EP108 Sランク冒険者たち
『報――ザザッ――空間魔法》を操るリッチを―――ザッ――の他にも大量――ンビが―ジジッ――』
「以上が私の依頼した冒険者が命がけで手に入れた情報です。これは対になっているカード同士で伝言が出来る魔道具なのですが、しっかりとした音を伝えるためには丁寧に魔力を流す必要があります。これほどノイズが混じっていることから、かなり切羽詰まった状況だったのでしょう」
【アマレク】の街の外に集められた冒険者たちを前にして魔道具のカードを掲げているのは水色の長髪を後ろで束ねたエルフの男。彼はこの街のギルドマスターを務めているフォルネスという者であり、今回のスタンピードの対処を任されている。そしてスタンピードのために集まった冒険者に、これからの作戦や状況の説明しようとしていた。
「この犠牲の上で手に入れた情報は二つ。まずは《時空間魔法》を使うと思われるリッチの存在です。恐らくですが、Sランクにも到達している個体だと考えています。そしてもう一つは大量のゾンビです。今回のスタンピードはスケルトンを中心としたアンデッドの魔物ばかりだと判明していました。ここに向かっている途中で殺した魔物をゾンビ化させて勢力を増やしているのでしょう」
この伝言が届いたのは昨晩のことであり、ギルド職員幹部を中心として深夜まで解析を行った。それによって多少はノイズが取り除かれ、ある程度は聞き取れるようになったのだ。だがその内容は驚愕すべきものであったと言えるだろう。
大量のゾンビが居たことは予想の範囲内だ。統率個体と思われるリッチが存在したこともまだいい。
だが問題は、リッチが伝説とも言われる《時空間魔法》を使うという情報だ。古い書物でも《時空間魔法》に関する記述は非常に少なく、スキルを持っていても使いこなせている者はいないのだ。それ故に対処方法が全く分かっていない。伝説では、防御不可能な攻撃を放ち、あらゆる攻撃を絶ち、逃亡することすらも許さないという最強の属性だとされているのだが、どこまで本当なのかは誰も知らない。
長きを生きるエルフさえも知り得ない情報なのだ。
「最初の調査で判明していた魔物の数は凡そ五百体です。しかし確実に倍の数はいると想定しておいてください。そして問題となる《時空間魔法》を使うリッチは私が選んだ選抜のSランク以上の冒険者のみで対処することにします。その冒険者は後で呼び出しますので、聞き逃しの無いようにしてください。何か質問はありますか?」
フォルネスは眼下の冒険者を見回す。
彼らのほとんどは迷宮都市【アルガッド】から集められた優秀な冒険者であり、Sランクを超える冒険者も六人いるのだ。さらに、迷宮攻略をメインとしている冒険者はDランクであったとしても優秀であり、スケルトンやゾンビ程度ならば全く問題にならないのだ。数百人ほど集まった冒険者の内、およそ六割がDランク冒険者、三割がCランク冒険者、そして残り一割がBランク以上の冒険者という構成になっている。
それに加えて【アルガッド】から派遣されたエルフの精霊部隊と呼ばれる自衛軍が五十名いるのだ。戦力の上では全く問題ないだろう。
しかしフォルネスは何故か言いようのない不安に駆られていた。それはギルドマスターとして初めて経験するスタンピードに緊張しているのかもしれない。もしくは伝説とも呼ばれる属性を操るリッチを恐れているのかもしれない。考えれば考えるほど、何かを見落としているような気がしてくるのだ。
そんな中、身を寄せ合って固まっている冒険者たちの中心付近から手が上がった。フォルネスは慌てて思考を中断して発言を許可する。
「そこの方、どうぞ」
「隊列とかはどうなっているんだ? 俺が前に経験したスタンピードでは、四つほどの班に分かれて交代で前線を維持しつつ殲滅したんだが、今回はどうなるんだ?」
「リッチの対処にあたる選抜メンバー発表後に、私とギルド幹部で決めた班のリーダーを発表します。そのときに各パーティが所属する班も発表しますのでしっかり聞いておいてください。
他に質問は?」
「班の数は?」
「三つです」
「リッチ以外の上位個体の情報は?」
「スカルナイト、スカルメイジは確認されています」
