の魔力を駆使して強力なアンデッド封じの魔法を唱え、次々と地面から這い出るスケルトンの動きを縛る。そしてエリカの《付与魔法》によって「浄化」の特性を付与された周囲の冒険者たちがスケルトンたちを攻撃する。
普通ならば魔石を破壊するか、スケルトンの骨の体を粉々にするかで仕留めることが出来るのだが、「浄化」を付与された状態ならば触れるだけで攻撃になる。
利を得た冒険者たちは我先にとスケルトンを狩りつくそうとしていた。
そして三班が有利な状況だったのはセイジたちだけが原因ではない。
「ブライ……やれ」
「オーケー兄貴」
《時空間魔法》を使うリッチに対処するための特別チームに選ばれたSランク冒険者の『迅雷』ヴォルトと『氷結』ブライがこの場に居たのだ。
「水の精霊よ、化け物共を『氷結』せよ!」
ブライは相棒である水の精霊に頼んで魔法を発動させる。彼の放つ魔法は二つ名の通り、氷の魔法だ。精霊によって精密な演算がなされた魔法は、スケルトンだけを的確に凍らせて動きを停止させる。
「雷の精霊……奔れ『迅雷』」
続けてブライの兄であり、同時にパーティメンバーでもあるヴォルトが精霊魔法を放つ。彼の契約する精霊は攻撃力と攻撃速度で群を抜く雷属性。精霊によって緻密に制御された紫の雷が味方の冒険者を縫うようにして奔る。
ブライの氷結によって動きを止めたスケルトンたちは凄まじい雷電によって一瞬の内に砕かれた。
このコンビネーションこそ二人の真骨頂。広範囲を精密に攻撃する二人によって、スケルトンたちは為す術もなく塵に還っていったのだった。
そして三班の班長であり、討伐隊の指揮官でもあるフォルネスも的確な指示を送っていた。
「近くにいる者とペアを組みなさい! それぞれが背中合わせになって対処して貰います。地中から出てくるスケルトンに気を付けてフォローし合ってください」
冒険者たちはその指示に従って近場にいた者と背中を合わせながら戦う。例え見ず知らずの者だったとしても、言葉なく自然に背中を預けることが出来たのは一重にヴォルトとブライのコンビネーションを目撃したからだろう。二人ペアになって暴れまわるSランク冒険者の姿に触発されて、初めて組む者とも連携をしようと積極的に試みる姿が見られる。
その光景に満足しつつ、フォルネスは自らの近くに控える残りのSランクオーバーを動かす。
「フェイクさんは例のリッチが出現したときに備えて私の近くに居てください。ルリーさんには別のことを頼みたいと思いますが構いませんか?」
「オーケー。ルリー嬢ちゃんは?」
「私も構いませんことよ?」
二人は考える素振りもなく了承する。
既にヴォルトとブライの兄弟が勝手に暴れているのだが、本来このチームはフォルネスの直属として動くことになっているのだ。人外の領域に足を踏み入れた彼らだが、自分勝手に力を振るって良いはずがない。寧ろそれを理解できぬ者はSランクとしては認められないのだ。
尤も、それは冒険者全体に言えることであり、Sランクに限ったことではないのだが……
フォルネスも二人の返事を聞いてすぐさま指示を出した。
「ではフェイクさんはこのまま警戒をお願いしますね。ルリーさんは私たちの陣営の中心付近まで行って、そこで全力の範囲で浄化の魔法を使ってください。
時間は明け方ですのでスケルトンはすぐに引き上げるでしょう。恐らく明日の夜も戦闘になるので、他の冒険者たちに無駄な消耗をさせたくありません。ルリーさんには一気に戦場を動かして貰います」
「では追加報酬を大金貨5枚で―――」
「小金貨5枚で手を打ちましょう」
「―――っち、仕方ないですね。サービスですよ」
図々しくも追加報酬を要求するルリーだが、フォルネスはあっさり値切る。ルリーも時間がないことが理解できているのか、素直に引き下がったのだった。シルクのような光沢を放つブロンドの髪を靡かせながらルリーは戦場を駆けていく。
その可憐な少女のような見た目からは想像もできない腹黒さを持つ彼女ではあるが、実力に関しては十分すぎるほど持っているのだ。舐めてかかって返り討ちにあった冒険者は数知れないとも言われている。
「元気だね~」
「フェイクさんはもう少し緊張感を持って下さい」
「だって眠いし」
フェイクの左手には一応とばかりに愛用の弓が握られているが、その顔にはやる気の欠片も見られない。普段から眠そうな顔をしているフェイクだが、今は二割増しで眠そうな目をしていた。フォルネスとしては真面目にしろと言いたいのだが、これでもやる時はやる男なので表立って文句は言えない。
