EP10 初依頼
4/5 大幅修正
「ここか……?」
ギルドのある大通りを散策しながら『赤の鳥』と書かれた看板を探していると、真っ赤に塗りつぶされた鳥のレリーフの描かれた看板を見つけた。明確に『赤の鳥』とは書かれていないが、ここがそうなのだろうと予想できる。地球の感覚で言えば宿というより普通の家のような外観だが、この世界では普通なのだろう。
ギギギ……
意を決して扉を開けると、正面のカウンターの向こう側に厳つい壮年の男が立っていた。鍛え上げられた筋肉がタンクトップの上からでも目立っており、編み込んだ髪のおかげで「どこのヤクザだ?」と一瞬思ってしまう。
「らっしゃい!」
ドスの効いたバリトンボイスが響く。
クウは頬を引き攣らせながらも何とかポーカーフェイスを貫くが、危うく扉を閉じて引き返しそうになった。それでも踏みとどまって腹の底から声を出す。
「ギルドの受付嬢に紹介されたんだ。『赤の鳥』って宿で合ってるよな?」
「確かにここが『赤の鳥』だ。看板を見ただろう? どう見ても赤い鳥だったじゃないか」
「確かにそうだが明確に文字表記して欲しかったよ」
クウはため息を吐きながら文句を言うが、それに対して目の前の大男は小さく肩を竦めるだけだった。
「文字が読めない奴が多いのさ」
「なるほど」
クウも一般人の識字率が低いのは知っている。大都市に住んでいる人や商人、貴族とかでもなければ文字を使うことがほとんどないため、農民上がりの冒険者などは文字が読めない。それでも一応国民の60%は文字が読めると王城の資料に書いてあったときにはクウも驚いた。しかし日本と比べたらまだまだ低いのが現状なのだ。
「ところでギルドの受付嬢に紹介されたって言ったが、その受付嬢の特徴は?」
「受付嬢の特徴? どうだったかな……。たしか茶髪の肩口で切りそろえたショートの娘だったと思うんだが」
「やっぱりか……あいつめ」
「やっぱり?」
クウはどこか呆れたような、遠い目をしている宿の主人に聞き返す。すると目の前の大男は少し恥ずかしそうに頬をポリポリと掻きながら小さく呟いた。
「……娘だ」
「はっ?」
「そいつは俺の娘だ。名前はネル」
え? 嘘だろ? と内心で抗議の声を上げるクウ。どう見ても目の前にいるヤクザ風の男からギルドで世話になった受付嬢が生まれてくるとは考えられなかった。
(どんな突然変異したらこんな厳ついおっちゃんからあの子が生まれるんだよ。あれか、奥さんの血か? うん、そうに違いない)
「今、失礼なこと考えなかったか?」
「気のせいだ」
クウの内心を読んだかのようにジト目を向ける大男。その厳つい風貌も相まって、思わずクウも背筋が伸びた。
これ以上悟られないように感情を表に出さずに見つめ合うこと数分。先に折れたのは宿の主人の方だった。
「で、ここに来たってことは泊まるんだろ?」
「ああ、とりあえず一週間の予定だ。いくらだ?」
「朝と夕に食事付きで1泊200Lだ。1週間なら1400Lだな。ただし前払いだぞ?」
「ってことは大銀貨1枚と小銀貨4枚か。悪いが小金貨でいいか?」
「ああ、構わん」
クウは腰に付けたアイテム袋から小金貨を1枚取り出し渡す。大銀貨8枚と小銀貨6枚を受け取り、それをアイテム袋へと収納した。
その間に宿の主人はカウンターの奥に行って何かを取ってきた。そしてそれをクウの方へと突き出して口を開く
「よし、お前の部屋は204号室だ。これが鍵だから無くすなよ? 部屋のシャワーは好きに使え。朝食と夕食は6の刻の鐘がなってからだ。隣の食堂で食べられるからな。予め言ってくれれば部屋まで持っていくぞ?」
「ああ、ありがとう。えぇ……と……?」
「俺はガリスだ」
「ああ、分かった、ガリス」
クウは右手で鍵を受け取って部屋へと向かう。