「精霊部隊の配置場所は?」
「精霊を使ってアンデッドたちを取り逃がさないようにしてもらいます。基本的には冒険者の支援に徹してもらいますが、遊撃に近いと考えてください」
「ポーションとかの物資補給はどうなるんだ?」
「こちらである程度は用意していますが万全ではありません。【アマレク】は本来宿場街ですからね。あまり期待せずに自己責任でお願いします」
「魔石は普段より高額で買い取ってくれたりするのか?」
「え……? すいません。今回はアンデッドなのでそこまで考えていませんでした。それにつきましては帰ってからギルド幹部と相談することになります。申し訳ありません」
――――
―――
――
ー
いくつかの質問に答えた後、ようやく誰も手を上げなくなった。きっちり説明したつもりでも意外と不備があったようで、いくつかの質問はすぐに答えることが出来なかった。一応ではあるが、過去のスタンピードに関する資料で勉強したフォルネスも経験不足を否めない。
しかしそれを嘆いていても始まらないのだ。
ひと段落したところでフォルネスは再び話を続ける。
「では先ほど申し上げましたように、件のリッチに対応する特別チームの発表をします。
まずはSランク冒険者である『聖域』のルリー、『迅雷』のヴォルト、『氷結』のブライ。そしてチームのリーダーとしてSSランク冒険者である『滅光』のフェイク。前に出て来てください」
呼ばれた名前は全て有名人であり、集まっている冒険者の中には驚愕の声を上げる者もいる。Sランクを越えた冒険者は例外なく憧れの対象となり、その名を知らないものはほとんどいない。言うなればオリンピックでメダルを受賞するようなアスリートに近い存在なのだ。
呼ばれた四人の冒険者はフォルネスの指示に従って前へと出てくる。
まず出てきたのは薄い紫の髪が特徴的な切れ目の男と、彼と似た顔立ちをした青髪の男。この二人は二十歳差の兄弟であり、精霊魔法と剣術で戦うエルフだ。雷の精霊と契約する紫髪の方がヴォルトで水の精霊と契約する青髪の方がブライである。この二人は普段からパーティを組んでいるため、実力だけでなく連携にも期待できる。
次にできてきたのは『聖域』と呼ばれる光の精霊と契約するルリーだ。彼女の種族は人なのだが、珍しく精霊と契約している。そしてその精霊によって展開される聖なる光の領域は、あらゆる魔物を遠ざけ、味方を無条件で回復させるとも言われている。
そして最後に出てきたのは眠そうな目をした中年の男、フェイク。背中には一目で魔道具と分かる弓を背負っており、その能力で直線状の敵を消滅させる『滅光』の冒険者として名を馳せている人だった。一見すると隙だらけに見える彼だが、見る人が見れば油断ならない気配を放っていると理解できる。最強の冒険者と呼ばれるSSSランク冒険者である『覇者』のレインに一歩及ばないところまで到達しているのだ。それも当然なことだろう。
フォルネスはこの四人が出揃ったところで再び口を開いた。
「そしてこの場にいる残りのSランク冒険者、『喚器』のグラスと『壊拳』のドーヴァはそれぞれ班の隊長役をしてもらいます。ちなみにグラスが一班、ドーヴァが二班、そして私が三班を指揮します。では次に各パーティの班配属の発表に移りたいと思います。一度しか言いませんので聞き逃しの無いようにしてください。
まずは―――」
フォルネスは昨晩……いや、早朝までかけて作った班編成のリストを見ながら次々とパーティ名を挙げていく。出来るだけ浄化の魔法を使えるパーティは分散させ、戦力面でも平均的になるように調整したつもりだ。後は仲の悪いパーティが被らないように注意しておいたのだが、その微調整のせいで彼を初めとしたギルド職員はほとんど眠れていない。
必死に眠気と戦いながら機械的に読み上げていったのだった。
「―――『黒鴉』は一班、『鬼の瞳』は二班、『ジ・アース』は三班―――」
「清二君、私たちは三班みたいです」
「うん、僕にも聞こえてたよ。ギルドマスターが隊長みたいだね」
「すごく眠そうにしているけど大丈夫なのかな~?」