(まぁ、彼に任せているのは警戒ですし、私は指揮に集中させて貰いましょうか)
フォルネスは戦場を見渡して状況を確認する。
目に見える範囲の三班は優勢であり、セイジ、リコ、エリカの勇者パーティとSランク冒険者のヴォルトとブライが中心になって殲滅を続けている。このまま朝日が昇るまで戦い続けても劣勢に陥ることはないだろう。イレギュラーとなる上位種の出現にだけ気を付ければ他に心配する要素は見当たらない。
(問題は一班のようですね。少し纏まりが悪いようです。少しずつ巻き返しているようですが、一番劣勢になっているのはこの班ですね。意外にも二班担当のドーヴァは上手く率いることが出来ているようです。まぁ、念のためルリーさんに頼んでおいて正解でしたね)
まだ空は暗く、遠くで戦っている一班と二班の戦況は見ることが出来ないハズなのだが、フォルネスは正確に状況を掴んでいた。仕組みとしては簡単で、ただ自分の契約している精霊に教えて貰っただけである。彼はギルドマスターをしているが、かつてはBランクまで上り詰めた元冒険者だ。精霊を使った探索や、状況把握など容易い。
だがフォルネスは広域的に目を向け過ぎていたのだろう。つい自分の足元が疎かになっていた。
「っ!!」
油断していたフォルネスの足元からスケルトンの右腕が突き出され、隙だらけの足首をがっしりと掴む。スケルトンは筋肉が無いにも拘らず、予想外に力が強い。元冒険者とは言え、既に一線を引いているフォルネスは思わず苦悶の声を上げてしまった。
スケルトンはその隙を逃さずに一気に地面から這い出てフォルネスを仕留めようとする。
だがそれが叶うことはなかった。
「疾っ!」
近くに控えていたフェイクが素早く弓を引いてスケルトンに向けて放つ。咄嗟の一撃だが、それはSSランク冒険者の放ったものだ。一ミリも外れることなくスケルトンの心臓部にある魔石を貫いた。
怨念の籠っていた眼孔の青白い魔力光が消失し、カランと音を立てて骨の体が崩れた。
「地中のスケルトンに気を付けろと言ったのはアンタだろうに……」
「面目ないです」
呆れ顔で弓を降ろすフェイクに、フォルネスも恥ずかしそうに答える。そんなフォルネスにまだフェイクは何かを言おうとしたのだが、それは突如現れた閃光によって遮られた。
いや、閃光と呼ぶほどの光量ではないのだが、夜目に慣れてきた頃に見えた膨大な光は閃光のように映ったと言うべきだろう。何人かの冒険者は目を細めながらスケルトンから気を逸らさないように注意する。
しかしその必要はなかった。
光に触れたスケルトンは動きを止めて、一瞬にして灰に還ってしまったのだ。眼孔を光らせて襲いかかってきたスケルトンは全て、光に飲まれて消えてしまう。このような光景を作りだした者は一人しか思い至らない。
「ルリーさんが上手くやったようですね」
「これがあの嬢ちゃんの精霊魔法か。桁外れだな」
想像以上の効果を齎したルリーの魔法はまさに『聖域』と呼ぶに相応しい。精霊によって最大まで最適化された浄化の魔法は、無駄な魔力を極限まで減らすことで範囲拡大に成功している。人の演算能力では到達出来ないと思わしめる効果を発揮していた。
そしてこの魔法に驚いていたのはフォルネスとフェイクだけではない。
勇者であるセイジたちもこの光魔法には驚かされていた。
「凄い威力だね。理子なら出来るかな?」
「私でもこんな広範囲は無理だよ」
「私たちもまだまだ……ということでしょうか?」
Sランクが人外と呼ばれる所以を見せつけられた三人。
ルリーの発動した魔法によって奇襲を仕掛けてきたスケルトンは一掃され、灰となって崩れた後には浄化された魔石だけが残っている。他の冒険者たちも戦闘の疲れが一気に押し寄せたのか、次々と地面に座り込み始めた。
見れば東の空も明るみ始め、アンデッドの時間は終わろうとしている。フォルネスも大丈夫だろうと考えて特に注意することはなかった。
戦いも終わっただろうと判断して次の指示を出す。
「負傷者の治療を始めてください。特に重傷者が居た場合は回復の魔法が使える者が治療を施してください。明日の夜も戦いになります。万全を期すようにしてください!」
フォルネスの指示を聞いて所々から返事が聞こえてくる。彼らもほとんどが疲れ切っているのだろう。座り込んで一息ついている者が半分以上いた。
(結局《時空間魔法》を使うリッチは出てきませんでしたね……)
明日……いや、今日は更なる激戦になるかもしれないと考えて溜息の出るフォルネス。
こうして一日目の邂逅は奇襲を退けるという形で終息したのだった。