ギシギシと嫌な音を立てる階段を上った先にある2階の通路へと行き、年季の入った木の扉を開けて部屋を確認すると6畳ほどの部屋にベッドと机が一つずつ付いていた。この設備に食事つきで一泊200Lなら安いほうだろう。もっともどんな食事が出るのかによるのだが……
クウは部屋に入るなり鍵をかけて、木刀ムラサメと幻影の黒コートをアイテム袋にいれ、楽な恰好になってベッドに転がる。ロビンソンとの決闘で意外と疲れていたのだろう。目を閉じるとあっという間に闇に吸い込まれたのだった。
「…………ん?」
唯一のベッド側の窓から差し込む光で目が覚める。
体を起こしてベッドの上で背伸びするとバキバキと関節の鳴る音がした。
「~っ! よく寝たなー」
昨日は夕食もシャワーもなしに寝てしまったらしくベッドに転がったあとの記憶がなかった。クウはアイテム袋からタオルと下着を出し、シャワーを浴びて着替える。その上から黒コートを羽織って食堂に降りた。地球にいた時から着けていた腕時計を見ると8時を差しており、すでに食堂では何人かの宿泊客が食事を始めている。
クウも食事をしようと食堂に入るなり、横の方からバリトンボイスの響く声が聞こえてきた。
「おう、お前さんか。昨日は結局夕食も食べなかったみたいだが?」
「ああ、悪い。昨日はいろいろあって疲れてたから寝ちまった」
「無理すんなよ」
「ははは、心配してくれるのか。っと朝食頼む」
「ほらよ、できてるぞ」
手渡されたプレートの上に茹でたソーセージと蒸かした芋、黒パンに野菜のスープがついていた。朝はごはん派だったクウとしては米が食べたかったのだが文句は言えない。どうしても食べたければ旅の合間に探してみるのもいいかもしれないな、と考えつつ黒パンを口に運ぶクウであった。
「ってパン堅い!」
「何してるんだ? パンはスープに漬けて柔らかくして食べるんだ。常識だぞ?」
「なるほど。酵母を入れないパンなのか……」
魔法のおかげで文明レベルは結構高いが、食文化はまだまだ発展途上の部分が多い。王城では柔らかいパンがあったことから、庶民と貴族王族で違うのだろう。飽食の国だった日本で住んできたからこその感想なのかもしれないが、人間という生き物は贅沢な生活から抜け出すことは難しいものだ。
それでも目の前に並べられた食事は満足とまではいかずとも、十分においしいとは言えた。
「ごちそうさん。おいしかったよ」
「ふん、そうか。今日の夕食は忘れるなよ?」
「もちろん」
どこか照れたような顔をするガリスだが、その見た目とドスの効いた声からはとてもそうだとは思えない。
(娘がいるってことは奥さんもいるってことだよな。よくこんな厳つい男と結婚したものだ)
かなり失礼なことを考えながら、クウは立ちあがって宿を後にする。さっそく今日からギルドで冒険者としての仕事をうけるつもりなのだ。まだGランクであるため大した仕事は受けられないだろうが、何事も地道に事を進めることが大切だ。焦っても良い結果は出にくいものである。
クウはランクを上げるために、冒険者という仕事に慣れるためにしばらくは王都で活動するつもりだった。
宿を出ると、辺りにはギルドへ向かう冒険者であふれていた。冒険者以外にも商人や屋台で串焼きなどを売っている人で通りは一杯であり、クウも人の流れに流されるようにギルドへ向かう。
だが揉みくちゃにされつつも到着したギルドはさらに人で込み入っていた。
「おい、見ろ。昨日の……」
「ああ、ロビンの奴を負かしたとかいう新人」
「噂しか聞いてないけどあいつが……」
「木刀でロビンを袋叩きにしたんだって?」
「嘘だろ?」
「いや本当らしいぞ。見た目はアレだが絶対に絡むなよ?」
「ああ」
昨日のロビンソンとの模擬戦の噂は既に広まっているようだったが、その内容には尾ひれがついていた。
(さすがに袋叩きにはしてないっての。4回しか殴ってないから)
そんな誇張された噂のおかげか人の波がクウを中心に分かれていく。とはいっても、触らぬ神に祟りなしといった様子で微妙な視線を向けられてもいい気はしない。
