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虚空の天使【完結】  作者: 木口なん
人魔の境界編
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EP109 二つの「浄化」


 草は枯れ、すっかり乾ききってしまった大地を踏みしめながら冒険者たちは歩いていく。一見すると整った行軍のようにも見えるが、彼らの装備はバラバラであり今一つ統一感がない。だがそれは戦いには関係の無いこと。Dランク以上の実力を持った冒険者は下手な軍隊よりもよほど強いのだ。

 一般的な騎士や精霊部隊の隊員の強さは冒険者で言うところのD~Cランク程度であり、さらに冒険者は戦い方も一通りではないのだ。大規模な連携は得意としないが、手数の多さで優れている。

 そのため、国の擁する部隊は治安維持などの受動的な役目を、そして冒険者は魔物や盗賊の討伐を初めとした能動的な役目を担っていることが多い。今回のようなスタンピードも、どちらかと言えばギルドが主導になって対処にあたるのが通例となっていた。



「でも何で打って出たんだろうね~」


「確かにそうですね。普通は迎え撃つと思います」



 少し不満そうにしながらも歩いているのは勇者一行の魔導士と聖女であるリコとエリカだ。初めこそ遠足気分だった彼女たちだが、丸二日も歩いていれば飽きてくるというものだ。しかも周りの風景は変わり映えの無い枯れた平原。体力面では問題なくとも、精神面での疲れが出始めていた。

 そんな彼女たちにセイジは苦笑ながら口を開く。



「仕方ないよ。相手はアンデッドなんだから街の近くで迎え撃つと大変なことになるよ」


「どういうこと?」


「それは私が説明しましょう」


「ひゃっ!?」



 首を傾げていたリコの背後から声を掛けたのは討伐部隊第三班のリーダーであり、さらに今回のスタンピードの対応に関する責任者のフォルネスだ。彼自身は元Bランク冒険者なのだが、【アマレク】のギルドマスターという権限の下、指揮官の役目を担っていた。

 いきなり背後に現れて驚かされたリコは情けない声を上げてしまったことに顔を赤くし、恨みの視線をフォルネスに向けるのだが、一方のフォルネスは気にした様子もなく話を続ける。



「確かリコさんとエリカさんでしたね? 『ジ・アース』は色々と有名ですので私も知っていますよ。私としてはあの御方の使いである皆さんに会えて嬉しい限りです。特にセイジさんは今回の討伐でも活躍を期待していますよ?」



 屈託のない笑顔で話されると、どうしても怒る気が失せてしまう。そして『あの御方の使い』と誤魔化してはいたが、セイジたちが光神シンの勇者であることを知っていると暗に示しており、リコも素直に話を聞く気になった。



「それで何故わざわざこちらから討伐しに向かうのかでしたね? セイジさんは分かっているようですが、その答えはアンデッドという魔物の性質を考えれば自ずと理解できると思います」


「アンデッドの性質……ですか……」



 フォルネスの言葉を反芻しながらエリカは少しの間だけ考える。この世界に召喚されて一年と経っていないが、それでも生きていくための知識は学んだつもりだ。それは魔物に関する知識も含まれている。エリカはその知識を引き出しながらポツポツと口にした。



「まずは……本体が魔石で倒しにくいこと。夜にしか活動できない。疲れを知らず、力もかなり強いことでしょうか?」


「後は光魔法とか回復魔法が苦手だよね」


「ええ、その通りです。ですがそれだけではありませんよ」



 エリカとリコの答えに頷くフォルネス。

 しかし二人の答えはアンデッドの性質として最も根底にある部分ではなかった。悩む二人に仕方なくセイジが助け船を出す。



「リコ、エリカ。アンデッドの一番の特徴は魔石に宿っている意思だよ」


「「意思?」」


「そうだよ。死体に魔力が集まり、体内に生成された魔石に意思が宿った存在がアンデッドだ。それでその意思はどんな意思なのか分かる?」



 ここまで出されたヒントにエリカは「あっ!」と声を上げる。リコはよく分かっていないらしく、まだ首を傾げていた。もちろんリコも頭が悪いわけではないが、このメンバーの中では異世界エヴァンについての勉強をしている方ではない。それ故にすぐには思いつかなかったのだ。

 セイジはそんな様子のリコに苦笑しながら正解を口にする。



「答えは『恨み、怨念』だよ」


「あっ、そうか!」


「そうです。アンデッドは生者を羨み、殺したいほどに憎んでいると考えられています。そしてアンデッドを倒したとして、その恨みの意思はどこに消えると思いますか?」



 フォルネスの言葉でリコもエリカも完全に理解した。

 死者の意思……特にアンデッドの恨みや怨念は土地に定着する。それはある意味で呪いのようなものであり、その地はアンデッドが生まれやすくなるのだ。例えるならば墓地などである。

