EP106 女冒険者たちの調査
セイジたち勇者一行が宿を探すために【アマレク】の街を彷徨っていた頃、とある三人組の冒険者が道なき草原を歩きながら東を目指していた。草原と言っても今の時期は冬であり、一面に繁っていた緑の絨毯は影も形もない。たまに見かける小さな森の木も枯れ葉が少し残っている程度であり、夕暮れ時になると特に寂しさを感じる。
そんな場所を歩いている三人の冒険者は全員が女性で、それぞれが軽装を纏っていた。
「ねぇ、今日はもう休まない? 疲れちゃったんだけど?」
「そうね……今日はこのくらいにしておきましょう。ターゲットまではあと少しで接触できるでしょうし、無理して疲れを残すのは悪手だしね」
「…………」
弓を背中に引っ提げた少女の言葉に同意をしたのは魔法使い風のローブを纏った女性だった。それと同時にもう一人も無言でコクコクと頷く。
全員の意見が一致したことで、今日の野営が決定したようだ。
「モネはテントを設置して魔物避けの魔法陣を並べておいて。リュカはモネの手伝いをお願い。私は火の用意をするから」
「分かったよローゼ」
モネと呼ばれた弓使いの少女は荷物を降ろしてテキパキと野営道具を取り出していく。そして無言のままモネの元に走り寄って手伝いを始めたのがリュカだ。リュカは三人の中で最も背が小さく、パッと見ると幼女のようにも見えるのだが、実は彼女たちは同い年の「人」である。腰に背中に足に服の内側にと十本以上のナイフを隠し持った盗賊職のリュカは、その背の低さを生かした小回りの利く動きで敵を攪乱することを得意としている。一方でローゼは完全な後衛の魔法使いであり、リュカが敵を乱したところに最大火力を撃ち込む役割を担っていた。
そしてローブで隠されているのだが、かなりの色気を放つ男好みのスタイルをしており、密かにリュカがコンプレックスを抱いている。尤もそれは単なる羨望の域に留まっており、二人の仲が別段悪いということはない。ちなみにモネは身長も体重もスリーサイズも平均レベルである。
モネの役割は弓を使った牽制と足止め、また特定の状況では狙撃もする縁の下の力持ちだ。地味な仕事ではあるが、確実にパーティの要にもなっている。
彼女たちはCランクパーティ『砂の薔薇』である。調査や潜入などを得意とする彼女たちの得意分野は戦闘ではない。それ故にCランクにも拘らず、戦いになればDランク上位にも勝てない程度なのだが、情報収集という一点においては群を抜いている。
そんな『砂の薔薇』のメンバーがこうしているのは、もちろんスタンピードで迫ってくる魔物の調査と監視という任務を与えられたからだった。
「はぁ~。それにしても何であたしたちがアンデッドの監視なんかしないといけないんだか……」
「そう言わない。ギルドからの指名依頼だし、この手の情報収集が私たちのパーティの得意分野だってのは分かっているでしょ?」
愚痴を溢しつつもテントを組み立てるモネ。ワンタッチでテントが完成する高級品ではないので、一人で組み立てるのは難しい。リュカがちょこちょこと動き回りながらお手伝いをしているのを見ると、何となくほっこりとした気分になってくる。
しかしモネの愚痴は止まらない。
「だってアンデッドだよ? 気持ち悪いし臭いは酷いしお金にもならないじゃん。どうせお金にならないならゴブリンのスタンピードの方が良かったよ」
アンデッドは魔石以外がお金にならないにも拘らず、最も簡単な討伐方法が魔石の破壊という矛盾を抱えた存在だ。どうしても魔石を手にいれたければ浄化系統の魔法で怨念を打ち払うしかない。それならば同じく魔石以外はお金にならないゴブリンの方が遥かにマシであった。
そんなモネの様子にローゼは呆れたように口を開く。
「もう……一応だけどこの依頼も報酬が出てるじゃない。しかも小金貨五枚よ? 迷宮でも奥まで行かなきゃ手に入らない額でしょうに」
「それは分かっているんだけどねぇ」
どんな言葉を言ってもモネの機嫌は治らない。しかし、だからと言ってローゼも無理に説得はしないのだ。何故ならこの会話は依頼が始まってから毎日のようにやり取りしている内容なのだ。それにモネが依頼について来ている時点で半分は納得している。モネも心の底から嫌がっているわけではないのだ。
そしてローゼはいつもの様にモネの愚痴を聞きながらも作業は進めていく。《炎魔法》の使える彼女はいつも火起こし担当だった。
「『現れよ炎
《灯火》』」
使い慣れたこの魔法ならば一言の詠唱で発動できる。小さな灯火を飛ばす程度の魔法だが、薪に火を着けるには十分だった。