そんなこんなであっさりと依頼が張られた掲示板までたどり着いたクウであったが、その顔はとても嬉しそうではなかった。
ともかく煩わしいほどでもなかったので、気にしないことにして掲示板に張られた依頼書を読み始めた。
「俺が受けられるのはGランクとFランクの依頼だな。えっと……? ペット探しに荷物のお届け、店番に孤児院で御守り……って完全に雑用だな。Fランクなら薬草採取があるな。ふん、薬草も種類があるのか。薬草によって用途の違うポーションができるんだったな。あの時に姫さんが飲んでたやつはMP回復ポーションだったか……」
クウはふと召喚されたときのことを思い出す。あの青い液体はどう見ても銅イオン水溶液だったため、少し飲むのが躊躇われるのだが……
「まぁ、いいや。せっかくだし、王都の外に出よう。薬草採取に決定だな。えーと、これは常時発注依頼だから現物を直接持っていけばいつでも報酬を貰えると。1株で10Lだから20株集めたら宿代になるな。よし、行くか」
受付の長蛇の列に並ぶのは嫌だという思いがあったためクウとしても丁度良かった。薬草は王城の書物庫で調べて知っている上に、《看破Lv5》もあるのだから大丈夫だろうと考えた。
(確か王都の近くの森で見つかるんだったな)
「―――――ここが森か……」
王都を出るときに城壁の門の警備員に森のある方角を聞いて歩いてきたクウだが、なんと1時間ほどかかったのだった。どこが近くだよ! と叫びたくなったクウだが、車やら電車やらの便利アイテムで溢れていた地球人、いや日本人の感覚なのだから仕方ないだろう。
ちなみに転移した時に身に着けていた腕時計のおかげで時間は問題なく知ることが出来た。
王都の門は日が沈むと閉められるため、余裕を持って5時までには帰ったほうが賢明だ。つまり4時にはここを引き上げる必要がある。クウが時計を確認すると、10時であったため、あと6時間は採取に勤しむことができると予定を立てた。
「薬草を探すついでに《看破 Lv5》を上げるか。《看破》!」
クウは出来るだけ《看破》を発動させてスキルレベルを上げていく。常時発動も可能ではあるのだが、そうすると情報量が多すぎて処理しきれなくなったので止めた。試しにやってみたときは頭痛で死ぬかと思ったほどだったのだ。
(正直その辺の木とか石とかの情報はいらないよな……)
微妙に遠い目をしつつ、クウは《看破 Lv5》を続ける。
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ヒラヒラ草
生命力が高い薬草。厳しい環境でも育つも
のの、すぐに動物や魔物に食べられる。
すり潰して濾過することでHP回復
ポーションになる。
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「お、これだな。確か根っこから丁寧に採取するんだったな」
クウは《看破 Lv5》でヒラヒラ草を見つけては採取してアイテム袋に収納する。場所を取らずに収納できるアイテム袋が大活躍だった。
ゲームなどではアイテムを99個も持っていたりするが、普通は無理というものだ。ゲーム内のカバンもアイテム袋なのかな? と関係のないことを考えながら採取を続けた。
「お、ヒラヒラ草が群生してる。ラッキーだな」
スキルのおかげで雑草とヒラヒラ草を簡単に判別できるため、僅か2時間で30株以上も見つけることが出来た。そしてさらに群生している場所も見つけた。
だが……
ガサッ
クウはホクホク顔でヒラヒラ草を集めようと腰を落とすと、10mほど先の草むらの陰から何かが飛び出してきた。咄嗟に目を向けると、そこにいたのは小さな子供ぐらいの背で不健康そうな薄緑の肌をした人型の姿を捉えることが出来た。頭に小さな角を生やし、その右手には太い木の枝と表現すべき棍棒が握られている。
そう、突然魔物に出くわしたのだ。