 特に無念の死を遂げた者や、処刑された犯罪者が埋められたような墓地ではアンデッドが発生しやすくなると言われている。そしてその地でアンデッドを倒したとしても、再び恨みの意思は地に還るのだ。恨みは減るどころか増殖していき、ますますアンデッドが発生しやすい環境となる。それを払うためには「浄化」の特性を持つ魔法を使うしかない。



「つまり、アンデッドを街の近くで大量に討伐すると、恨みが溜まって大変なことになるのです。多少ならば浄化も簡単なのですが、千を超えると思われるアンデッドとなれば難しい。それ故にこちらから打って出なければならないのですよ」


「だからこそ拠点になり得る街から離れてでも、討伐隊を組む方が利点があるんだよ」



 街から離れるということは、物資の補給が出来ないということになる。ある程度は持っていくことも可能なのだが、それも数が限定されてしまう。それに怪我人が出ても治療が困難になるのだ。

 また相手が魔物でも人でも、籠城する方が有利になる。それほどに拠点を落とすということは難しいのだ。しかし街をアンデッドが取り囲み、恨みが地に染み込んでしまえば厄介な事になる。下手をすれば、浄化だけで一年以上もかかることになるだろう。

 だがここでエリカは素朴な疑問をフォルネスにぶつけた。



「でも平原でアンデットを倒したとしても、その土地に怨念は残りますよね?」


「確かにそうだよね~」



 街で倒さなかったならば、倒した他の土地に怨念が染みつくのは自明のこと。そしてその地は半永久機関的にアンデッドを生み出す呪いの地になり得るのだ。例え街の近くでなかったとしても拙いだろう。

 しかしフォルネスは微笑みながらその質問に答えた。



「良い質問です。確かに私たちがアンデッドと戦う場所には意思が溜まってしまうでしょうね。そうなれば色々と問題が現れます。ですが恨みが溜まるのなら浄化してしまえばよいのですよ」


「え? でも浄化には時間が掛かるって……」


「それは光属性や回復属性による浄化の場合です。これら二属性は意思を直接浄化することに特化していると言えるのです。しかし炎属性の浄化は少し違います。これは物質に宿った悪意を熱を媒体として浄化することに特化しているのです」


「まぁ、分かりやすく言うと死体の焼却なんかがいい例だね。魔物がアンデッド化しないように焼却するのは知っていると思うけど、アレは死体に染みつく怨念を浄化しているんだ。完全にアンデッド化して、恨みや怨念が表面に出てきたら《光魔法》や《回復魔法》も有効になるね」



 フォルネスとセイジの言った通り、土地や物に染みついた意思を祓うのは《炎魔法》の方が有効的だ。熱を通して物質的に浄化することが出来る。

 対して《光魔法》と《回復魔法》の浄化は精神的なものなのだ。物質的な被害がない代わりに、浄化の進行速度が遅く、魔力効率も悪い。

 そこまで聞いたエリカはようやくフォルネスが言わんとしていたことに気付いた。



「つまり……炎で浄化すれば大地に染み込んだ怨念も祓えるということですか。確かに街の周辺で大規模な《炎魔法》を使う訳にはいきませんからね。何もない土地ならば、焼き払ってしまっても被害は出ません」


「そういうことです。この討伐が終わった後には《炎魔法》の使い手による大規模な浄化作戦も待っていますからね。リコさんとセイジさんにも活躍してもらう予定ですよ」


「はい。もちろんです」


「私も頑張るよ!」



 フォルネス二人の返事を聞いて満足そうに頷いて水色の長髪を靡かせる。

 光神シンを信仰する者として、召喚された勇者に協力を取り付けることが出来たのは非常に満足のいくものであった。無理にでも自分の率いる班に入れた甲斐があったと内心でほくそ笑む。

 唯一の懸念である《時空間魔法》を使うリッチもSランクオーバーの四人で対処する予定なのだ。心配ではあるが、彼らに任せておけば問題はないだろうと考えている。それよりもフォルネスにとってはギルドマスターとしての後始末の方が大変なのだ。それを憂いてふと視線を上げる。

 進む先を見れば昇ったばかりの月。

 時刻はアンデッドの時間である夜に変わろうとしていた。



「明後日には満月になりそうですね。夜に戦うこちらとしては好都合です。光神シン様の加護は私たちに味方をしているようですね。当然ですが……」



 月は闇を切り裂く光神シンの象徴ともされている。

 早ければ明日にはアンデッドと衝突、決戦は明後日となるだろう。月の光の降り注ぐ決戦を想像してフォルネスは武者震いをする。普段こそ落ち着いて見えるフォルネスだが、その内に宿す信仰はエルフそのもの。彼もまた、魔族の手先だと考えられている魔物の群れを滅ぼす行為に心を熱く燃やしていた。



「今日の行軍はここまでにしましょう。野営の準備をするように伝達を」


「はっ!」



 フォルネスは近くにいたギルド職員に伝令を頼み、行軍を停止させる。

 戦いは恐らく明日の夜から。

 その言葉に誰もが身を引き締めながら、夜は更けていった。




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