勇者一行であるセイジたち『ジ・アース』も当然ながら振り分けれられている。フォルネスもセイジたちが召喚された勇者であることは知っているのだが、だからと言って特別に何かを図るようなことはしなかった。如何に勇者と言えども冒険者としての立場上は平等でなくてはならない。それがフォルネスの本音に反していたとしても冒険者ギルドのルールを守るためには仕方のないことだった。彼もまた信仰に熱いエルフの一人なのだが、ギルドマスターを務める以上は守らなくてはならない一線が存在する。せめてもの対応として自分の率いる班に組み込んだのだが、セイジたちはそんなことを知るはずもなく呑気に会話をしていた。
「それにしても《時空間魔法》かぁ……確かスキルポイントを500ポイントほど支払えば手に入ったっけ?」
「相変わらず強力なスキルは習得させる気がないですね」
「まぁね。でもポイントはレベル÷10の端数切捨て分だけ貰えるみたいだからね。一応習得自体は出来るようにはなっているよ」
セイジの勇者専用装備である聖剣と聖鎧にはスキルポイントによってスキルを習得できるシステムが存在する。この能力を使って様々なスキルを手に入れたセイジは間違いなくSランクの領域に踏み入っているのだが、ギルドに対する貢献が今少し足りていないのでAランクに留まっていたのだった。
クウとリアはほとんど攻略の進んでいなかった虚空迷宮を遥か先まで攻略したことでSSランクまで昇格することが出来たのだが、本来ならSランクという人外の領域に辿り着くのは非常に難しいのだ。実力、人格、ギルドへの貢献などから相応しいと思われる一部の人間のみが手に入れる一種の称号でもある。そしてSランク以上の人物は例外なく二つ名を所持しており、その発言力は冒険者以外にも多大な影響を与えるのだ。
Sランク冒険者が旨いと言った料理は飛ぶように売れ、愛用しているブランドの服は売り切れが続出するのだという。
だからこそSSランクの『黒幻』のクウが指名手配された時には世界中で衝撃が走った。
そんなSランクオーバーの人外たちがチームを組んで討伐しようとしているのが伝説の《時空間魔法》を使うと思われる死霊の魔導士リッチ。スタンピードの統率個体は総じて危険なのだが、今回のリッチは明らかに格が違うと思えた。
「ま、僕たちはスケルトンやゾンビの担当だから関係ないけどね」
「私としては《時空間魔法》ってのを見てみたいけどね~」
魔法メインのリコは興味津々だが、セイジとしては危険な目には遭いたくないと考えている。確かに実力は付いてきたのだが、上には上がいると知っているし、幼馴染であるリコとエリカに危険が及ぶのは避けたいと思っているのだ。
しかし普通のアンデッドが相手ならば全く問題はない。三人とも《光魔法》を習得しているし、セイジに関しては【固有能力】の《光の聖剣》がある。アンデットに対して非常に有効なスキルを持っているため、今回のスタンピードはある程度楽観視していた。
注意はするが、警戒するほどではない。それが今のセイジの本心だった。
「とにかくレベルアップの一環だと思って頑張ろう」
「そうね」
「はい」
三人は軽い気持ちでそう考える。
それは一種の油断だったのだろう。順調にレベルも上がり、武装迷宮を攻略していたことで、かつて学んだはずだったことを忘れていたのかもしれない。この世界は現実であってゲームではない。剣を振れば相手は死に、攻撃を受ければ痛みを覚えるのだ。
そして今はストッパー役である騎士団長のアルフレッドもおらず、油断していたとしても注意をしてくれるような人はいない。言うなれば三人とも浮かれていたのだ。
そんな中、隊列を整えたフォルネスは声を張り上げて宣言する。
「では出発します。一班、二班、三班の順に東へ向かってください!」
『うおおおおおおおおおおおっ!』
Sランクオーバー含む総勢数百名の冒険者とエルフ正規軍である精霊部隊五十名が一斉に【アマレク】を出立して鬨の声を上げる。誰もがこれから戦うであろう魔物の大群を考えて熱くなっており、セイジたちもその熱に浮かされていた。
魔物の数を考慮して、撤退からの籠城戦まで視野に入れた大規模の討伐戦。千を超えると予想されているアンデッドを迎え撃つために、東へと向かうのだった。