乾燥しているこの時期は薪にも簡単に火が着く。場合によっては少し強力な魔法で薪を乾燥させつつ点火させることもあるが、小さな炎は問題なく燃え広がり、暗くなりかけていた周囲を照らし始めた。パチパチと弾けるような音が聞こえ始める。
それを確認したローゼは自分の荷物を漁って食料を取り出し始めた。
「乾パンと……干し肉……おまけで簡易スープもつけましょうか」
「やったぁ!」
「~っ!」
ローゼが取り出したのは一般的な保存食に加えて、お湯を注ぐだけでスープになるという新作の商品。これは一度作ったスープを煮凝りにして乾燥させたものだ。保存食としては高級品だが、この季節に野外で温かいものが飲めるというのは非常にありがたかった。
これにはモネだけでなくリュカも無言で顔を綻ばせている。
ローゼは空間拡張された水筒を取り出して、中の水を別の容器に入れた。それを焚火で沸かせば熱湯が手に入る。
空間拡張の魔法陣付与は非常に複雑で手間が掛かるので、この手のアイテムは高価になる。しかし水は生命線でありながらも大量に持ち歩くのは難しいのだ。例え高価であろうとも持っておくべきアイテムとされている。《水魔法》が使えれば問題ないのだが、生憎ローゼは《炎魔法》しか習得していなかった。
「便利だねぇ。貯金を叩いて買った甲斐があったよ」
「まぁ、その無くなった貯金を取り戻すためにこの依頼を受けたんだけどね」
空間拡張されているものに何かを入れると、重さまでも消えたかのように無くなる。どうして重さも無くなるのかが解明されておらず、伝わっている魔法陣の解析が続けられているところだ。伝説の錬金術師が残したとされているが、魔法陣の形が判明しているだけで仕組みまでは分かっていないのだ。そのため空間の大きさは完全に、込められた魔力に依存することになる。出来るだけ大きな空間を付与しようとすると限界まで魔力を注ぎ込むことになるため、どうしても生産数に限りが生じてしまうのだ。これが金額を吊り上げる原因となっている。上級クラスと言われるCランク冒険者の彼女たちでも簡単には買えない代物なのだ。
ローゼは貴重な水筒を大事そうに仕舞って水を注いだ容器を火の上に置く。それほど多くの水ではないので、すぐに白い湯気が立ち上り始めた。
「もういいでしょう」
ローゼはそう言って即席スープの素を入れた三つの器にお湯を注いでいく。あっと言う間にスープの素はお湯に溶けだして、辺りにはコンソメの匂いが漂い始めた。地球のインスタント食品には及ばないが、冒険者の食事としてはかなりの贅沢。自然とモネとリュカはほとんど同時にゴクリと喉を鳴らす。
こうして二十分もしない内に三人の前には三品の食事が並んだ。乾パンと干し肉に加えて異世界流のインスタントスープ。ちょっぴり豪華な夕食が始まった。
「はぁ~。あったまるねぇ~」
「寒い時期にはありがたいわね」
「寒いと言ってもこの辺りは南部だからマシな方だけどねぇ」
早速スープを飲んだモネがしみじみと口を開く。冬の始まりという時期であり、さらに夜という時間帯から気温はかなり下がっており、彼女が話すたびに白い息が虚空に消える。同じくスープに口を付けるローゼもホッとした様子で空を見上げていた。
乾燥して晴れた夜は星がよく見える。街灯など一つもない平原から見る夜空の眺めは絶景と呼ぶにふさわしく、普通ならほとんど見えない六等星までハッキリと見ることが出来た。この世界には星座の概念はないのだが、だからと言って夜空の神秘に目を向けないわけではない。万人に与えられた宝石箱とも例えることの出来る満天の星空を眺めつつも暖かいスープを一口。アンデッドたちの彷徨う邪悪な闇を感じさせない神聖な雰囲気は、ひと時であっても彼女たちにスタンピードの事実を忘れさせた。
「落ち着くわね」
「そうだねぇ」
「~っ」
ほのぼのとしているローゼとモネに対し、リュカは一心不乱に干し肉に噛みついている。どうやら上手く咬み切れないらしく、まるで小動物のような可愛らしさが垣間見えていた。そんなリュカの様子に気付いたモネとローゼは顔を見合わせて苦笑する。背が低く、幼子のような外見をしているリュカの一生懸命な姿は二人にとっての癒しだった。
月明りと無数の星々が夜空を飾る中、三人の女冒険者たちの夜は更けていく。あと数日で満月になるだろうと思われる月光のお陰で見通しも悪くはない。調査や探査に優れた『砂の薔薇』のメンバーである彼女たちにとって、これほどの好条件下ならば索敵も容易い。その日も特に危なげなく日の出を迎えたのだった。
そして翌日の夜。
彼女たちは予定通り、アンデッドの大群を発見する。





